毒ガスと超能力者
タァン! タァンッ!!
乾いた銃声が、島を覆う静寂を打ち破って路地に響き渡った。
(……ッ!?)
佐々木悠真の全身の毛穴が一気に開く。手の中で握りしめたサバイバルナイフと、昨日赤木駿から奪い取った金属バットが、掌の汗で滑りそうになった。
間違いない。距離にして、ほんの200メートルも離れていない場所だ。
「長谷川、小林。ちょっと見てこい」
九条頼斗が、いつもの冷淡な声で指示を出す。指名された長谷川翔太と小林慎之介の肩が大きく跳ね上がった。二人の膝は目に見えてガクガクと震え、路地へ踏み出す足が鉛のように重そうに引きずられている。
だが、死地へ向かわされる恐怖に顔を歪める二人を横目に、九条はフッと鼻で笑った。
「……ハッ、やっぱ見に行かなくていいや」
あっさりと翻言する九条。長谷川と小林が安堵の息を吐く間もなく、九条はすぐ目の前にある一軒の民家に視線を向けた。
「あの民家に隠れようか? ……いや、やめて違う民家を探そうか。あの家、違和感があるな。勘でしかないけど」
九条の言葉に、悠真はゴクリと生唾を飲み込んだ。
九条頼斗の「勘」は、昔から恐ろしいほどよく当たった。まさに神に愛されているのか、それとも未来でも見えているのかと思うほどに。中学時代、彼に従っていれば間違いはなかった。だからこそ悠真は、九条のその超感覚的な決断を微塵も疑っていなかった。
九条の手には、1時間前まで潜伏していた民家で見つけたという「改造エアガン」が握られている。外見だけ見れば、黒く重厚な光沢を放つ本物の拳銃にしか見えない凶器だ。
――その時だった。
まさに九条が入るのをやめさせた、その民家の二階の窓から、何かが放り投げられた。
ガラガラッ……!
地面に落ちると同時に、凄まじい勢いでどくどくと不気味な紫煙が噴き出す。
「カハッ……!? ぐっ……あ……がぁあぁッ……!!」
煙のすぐ近くにいた松本翔平と安藤葵が、喉を掻きむしり、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。泡を吹き、全身を激しく痙攣させながら苦しみ抜いた末、わずか数秒でピクリとも動かなくなる。極めて即効性の高い致死性の毒ガス――毒煙だった。あの民家に入っていたら、自分たちが直撃を食らって即死していた。
九条と煙の間には十分な距離があった。九条は苦しみ死んでいく二人を振り返りもせず、狂ったような笑みを浮かべた。
「ハハッ、走れ!」
九条が即座に牙を剥くように走り出す。悠真は一瞬の迷いもなく、金属バットを叩き直して九条の後ろ影を全力で追いかけた。長谷川や小林も、死に物狂いで後に続く。
幾つかの路地を曲がった先――そこに転がっていたのは、脳天を叩き割られた豪島剛の巨体と、その傍らに佇む鉄輝瑠璃の姿だった。
「……ッ!?」
瑠璃の手元には、直前に豪島から奪い取ったばかりのアサルトライフルが握られていた。
だが、九条の動きは常人の域を超えていた。
走る勢いを殺さず飛び込んだ九条は、瑠璃が構え直そうとしたその手元――アサルトライフルの銃身を容赦なく蹴り上げる!
「ふっ……!」
手元から弾き飛ばされ、宙に舞ったアサルトライフルと、足元に転がっていた豪島の荷物を瞬時に手元へ拾い上げると、九条は一切の躊躇なく、至近距離から鉄輝瑠璃の頭部へ向けて引き金を絞り抜いた。
――カンッ!!
爆音と共に弾け飛んだのは、肉を穿つ音ではなく、重厚な金属同士が激しくぶつかり合う高音だった。
「…………」
頭部へ小銃弾を直撃させたというのに、鉄輝瑠璃は何事もなかったかのように無表情のまま立ち尽くしている。血の一滴すら流れていない。
「じゃあね」
九条は深追いすることなく、すぐさま回れ右をして走り出した。
「九条さん……っ!」
悠真は混乱に頭を殴られたような衝撃を受けながらも、必死で九条の後を追いかけた。
幾つかの路地を駆け抜け、別の民家へと雪崩れ込むように逃げ込んだ九条と悠真たち。息を荒らげる悠真の前で、九条は改造エアガンをポケットに突っ込み、面白がるように肩をすくめた。
「やばいね。佐々木、あれ多分『能力者』だね」
「の……能力者……!?」
悠真は引きつった声を上げた。まるで漫画やアニメに出てくるような、念力で物を動かしたりするあの超能力者のことか。
九条頼斗の父親は軍のお偉いさんで、あるため軍の常人の知らない「世界の裏側」までしってるのかもしれない
「でも超能力者でも、弱点はあるはずだよ。たぶんね」
九条は顎に手を当て、淡々と分析を続ける。
「鉄輝瑠璃は、体を硬く……いや、硬くしただけじゃあの『カン』って音は出ないね。多分、自分の体を鉄にしてるんだと思う。予想だけどね」
たった一瞬の交戦、あの数秒間の出来事だけで、そこまで見抜いてしまうのか――。
悠真だけでなく、生き残って追いついてきた長谷川や小林たちも、九条の恐るべき観察力と異常な冷静さに息を呑み、心底からの戦慄と恐怖に身体を震わせるのだった。




