漆原 玲の視点
頭部に装着した重厚なヘッドマウントディスプレイ(HMD)の全天周モニターに、上空三百メートルから見下ろした島の白日下の全景がクリアに投映されていた。
視界の隅に表示された各種インジケーターが、緑色の数値を淡々と刻んでいる。
『通信リンク:良好/飛行可能半径:15.0km/残弾数:480発』
このドローンは、主催者から最初に支給されたパックの中に入っていた「指示書」に従い、指定の回収ポイントで手に入れた代物だ。一般的なホビー用とは一線を画すそこそこの大型機で、機体下部には軍用の小口径機関砲が底を這うようにマウントされている。その貫通力は絶大だ。薄い木造建築や民家の屋根など、家の中に潜む標的ごと易々と撃ち抜いて肉塊に変えることができる。
さらに――あの回収ポイントには、ドローン本体と一緒に一きれのメモが残されていた。そこには、島内にある「ドローンをさらに強化・拡張するための専門パーツ(アタッチメントや追加兵装)」が隠されている場所を示す座標と指示が記されていたのだ。そのメモを回収したことで、私の優位性は揺るぎないものとなりつつあった。
ただし、絶大な威力の代償としてリスクも小さくない。
機体は高出力なぶんバッテリー消費が激しく、一度の飛行後には1時間の充電を要する。操作するスマホ本体のバッテリー残量にも常に気を配らなければならない。何より、HMDを装着してドローン操縦に没入している間、私自身の肉体は完全に無防備な無感覚の肉塊と化す。周囲の気配を察知できないこの数分間こそが、最大の死線だった。
(……ん? 街区の路地裏を走るバイク……?)
カメラのズーム倍率を上げ、路地を疾走する菅原宗政の姿を捉える。
その頭上を、別の小型ドローンが蜂のようにまとわりついて降下していくのが見えた。
(……あれは私のドローンじゃないな。久保田の操縦か、あるいは主催者側の監視機か……)
私は冷静に視線を逸らした。
友達や知っている同級生たちの顔が、高解像度のモニター越しに何人画面を横切っていこうと動揺はない。
なぜ自分は、この凄惨な殺し合いにこれほど積極的に参加できているのか。
友達を殺すことに躊躇がないわけではない。自分は狂気にとらわれたサイコパスなどではないという自負はある。だが、私にはこのデスゲームで「最後の一人」として生き残らなければならない明確な理由があった。
今の軍の幹部――制服組のトップや参謀本部のエリートたちの多くは、過去のこの極秘ゲームで圧倒的な戦果を上げてのし上がってきた者たちだ。
貧困家庭に生まれ、金も後ろ盾もない私にとって、選択肢は最初から一つしかなかった。私はすでに卒業後の「空軍電気化学部」への入隊が内定している。内定が決まってからのこの一年、月に一度のペースで召集され、過酷な格闘訓練、軍事機械操作、身の回りの品を凶器に変える即席兵器の作成、そして罠を仕掛けるトラップ訓練を叩き込まれてきたのだ。
樋口錬児や陣内狂介のように、誰もが認める頭脳を持つ一握りの天才なら、日本軍大学へ無償で進学し、安全なエリートコースを歩めるだろう。だが、私のような人間が這い上がるには、実戦で泥をすするしかなかった。
(樋口や陣内みたいな天才と違って、私にはこの方法しかない。だから……このゲームが開催されたのは、私にとって最高のラッキーだ)
胸の奥に冷たい野心を燃やしながら、私はHMDの視界を旋回させ、島内を彷徨う他の獲物たちへと意識を切り替えた。
――画面中央、サーモグラフィの赤外線センサーが二つの鮮明な人影の熱源をキャッチする。
拡大してみれば、そこに映っていたのは同級生の新井心愛と、有栖川詩音だった。
新井の手には、支給品と思われるプラスチック製の玩具――ピコピコハンマーが空しく握られている。どこかのグループに身を寄せていたらしい二人は、上空から迫る私の大型ドローンが発する不気味で重厚なプロペラ音に気付き、あからさまに動揺して顔を跳ね上げた。
死の恐怖に直面した二人は、身を守ろうと路地に面した民家の室内へと逃げ込もうと遮二無二駆け出していく。
玄関のドアへ手をかけ、屋根の下へと滑り込もうとした――まさにその瞬間。
(……無駄だよ)
HMDの暗がりの中で、私は冷ややかに呟き、コントローラーのトリガーを深く引き絞った。
ドドドドドドドドドドッ―――――――――――!!!
機体下部にマウントされた軍用小口径機関砲が火を噴き、重金属の弾丸が豪雨のように掃射された。
木造の屋根や外壁など、この大口径の威力を前には紙切れも同然だった。民家の玄関ごと二人の身体は猛烈な衝撃で木粉と赤黒い血煙の中に呑み込まれ、逃げ込む隙すら与えられずに一瞬で肉塊へと変えられた。
家屋の半分が激しく吹き飛び、静寂を取り戻した画面越しに、私は冷徹に交戦結果を確認した。
(よし……手応えあり。貫通力は十分だ)
だが、私は決して過信していなかった。
このドローンには、まだ決定的な弱点が存在する。現時点のカメラシステムでは周囲が暗くなると夜間の飛行・戦闘ができないのだ。日没までに夜間航行用の暗視センサーや追加カメラパーツを回収し、機体を強化・改造しなければ、夜が訪れた瞬間にこの最大の武器は置物と化してしまう。
ドローンを回収ポイントにあったメモの指示に従って強化するためにも、まずは日中のうちに圧倒的な火力で障害を排除しつつ、パーツの眠る場所へと移動しなければならない。
私は操縦桿を倒し、煙の上がる現場を後にすると、HMDの視界を次のターゲットと強化パーツの座標へと向けた――。




