山間の集落・隠れ家の民家
山のチェックポイントでの通過手続きを無事に終えた渡辺陸斗、三浦大一、上野エリカ(うえの・えりか)、石川薫の4人は、息を殺しながら潜伏拠点に指定していた廃民家へと戻ってきた。
「ふう……なんとか山のチェックポイントはクリアできたな」
陸斗が肩の力を抜き、背中に背負った『AI自動照準機能付き スマート・コンパウンドボウ』の位置を直す。
三浦大一が煙幕弾の予備を確認しながら静かに頷き、防音ヘッドホンを装着した上野エリカが周囲の足音に耳を澄ませる。石川薫は怯えた面持ちのまま、ポケットの中の端末にそっと触れていた。
(運営から届いた、この『首輪爆破特権』……まさか本当に使うような状況にはならないよね……?)
そう心の中で祈りながら、4人が身を潜めていた民家の引き戸を静かに開けた、その瞬間だった。
ガタゴトッ――!!
「――ッ!?」
薄暗い室内で、箪笥や押し入れを荒々しく漁るふたつの影があった。
一人は、165センチのすらりと引き締まった高身長に、服の上からでも明確に主張する豊満なDカップの胸元が目を惹く遠藤舞。モデルを思わせる整った鼻筋と大人びた凛と整った顔立ちの美人だが、その切れ長の両眸には恐ろしいほどの狂信的な光が宿っていた。
そしてもう一人は、158センチほどの小柄で少しふくよかな体型の女子生徒、森下薫だった。くりっとした大きな瞳と柔らかく丸みを帯びた輪郭という愛くるしい顔立ちをしていたが、今はその表情を激しい怯えで硬直させている。
「だ、誰だ……!?」
お互いに予期せぬ遭遇。静寂の部屋の中に、刺すような緊張が走る。
遠藤舞の整った大人の顔立ちに正気の色はなく、ただ冷酷な狂意だけがギラギラと輝いていた。
彼女は驚く渡辺陸斗たちに対し、声一つ発することなく、無言のまま腰のハンドガンを疾風のごとく抜き放った。
「大一、伏せろ――ッ!!」
陸斗の叫び声よりも早く、無言のまま引き金が絞られ、冷酷な乾いた銃声が狭い室内に響き渡った。
バンッ――!!!
「ぐああっ……!?」
最前線にいた三浦大一の胸元に弾丸が突き刺さり、鮮血が飛び散る。大一は苦悶の表情を浮かべ、畳の上に崩れ落ちた。
「大一――っ!!」
突如として放たれた無言の殺意。目の前で仲間が撃たれた恐怖とショックで、気が弱く大人しい石川薫の脳裏は真っ白に染まり、悲鳴すら声にならなかった。
(嫌……嫌……っ! この人、正気じゃないよ……! 交渉なんて無理……撃ち続けられたら、みんな殺されちゃう……!!)
パニックと絶望に叩き落されながらも、石川薫は本能的にポケットからスマホをひったくり、涙でかすむ目で画面をタップした。
画面に表示されたのは、運営からランダムで特別付与された最悪の機能――【首輪爆破特権】。
【対象:遠藤 舞 ―― 範囲内(即時実行可能)】
無表情のまま銃口を次に陸斗と自分へと向けようとする遠藤舞の指が、再び引き金にかかる。
「やめてえぇぇぇっ!!」
石川薫は泣き叫びながら、震える両手で画面中央の赤い爆破ボタンを力強く押し込んだ。
ブシュッ……ボカァンッ!!!
