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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
一章 退魔師連合

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第7話 激闘開始。相性最悪の天敵!?

「ルールは、降参、または気絶による継続不能。審判の私が判断します」


 未来が、淡々と告げた。


 その声が落ちた瞬間、訓練所の空気が変わった。


 さっきまで雑談の気配があったはずなのに、今は誰も余計なことを言わない。

 コンクリートの床は冷たく、蛍光灯の白い光がやけに眩しい。壁際に並ぶ訓練器具の金属臭。床に染みついた汗と消毒液の匂い。空調の低い唸り。


 全部が、妙に鮮明だった。


 俺はスタンロッドを握り直す。


 指先が湿っている。

 手のひらに汗がにじんで、グリップがわずかに滑った。


 喉が乾く。

 心臓がうるさい。


 目の前に立つ迅さんは、いつも通り軽く笑っている。

 着崩した制服。金髪。耳のピアス。首から下がった古びた銀時計。


 軽薄そうに見える。

 だけど、立ち方に隙がない。


 ああ、分かる。


 この人、強い。


「――はじめ!」


 未来の声が落ちた。


 その瞬間、迅さんが笑った。


「鉄平、お前の力を見せてみろ!」


 声は明るい。

 でも、圧があった。


 こっちの手札は三つ。


 透明化。

 未来予知。

 あとは、手元のスタンロッド。


 普通にやれば、経験差で押し潰される。

 立ち回りも、間合いも、実戦経験も、全部あっちが上だ。


 なら、最初から切るしかない。


 俺は息を吸った。


透明化(ステルス)


 肺の奥に空気を閉じ込める。


 息を止めた瞬間、世界から自分の輪郭がほどけていく感覚がした。

 皮膚の境界が薄れ、腕も足も、視界の端に映るはずの自分の影さえ消えていく。


 俺の身体が、訓練所の空気に溶けた。


 続けて、まぶたを閉じる。


未来予知(ヴィジョンアイ)


 暗闇の奥に、光景が流れ込んできた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 迅さんが叫ぶ。


「“姿を消す力”か! ならば!!」


 首元の銀時計が、淡い緑色に光る。


風妖精(シルフ)・スカイア!」


 銀時計の蓋が、かちりと開いた。


「ハーイ、迅! 元気してる?」


 ギャルみたいな軽い声。

 耳に残るほど明るい。


 だが次の瞬間、その声色が氷のように変わった。


「索敵&迎撃モード、了解。前方二時方向、五メートル先に対象確認」


 迅さんの片目に、片眼鏡のようなサイドグラスが浮かぶ。

 半透明の光が、薄いレンズの形を取る。


 レーダー。

 いや、索敵装置だ。


「把握した!」


 迅さんが踏み込む。


空圧衝(エアロハンド)!!」


 風をまとった拳が突き出される。


 届く距離ではない。

 なのに、空気が拳の形を取って迫ってくる。


 胸に衝撃。


 触れられてもいないのに、俺の身体が吹き飛ばされる。

 床が遠ざかり、境界線を越え――場外。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 未来予知が途切れた。


