第9話 奇跡の回復、回帰術。精霊たちの集い!?
『回帰術』
未来が、俺の体にすっと手をかざした。
白く細い指先。
その爪の先から、淡い光がこぼれる。
蛍光灯の無機質な白とは違う。
もっと柔らかくて、体温に近い光だった。
春先の陽だまりみたいに、じんわりと肌へ染み込んでくる。
「……っ」
腕のアザが、熱を持つ。
脇腹の奥で疼いていた鈍い痛みが、光に撫でられるたびに薄れていく。
痛みが引く、というより。
そこに痛みがあった事実ごと、紙に書いた文字を消しゴムで消されていくような感覚だった。
数秒後。
俺は恐る恐る腕を動かす。
痛くない。
呼吸をしても、脇腹が軋まない。
さっきまで肋骨にヒビでも入ったんじゃないかと思っていた痛みが、最初から存在しなかったみたいに消えていた。
「……すごい。魔法みたいだ」
思わず呟く。
未来は、相変わらず眠たげな顔で肩をすくめた。
「魔法じゃないわ。術式」
その淡々とした言い方が、逆に怖い。
こんな非常識を、まるで絆創膏でも貼ったみたいな温度で済ませている。
「治すっていうよりは、“無かったことにしてる”んだよ」
横から勇が説明を入れる。
「一時間以内の霊的ダメージに限定されるけどね。損傷を修復するというより、状態を巻き戻す術式に近い」
「状態を……巻き戻す……」
さらっと言っているが、かなりとんでもない。
さっきの戦闘で未来が審判に入った速さもそうだ。
この子、眠たげな顔をしているだけで、底が見えない。
未来を見る。
彼女は俺の視線に気づくと、少しだけ眉をひそめた。
「なに」
「いや……すごいなって」
「慣れればできるわよ」
できないと思う。
少なくとも普通の高校生は、慣れても怪我を“無かったこと”にはできない。
勇が苦笑した。
「回帰術を使える人は希少なんだ。うちだと母さんと未来、それから僕も少し使える」
「勇も?」
「一応ね。……腕前は、二人には全然及ばないけど」
勇はそう言って、少しだけ肩を落とした。
白衣の袖が、頼りなく揺れる。
さっきまで研究者っぽく堂々と解説していたのに、未来の隣に立つと急に弟感が出る。
未来はそんな勇をちらりと見て、平然と言った。
「勇、あんたも数年したら力が覚醒するみたいだから、そのうちできるわよ」
「父さんはそうだったらしいけど、ホントかなあ……」
勇は遠い目をした。
姉は退魔師連合のエース。
母も回帰術の使い手。
父も覚醒組。
その中で、自分は“そのうち”枠。
これは……不憫だ。
「勇」
「なに?」
「応援してる」
「その慰め、地味に傷つくなあ」
未来は小さく息を吐く。
「大丈夫よ。あんたは器用貧乏じゃなくて、まだ器用なだけ」
「それ褒めてる?」
「半分くらい」
「半分かあ……」
勇がますます微妙な顔になる。
俺は思わず笑いそうになった。
けれど、同時に胸の奥が少し冷える。
未来の手のひらに残る、淡い光。
何気ない顔で傷を巻き戻す、底知れない術式。
そして、その隣で置いていかれないように笑っている勇。
退魔師連合の世界は、思っていたよりずっと広い。
そして、厳しい。
俺はもう一度、痛みの消えた脇腹に触れた。
何ともない。
本当に、何もなかったみたいだった。
♢
「お互いの持ち霊どうし、仲がいいから預かるわよ。スカイア、宿り木になってあげる。出てきていいわ」
未来が銀時計を軽く掲げる。
その瞬間、空気の温度が変わった。
ふわり、と風が生まれる。
訓練所の無機質な空間に、草原みたいな青い匂いが混じった。
蛍光灯の光が揺れ、銀時計から淡い翠色の粒子がこぼれる。
「ハーイ、未来。久しぶり。……私の親友は?」
現れたのは、手のひらサイズの妖精ではなかった。
長い耳。淡い金髪。透き通るような肌。
風をまとった、エルフのような女性が、銀時計の光の中からすっと姿を現した。
布の裾が、風もないのに揺れている。
瞳は宝石みたいに澄んでいて、笑っているのに、人間とは違う遠さがあった。
ええ!?
どうなってんの?
