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第16話 編み物すると

 地下室の片付けを少しして、それから、編み物道具の入った蓋付きの籠を手にしてディルナは居間へと入っていった。

 レルシュトは本を眺めていて、ザージュは日だまりで丸くなって、昼寝の最中のようだ。

 

「レルシュト様、食堂の椅子で、編み物しても良いですか?」

 

 レルシュトは、ディルナの言葉に、微笑ましそうな表情を浮かべる。

 

「勿論だ。食堂の椅子でも、ここのソファーでも、編みやすい方を使うといい」

 

「はい。ありがとうございます。まず、食堂の椅子で試してみますね」

 

 食堂のテーブルに籠を置き、蓋をとって、編みかけのレースを取り出す。

 編み図を拡げて、最初の糸を調節し、繰り返し部分を編みはじめた。

 

 籠の中で、糸玉が、クルクルと回る。

 

 レルシュトの視線が、時々、糸玉や、左手で支えている、少しずつ編み上がって行く部分へと、注がれているのが分かった。

 ふと、気付くと、いつの間に昼寝から覚めたのか、ザージュが極近くまで近づいて来ている。

 時々、眼の色が変わり、持ち上がった手の先、爪がキュッと出て、それに気付いて、慌てて引っ込める。

 

 ディルナの視線に気付いたか、ザージュは何事もなかったかのように、顔を洗いはじめた。

 

 それは、レルシュトも同じ様子で、時々、転がる糸玉に、緑の眼をらん(らん)とさせて、やはり、人差し指の先の爪が、キュっと出ては引っ込められる時がある。

 

「あれ? もしかして、これ動くの気になります?」

 

 糸玉の不定期な動きにそそられている辺り、猫妖精も猫に違いはないのかもしれない。

 

「いや。構わんよ。気にせんでくれ。愉しいから。それに、じゃれるのを我慢するのも、猫妖精の誇りであるからな」

 

 こほん、と咳払いをする雰囲気で、レルシュトはにもらしく、そう言った。

 ザージュの方は、だんだん、我慢が効かなくなってきている様子で、ディルナの膝に手を掛けて伸び上がって、編み上がって行くレースを見ていた。

 

 髭が前方へと向いて、時々、爪の出た手が、宙を撫でるように動く。

 ザージュは、暫く、そんな動きを続けた後で、床に大きく手をついて、ぐーっと、伸びをして、それから幾度か欠伸(あくび)をしたかと思うと、ディルナの膝の上へと乗ってきて、丸くなった。

 

「わっ」

 

 ディルナは小さく声を上げたものの、編む手の指を止めて、一旦、かぎ針と、編んでいるものを籠の中にそっと置くと、膝の上で丸くなっているザージュの頭から背を、そっと撫でた。

 

「かわいいっ。こうしてると、すっかり普通に猫みたい。うん、暖かいね」

 

 その様子を見て、レルシュトが慌てた様子をしていたが、ディルナは唇に一本指を触れさせて、

 

「大丈夫ですよ。寝ちゃいましたね」

 

 静かに微笑ましそうに囁いた。

 

 立ち上がりかけていたレルシュトは、ソファーに座り直し、どちらかと言えば、羨ましそうな視線でザージュを見ていた。

 

 

 

「あ、ラハイカさんが、レルシュト様のお屋敷には、本が沢山あるという話をしていました。古い書籍の中には、編み物の本もあるかもしれないって」

 

 ザージュが目覚めて、膝からストンと降り、伸びをしながら、食堂を出て行く様子を眺めながら、ディルナはレルシュトに声を掛けた。

 

「確かに、書籍は沢山あるな。あまり確認したことはないんだが、先代や先々代や、それより古い時代から、沢山、集められた本が、一階と、そこから地下に繋がる書庫に収められたままになっているはず。人間界の本がほとんどだと思うが。妖精界の本も少しある。今度、一緒に様子を見に行くかね?」

 

 どうやら、沢山の本を眺めることができそうで、ディルナの表情は、ぱぁ、っと明るくなる。

 

「はい! たぶん、文字は読めないんじゃないかと思うのだけど、編み物の本なら、ラハイカさんに説明してもらえると思いますし」

 

 きっと編み図は共通なんじゃないかな、と、少し首を傾げつつ呟き足した。

 

「妖精界の書物ならば、ディルナは文字を書いているし、読めているから、きっと読めると思うぞ? 人間界の本は、文字の種類が多彩過ぎて、我が輩でも読めるのは少数だ」

 

 レルシュトの言葉から察するに、自分の書く文字は、妖精界の文字なんだと初めてわかった。

 そういえば、地下室の片付けをする時に、文字を書いているし、その文字は読めている。読める本があるかもしれない、というのは、だいぶ愉しみだ。

 

「なんだか、愉しみが増えました! きっと、沢山の本、見るだけで愉しいですよね」

 

 ワクワクしながら、ディルナは想像も付かない、沢山の本の様子を考える。

 

「それでは、鍵を探しておこう。文字は読めなくても、眺めるだけで愉しい絵本や、絵画をまとめた本なども見つかるかもしれないよ」

 

 鍵を探しておく、と聞けば、よほど長いこと、本を収めた場所に足を踏み入れていないのだな、と思う。

 

「はい。愉しみにしてます! 本も、片付けが必要なら、地下室の片付けの合間にやりますよ!」

 

「ありがとう。まぁ、たぶん、本は、ちゃんと棚に収まっているから、片付けは大丈夫だと思うぞ。そういえば、だいぶ高い場所にも本が収まっていたから、見るのは大変かもしれんな。我が輩は、浮いてしまえば高い所の本でも取れるんだが。そうだ、足場も、用意しておこう」

 

 レルシュトが何気に愉しそうでホッとする。

 編み物の本だけでなく、絵本や絵画の本、更には、ディルナでも読むことのできる妖精界の本があるらしいことに、ワクワクが止まらない。

 

「色々と、お手間、掛けさせちゃって済みません。とっても嬉しいです」

 

「手間などということはないよ。なに、ずっとほったらかしなのも問題だからな。良い機会だよ」

 

 先ずは鍵を探さねばな、と、レルシュトは鍵の場所に心当たりが無い様子で、それだけが、ちょっと気掛かりだった。

 

 


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