 一秒未満。


 けれど、汗が一気に噴き出した。


「“姿を消す力”か! ならば!!」


 現実の迅さんが、未来で見た通りに叫ぶ。


風妖精(シルフ)・スカイア!」


 来る。


 俺は即座に息を吐き出した。


「はっ……!」


 透明化を解除する。

 肺に溜めていた空気が一気に抜け、喉が焼けるように痛んだ。


 空気が戻る。

 身体の輪郭が戻る。

 俺は見える状態で、床を蹴って横へ跳んだ。


 危なかった。


 今のまま消えていたら、一瞬で負けていた。


 迅さんは索敵型。

 透明化にとって、最悪の天敵だ。


「……ほう」


 迅さんの目が、楽しげに細まる。


「俺の術式を見せる前に察したか。ただの勘か? それとも別の術式か?」


「さあ、どうでしょうね……!」


 軽口を返す。


 声が少し上ずった。

 本当は、そんな余裕はない。


 胸の奥が早鐘を打っている。

 さっき見えた未来の衝撃が、まだ身体に残っている気がした。


「いいね」


 迅さんが笑う。


「見せてもらおうか!」


 踏み込み。


 床を蹴る音が、短く響いた。


空圧衝(エアロハンド)!」


 拳が届く距離ではない。


 それなのに、空気そのものが殴りかかってきた。


「っ!」


 横へ跳ぶ。


 頬のすぐ横を、圧縮された風が掠めた。

 耳元で、バン、と空気が弾ける音がする。

 遅れて、髪が乱れた。


 見えない拳。

 透明な打撃。


 厄介すぎる。


「俺の術式は、風妖精(シルフ)スカイアを銀時計に宿らせ、風の精霊の力を行使する祓魔師(エクソシスト)の術式だ」


 迅さんが、あえて説明する。


 戦いの最中なのに。

 こちらに情報を与えるように。


「索敵だけじゃない。風や空気をまとい、飛ばせる。接近戦も中距離戦も、それなりにいける」


「な……なんで、わざわざ……」


 嫌な予感がした。


 迅さんは楽しそうに笑う。


制約(リミット)の強化だよ」


「制約……」


「あえて自分から術式を開示することで、効果の上昇を狙う。戦い方を知られても、それ以上に術式の“刺さり”を上げる」


 せっかく未来予知を消費して、術式の一端を見破ったのに。


 開示されたことで、逆に強くなる。


 理不尽だ。


 でも、納得もした。


 この世界の術式は、制約で強くなる。

 隠すことだけが強さじゃない。

 明かすことで強くなる戦い方もある。


 つまり迅さんは、今。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「行くぞ!」


 次の風は、さっきより速かった。


 見えない拳が、一直線に飛んでくる。


 避ける。


 つもりだった。


「うぐっ!」


 腕に一発。


 骨の奥に鈍い衝撃が響いた。

 視界が一瞬、白く跳ねる。


 続けて、脇腹に二発目。


「がっ……!」


 呼吸が詰まった。


 空気が肺から叩き出される。

 皮膚の奥に熱が走り、遅れて痛みが爆ぜた。


 膝が落ちる。


 床に手をついた瞬間、コンクリートの冷たさが掌に食い込んだ。

 ざらついた感触。

 汗で湿った手のひらに、砂粒みたいな細かい痛みが刺さる。


 痛い。


 普通に痛い。


 アザどころか、肋骨にヒビ入ってないか、これ。


「まだやるかい?」


 迅さんの声は明るい。


 けれど、目は真剣だった。


 遊んでいるわけじゃない。

 見下しているわけでもない。


 こっちが立つなら、ちゃんと相手をする。

 倒れるなら、そこで止める。


 そういう目だった。


 俺は奥歯を噛み締める。


 痛みで視界がにじむ。

 脇腹が熱い。

 呼吸をするたび、胸の奥が軋む。


 脳裏に、女神様の声が蘇った。


 ――頑張ってらっしゃい。


 あの優しい声。


 俺を見てくれている声。

 背中を押してくれる声。


 負けられない。


 ここで膝をついたら、何のためにここまで来たんだ。


 俺は両手で、自分の頬を叩いた。


 バチン、と乾いた音が訓練所に響く。


 痛みで意識が戻る。

 頬が熱い。

 目の奥が冴える。


「まだまだぁ!!」


 叫んだ。


 足に力を込める。

 脇腹がズキリと痛む。

 息を吸うたび、胸が軋む。


 でも、立てる。


 なら、まだ終わっていない。


 迅さんの表情が変わった。


 驚き。

 それから、嬉しそうな笑み。


「よく立った! ナイス根性!!」


 本当に楽しそうだった。


 この人、戦闘狂ってほどじゃない。

 でも、誰かが本気で立ち上がる瞬間が好きなんだと思う。


 俺は荒い息を吐きながら、スタンロッドを構える。


「ええ」


 口の中が乾いている。

 舌が重い。


 それでも、言葉は出た。


「勝利の女神に気合い入れてもらったので!!」


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