「久しぶりー!」
次の瞬間、未来の隣に、もうひとり少女が現れた。
いや、未来に似ている。
でも服装が全然違う。
黒を基調にしたゴスロリ衣装。
レースの袖。小さなリボン。
ツインテールの金髪に赤い瞳。
まるで夜そのものが人の形を取ったみたいな少女だった。
ええ!?
どうなってんの? (二回目)
「会いたかったーー!! 私たちズッ友だよー!」
エルフ姿のスカイアが、ゴスロリ姿の少女に飛びつく。
いや、飛びつくというより、風が抱きついたみたいだった。
ふわりと甘い花の匂いがして、黒いレースが揺れる。
「はいはい。えらいえらい」
さらに、どこからともなく柔らかな声がした。
見れば、今度は銀髪の妖狐姿の女性が立っていた。
背中まで流れる銀の髪。
ふわりと揺れる狐耳。
長い尾が、月光みたいな光をまとっている。
神々しい。
なのに、やっていることは完全に保護者だった。
妖狐姿の女性は、スカイアとゴスロリ少女の頭を順番によしよしと撫でている。
ツッコミが追いつかない。
「昔の話もしたいだろうから、あの子も呼んであげたら? 未来」
銀髪の妖狐が、さらっと未来に提案する。
「わかった。ちょっと母さんに連絡する」
未来は平然とスマホを取り出して、誰かにメッセージを送っている。
「やったー! 女子会♪ 女子会♪」
スカイアとゴスロリ少女が肩を組んで騒ぎ出す。
風の精霊。
闇っぽいゴスロリ少女。
銀髪の妖狐。
そして、たぶんこれから誰かが増える。
情報量が多すぎる。
俺の脳内で、処理中のアイコンがぐるぐる回っていた。
「……勇」
「うん。説明するね」
勇が、慣れた様子で隣に立つ。
「未来の持ち霊だよ」
「持ち霊……?」
「式神の上位存在みたいなものかな。持ち霊、それからスカイアみたいな精霊は、契約者から霊力をもらうことで実体化できるんだ」
勇の声は落ち着いている。
でも、俺の方は全然落ち着けない。
実体化。
それも、ひとりじゃない。
風の精霊。
銀髪の妖狐。
ゴスロリ少女。
それぞれが冗談みたいな姿をしているのに、気配だけは笑えないほど濃い。
風の匂い。
夜の冷たさ。
獣のぬくもり。
三つの異なる気配が、同じ空間に重なっている。
「スカイアは宿り木っていう、一時的な仮契約だけどね」
勇が補足する。
「本来の契約者は迅さん。でも今は、未来が一時的に霊力の受け皿になってる」
「……それ、簡単にできることなのか?」
俺の声は、少し掠れていた。
勇は苦笑する。
「普通は無理。少なくとも、高校生が軽くやることじゃない」
未来を見る。
彼女は相変わらず、眠たげな目でスカイアたちを眺めていた。
特別なことをしている自覚なんてなさそうに、片手をポケットに突っ込んでいる。
けれど、その足元の空気だけが違った。
見えない霊力が、静かに渦を巻いている。
深い湖を覗き込んだみたいな感覚。
底が見えない。
どこまで沈んでいるのか、分からない。
この子、やっぱりただ者じゃない。
「……未来って、すごいんだな」
思わず呟くと、未来がこちらを見た。
「別に。慣れてるだけ」
そっけない声。
でもその背後で、精霊たちが当たり前のように笑っている。
慣れてるだけで、こんなことになるのか。
俺はもう一度、銀時計を見た。
ちり、と鎖が鳴る。
俺の理解力が限界を迎えかけた、その時だった。
「鉄平!」
背後から迅先輩の声が響いた。
嫌な予感がして振り向くと、彼は満面の笑みで親指を立てていた。
「戦って、治して、精霊まで見た。なら次は歓迎会だな!」
「その理屈おかしくないですか?」
「おかしくない! 退魔師連合は、仲間になったらまず腹を割る!」
がしっと肩を組まれる。
香水とコーラみたいな甘い匂いが近い。
「行くぞ、鉄平。男同士、好きなものを語ろうじゃないか」
「その言い方、なんか嫌な予感しかしないんですけど!?」
俺の予感は、だいたい当たる。
そしてこの日も、見事に当たることになる。
何かありそうな雰囲気ですね。
キャラが増えてきたので、
1章終わりの11話の後に人物紹介を追加予定です。お楽しみに!




