第6話 未来と迅登場。模擬戦で力試し!?
コンクリートの床に、靴音が乾いて響く。
空調の低い唸り。鉄と薬品が混じったような匂い。
ここに来るのは二度目なのに、胸の奥はまだ落ち着かなかった。
「術式に目覚めた!?」
話を聞いた勇が、目を丸くする。
白衣の袖が揺れ、手に持っていたタブレットがかすかに傾いた。
「透明化と、未来予知……。それ、本当に?」
「夢で女神様に解放してもらった。制約つきだけどな」
透明化は、息を止めている間だけ。
未来予知は、目を閉じている間だけ。しかも数秒先が限界。
遠い未来を見ようとすれば、廃人コース。
口に出すたび、背中に冷たいものが走る。
便利な術式を手に入れた、なんて浮かれられる代物じゃない。
白狼がスケッチブックを掲げた。
『すごいよ、鉄平』
『才能ある!!』
そして、親指をぐっと立てる。
白狼、良いやつすぎる。
不安で固くなっていた肩から、少しだけ力が抜けた。
その時だった。
「話は聞かせてもらったぞ!!」
訓練所の奥から、やたら通る声が響いた。
反射的に振り向く。
そこに立っていたのは、高校生くらいの若者だった。
「俺は鳥居迅!」
金髪。
耳にはいくつものピアス。
指先には、付け爪のようなネイル。
首からは、古びた懐中時計が下がっている。
声は熱血。
なのに見た目は、完全にホストかチャラ男。
情報量が多すぎて、脳が一瞬処理を拒否した。
「退魔師連合には出向で来ている。西洋の祓魔師連合所属だ!」
「熱血なのかチャラいのか、どっちかにしてくださいよ……」
思わず漏れた俺のツッコミに、迅さんはにやりと笑った。
「両方だ!」
いや、そこは胸を張るところなのか。
「あんた、面白そうな後輩が来たら、すぐちょっかい出すのやめなさいよ」
さらに奥から、女子高生が顔を出した。
金髪。青い目。
整った顔立ちに、眠たげでクールな表情。
肩にかかった髪がさらりと揺れ、カバンからは白と黒の犬のぬいぐるみが覗いている。
人形みたいに綺麗なのに、目つきは少し鋭い。
近寄りがたい。けど、目を引く。
この子が、もしかして――。
その瞬間、視界の端に半透明のウィンドウが浮かんだ。
【サブイベントミッション発生】
【ヒロイン:堺未来を確認せよ】
【目的:白狼ルートの本命候補を把握する】
「……出た」
思わず、小さく呟く。
つまり、この子はただの退魔師じゃない。
白狼ルートに関わる、重要なヒロイン候補。
「この子が未来。僕の姉で、大人たち込みでも退魔師連合のエースだよ」
勇がさらっと紹介する。
堺未来。
その名前を聞いた瞬間、今度は彼女の頭上にステータスが浮かんだ。
未来から白狼への好感度。
――高い。
最初から、かなり高い。
金髪に青い目。
眠たげな表情は涼しく、声も低めで落ち着いている。
ぱっと見は、近寄りがたいクールビューティー。
ただし。
未来は片手をポケットに突っ込んだまま、面倒くさそうに顎をしゃくった。
重心を片足に預ける立ち方が、妙に堂に入っている。
「白狼も勇も私の舎弟なんだから、あまりちょっかい出さないでよ」
「未来、僕は実の弟なんだけど」
勇が即座に訂正する。
未来は、表情ひとつ変えずに肩をすくめた。
「弟でしょ。じゃあ、身内の舎弟じゃない」
「その理屈、雑すぎない?」
白狼は静かにスケッチブックを掲げた。
『未来かっこいー』
アイドルのうちわみたいに返すな。
未来の口元が、ほんの少しだけ上がった。
ほんの一ミリくらい。
でも好感度メーターは、露骨にぴこんと反応している。
クールな表情。
デレる気配、ゼロ。
なのに数値だけは、やたら雄弁だった。
【サブイベントミッション進行】
【ヒロイン:堺未来を確認せよ】
【確認項目:白狼への好感度 確認済】
なるほど。
この子が白狼の本命候補か。
……というか、この子。
クール系美少女の皮をかぶった、ちょっとヤンキー気質の姉御肌なのかもしれない。
「それで」
迅さんが、俺の方へにじり寄ってきた。
近い。
香水の匂いがふわっと来る。
甘いのに、どこかスパイスみたいな刺激がある。
ピアスが揺れて、懐中時計の鎖が小さく鳴った。
「強くなることは、自分を知ること!」
迅さんは、妙に楽しそうに笑う。
「鉄平。俺と模擬戦をしてみないか?」
「模擬戦……?」
喉が鳴る。
その瞬間、視界の中央にウィンドウが浮かび上がった。
【ストーリーミッション更新】
【退魔師連合に力を示し、白狼の協力者として認められろ】
【追加条件】
【超高難度:鳥居迅に勝つ】
「……超高難度?」
思わず、声に出ていた。
いや、待て。
水霊を倒せ、なら分かる。
退魔師連合に実力を示せ、も分かる。
でも、いきなり超高難度?
しかも相手は、見るからに手練れの退魔師。
いや、見た目はチャラい。
チャラいけど、目が違う。
軽く笑っているのに、隙がない。
昨日の悪鬼とは違う。
水霊とも違う。
あれは、実戦を知っている人間の立ち方だ。
白い夢の空間で聞いた、女神様の声が蘇る。
――頑張ってらっしゃい。
胸の奥に、熱が灯る。
でも同時に、指先は冷えていた。
戦う。
今までの俺は、他人の恋を後押しする“友人枠”だった。
選択肢を見て、フラグを読んで、裏で動く役だった。
でも、この世界はギャルゲーじゃない。
術式バトルの世界だ。
なら、俺も知らなきゃいけない。
自分の術式が、どこまで通じるのか。
どこから先が、命取りになるのか。
そして、白狼の隣に立つ資格があるのか。
ここで逃げたら、協力者なんて名乗れない。
「……やります」
声は思ったより低く出た。
「よろしくお願いします!」
迅さんの口元が、楽しそうに上がる。
「いい返事だ!」
未来は、やれやれと肩をすくめた。
「私が審判をするわ。私なら、お母さんも文句ないでしょう」
「僕と未来のお母さん、退魔師連合の役員をやってるからさ」
勇が補足する。
なるほど。
その道のプロの家系、というやつか。
訓練所の空気が変わった。
さっきまで広く感じていた空間が、急に狭くなる。
蛍光灯の白い光。
コンクリートの冷たさ。
足元に響く自分の鼓動。
迅さんは軽く首を回し、懐中時計を指で弾いた。
ちりん、と小さな金属音が鳴る。
「よし。位置に着いたら始めようか」
その目が、さっきまでの軽さを消していた。
チャラい格好。
熱血な声。
けれど今、目の前にいるのは間違いなく実戦経験者だ。
背筋に汗が伝う。
俺は息を吸った。
透明化は、息を止めている間だけ。
未来予知は、目を閉じている間だけ。
どちらも、使いどころを間違えれば終わる。
「行くぞ、“鉄平”」
「お手柔らかに、“迅さん”」
軽口を返したつもりだった。
けれど、声は少しだけ震えていた。
未来が片手を上げる。
白狼がスケッチブックを胸に抱く。
勇が息を呑む気配がした。
そして――訓練所の空気が、ぴんと張り詰めた。




