第10話 初めてのお使い
地下室の片付けに向かおうとすると、レルシュトに呼び止められた。
「はい、レルシュト様」
「今日は、ちょっと、お使いを頼まれてくれるかな? まだ、外を案内したことは無いが、難しい場所ではないから」
「はい! 分かりました」
「この二箇所だよ。代金は渡してあるから、品物を受け取ってくればいい」
レルシュトは言いながら、紙を一枚、手渡してきた。
それは、簡単に書かれた地図で、レルシュトの屋敷から真っ直ぐに伸びる道を少し歩いた所の、道の両側、に印が付けられ、イェリエラという裁縫屋と、ティメセロムという靴屋さんらしかった。
「さほど遠くは無いし、大きめの看板が出ているから直ぐに分かるはずだよ。道の両側だから、片方わかれば簡単なはずだ。どうしても分からないようなら、迷う前に一度、戻っておいで」
そう言いながら、大きめの手提げ袋も手渡してきた。
「分かりました。気をつけて行ってきます」
手提げ袋は豪華な布でできていて、たっぷり収納できる大きさだったので、手で持つと地面についてしまいそうだ。
袋の紐を肩に掛けるようにして持つと、丁度良い感じだった。
広い玄関から外に出ると数段の階段があり、そこから門まで割と距離があることを知った。更に、門を出ると、そこは公園のような場所になっている。最初に来た時、空から来て門の近くに降りたので、周囲のことは全く見ていなかったし、屋根裏部屋の窓からは、屋根が邪魔して公園は見えていなかった。
公園から緩い階段が数段、そこから広い道が始まっている。
広い道は、両側に歩道がある感じで、真ん中の広い部分は、馬車が通るのかな? と、ディルナは考える。
歩道と真ん中の広い道との境に、街路樹なのか、百日紅がずっと植えられていて白や桃色の花を咲かせている。夏が終わりに近づいているのか、花と実が混じった感じだ。
横道も無いので、迷いようもないものの、道の真ん中を歩くのは怖いので、まずは右寄りに、樹木と建物が並ぶ間を歩いていった。
程なく、『イェリエラ 裁縫屋』と書かれている看板を見つけることができた。
扉にも、同じ文字が書かれ、扉の途中には、透明な板が嵌められていて、建物の中を見ることができた。
「こんにちは」
中に誰か居るようなので、扉越しに声を掛けてみた。
「おはいり」
少し、しわがれたような声がして、扉は自然に開いた。
「失礼します。レルシュト様から、お使いを頼まれて来たのですが」
人間の老婆に似た、柔らかな笑顔の、少し肌の色が青みがかっている妖精界の住民が、ディルナの声に、笑顔を見せる。
「ああ、成程。わしがイェリエラだよ。そうかい、お前だね。品は、出来ているよ。此方へ来てごらん」
手招きされ、少し首を傾げて近づいて行くと、ディルナは、バサリ、と、頭巾付きの外套を着せつけられていた。手提げ袋は、いつの間にかテーブルの上に置かれている。
「あっ」
「おや、大きさは丁度良さそうだね。フードも良い感じだ。少しくらい成長しても、これなら問題あるまい。ほら、見てごらん」
イェリエラがそう言うと、ディルナの前に姿見の鏡が現れる。
紺色の外套は、長さがタップリあって、とても暖かだった。フードだという頭巾の大きさも丁度良く、これなら雪が降っていても平気で歩けそうな感じだ。
袖は長めでレース飾りの先が少し出るか出ないかくらい。
襟は立てることもできて、首から顎辺りまで暖かく包むこともできる。
「まだ、冬には遠いけれど、急に寒くなる日もあるからね、こういうものは、早めに用意しておいた方がいい」
それから、と、今度は、鮮やかな青の、首飾りの宝石と、そっくりな色合いの膝丈の外套に着せ替えられた。
こちらも、フードがついているし、襟の造りも同じようだ。
「これ、ボクの着るものなんですか?」
恐る恐る、ディルナは聞いた。すっかり、レルシュトのものを取りに来たつもりで居たからだ。
「そうだよ。レルシュト様からの、ご注文だけれど、お前のものよ。ディルナというのだろう? 大きさが大丈夫かどうか、確かめたくて来て頂いたというわけなんだよ」
イェリエラは、まだあるよ、と言いながら、外套を脱がせると、今度は、ふわふわの白い毛糸で編まれた腰丈くらいの前開きの上着を着せつけた。
「カーディガンと言うんだよ」
部屋の中で、着るのに丁度良い感じ。レルシュトに用意して貰ったブラウスとスカートに良く合う感じだ。
「わぁ、可愛いし、柔らかくて素敵!」
柔らかな糸で編まれている衣服は、初めてみたので、驚きが大きい。レルシュトが用意してくれたブラウスもスカートも、初めてみるものだったし、さっき着せられた外套も、こんな形のものは初めてだけれど、布地である分、なんとなく馴染みな感じにはなっていた。
しかし、この柔らかなカーディガンは、初めての感触で、幸せ感じさせる、ぬくもりがある。
「これは、色違いで、もう一着、ほら」
今度は、ふわふわで、焦げ茶のカーディガンだった。
こちらも、不思議とレルシュトの用意してくれた衣服の上に羽織るのにピッタリな感じだ。
「これで、いつ冬が来ても安心だね。まぁ、まだ夏も終わってないけれど」
夏だというけれど、長袖のブラウスで出かけてきても暑い感じはあまりしなかった。でも、冬への備え、というのであれば、妖精界にも四季がある、ということなのだろう。
「ありがとうございます。これ、イェリエラさんが、作ってくださったんですか?」
裁縫屋、と看板が出ていたから、外套はそうなのだろうが、このふわふわのカーディガンも裁縫屋さんの仕事なのだろうか?
「ああ、外套の方は、確かに、わしが作ったが、カーディガンは、娘が編んだものだよ」
ディルナが不思議そうにしていると、イェリエラは、にこにこ笑いながら応えた。
「娘さんが、いらっしゃるんですね」
「娘は編み物が好きでね。裁縫屋になるのは諦めて、編み物ばかりしているよ」
「編み物、初めて見ました。すごく、ふわふわで素敵です!」
イェリエラは、自分のことのように、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そのうち、娘の店の方にも、行ってあげておくれ。ちょっと遠いのだけどね。編み物で作ったものが沢山あるよ。レルシュト様に聞けば、地図を書いてくださるだろう」
「わぁ、それは是非、お伺いしたいです」
そんな会話をするうちに、イェリエラは、手際良く、外套とカーディガンを畳んで、ディルナが持ってきていた手提げ袋へと詰め込んでくれていた。
「ありがとうございます。外套もカーディガンも、とても素敵で、凄く嬉しいです」
ぺこりと頭を下げて、手提げ袋を受け取って、肩に掛けた。タップリと膨らんだ袋は、不思議なほど軽い。
「是非、また、遊びにでも来ておくれ」
そう言って、イェリエラは、ディルナを送り出してくれた。
そのまま、ディルナは、道の反対側にある、『ティメセロム 靴屋』という看板を目指して、歩いて行った。




