坂井莉乃の視点
サブマシンガンの冷たい感触を掌で確かめながら、坂井莉乃はチェックポイントの物陰から、白日の島を見下ろしていた。
ゲーム開始直後から、莉乃は迷うことなくこの建物を目指していた。周囲の地形を把握し、武器を確保し、敵となり得る人間の動向を観察する。ここを拠点に選んだのは、島を広く見渡せるうえ、身を隠すにも都合がよかったからだ。
そして、ここにたどり着くまでの間に、彼女はすでに三人の同級生を葬り去っていた。
最初の標的は、真壁隼人。
実家が裕福な真壁は、金払いのいいお坊ちゃんだった。莉乃にとっても、かつては利用価値のある人間だった。下級生の女子を2人用意してあげて中出し3Pをさせてあげたこともある、彼から相応の金を引き出してきたのである。
真壁は莉乃のを怖がっているいつも女の子をあてがってほしい時は元締めの坂井莉乃ではなく遠藤 舞に話す。真壁は明らかに坂井莉乃を避けていた
ゲーム開始の合図が鳴り響いた直後、真壁の近くに控えていた橘咲良が、何食わぬ顔で彼に接近した。
パニックに陥りかけていた真壁は、見知った顔を見つけて安堵したのだろう。咲良に助けを求めようとした、その一瞬の隙を突かれた。
咲良は袖口に隠していた支給品の毒針噴射器を、真壁の首筋へと押し当てた。
短い作動音。
微小な毒針が皮膚を貫き、真壁の身体から力が抜けていく。彼は目を見開き、何かを訴えようと唇を動かしたが、声にならなかった。やがて膝が折れ、くぐもった呻き声とともに地面へ崩れ落ちた。
咲良は、倒れた真壁を一瞥しただけだった。
迷いも、ためらいもない。
莉乃の指示を、最後まで忠実に実行したのだ。
二人目は、成瀬拓真。
成瀬は、森下薫に執着していた男だった。彼女に金を使うため、九条頼斗が裏で結成した半グレグループの傘下に潜り込み、MDMAや大麻を売りさばいて金を稼いでいた。
金が欲しいだけなら、ほかにも方法はあったはずだ。それでも成瀬は薫にこだわった。彼女を手に入れることで、自分の男としての価値を証明したい。ほかの男に奪われたくない。そんな歪んだ独占欲が、彼をますます深みへと引きずり込んでいた。
(……まあ、薫には四十代や五十代のパパ活客も大勢いたってことは、墓場まで黙っといてあげるけどね)
莉乃は心の中で皮肉っぽく笑った。
成瀬が薫に執着していることは、最初から把握していた。だからこそ、彼の行動を予測するのは難しくなかった。
ゲーム開始後、成瀬が隠れ家として使っていた宿屋へ向かうことを見越し、莉乃は薫に接触を命じていた。
薫は怯えたふりをして成瀬の部屋に入り、彼の自尊心と欲望を巧みに刺激した。意中の少女を独占できたという優越感に浸る成瀬は、周囲への警戒をすっかり失っていた。
その隙を、薫は逃さなかった。
持ち込んでいた催涙スプレーを浴びせ、混乱する成瀬を制圧する。最後まで抵抗しようとした彼も、やがて動かなくなった。
すべてが終わるまで、薫は自分の役割を投げ出さなかった。
チャットで実行したと連絡があり合流場所を送った
恐怖がなかったわけではないだろう。だが、彼女は莉乃の指示を実行した。
それが何より重要だった。
そして三人目は、日向葵衣。
真壁を始末した咲良から、莉乃は彼の支給品だった地雷を回収していた。使い道は、すでに決めていた。
チェックポイントへ続く経路。そのうち、見通しが悪く、足元への注意が散漫になりやすい場所に罠を仕掛けた。
あとは、誰かが通りかかるのを待つだけだった。
ほどなくして、日向葵衣が現れた。
周囲を警戒している様子はあったものの、足元にまで注意が行き届いていたわけではない。
乾いた爆音が、島の静寂を切り裂いた。
土煙が舞い上がり、悲鳴が遠くまで響き渡る。
莉乃は物陰からその光景を見届けると、静かに息を吐いた。
(これで三人……順調ね)
三人の死に、彼女は特別な感慨を抱かなかった。
それよりも、気にかかっていたのは別のことだった。
咲良も、薫も、莉乃の指示をやり遂げた。
二人が何を考え、どんな恐怖を押し殺していたのか。そのすべてを知っているわけではない。それでも、結果だけは明白だった。
彼女たちは逃げなかった。
命令を疑わず、標的を前にしても手を止めず、自分に与えられた役割を果たしたのだ。
莉乃の口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。
