愛する人
昼の酷暑が照りつける街並みを、菅原宗政はエンジン音を殺しながらバイクで疾走していた。
手に入れた支給品は、頼もしい重厚感を放つショットガン。だが、彼の頭の中を支配していたのは、己の生存よりもただ一人――密かに想いを寄せている同級生、宮内結衣の安否だった。広大な島内、どこに隠れているとも分からない彼女を泥臭く探し回るため、宗政はこの機動力を武器に街を奔走していたのだ。
住宅街の死角となる路地にバイクを滑り込ませ、エンジンを止める。
息を整えようとしたその時、胸ポケットのスマホが震えた。画面に表示されたのは、親友である樋口錬児の名前だった。
(……錬児……!)
チャットの通知を目にした瞬間、胸の奥に灯るような安堵が広がった。無事だったのか。文字のやり取りだけでは物足りず、どうしても奴の生の声が聴きたくなり、宗政は咄嗟に通話ボタンをタップした。
『……錬児か!? 無事か!?』
スピーカー越しに聞こえる親友の声に、生きた泥沼のゲームの中でのわずかな救いを感じる。合流の約束を交わそうとした、まさにその時――。
頭上から、不穏な風切り音と機械的なモーター音が迫ってきた。
(――ドローン……!?)
上空からドローンが、宗政の頭上へと急速に降下してくる。位置を特定された。
『ごめん電話切るな!』
錬児に焦った声を張り上げながらも、宗政は瞬時に通話を切断した。これ以上留まれば、位置情報を撒き散らされる。宗政はバイクをその場に残し、路地の影へと脱兎のごとく駆け出した。
影から影へとなだれ込むように走り抜けた先、チェックポイントとなっている建物の出口から、見覚えのある人影が滑り出てくるのが見えた。
西園寺琉生だ。
(あいつ、もうチェックポイントを通過したのか……!)
西園寺の姿を横目に、宗政はある区画の境界線を踏み越えた。
その瞬間、ポケットの中でスマホがけたたましい警告音とともに真っ赤に発光し始める。
『警告:危険区域に侵入。退避カウントダウンを開始します』
画面に刻まれるのは、死への猶予を示す「10」の数字。
9、8、7――
「ちくしょうッ……!」
宗政は喉を締め付ける焦燥感とともに踵を返し、倒れ込むような勢いで境界線の外へと飛び出した。カウントが「1」を刻む直前、なんとか安全圏へと滑り込む。ハァハァと荒い息を吐き出しながらスマホを押し込むと、宗政は迷うことなく路地裏のバイクへと全力で疾走して戻った。
ヘルメットを被り直し、キックペダルを踏み抜く。
激しい爆音とともにバイクが跳ね上がった。
錬児たちの無事は確認できた。なら、次は――必ず結衣を見つけ出す。
銃を背中に固く背負い直し、宗政は再び昼の危険な街へとアクセルを全開にした。
頭上をかすめていったドローン。その不気味なプロペラ音を背に受けながら、菅原宗政は背中に冷や汗が伝うのを感じていた。
(……待てよ。本当にあれは『主催者側』のドローンか……?)
走る脳裏に、二人の同級生の顔が浮かぶ。
一人は『日本ドローン大会・大人の部』で優勝した実績を持つドローン部部長――久保田蓮。
もう一人は、電子工作とプログラミングの怪童として校内でも名を馳せていた漆原玲。
どちらも機械制御やカスタムプログラムには異常なほど精通している。あのドローンが単なる周囲の偵察機なのか、それとも自家製の爆弾や刃物を積んだ『攻撃型殺戮ドローン』に改造されているのか……遠目からでは判別が全くつかない。どちらにせよ、不用意に視界に入り続けるのは自殺行為だった。
路地に引き返し、宗政はバイクを物陰に隠すと、ポケットからくしゃくしゃになった手書きのメモを取り出した。
「……この辺りのはずだ」
メモに記された座標を頼りに視線を走らせる。目の前に立っているのは、ごく普通の清潔な住宅だった。島民が立ち退かされたのは、わずか2週間前。玄関脇の傘立てや表札、窓越しに見える生活雑貨はつい昨日まで人が暮らしていた気配を色濃く残しており、それがかえって狂気のゲーム会場に選ばれた現実を恐ろしく際立たせていた。
その民家の門前に、明らかに不自然な形状をした歪な石が置かれていた。
宗政は身をかがめ、周囲を警戒しながらその重い石を力任せに退かした。
石の下の地面がわずかに窪んでおり、そこには泥にまみれたプラスチック製の小型ケースが埋め込まれていた。蓋を開けると、ぎっしりと詰め込まれた12ゲージのショットガンの弾薬が鈍い光を放っていた。
「……よし、あった……!」
素早く弾薬を胸のポーチとポケットへ詰め込み、ショットガンの弾倉へと力強く装填していく。ガチャン、と重厚な金属音が静寂に響く。
弾薬を確保した宗政は、2週間前まで確実に温かい営みがあったはずの、目の前の玄関を見上げた。
(……もしかしたら、この中に結衣がいるんじゃないか?)
ほんの一筋の、甘い希望が胸をよぎる。
自分の行動がどれほど狂気的で、危険極まりないものかは重々承知していた。事実、ここまでバイクを走らせてくる間にも、何人かの同級生と路地裏や住宅の陰で出くわしていた。幸いにもお互いに武器を構えつつ静かに距離を取ったため殺し合いには発展しなかったが、次はどうなるか分からない。一歩踏み外せば即座に撃ち合いになる緊迫した状況だ。
それでも、結衣がこのドアの向こうで怯えているかもしれないと思うと、足を止めることなどできなかった。
宗政はショットガンを低く構え、引き金に指をかけたまま、鍵の開いた玄関ドアを静かに押し開けた――。




