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佐々木悠真の視点

ゲームが始まって初めての死人がでてしまう


俺たちは、指定されたチェックポイントを目指して崩れた住宅街の路地を移動していた。


九条頼斗――その圧倒的な背中を追うたびに、俺の脳裏にはいつもあの日の記憶が蘇る。


中学時代、教室の隅で息を潜めて生きるだけの、誰からも見向きもされない底辺だった俺に、初めて「価値」を与えてくれたのは九条だった。路地裏で他の不良グループに絡まれ、なぶりものにされていた俺を、九条はまるでゴミでも払うような冷徹な暴力で救い出してくれた。「お前、名前は」「佐々木です」「なら今日から僕の目に届く範囲にいろ」。その一言から、俺の世界のすべてが九条を中心に回り始めた。恐怖なのに、どうしようもなく惹きつけられる。この絶対的な強者の隣にいることだけが、俺がこの世界で息をする唯一の証明だった。


だからこそ、このデスゲームに放り込まれたときも、俺は迷うことなく九条に従った。九条軍団――松本翔平、藤田拓海、安藤葵、井上蓮、小林慎之介。あの教室のヒエラルキーをそのまま持ち込んだようなこの集団の中で、俺は九条の忠実な手駒として生きることを選んだはずだった。


だが、現実の暴力は、俺が信奉していたそれよりもはるかに残酷だった。


角を曲がった路地の先で、前方を歩く別の生徒ふたりと鉢合わせした。


向こうもチェックポイントを目指していたのだろう。赤木駿と、もう一人別の生徒が並んで歩いていた。だが、先頭を歩く九条の姿を認めた瞬間、赤木は顔面を蒼白にしてその場に立ちすくみ、膝から崩れ落ちるように腰を抜かしてしまった。


連れの生徒は悲鳴のような息を呑むと、腰を抜かした赤木を置き去りにして脱兎のごとく路地の奥へ走り去ってしまった。誰だったのかを確かめる余裕すらなかった。


逃げ遅れた赤木は、抱えていた金属バットをコトンと地面に落とすと、膝をガタガタと打ち鳴らしてその場にへたり込んだ。あまりの恐怖に、指一本動かすことすらできていないようだった。


通りから一歩踏み出した九条が、不自然なほど柔らかい声を落とした。路上で街の人間を追い込むときにいつも使っていた、相手の警戒を完全に解くための声だ。


「大丈夫か、赤木。一人じゃ危ないだろ。僕たちと一緒に来ないか?」


赤木は青ざめた顔を上げ、ペコペコと頭を下げながらすがるような目を九条に向ける。


「く、九条さん……! ほ、本当に……本当でしょうか……っ!?」


「あぁ。手を取り合っていこう」


九条が右手を差し出す。赤木は震える両手でその手をすがるように握り返した。


「あ、ありがとうございます……! よろしくお願いいたします……っ!」


「後ろから来られると危ないからね。僕らが守るから、君は前を歩くといい」


「は、はい……! 分かりました、ありがとうございます……っ」


九条の言葉に促され、赤木は緊張しながらも足を一歩ふみだした


その瞬間だった。


九条の腕が、素早く赤木の首へ巻きついた。


背後から喉元を深く締め上げられ、立ち上がろうとした赤木の身体が浮き上がる。頸動脈を圧迫された赤木は声すら上げられず、白目を剥いて九条の腕をかきむしろうと爪を立てた。


数秒の痙攣ののち、赤木の身体から一気に力が抜けた。


同時に、ツンとする強烈なアンモニア臭が鼻をついた。ズボンの股間部分が黒く湿り、足元へ向かって茶色い液体が伝い落ちていく。


九条は眉ひとつ動かさず、力を抜いた赤木を地べたへ無造作に寝そべらせた。気を失っているのか、すでに息絶えているのかは判別がつかない。


九条が屈み込み、転がされた赤木の頭部を両手で挟み込んだ。


ボキッ


首の骨がずれる重い音が路地に響いた。赤木の弛緩していた体が最後に小さく跳ねて、完全に動かなくなった。


血を見慣れた手つきだった。力を込めるでもなく、壊れる場所へ淡々と衝撃を落としていく。


後ろで藤田が胃液を吐き戻す音が聞こえた。松本は口を半開きにしたまま、引きつった笑みを浮かべて九条を見つめている。少し離れたところで安藤や小林が周囲を警戒する中、俺は握りしめたサバイバルナイフの柄を手のひらで何度も滑らせながら、その場に釘付けになっていた。掌の汗でグリップが滑る。


九条は立ち上がると、ハンカチを取り出して手を丁寧に拭い、足元に転がっていた赤木のバットを拾い上げた。軽く一振りして重さを確かめると、それを俺の足元へ投げ捨てた。


カツン


「一日二人、死ななきゃいけないんだ。僕らの学年、優しい人ばっかりだからさ」


ハンカチをポケットにしまいながら、九条は息乱れひとつない声でつぶやいた。


素手で殺しておいて、その道具をこちらへ寄越す。これは「従うか、お前も折られるか」という、九条から俺たちへの絶対的な踏み絵だ。


俺は屈み込み、湿ったバットのグリップを強く握り締めた。



拾い上げたバットの重みを両手に感じながら、俺はその敬愛と恐怖の入り交じる背中を追って足を踏み出した――その瞬間だった。



視野の端で、歩いていた藤田の頭部が急激に揺れ動いた。鮮血と細かい飛散物が飛び散り、藤田は声を発することすらなく、糸が切れた人形のようにその場へ崩れ落ちた。金属バットを抱えた手から力が抜け、コンクリートの地面に重い音が響く。


「伏せろ――っ!」


銃声の音は聞こえなかったかなり遠くから撃たれたようだ


九条の指示が飛ぶと同時に、俺たちは弾かれたように身を低くした。


「左側! 建物の上か!?」

「とにかく入れ! 隠れろ!」


九条を先頭に、俺たちは路地の脇にあった半壊した民家へとなだれ込んだ。錆びついたサッシを強引にこじ開け、室内へ飛び込む。土足のまま畳を蹴り、壁の影へ身を潜めた。


背後で重い引き戸を引きつめ、息を殺す。


室内には古いホコリとカビの臭いが充満していた。外の路地には、頭部を撃ち抜かれた藤田の遺体が横たわっているはずだが、誰も確かめようとはしない。


「……長距離射撃か。狙撃手(スナイパー)がいる」


九条は壁に背をあずけたまま、乱れのない低い声で呟いた。その目はすでに、次に取るべき行動を計算するように光っていた。


俺はサバイバルナイフと、拾ったばかりのバットを強く握りしめ、荒くなる息を必死に抑え込んでいた。


生存者:残り58名

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