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第12話 できること、探して

「青い石」

 

 地下室に持ち込んだ紙と羽ペンとインクとを使い、ディルナは、目の前に置いた綺麗な透明な石の名前を書いた。

 

「えーと、疲労回復。身に着ける。アクセサリー。不要になれば、自力で名札までまで帰る」

 

 そして、少し大きめな紙の方に書かれた文字を読み上げる。

 

「そうなんだ。じゃあ、この名札の持ち主が、あなたの所有者ってことになるのかな?」

 

 特に修正の文字は書かれなかったので、ディルナは、その綺麗な石を箱の中の区切りの一つに入れ、名札を手前に、説明の紙は、小さく折って石の後ろ側へと置いた。

 

 そんな風にして、ディルナは、少しずつ、地下室の小物を片付けている。

 先日、「呪いの石」を布で包んで以来、地下室の小物は、勝手にテーブルから転げ落ちたり、散らかったりしなくなったので、片付けは順調だった。

 

「緑の石」

 

「投げると、川や沼の水が暫く干上がる。帰る場所があれば自然に戻る。なければ、やがて、妖精界の海の底に帰る」

 

「そうなんだ! じゃあ、あなたも、名札がある所が戻る場所ってことでいいのかな?」

 

 今度も、特に、紙へと訂正は入らなかったので、名札を手前に、石を真ん中に、小さく折り畳んだ紙を、後ろへと、他の石と同じように、合せて置く。

 

 なんとか、一箱分、二十五個の石の整頓ができた。箱には透明な蓋を被せ、作り付けの棚に探してきた小ぶりの棚を収めた場所へと置いた。外から見ても、一応、奥の石まで眺めることができる。

 

「うん。良い感じ。次は……あ、これ、何だろう?」

 

 机の上に山ほど積み上げられている小物の横に、ふわりと存在していたそれは、古めかしい紙切れだった。

 不思議な模様が描かれていて、それを説明するような文章らしきが添えられているのだけれど、ディルナには読めない文字だった。

 

「なんだろう? ちょっと綺麗……。そうだ、レルシュト様に聞いてみよう」

 

 ディルナは紙切れを手にして地下室を出ると、しっかりと鍵を掛け、一階へと上がって行った。

 

 

「レルシュト様、地下室のお片付けしていたら出てきたのですけど、この模様、何でしょう?」

 

 食堂から繋がる居間のソファーで膝に書物を置いたまま、何やら思案しているような表情のレルシュトに、ちょっと遠慮がちに声を掛けてみる。

 

「どれ。ああ、これは編み図だね」

 

 レルシュトは、ディルナの持って来た古びた紙を受け取り、一目見るなり、そう言った。

 

「編み図?」

 

「そう。この間、裁縫屋のイェリエラの所で、カーディガンを受け取ってきたろう? ああいった編み物は、皆、このような編み図に書かれて継承されているようだよ。これは、小物で、花瓶敷きのようなものだろうな」

 

「わぁ、凄い! こういう編み図を見ながら、何か作ることが出来るってことなんですね!」

 

 レルシュトが手にしたままの編み図を覗き込みながら、ディルナはとてもワクワクした気分になっている。

 

「今度、イェリエラの娘さんの所に出かけてみるといい。編み図も沢山あるだろうし、編まれた物も沢山ある。確か、編み物を教えていたりもしたようだな」

 

「え? 編み物、教えてるの? 教えて貰ったら、ボクでも、編み物、できるようになるんですか?」

 

 勿論、と、レルシュトは頷いた。

 この間、初めて見た、カーディガンという編み物は、柔らかくて、ふわふわと幸せ感じさせるものだった。それを自分で作ることができるかもしれない、と思うだけで、すごくワクワクする。

 

「地下室の片付けも、そのうち終わってしまうだろうし、試しに教わってみるのも良いだろうな。ラハイカという編み物屋だが。今度、地図を書いてあげよう。ちょっと遠いから、出かける時は、早い時間の方がいい。気にいったら、道具や糸などは好きなだけ仕入れて構わんよ」

 

 レルシュトは微笑ましそうに目を細めながら、段取りはつけておこう、と、呟き足した。

 

「ありがとうございます! なんか、すごいです。うわぁ、教わるの、すごく楽しみです!」

 

 

 

 食堂から繋がる居間には大きな透明な窓があって、外の庭の景色を眺めることができた。庭はとても広く、玄関前の公園よりも、ずっと広く、遙か遠くの方に屋敷の塀らしきが見えている。

 

「今日は、雨なんですね。妖精界でも、雨、降るんですね」

 

 少し窓の方へと歩み寄って行きながらディルナは呟いた。屋敷の中ではほとんど聞こえない雨音が、窓近くによれば少し聞こえてくる。

 真っ昼間の時間帯なのに、透明な窓の外は暗かった。目覚めた時には、まだ明るかったような気がする。

 

「以前は、そんなに降らなかったのだけど。だいぶ前の妖精王が人間界の季節を取り入れてから、定期的に降るようになったそうだよ」

 

 ソファーに座ったまま、ディルナの声の方向へと顔を向け、レルシュトが言った。

 

「人間界の季節を取り入れるなんて、そんなこと、できるんですね」

 

 季節が無かったことの方が不思議ではあるのだけれど、人間界の季節を取り入れるなんて、凄い力なのではなかろうか? ディルナは瞳を丸くする。

 

「我が輩が生まれた頃には、既に季節は定着していたから、経緯はわからないが。恐らく、一万二千年くらい前の話だよ」

 

 一万二千年くらい前には、何だか、色々なことがあったみたいだなぁ、と、レルシュトの普段からの言動を耳にしているディルナは思った。

 

「人間界に居た頃は、雨が怖くて仕方なかったんです。雨の中の仕事は大変だし、眠る場所が水浸しになることもあったし」

 

 思い出して、ディルナは少しふるふるっと身震いした。

 雨漏りの酷い粗末な掘っ立て小屋での仕事は、本当に辛いものだった。せっかくの作業が駄目になって仕舞わないように、自分は濡れても、作業中の物が濡れないように必死だった。

 

 レルシュトは、ディルナの人間界での待遇を思ってか、少し神妙そうな表情をしている。

 

「だけど、このお屋敷から眺める妖精界の雨は、なんだかとても素敵。いつもとは違う煌めきで、植物たちも、なんだか嬉しそうに見えます」

 

 透明な窓越しの景色を、少しうっとりと眺める。窓越しだからこそ、素敵に見えているのはなんとなく分かっている。

 

「人間界のものを色々取り入れているが、妖精界の雨は、そんなに悪いものじゃない。雨の中、出かけても濡れたりしないからな。まぁ、雨に濡れたいなら、それもできるが」

 

 レルシュトは穏やかな声で言いながら、立ち上がり、ディルナの元へと歩み寄ると一緒に外の景色を眺めた。

 

「わぁ、濡れない雨って、面白いですね! 今度、雨の日に、外出てみようかなぁ」

 

 ディルナはそんな風に呟いたが、今すぐ出かけていかないのは、やっぱり少し、心の準備が必要なのかもしれない。

 それでも、この妖精界にくるキッカケになったのは土砂降りの雨の後の虹だったし、雨に関する心持ちも、だんだんと変わって行くのだろう。

 

 窓の外の景色は、徐々に明るさを増して、雨はもうすぐあがる様子だった。

 

 



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