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屍窓(しそう)に映る影

ゲームが開始されてから、ちょうど五時間が経過していた。


埃っぽい空き家の畳に膝を突き、小渕詩織が重い吐息とともに呟いた。その華奢な肩には、不釣り合いな重厚さを放つ金属製ヌンチャクが斜め掛けに回されている。その声には、どこか現実感を拒絶するような甘さが残っていた。


「ねえ……本当に、この島で殺し合いなんて始まってるのかな。みんな、ただ怯えて隠れてるだけなんじゃ……」


「甘いこと言うな。いつ誰と鉢合わせるか分からないんだぞ」


俺――樋口錬児は、手元に引き寄せた密閉缶の冷たい金属面に指を這わせながら答えた。


支給されたパックを開けたとき、中に入っていたのはこの重厚な金属缶だけではなかった。底の隙間から滑り出てきた一枚の黄ばんだ羊皮紙――そこには、島内に点在する『その他の危険な化学薬品』の隠し場所と、それらの保管座標が几帳面な筆致で記されたメモが同梱されていたのだ。


この缶の中身だけでも、触れる者すべてを惨劇に巻き込む毒性ガス『化学兵器』が封入されている。手元にある絶大な破壊力と、島に眠るさらなる致死性薬品の所在。それは俺にとって唯一の命綱であり、同時にいつ弾けるか分からない呪いそのものだった。


俺は胸ポケットからスマホを取り出し、画面をタップした。呼び出し音が数回鳴った後、画面が通話状態へと切り替わる。親友の菅原宗政だ。


『……錬児か!? 無事か!?』


スピーカー越しに聞こえる宗政の低い声に、荒かった俺の呼吸がわずかに落ち着く。あいつが手にした支給品は強力なショットガンだ。その火力を頼りに、俺たちはなんとか合流の約束を取り付けようとしていた。


「ああ、なんとか無事だ。俺は今、詩織と一緒だ。崩れた住宅街の空き家に隠れてる。宗政、お前は今どこだ? すぐ合流しよう」


宗政が焦ったように「ごめん電話切るな」



宗政との連絡が繋がり、安堵の息を漏らした俺の横で、詩織もまた焦った様子でスマホの画面を何度もタップしていた。グループチャットの画面には、送信したメッセージの横に虚しい既読マークすらつかない。


「おかしいな……桃香(伊藤桃香)も、玲奈(北条玲奈)も、全然返信がないの。他の仲良しグループのみんなにメッセージを送っても、誰も出ない……」


詩織は爪を噛みながら、祈るようにスマホを握りしめていた。グループ通話をかけても、応答のない無機質な電子音が空しく響くだけだった。


「詩織、電波が悪いだけかもしれない――」


慰めの言葉をかけようとした、その時だった。


空き家の腐食した柱の隙間、斜め向かいにある半壊した住宅の二階窓に、俺の視線が吸い寄せられた。


割れた窓ガラスの奥、カーテンが途切れたフローリングの床の上に、倒れている「人影」が見えた。


「……詩織、あそこを見ろ」


「え……?」


詩織が息を呑み、身を乗り出す。


窓際に倒れ伏していたのは、見覚えのある制服を着た男子生徒(高橋陸斗)だった。ぐったりと力を失った腕が窓枠から外へと垂れ下がっている。その背中には、どす黒く変色した血の塊がべっとりと広がり、すでに動く気配は一切なかった。


「……嘘でしょ……高橋くん……?」


詩織の声が激しく震え出す。


胸の奥が冷たく凍りついた。ただのルール説明や脅しではない。本当にゲームは始まっている。この時間の間に、目に見えないところで、確実に命が摘み取られているのだという残酷な実感が、容赦なく脳髄を殴りつけてきた。


誰だ。一体誰が、あいつをあんな無残な姿に変えた? どんな武器で、どうやって殺したんだ――?


電話の向こうで桃香たちが応答しない真の理由が、嫌な予感となって脳裏をかすめる。


その瞬間。


死体の背景となっていた窓ガラスの残骸に、ふっと「影」が落ちた。


部屋の奥から静かに歩み寄ってきた、見知らぬ女のシルエット。


手には軍手と窓ガラスの破片が握られていた

「……ひっ……!」


詩織が短く悲鳴を上げ、咄嗟に口を両手で覆う。


窓ガラスに映るその冷ややかな女の輪郭は、暗闇の中で静かに、だが確実にこちらへと視線を向けようとしていた。 


生存者:残り57名

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