第10話 歓迎会。好きなものを語れ!?
※軽めのフェチや軽めの性的な表現があります。
「さあ、俺たちは男子会だ!!」
迅さんの号令で、俺たちは訓練所の貸し会議室へ移動した。
冷たいコンクリートと薬品の匂いが残る訓練所から一転。
会議室の長机には、ピザ、コーラ、フライドポテト、チキンが並んでいた。
チーズの焦げた匂い。
揚げ物の油の香り。
炭酸の甘い匂い。
空腹を、真正面から殴ってくる布陣だった。
さっきまで空圧衝で吹っ飛ばされていたのに、急に部活の打ち上げみたいな空気になっている。
「鉄平は透明化だけじゃなくて、手品師みたいな視線誘導技術を組み合わせてきてたよな」
迅さんはコーラ片手に、さっそく模擬戦の話を始めた。
「消えて、出てきたら正面にタンクトップの鉄平。俺は足元に見えていたはずの上着に気づかなかった。やられたよ」
「迅さんの索敵、殺気検知か体温検知ですよね? 超音波検知だったら、上着作戦は通用しませんでした」
「ああ、俺のは風水で方位と危機を検知してるんだ。いい読みしてるな」
紙コップの中で、氷がからんと鳴った。
追跡者と、隠者。
奇しくも、鬼ごっこの関係みたいなバトルスタイルだった。
正反対なのに、どこか似ている。
「鉄平、バトルに馴染みすