第8話 激闘決着。勝つのはどっちだ!?
「ええ。勝利の女神に気合い入れてもらったので!!」
言い切った。
けれど、立ち上がっただけだ。
それだけでは、勝てない。
迅さんは強い。
索敵で透明化を潰し、風で中距離から殴ってくる。
しかも術式開示で出力まで上げている。
俺の未来予知は、一度使ったばかり。
すぐには切れない。
残っている手札は、透明化。
それと、スタンロッド。
胸の奥が痛む。
脇腹が熱い。
息を吸うたびに、折れていないはずの骨が軋むような気がする。
なにか。
なにか、あるはずだ。
その瞬間だった。
「ピィィィィーーーーー!!」
甲高い指笛が、訓練所に響いた。
白狼だ。
白狼は壁際から身を乗り出し、どん、と拳で自分の胸を叩いた。
そして、俺に向かって拳を突き出す。
言葉はない。
けれど、分かった。
――行け。
それだけで、十分だった。
「鉄平、怪我は後で治せる!」
今度は勇の声が飛ぶ。
「今は全力で行くんだ!!」
白狼。
勇。
喉の奥が熱くなる。
ありがとう。
痛みでぼやけかけていた意識が、もう一度、はっきり輪郭を取り戻した。
俺にはまだ、使えるものがある。
透明化。
未来予知。
スタンロッド。
それだけじゃない。
今まで積み上げてきたもの。
ダイエットで鍛えたフィジカル。
暗躍して段取りするための知恵。
ファッションで覚えた視線誘導。
全部、使え。
ひとつ、作戦が浮かんだ。
ただし、これは賭けだ。
失敗すれば、今度こそ終わる。
でも。
やってみるさ。
俺は、深く息を吸い込んだ。
肺が痛い。
脇腹が悲鳴を上げる。
それでも、空気を押し込む。
「透明化!」
息を止める。
身体が消える。
輪郭が薄れ、床に落ちる影さえ空気へ溶ける。
自分の腕も足も見えなくなる。
同時に、俺は走り出した。
「無駄だ!」
迅さんの声が飛ぶ。
「制約強化した今、どこにいても感知できる! 攻撃も届く!!」
その通りだ。
透明化はもう、迅さんへの隠れ蓑にはならない。
空気が唸った。
見えない拳が、俺の走った軌跡を追ってくる。
一発目。
床が抉れるような風圧が背中を掠めた。
制服の布がばたつく。
皮膚のすぐ横を、透明なハンマーが通り過ぎたみたいだった。
二発目。
今度は足元。
コンクリートの床に、白い擦過痕が走る。
息が苦しい。
肺が燃える。
喉が開きたがっている。
でも、まだ吐けない。
透明化は、息を止めている間だけ。
吐いたら終わる。
吐いた瞬間、姿が戻る。
俺は迅さんを中心に、ぐるりと回り込んだ。
足音は消せない。
床を蹴る感触も、細かな埃が足裏に絡む感覚もある。
それでも走る。
迅さんの視線が、俺を追っている。
正確だ。
やっぱり見えている。
いや、見えていなくても、位置は完全に把握されている。
なら。
見えていることを、利用する。
正面。
俺はそこで息を吐いた。
「はぁっ……!」
肺から空気が漏れる。
喉が焼ける。
同時に、透明化が解けた。
身体が現れる。
迅さんの視線が、一瞬だけ俺を捉えた。
タンクトップ姿で、挑発的に力こぶを作った俺を。
さっきまで着ていた上着は、もうない。
俺を見ろ。
上着じゃない。
足元じゃない。
俺を見ろ。
鍛えた肩。
汗に濡れた腕。
呼吸で上下する胸。
迅さんの眉が、わずかに動いた。
「……上着はどこだ?」
ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ、迅さんの意識が俺の身体に引っかかった。
「まあいい」
その一瞬で、息継ぎ分だけで、十分だった。
俺は再び息を止める。
だが、俺の姿は消えていない。
「終わりだ!」
正面から風が来る。
迅さんの拳が突き出される。
距離はある。
けれど、圧縮された空気が一直線に迫ってくる。
避けない。
俺は、床すれすれの低い姿勢で突っ込んだ。
ヘッドスライディングのように、身体ごと滑り込む。
肩が床に叩きつけられる。
膝を擦る。
皮膚が焼けるように痛い。
コンクリートのざらつきが、腕に食い込む。
汗と埃が混じって、口の中に苦い味が広がった。
でも、止まらない。
風が頭上を通り過ぎる。
髪がめちゃくちゃに乱れる。
耳元で空気が弾ける。
迅さんの足元へ。
――よし。
“踏んでる”。
俺は叫んだ。
「ここだ!!」
握っていた意識を、一気に解く。
「透明化付与解除!!」
迅さんの足の下。
そこに、透明化して隠していた俺の上着が、姿を現した。
視線誘導技術。
手品師が使う技術だ。
見えているのに、見えない。
目の前にあるのに、意識から外す。
本当に見えないものと、
見えているのに見えていないもの。
透明化と視線誘導技術。
これが、俺の答えだ。
俺は、迅さんが踏んでいる上着を全力で引いた。
布が床を擦る。
瞬間、足元の支えが消える。
「なっ――!?」
迅さんの体勢が崩れた。
初めて、迅さんの顔から余裕が消える。
転倒。
その瞬間、俺はスタンロッドを振り上げた。
グリップの中で電流が唸る。
青白い火花が、先端で弾ける。
これを当てれば、止められる。
でも、迅さんも倒れながら終わる人じゃなかった。
仰向けに崩れながらも、拳がこちらを向く。
「空圧衝――!」
風が唸る。
電流が弾ける。
俺のスタンロッドと、迅さんの風の拳。
互いの一撃が、ぶつかろうとした。
その間に。
「そこまで!!」
未来がいた。
速い。
本当に、いつの間に。
風が止まっていた。
俺のスタンロッドも、迅さんの拳も、未来の寸前で止められている。
未来は片手で俺の手首を押さえ、もう片方で迅さんの腕の軌道を封じていた。
その表情は静かだ。
呼吸ひとつ乱れていない。
一拍遅れて、音が戻ってきた。
ごうっ、と行き場を失った風が床を撫でる。
取り落としたスタンロッドが、床の上で跳ねた。
バチ、バチバチッ。
青白い火花だけが、やけに大きな音を立てていた。
未来は片手で俺の手首を押さえ、もう片方で迅さんの腕の軌道を封じていた。
その表情は静かだ。
呼吸ひとつ乱れていない。
……もしかして未来って、俺どころか迅さんより強いのでは?
