第15話 一角獣に懐かれる
編み物屋のラハイカの家を出て、ふと周囲を見回すと、左右に似たような家並みが続いていて、緩く曲がっている道のせいで、どちらも道の遠くの方は見えなくなっていた。
「見覚えが無い方の道が、反対側だよね?」
近くに目印になるものは無いので、なんとなく、そちらの方が見覚えがある気がして、ラハイカの家を出て左側へと歩き始めた。
間違えたら、引き返せばいいかな、程度の感覚で、ディルナはてくてく歩いて行く。
道は、来た時と同じような雰囲気で、小さい家や、大きい家が疎らに建っていて、時々、遠くに林が見えたりする。
しかし、来た時と同じくらい歩いたような気がするのに、風景は一向に変わらず、似た景色が続いていた。
レルシュトの屋敷に帰るための、広い道には、いつまで経っても突き当たらない。
「あれ? 歩く方向、間違えたかな?」
しかし、引き返すなら、もう少し歩いてみてから、と、何度か思った頃には、不意に建物の数が減っていて、気付けば、道は森の中へと突入しているようだった。
しかし、森の中に入る前に、これは絶対違うから引き返そう、と、心では思っているのに、何故か、足は止まってくれない。
ディルナは、どんどんと森の中の一本道へと足を進めてしまっていた。
夏の終わりの樹木の緑の色合いは深く、葉はタップリと繁っているので、陽が暮れるには早い時間だと思うのだが、一気に暗くなる。
「うわぁ、どうしよう? 引き返さないと行けないのに。これは、ボク、確実に道を間違えているよね?」
逡巡するものの足は止まらなかった。
「お嬢さん、引き返した方がいいよ」
困っていると、不意に声が聞こえた。優しいけれども、鋭い響きの声音で、声の主は見えない。樹木の影の何処かに居るのだろうか?
「はい。引き返したいんですけど、足が勝手に森の中へ。困りました」
ディルナは、声の主を探すように、辺りを見回しながらも、歩き続けている。
「そうか。それは、仕方ないね。誰かに悪戯されたかな?」
「悪戯?」
特に思い当たることはなく、ディルナは首を傾げながら歩いている。
「ああ、何やら、手間を掛けさせる子だな。そういや、お前、人間か?」
「はい。最近、妖精界に来たんです。レルシュト様の所におかせてもらってます」
人間か、との言葉に頷きながら、そんな風に応えた。
「やむを得まい。送ってやるよ」
そういうと、声の主は、不意に、ディルナの隣を歩き始めた。
綺麗な長い一本の角のある、長いたてがみを持つ馬に似た白い姿だ。
「あ、ありがとうございます。でも、足が……」
送ってもらうなら、方向は逆なのに、相変わらず、足は止まらない。
「わかった、わかった。わたしの背に乗れ」
「え?」
そんな申し訳ないです、と、続けて言おうとした瞬間には、ディルナは既に、長い角のある馬の背に横座りに乗せられていた。
「振り落とされないようにしてくれよ? 捕まる所はないし、揺れないとは思うが」
そういうが早いか、方向を変え、ディルナを乗せたまま凄い速さで走り始めている。確かに揺れはなく、捕まらなくても大丈夫そうなのが、とても不思議だ。
「あ、あの。ありがとうございます。ボクは、ディルナです。あなたのお名前は? 済みません、重いでしょうに……」
「わたしは一角獣のルフェルスタだ。重くなどないぞ? 何も乗せてないくらい軽い」
少し愉しそうな様子でルフェルスタは応え、あっという間に森は遠くなった。そして、直ぐにラハイカの家の前を通り過ぎ、そのまま走り続ける。
「レルシュト様のお屋敷の前でいいな?」
「わっ、そんなに行かなくても、残りは歩きますよ?」
そんな風に応える間には、既に、角を曲がっていて、レルシュトの屋敷も目前だった。
「ほら、着いた。ディルナに悪戯していた小さい奴は、途中で懲らしめておいたから、もう勝手に歩いたりはしないはずだよ」
「わぁ、凄い早い。有り難うございます!」
屋敷の手前の公園で、ディルナはふわりと降ろされた。
「じゃあ、また、何処かでな?」
「はい。今度、お礼させてください」
「そんなことは考えなくていい。わたしは、愉しかった。それで十分だよ」
優しい眼差しで見詰めながら一角獣のルフェルスタは言い、手を振ろうとするディルナの手のひらに、柔らかく角を押し当ててきた。そして、あっという間に、広い道を駆け抜けて行き、見えなくなった。
「ただいま。遅くなりました」
玄関の扉は自然に開き、
「おお、ディルナ。遅いので心配していた。もう少しで、ラハイカの所に使いを出す所だった」
ディルナの姿を見つけたレルシュトが、深く安堵の吐息をつきながら、だいぶ動揺していた様子で駆け寄り、声を掛けてきた。
「おかえり、だにゃ、ディルにゃ。遅かったにゃぁ」
ザージュも心配していたようで、ぷんぷんと怒り気味な様子で言い尻尾を振り回している。しかし、ホッとした表情で近づいてきて、ディルナの足に頭を擦り寄せた。
「済みません。道を間違えてしまって。それで、何だか、小さいものに悪戯された、とかで、足が勝手に、森の中にドントン入っていっちゃったんです。一角獣のルフェルスタさんが、背に乗せて、ボクを、お屋敷の前まで送ってくれました!」
ディルナは慌てて、経緯を説明する。心配して、半ばオロオロしていた様子のレルシュトが、驚きに光輝く緑の瞳を見開かせる。
「なんと! 珍しく、街中に、一角獣の気配がする、と思ったが、ディルナを送ってきてくれたのか」
レルシュトは、一角獣の気配を感じ取っていたようだ。
「珍しい。一角獣は、滅多に人には馴れないし、まして背に乗せるなど! 余程、ディルナは純粋無垢ということか」
後の方の言葉は、殆どレルシュトの小さな呟きで、ディルナには良く聞き取れなかった。
だが、レルシュトは更に、記憶の無いところで乱暴されたりはしていなかったのだな、と、ディルナには聞き取れないような小さな声で呟き足し、明らかに安堵の吐息を零していた。




