暗闇のデジャブ
午後8時。白日の島を深い闇が包み込み、夜の静寂が広がっていた。
支給品として『1週間分のチェックポイントのメモ』を手に入れていた時任颯太は、すでに翌日通過すべきチェックポイントの正確な位置と開放時刻を把握していた。だからこそ彼は、明日の朝一番で即座にチェックポイントへ滑り込めるよう、その目と鼻の先にある安全な潜伏先を目指して暗闇の中を移動していたのだ。
頭には工事用ヘルメットを深くかぶり、警戒を怠らずに薄暗い街路を進む。
だが、曲がり角を曲がった瞬間――彼の眼前に、暗闇から浮き出るような人影が現れる。長谷川翔太らを従えた、九条頼斗のグループだった。
(ッ……九条……!)
時任は息を飲み、瞬時に踵を返して走り出した。
「ハッ、見っけ」
九条頼斗は歪んだ笑みを浮かべると、奪い取っていたボウガンを素早く構えた。
頭には頑丈なヘルメット。頭部への射撃は弾かれるリスクがあると瞬時に判断した九条は、無音で走り去る時任の背後――心臓の真裏にあたる背中の中央へ狙いを定めた。
引き金が引かれる。
放たれた太い矢は夜気を切り裂き、吸い込まれるように時任の背中へと突き刺さった――
――はずだった。
(……!?)
次の瞬間、九条頼斗の視界が奇妙にブレた。
気がつくと、九条はボウガンを構え、まさに引き金を引こうとしているその瞬間に戻っていた。ほんのわずかなデジャブのような違和感。
九条はそのまま迷わず引き金を引く。
バシュッ――!
矢は一直線に飛んでいったが、さっきまで無防備に走っていたはずの時任颯太が、まるで後ろに目があるかのように不自然な体さばきで半身をひねり、矢をあっけなくかわしてみせたのだ。
「……あ?」
九条は眉をひそめた。背後からの完全な不意打ち、しかも無音で放たれた矢だ。避けることなど不可能なタイミングだったはずだ。
九条は走りながら次弾の矢を装填しようとしたが、走りながらの動作では弦がうまく引っかからず、手元が狂う。
そうして手間取っているわずか数秒の間に、時任は信じられない速度で物陰へと滑り込み、いつの間にか決定的な距離を空けられていた。夜の闇の中に、その背中は完全に消え去っていく。
逃げられた。
「……ハッ、背後から射ったのによけられたかよ」
九条はボウガンを下ろし、苦笑いを浮かべて暗闇を見つめた。
なぜかわされたのか、途中で何が起きたのか――九条にも、逃げ延びた時任自身にすら理由のつかない、不可解な数秒間だった。
九条はスマホの画面で時刻を確認する。画面には『20:00』の数字が浮かんでいた。
「もう20時か。まあいい、明日があるさ……」
九条は嘲笑を浮かべると、背後の長谷川たちを引き連れ、夜の潜伏場所を求めて闇の奥へと消えていった。
一方、九条の追撃を間一髪で振り切った時任颯太は、荒い息を整えながら目星をつけていたチェックポイント至近の物陰へと滑り込んでいた。手元のメモを慎重に確認し、明朝の通過ルートを再確認する。
(危なかった……だが、これで明日の朝イチでチェックポイントに入れる位置は確保できた)
時任はヘルメットの鍔を押し下げ、闇の中で静かに明けた2日目の戦いへと備えるのだった――。




