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王城の立ち入り制限区画から出るのは、この世界に来て実は初めての事だ。
召喚の間も図書館も、区画内にある。私が使わして貰ってる部屋も、客間として仕立てたものだから。
異世界から人を召喚したという事実を、王城で知っている人物は限られている。
だからミトさんは、私が他の人達に侮られないように、沢山の豪華な装飾を付けてくれた。いつもは私がごちゃごちゃ付けるのが嫌で、断っているけど。身分高く見せる事の重要性を、これでもかと丁寧に説明された。
今向かっている先は、宰相さんの執務室。その執務室に向かう廊下では、他の官僚さん達など王城で働く人が行きかう。
幅広い廊下を、まるで私は我がもの顔で歩く。サイダスさんが先導してくれて、ミトさんが私の後ろで付いてきてくれる。どこかのお姫様みたいだ。
執務室の隣りにある、待合室まで来た。緊張してくる。
こういう偉い人との話し会いで、良かった事とか楽しかった事は無い。経験上、吐き気がしてくるような、悪いイメージしか起きない。
「それでは、アカネ様。我々はこちらで、待っておりますので」
サイダスさんの呼びかけに、思わず胃がきゅーと痛くなった。
「私、一人で面会なんだ……」
扉をノックして返事がしたので、自ら開けて入った。
無駄な物が無い、シンプルな内装だ。
部屋の中央辺りで、佇んでいるのが宰相さんかな。
「はじめまして。アカネです」
「ようこそおいで下さいました。この国で宰相の役職を、任されている者です。どうぞお掛けになって下さい」
この人が宰相さんか、温和な人って感じのイメージだ。とても人を罵倒するようには、見えないけれど。もしかしたら、作り顔ってやつかな。部下に接するときは、厳しいのかもしれない。
宰相さん、名乗ってくれなかったなぁ……。
「異世界から来た貴女には、分からない事が多いでしょう? 不安や恐怖といった感情に、つらい思いもされた筈。心中お察しします」
さすがに来た日の夜は、不安だった。でもここは嘘をついて、はったりをするところだと思う。
「いいえ。全然、大丈夫です。フェルがこの国の成り立ちや、血筋の事を教えてくれましたから」
「ほぉ。それはそれは。フェルウォーク様が貴女に、血筋の事をですか」
以外だったのかな? それとも、驚いたフリをしているだけ?
「ミト様も、貴女の見方をされている。いやはや。これではまるで、我々が敵のように映ってしまいますな」
「宰相さん達は、この国の為に動いているだけだと、わりきっています」
「そう言って頂けると、心の荷が軽くなるようです」
間があって、宰相さんが話しを変えた。
「ところで……、ネイト殿下には、お会いしましたね? いかがでしょう?」
「会いました。えっと、いかがというのは、何についてでしょうか?」
宰相さんは、まるで明日の天気の話しでもするかのように、何気なく言った。
「だいぶ人に近くなったと、思いませんか?」
咄嗟に言葉が出なかった。図書館にあった[人の定義・改訂版]というタイトルが、頭を過る。
「もしかして……ネイト殿下は、知らないんですか? 王家の血統の事を?」
「ええ。殿下は勉学が、お好きではないものですから」
宰相さんは、笑っていた。
「王家や我々貴族に、化け物の血が入っているとは知りません。化け物の子孫など、惨めな思いを次代の王にさせるわけには、いきませんからね」
「化け物なんて、言わないで!!」
思わず怒りで叫んでしまった。いつのまにか膝の上で拳を握り、自分の爪が掌にくいこんで痛い。
「アカネ様、貴女は見たことが無いでしょう。我々の先祖が、どのような者なのか。フェルウォーク様にも、その血が流れています」
宰相さんがこちらを窺うように、目を細めた。