「これ以上やると危ない」
未来が静かに告げる。
「引き分けとします」
その言葉で、全身の力が抜けた。
俺は床に座り込む。
肺が痛い。
脇腹がズキズキする。
腕の打撲が熱を持っている。
膝は擦りむけて、じんじんと疼く。
汗が顎から落ちた。
コンクリートに、小さな染みができる。
荒い息が、自分でもうるさい。
勝てなかった。
でも、負けなかった。
その瞬間、視界の端に残っていたウィンドウが淡く光った。
【追加条件】
【超高難度:鳥居迅に勝つ】
【結果:小成功】
「……小成功?」
思わず、かすれた声が漏れた。
勝ってない。
引き分けだ。
けれど、条件としては完全失敗ではないらしい。
いや、まあ。
死ななかったし。
倒れなかったし。
迅さんを一瞬崩した。
それでも、表示が辛口すぎる。
「いや」
迅さんが、仰向けのまま笑った。
「俺の負けだ」
「え?」
俺は思わず顔を上げた。
迅さんは上体を起こし、首を鳴らす。
「索敵と透明化。相性は圧倒的に俺が有利だった」
銀時計が、彼の胸元で小さく揺れている。
「その条件で引き分けなら、実質負けたようなものさ」
「いや、でも……」
「いいんだよ」
迅さんは、にやりと笑った。
戦闘中の鋭さを残したまま、急にいつもの軽さが戻ってくる。
「それに、面白かった」
その一言に、少しだけ胸が熱くなった。
認められた。
強い人に。
ちゃんと戦った相手として。
その直後。
視界の中央に、新しいウィンドウが浮かび上がった。
【ストーリーミッション】
【退魔師連合に力を示し、白狼の協力者として認められろ】
【結果:クリア!!】
胸の奥で、何かがほどけた。
悪鬼を倒し。
水霊を倒し。
未来に会い。
そして今、迅さんとの模擬戦を乗り越えた。
勝てなかった。
完璧じゃなかった。
けれど。
俺は、白狼の隣に立つための最低条件を、ようやくひとつ越えたのだ。
「……よし」
小さく呟いた声は、自分でも驚くほど震えていた。
嬉しさと、痛みと、安堵がまとめて込み上げてくる。
ここからだ。
白狼ルートは、ここから本当に始まる。
「……と、いうわけで」
迅さんが立ち上がる。
嫌な予感がした。
「鉄平!!」
「はい」
「歓迎会をするぞ!」
「なんで!?」
思わずツッコんだ瞬間、脇腹が痛んだ。
「いっ……!」
迅さんは腹を抱えて笑った。
「ほら見ろ、歓迎会には治療も含まれる!」
「それ歓迎会って言います!?」
白狼がまた指笛を鳴らす。
「ピィィィィーーーーー!!」
今度は祝福の音だった。
勇は慌てて救急箱とお札を取りに走っていく。
「鉄平、動かないで! 肋骨いってたら洒落にならないから!」
「さっき怪我は後で治せるって言ってたよね!?」
「治せるけど、痛いものは痛いでしょ!」
「ド正論!」
未来は呆れたようにため息をつきながらも、少しだけ笑っていた。
訓練所の冷たい空気。
汗と埃と、電流の焦げた匂い。
まだ痛む脇腹。
その全部の中で、俺は床に座り込んだまま思った。
……退魔師連合、ノリが体育会系すぎる。
激闘決着。いかがだったでしょうか。
ナイスファイト鉄平!!
と思った方はブックマーク・星頂けると、
激闘で一矢報いた鉄平も喜びます。




