身勝手な手紙と、氷の辺境伯の怒り
アスラン辺境伯領の呪いが浄化されてから、数日が経ちました。
あんなにドス黒かった霧は完全に消え去り、今では見違えるような青空が広がっています。大気の状態、最高か?
守り神である『聖なる大樹』が瑞々しい葉を揺らす城下町では、活気を取り戻した領民の方々が、私を見かけるたびに「エレナ様!」「私たちの女神様!」と、笑顔で採れたての果物や高級そうな花を限界突破でプレゼントしてくれるのです。私、ただ薬草すり潰しただけなんだけどな……。
「エレナ、今日も領民に大人気だったな」
辺境伯城の、まばゆい光が差し込む贅沢な応接室。
ギルバート様は、私が作ったばかりの『安眠のアロマ香』を焚いた紅茶を美味しそうにすすりながら、愛おしげに目を細めました。何この顔面国宝、絵面が強すぎる。
「いえ、皆さんがあまりに温かくて……。実家にいた頃は、こんな風に誰かに感謝されるなんて、思いもしませんでした」
ポツリと漏らした私の言葉に、ギルバート様の美しい眉がピクリと跳ねます。あ、地雷踏んだかも。
「……改めて、そのボルドー伯爵家とやらの無能さには呆れるな。これほどの至宝を地下室に閉じ込め、あまつさえゴミのように捨てるとは。我が領の騎士団を差し向けて、今すぐ物理で更地にでもしてやろうか?」
「ふふ、そこまでしなくても大丈夫ですよ。あそこはもう、勝手に自滅(セルフ経済崩壊)しているはずですから」
私がクスリと笑った、その時でした。
応接室の扉が、控えめにノックされます。入ってきたのは、ギルバート様の側近である執事のセバスさん(安定のセバスチャン系有能執事)でした。
「ギルバート様、エレナ様。少々、不躾な便りが届きまして……」
セバスさんが困惑した表情で銀のお盆に乗せて差し出してきたのは、見覚えのある、成金趣味の派手な紋章が押された手紙――実家のクソ親父からのものでした。
手紙の宛名は、なんと私。
ギルバート様が「俺が読もう」と手紙を奪い取り、低音イケボで内容を音読し始めました。
『エレナへ。
お前を伯爵家から除籍した件だが、温情により撤回してやる。
現在、リリアが体調を崩し、一時的に香水の調合が難しくなっている。お前が調香室に仕込んでいた“ベースの液体”も底を突いた。
大物貴族への納品が遅れれば、我が家だけでなく国全体の損失だ。
出来損ないのお前でも、少しは家族の役に立ちたいだろう? 今すぐ王都の屋敷に戻り、地下室でベースの調合をワンオペ再開しなさい。戻るなら、これまでの不敬はすべて許してやる』
「――だ、そうです」
読み終えたギルバート様の声は、低く、冷たく、周囲の空気を一瞬で絶対零度に氷結させるほどの威圧感を放っていました。応接室のガラス窓が、ビリビリと彼の怒りの魔力で震えています。ヤバい、リアルに室温下がってきた。
「許してやる……? 我がアスラン辺境伯家の『正妃』となる女性に向かって、随分な物言いだな」
ギルバート様は、冷酷な笑みを浮かべながら、手紙をこれ以上ないほどバリバリと細かく引き裂き、そのまま暖炉の炎の中へとノータイムで投げ捨てました。ファイヤー。
「エレナ。安心しろ。お前はもう二度と、あのような産業廃棄物のゴミ溜めに足を踏み入れる必要はない」
「はい。……ありがとうございます、ギルバート様」
私は深く微笑みました。
手紙の内容から察するに、実家はやはり大パニックに陥っているようです。
「リリアが体調を崩した」というのは100%大嘘で、単に本物の香水が作れないのを隠す言い訳でしょう。私を連れ戻しようとするなんて、もう完全に手札が尽きて詰んでる証拠です。
◇◇◇
その頃、王都のボルドー伯爵邸。
「どうして……どうしてエレナは戻ってこないのよぉおおお!」
ボルドー伯爵は、狂ったように髪を掻き毟っていました。
上から目線のクソデカ態度で手紙を出せば、あのおとなしくて従順だった社畜娘は、泣いて喜んで戻ってくると思っていたのです。認知歪みすぎでは? しかし、返信すらありません。お前のメール着拒したわ、レベルのシカトです。
それもそのはず、伯爵は「エレナがアスラン辺境伯に拾われた」という事実をまだ知りません。夜会の外で馬車に乗せられたという目撃情報はあっても、まさかあの『氷の死神』が直々にエレナを拉致同然の過保護モードで連れ去ったとは、夢にも思っていないのです。情報強者の辺境伯なめんな。
そこへ、バンッ!と調香室の扉が勢いよく開きました。
「お父様! 大変よ! ヴィンセント公爵家の使いの騎士様たちが、屋敷をガチで囲んでいるわ!」
リリアが、涙と鼻水でメイク崩壊した顔で飛び込んできました。
すでに公爵家への納期は三日も過ぎています。リリアが必死に魔力を込めて作った香水(笑)は、ただの「異臭を放つ泥水」であり、それを納品された公爵夫人の呪いはさらに悪化してしまったのです。医療ミスレベルのやらかしです。
「ボルドー伯爵! 閣下からの伝言だ!」
部屋に踏み込んで突撃してきたのは、鎧をまとった強面の騎士たちでした。
「粗悪な偽物を納品し、公爵夫人を危険に晒した罪は重い! 本日をもって、ボルドー伯爵家へのあらゆる経済支援を停止、および魔術ギルドからの永久追放を言い渡す! さらに、爵位の剥奪と財産の全差し押さえの手続きが開始された!」
「そんな……っ! 嘘でしょ!? 私は天才調香師なのよ! 何かの間違いよぉおお!」
「リリア、静かにしなさい! ああ、公爵様、お待ちください! すぐに、すぐに本物を作らせますから、執行猶予をぉぉ!」
騎士たちに物理で引きずられていくボルドー伯爵とリリア。見苦しさマックスです。
元婚約者のセドリック公爵令息も、すでに
「あんな無能な詐欺師の姉妹など、最初から婚約者ではない」とリリアをトカゲの尻尾切りのように見捨て、自分だけ保身に走っているようですが、時すでに遅し。公爵家全体の連帯責任として、彼の人生のステータスも無事死亡していました。乙。
私を地下室に閉じ込め、冷遇し続けたクソ人間ども。
彼らが築き上げてきた偽りの栄華は、私という『ガチの土台』を失ったことで、信じられないほどの爆速で音を立てて大爆死していくのでした。