「貴女は化け物の子孫を、愛せるのですか?」
「私は、フェルを愛せます! もしもフェルが、惨めな思いをしてて、つらいのなら私が支えになる。笑いあって、毎日を過ごせる関係を作る。誰にも、邪魔させない」
宰相さんが扉のほうに注視した。さっきまでの表情も声も、作ってあるものだと分かる。
安堵したような声だった。
「よかった。ようやくフェルウォーク様に、心の拠り所となる方が現れた」
立ちあがった宰相さんに、一応確認する。
「面会は、終わりでいいんですよね?」
「はい。貴女の決意を、聞けただけでいいのです」
扉へと近づく、誰かが来たのかミトさんが対応する声がした。
耳を澄まして、会話を盗み聞きする。
「アカネは、怒っていないのか?」
「御本人に直接聞かれては、いかがでしょう?」
不意に扉が開いた。開けたのは、ミトさんだった。
「アカネ様、どうぞこちらへ」
駆け寄って来たフェルを、両手を突きだして止めた。
「なぜだ? アカネ」
まるで捨てられた子犬のような、切ない瞳で見ないでほしい。私がすごく、意地悪しているみたいだ。
「きっとフェルは、ぎゅっと抱きしめる」
「当然だ。数日間、会えなかった恋人に、なぜ抱擁を求めてはいけない?」
「抱きしめた後は、たぶん、キスすると、思うの」
「ああ」
にこにこ笑いながら返事をするフェルを、まともに見ていられなくて逸らす。
「そ、その、後は……後というか、先、は……私達には、まだ、早いと、思うの」
はずかしくて、言葉がうまく出てこない。口籠ってしまう。
あの日、図書館でフェルに応えなかった事を、思い出して切ない。
平坦な声で、聞かれた。
「……先を、知っているのか?」
すごい質問だ。沈黙で答えても、いいかな。
顔が熱い。思わず両手で、顔を覆って隠した。
「知らないよ。だから、まだ、待って」
すこし待っても、返答がこない。
指の隙間から、フェルを窺う。
「ね? お願い……」
口元をゆるめながら、フェルは同意してくれた。
「わかった」
部屋を出て階段を降りようと、裾を摘まんで僅かに持ち上げる。そうしないと自分のスカートを踏んで、転んでしまう。
ゆっくりと降りて行く私に、フェルが気付いて手を差し伸べてくれる。でもすぐに何かに気付いたのか、その手を下ろしてしまった。
「フェル?」
「アカネが、触れてはいけないと言ったから……」
「そこまで言ってないからね? 触れても……いいんだよ?」
顔が熱くなってくる。言いながら、恥ずかしさでいっぱいだ。
ふと思い出したかのように、フェルが呟いた。
「触れてもいいのなら……」
フェルが上着の内ポケットから、何かを取り出した。私を召喚する時に使われた、ネックレスだ。
「付けてもいいか? アカネが向こうの世界で、最後を終えているのなら、この石は反応しない」
「いいの? 大切な物でしょ?」
髪に絡まないように、丁寧な仕草でネックレスを付けてくれた。
「俺にとってこれは、大事なお守りだ。だからこそ、アカネに付けていてほしい」
「わかった。肌身離さず、付けるね」
私が手を差し出すと、フェルが優しく包むように、握り返してくれた。
「アカネ、明日は街に出かけるか」
「うん。出かけたい。デートだね! 嬉しい!!」
はしゃいでいたら、スカートの裾を踏んだ。躓き転びそうになる。
フェルが受け止めてくれた。
私はぎゅうっと、フェルを抱きしめた。
「デートだけじゃないよ。他にも、いっぱいしたい事あるんだ。お弁当作って、フェルに食べてもらったり。あとは……」
「ああ。アカネがしたい事、全部しよう」
「そ、それじゃあ……今、したい事言っても、いいかな?」
「もちろんだ」
例え種族が違くても、生まれた世界が違くても、私達には関係ない。
過去を振り返って、悲しむのは終わり。
未来を見つめて、幸せを噛み締めるだけだ。
「キス……していい?」