咲良だけではない。
神谷香織 森下薫、中川彩乃 、遠藤舞。
莉乃が手塩にかけて育て、時間をかけて信頼を築き、自分の側へと引き寄せてきた五人。
彼女たちは、もはや単に莉乃の言葉に従うだけの仲間ではなかった。
互いの弱さを知り、秘密を共有し、何度も同じ時間を過ごしてきた。莉乃にとって、五人は自分の意思を理解し、必要なときには迷わず背中を預けられる存在だった。
だからこそ、彼女たちが自分の教えを実践し、殺人さえも躊躇なく遂行できるようになったことに、莉乃は言いようのない満足を覚えていた。
もちろん、それは普通の人間が抱くような喜びではない。
自分が教えたことが正しかったと証明されたような感覚。自分の言葉が彼女たちの中に根づき、行動を変え、決断を下す力にまでなったという実感。
それは教育の成果を確かめた教師の達成感に似ていた。
ただし、彼女が教え込んだのは、人を救うための知識でも、誰かを守るための正義でもない。
必要と判断した人間を排除することを、ためらわずに選べる心だった。
(みんな、ちゃんとできたじゃない)
莉乃は、心の中で五人に語りかけた。
(私の教えを、ちゃんと理解してくれた)
その思いに満たされる自分を、彼女は疑わなかった。
ふと、莉乃は建物の窓際へ視線を移した。
侵入した際に見つけた望遠鏡が、今もそこに置かれている。
彼女はそれを覗き込み、島の遠景を注意深く探った。
やがて、ある場所で視線が止まった。
九条頼斗が、赤木駿の首をへし折る瞬間だった。
あまりにもあっけない決着だった。
莉乃は望遠鏡から目を離した。
(やっぱり、九条は危険ね)
九条頼斗のような人間は、この殺し合いを単なる生存競争とは考えないだろう。むしろ、他人を支配し、自分の力を証明するための舞台として利用するはずだ。
彼には、人を従わせるだけのカリスマがある。それに加えて、目的のためなら手段を選ばない危うさも備えている。
放置しておけば、いずれ自分たちの前に立ちはだかる。
そして、警戒すべき相手は九条だけではなかった。
空軍電気化学部への入隊が決まっている漆原玲のように、軍事関連の組織への進路を定めている人間もいる。そうした人間が、このゲームで何を優先するのかは分からない。
実績を求めて積極的に動くのか。それとも、組織で培った知識を生かして慎重に生き残ろうとするのか。
いずれにせよ、彼らを無害だと決めつけることはできなかった。
莉乃はサブマシンガンを握り直した。
危険な人間を見極め、先手を打つ。利用できるものは利用し、排除すべき障害は排除する。
そうしなければ、六人全員で島を脱出するという目標は、ただの夢で終わってしまう。
――六人。
莉乃は、胸の奥でその数字を確かめた。
自分と、五人の仲間たち。
彼女は自分を冷酷な人間だと理解していた。他人の命を奪うことに躊躇はない。目的のためなら、相手の弱みを利用することも、非情な決断を下すこともできる。
けれど、だからといって、誰に対しても同じ気持ちでいられるわけではなかった。
咲良も、香織も、薫も、彩乃も、舞も。
五人は、彼女にとって使い捨ての駒ではない。
彼女たちと過ごした時間は本物だった。築き上げてきた信頼も、共有してきた秘密も、莉乃にとってはかけがえのないものだった。
だからこそ、五人を失うつもりはなかった。
自分ひとりが生き残るために仲間を犠牲にするなど、考えるだけでも腹立たしかった。
莉乃が望んでいるのは、ただ一人の勝者になることではない。
六人全員で生き残り、六人全員で島を脱出すること。
そのためなら、ほかの人間が何人倒れようと構わない。
その考えがどれほど歪んでいるのか、莉乃は理解していた。
理解したうえで、少しも改める気はなかった。
(利用できるものは全部利用する。危険な相手は、手遅れになる前に排除する)
莉乃は窓の外へ目を戻した。
(私たち六人で、最後まで生き残る)
サブマシンガンの安全装置を解除する。
小さな金属音が、静まり返った建物の中に響いた。
莉乃は再び物陰に身を潜め、島の動きを見守り始めた。
仲間を信じている。
仲間が自分を信じてくれていることも、疑っていない。
そして、その信頼を守るためなら、どこまでも残酷になれる。
坂井莉乃にとって、それは矛盾ではなかった。
むしろ、仲間を誰よりも大切に思っているからこそ、彼女は平然と他人を切り捨てられるのだった。