室内を揺るがす強烈な圧縮爆発音が鼓膜を刺した。
遠隔操作によって過熱・強制起爆した首輪が小規模な爆破を引き起こし, 遠藤舞の首元から上が一瞬にして吹き飛んだ。
首を失った舞の身体が、大量の赤黒い飛沫を壁と天井に撒き散らしながら、糸が切れた人形のように畳へ崩れ落ちる。手に握られていたハンドガンが、虚しく床を転がった。
舞は、自分を命がけで救い出そうと坂井莉乃のもとへ向かっている幼馴染・中村陸の存在はもちろん、坂井莉乃のことすら脳裏に浮かばないまま意識を失った。
「大一! しっかりしろ、大一……っ!」
硝煙と血の匂いが充満する畳の上で、渡辺陸斗が胸を血に染めて倒れた三浦大一を必死に抱き起こしていた。
そのすぐ傍らでは、首を失った遠藤舞の遺体から流れ出る赤黒い血が、静かに畳の目を黒く染めていく。スマホを両手で握りしめた石川薫は、自分の手で同級生の命を遠隔爆殺したという凄惨な現実にガタガタと全身を激しく震わせ、その場に崩れ落ちるように座り込んでいた。
そんな地獄のような惨状の中、部屋の奥の押し入れ前にへたり込んでいた森下薫は、あまりの惨状と一瞬での絶命劇に顔面を蒼白にさせ、愛らしく丸みを帯びた口元をわななかせて腰を抜かしていた。
「ひ……っ、あ……あっ……!!」
莉乃の指示を受け、遠藤舞の付き添いとして支給品や物資の物色に動いていた森下薫。しかし、目の前で舞の首が一瞬にして吹き飛ぶという悪夢のような光景を目撃し、彼女の思考回路は完全に狂い生じていた。
(死んだ……舞が……一瞬で首を飛ばされた……っ! 殺される……! 次は私まで殺される……っ!!)
「エリカ、大一の止血を頼む! 石川は周囲の警戒を!」
陸斗の鋭い指示が飛ぶ。上野エリカがすぐさま救急ポーチを開いて大一の胸元の応急手当に取りかかり、石川薫も涙を拭いながら震える手でスプレーを構え直した。
その一瞬の隙を、森下薫は見逃さなかった。
「いやああぁぁぁぁぁっ――!!」
森下薫は半狂乱の悲鳴を上げながら、腰を抜かしていた体を有無を言わさず跳ね起き上がらせた。少しふくよかな体躯を揺らしながら転がるようにして縁側へと走り寄り、ガラスの割れた引き戸を蹴破って外の庭へと飛び出す。
(逃げなきゃ……! 莉乃ちゃんのところへ戻って、あの悪魔みたいな連中のことを伝えないと……!!)
「あ……っ、逃げちゃう……!!」
石川薫が引きつった声で叫ぶが、大一の手当に追われるエリカや極度のショック状態にある石川薫では、外へ走り去る森下薫を追撃する余裕はない。もし彼女に逃げられ、自分たちの潜伏場所や三浦大一の負傷、さらには石川薫が『首輪爆破特権』を持っているという極秘情報が坂井莉乃グループに漏れれば、全滅は免れなかった。
だが――渡辺陸斗の動きは冷徹なまでに迅速だった。
「逃がすか……っ!!」
陸斗は抱きかかえていた大一の体をそっと畳へ横たえると、立ち上がりざまに背中から黒光りする弓を引き抜いた。
支給品――『AI自動照準機能付き スマート・コンパウンドボウ』。
縁側から飛び出し、未舗装の庭をなりふり構わず走り抜けようとする森下薫の後ろ姿。
陸斗が弓幹を構え、弦を力強く引き絞ると同時に、弓に内蔵された高性能センサーが作動した。つや消しの視界中央に、走る森下薫の体温反応と動線が瞬時に緑色のターゲットマーカーとしてロックオンされる。
【Target Locked: 距離 38メートル / 風速・風向計算完了 / 予測着弾点:背部】
電子的な微小効果音が陸斗の耳元だけに響く。
「……坂井莉乃の指示で動いていた以上、見逃すわけにはいかない」
陸斗の瞳から感情が消え、冷酷な狩人としての光が宿る。
AIのアシストにより、完璧に計算し尽くされた射撃ライン。
逃げる森下薫の背中を目掛け、陸斗は静かに指を離した――。




