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第11話 靴屋のティメセロム

 道はかなり広く、思ったよりも道を渡りきるのに時間が掛かった感じだ。

 街路樹の向こう側、靴屋は、扉が開けっぱなしになっていて、布が一枚、暖簾(のれん)のように下ろされていた。

 

「こんにちは」

 

 少し覗き込むようにして声を掛ける。店の者らしきの姿は見当たらない。

 

「入ってきていいぞぉ」

 

 しかし、直ぐに、中から低い響きの声が帰ってきた。

 

「失礼します。レルシュト様の、お使いで来ました」

 

 布をもぐって店の中に入って行くと、奥の帳場のような所から、声の主が姿を現した。

 

「俺が靴屋のティメセロムだ」

 

 そういうと、ディルナの視線くらいの高さまで、ふわりと浮かび上がって、にこにこと笑みを向けてくる。

 靴屋のティメセロムは、ディルナの膝くらいの背丈で、人間の青年をそのまま小さくした感じ。背に昆虫のものに似た透明なはねがある。

 

「注文の品はできてるよ。大きさを合せるから、ちょっと履いてみちゃ、くれねぇか」

 

 ディルナが返事をする前に、レルシュトが出してくれた靴は、横の足置きのような小さな絨毯の上に丁寧に置かれて、自分の足の方には、足首まで包み込む、前が紐で編まれた黒い靴が履かされていた。

 

「おう。丁度よさそうだな」

 

「あれ? やっぱり、ボクの履くものなの?」

 

 ディルナは、また、吃驚して瞬きする。

 

「勿論さ。ブーツっていうんだぜ。レルシュト様から注文受けて、代金も貰っているぞ」

 

「凄く軽くて、素敵。でも、履くの難しそうかな?」

 

 軽く足踏みのように、足を動かして、ブーツだという靴の裏まで眺めながらディルナは訊いた。

 

「大丈夫、大丈夫。足突っ込もうとすりゃぁ、自然に履ける」

 

 ティメセロムは大声で笑いながら応える。

 

「そうなの? それで、こんなに綺麗に紐が結べるの?」

 

 見たことのない結び方なので、とても自分で結べる気がしなかった。

 

「そうだぞ。問題ない。それと、もう一足」

 

 ティメセロムの低い声が言うと、今度は、膝下まである長いブーツに履き替えさせられていた。

 同じように、上部まで紐で編まれている。こちらも、黒いものだった。

 

「やっぱり、凄く、雪、深く降るんですか?」

 

 冬は、こんなに長いブーツが必要になるほど雪深いのかな? と、少し心配になる。

 

「いや、滅多なことにゃ、そんなには降らん。だが、温かかろう?」

 

 ディルナの足にピッタリなことに、ご満悦そうな表情を浮かべながらティメセロムが聞いてくる。

 

「はい! とっても。こんなにしっかりしてるのに、軽くて柔らかくて、とても素敵です。ティメセロムさんが、作ってくださったんですか?」

 

 枷から変わった金鎖は、靴下のレース飾りになっていたので、ピッタリ沿うようなブーツの邪魔をする感じはなかった。枷のままだったら、絶対に履けない靴かもしれない。

 

「おう、勿論そうだ。靴作りは楽しい。また、是非、注文してくれ、と、レルシュト様に伝えてくれ」

 

 にこにこ嬉しそうにしながら、ティメセロムは、ディルナの靴を元に戻してくれた。

 

「はい。必ず、伝えます。あ、そういえば、ブーツ、どうやって持ち帰ればいいかな? 手提げ袋、満杯になってしまっていて」

 

 外套が二枚と、カーディガン二枚で、レルシュトが渡してくれた手提げ袋は満杯だ。

 

「ああ、心配いらねぇよ。ちょっと待ってな」

 

 言いながら、ティメセロムは、自分の背丈とそう変わらない長さのブーツと、短いブーツとを、紙のようなもので器用に二足まとめて包み始めたのだが、包み終わった時にはディルナの手のひらに収まるくらいの小ささになっていた。

 

「これなら、袋に入るぜ。包みを解けば、元の大きさに戻るから心配ねぇぞ」

 

「わぁ、凄い! はい。これなら、余裕で入ります!」

 

 ブーツの包みを受け取り、手提げ袋へと収めると、有り難うございます、と頭を下げた。

 

 

 沢山、荷物が入っているのに、とても軽い手提げ袋を肩に掛けて、ディルナはレルシュトの屋敷を目指して歩きだした。

 レルシュトの屋敷は大きく、塀はずっと長く続いている。道の行き止まりにある、その屋敷の一番上には、ディルナの屋根裏部屋が、ちょこんと乗っかっている。

 

「わぁ、ボクの部屋から、この辺りなら見えるんだなぁ。こうして見ると、随分と、高い所にあるんだなぁ」

 

 感心するように見上げながら歩くうちに、すぐに街路樹は終わり、公園前の階段へと自然に誘導された。

 公園を抜ければ、すぐにレルシュトの屋敷の門だ。

 

「ただいま帰りましたぁ」

 

 扉の前まで行くと、自然に開いたので、ディルナは声を掛けた。

 近くに居たのか、玄関先に、レルシュトとザージュとが出てきて迎えてくれた。

 

「お帰りにゃぁ」

 

 ザージュが足元に擦り寄ってくる。出かけるディルナを心配していたような表情をしていた。

 

「うん。ありがとう。ただいまです、ザージュ様」

 

 擦り寄ってくるザージュの頭を、ちょっとかがんで撫で撫でした。

 

「レルシュト様、ボクのものばかりで、びっくりしちゃいました! 有り難うございます!」

 

 レルシュトを見遣ってから、深々と頭を下げて、しみじみと礼を言う。

 

「ああ。届けて貰っても良かったのだけどな。大きさが合わないと良くないと思ってディルナに行ってもらったんだよ。品は、気に入ったかね?」

 

「初めて見るものばかりで、吃驚し通しです! ティメセロムさんが、また靴を注文してくれって、仰ってました」

 

 食堂から続く居間の方へと促されながら、ディルナは応え、レルシュトは歩きながら頷いた。後からザージュもついてくる。

 

「外套も、ブーツも、まだ季節には早いが、季節が進んでからだと用意が大変だからな。ブーツは、自分の部屋に持っていくのでも、玄関先に置いておくのでも、好きにして構わないぞ」

 

「はい。冬になったら、玄関先に置かせてもらいますね。それまでは、屋根裏部屋に置いて眺めます」

 

 楽しそうにしているディルナの顔を見遣り、レルシュトは嬉しそうな笑みを、黒猫の顔の満面に浮かべている。

 

「外套も、カーディガンも、ディルナが着るようになるのが愉しみだ。冬は苦手だが、今年は来るのが待ち遠しいな。ああ、そうだ、その手提げ袋も、ディルナが使うようにすると良い」

 

 では、お茶にするかね、と、レルシュトは、ディルナとザージュに向かって声を掛けた。

 

 


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