第14話 編み物屋のラハイカ
レルシュトに地図を渡され、色々と段取りもつけてくれたらしいと言うこともあり、朝食を済ませてすぐに、編み物屋のラハイカの元へと出かけて行くことになった。
少し遠いので、出かける時は、早い時間に、と、以前に言われていたので、手早く支度を調えた。
「行きは、角を間違えなければ、大丈夫だと思うが、ラハイカの所は、円上に緩く曲がっている道の途中だから、帰り道は気をつけるんだよ」
レルシュトは、そんな風に注意しながら、送り出してくれる。
「はい! 気をつけて行ってきます。色々ありがとうございます。すごく楽しみです!」
玄関でレルシュトに、そう告げて、ぺこりと頭を下げる。この間の手提げ袋を持って行く方が良いと言われていたので、部屋から持ち出して肩に掛けている。
中には、この間、地下室の片付けの途中で見つけた、花瓶敷きらしいという編み図の紙が入れられている。
ザージュも、レルシュトの隣で、猫手を振って送り出してくれた。
裁縫屋のイェリエラの店は、まだ開いていないようだった。店の前を通り過ぎ、更に、真っ直ぐ進み、果物屋の看板を見つけて右に曲がった。
他に広い道は無かったので、間違いは無いと思う。
そして、緩く曲がっているらしい道を、てくてくと、ずっと歩いて行った。道の両脇には、小さな建物や大きな建物が、最初のうちは密集して、途中からは大分、疎らになっていった。途中特に目印になるものは無いようで。結構、歩いて息も切れてきたかな、という頃に、大きな一本の木と、その隣に『編み物屋 ラハイカ』の看板のある、植物に囲まれた可愛らしい外見の一軒家を見つけることができた。
「こんにちは」
扉には、透明な窓が嵌まっていて、編み物屋の店内が少し見えていた。
奥の方から歩いてくる姿が見えて、扉が開けられた。
「いらっしゃい。お待ちしてましたわよ」
長い金色の髪と、少し青白い肌の綺麗な貌の妖精界の住民の背には、薄ぼんやりとしたような、不定形で流れるような羽根がある。
「レルシュト様のところのディルナです。ラハイカさんですか?」
「そうよ。イェリエラの娘のラハイカよ。お入りになって」
ラハイカに招かれるまま、店内へと足を踏み入れた。
途端、室内の大量の編み物で作られている品々が、瞳に飛び込んでくる。
「うわぁ、すごい! これ、どれも編み物で出来ているんですか?」
ぐるーっと、頭を回して、眺め回せば、先日、受け取ったカーディガンのような、ふわふわのものや、もっとずっと細い糸で編まれているらしい、繊細な品々が見える。棚に収められたり、調度に合せて飾られていたり、額に入れられているものもあった。
「そうよ。店頭には出し切れないほどの編み物が、家の中に沢山あるわよ」
ディルナの言葉に応えながら、ラハイカは、椅子を勧めてくれた。
「この間は、素敵なカーディガンをありがとうございました! 冬が来るのがとても楽しみです」
ぺこりと頭を下げてから、失礼します、と、椅子に腰掛けた。
椅子の上には、編み物で作られた、綿の入った敷物が置かれていて、とても座り心地が良かった。
「気に入ってもらえて良かったわ。カーディガンを編むのは、とても楽しいの」
微笑みながら、細い糸の編み物で作られているらしいドレスを纏ったラハイカも、近くの椅子に座った。
「あ。この間、レルシュト様のところの地下室の片付けをしていたら、これが出てきたんです」
ディルナは、手提げ袋に入れて持ってきていた編み図の紙を取り出した。繊細そうで綺麗な手の指が、ディルナの手から編み図を受け取る。
「ああ、これはレース編みの編み図のようね。こんな感じのが出来るのよ」
ラハイカは、編み図を手にしながら、近くの棚の引き出しを開け、沢山入れられているレース編みの小物を幾つか取り出して見せてくれた。
「わぁ、とっても綺麗です! あ、ホントに、この編み図の形と良く似てる。この図を見ながら編むと、こんな風にできあがるんですね」
編み図と実際に編まれたものを交互に見遣りながら、その綺麗な出来上がりに、とてもワクワクしてきている。
「この編み図のものは、かぎ針編み、というのよ。編み図の記号を幾つか覚えれば、すぐに編めるようになるわよ」
基本はこれね、といって、ラハイカは、一枚の紙を取り出した。
「編みだしの仕方と、後は、記号の基本が描かれているから、編み図で分からなくなった時に便利なのよ。編んでみる?」
「わぁ、やってみていいんですか? 嬉しいな。ちょっと難しそうだけど」
ラハイカは、かぎ針と、それに合う割合太めのレース糸を取り出して、出だしの部分を実際にやってみせてくれた。それから、別のかぎ針と同じような太めのレース糸を、ディルナに手渡した。
そして、そっと立ち上がると、背後からディルナの手に手を添えて、指への糸の掛け方や、編む時の手の動きを教えてくれている。
暫く、そんな作業を繰り返して簡単な編み方を教えた後で、ラハイカは、また一枚、編み図の書かれた紙を取り出した。
「最初の紙に書かれたのを参考にしながら、まず、これを作ってみるといいと思うわ。練習用よ。折り返して行くだけだし、記号も少ないから簡単なの」
にこり、と、嬉しそうな笑みを浮かべながらラハイカは、真四角の編み図の書かれた紙を渡してきた。
「はい。なんだか、とっても楽しいです!」
「じゃあ、まず鎖を個数分、編んで……そうそう。そしたら、端で三目立てて、そうそう。そして、長編みしながら戻るの」
ラハイカの声と編み図に従いながら、暫くすると、少し目が不揃いながらも、数段編めてきた。
「面白いです、これ、この編み図みたいに編んでいけば、この図柄ができあがって行くんですね?」
「そうよ。覚えが早くて凄いわ。そうそう、数を数え間違ったのに気付いたら、少し解けばいいし。ゆっくり試してみてね」
程良く編み進めた所で、途中にする時の方法とかも教わって、編み物から手を離す。
丁度、昼食の頃合い、ということで、ラハイカは、果物の盛り合わせとお茶を、作業していた机とは別のテーブルに用意してくれた。
「あの編み図はね、同じものを二枚つくって、簡単な手提げ袋をつくるためのものなのよ」
昼食の後で、ラハイカは、そんな風に説明してくれた。
「二枚分、編めたら、手提げ袋にする方法も教えるわ。ゆっくり、編み物を楽しんでね。あと、ディルナによさそうな編み図も沢山用意しておくわ。糸も道具も、教えるのも、全部代金いただいてるから、作りたいものを、好きなだけ作って行きましょうね」
「はい! ありがとうございます! 編み終わったら、また来ます。是非、教えてください」
ラハイカは、必要になる太めのレース糸と、木製のかぎ針と、小さな、糸を切る金色のハサミ、そして編み図とを、一纏めにして程良い大きさの蓋付きの籠に入れてくれていた。それを手持ちしていた大きな手提げ袋におさめた。
「そうそう。レルシュト様のお屋敷には、古い書籍とか、沢山あるのだけれど。その中には、編み物の編み図が沢山、描かれた書籍もあるはずなの。探してみると、面白いかもしれないわね」
帰りがけにラハイカは、そう言って送り出してくれた。




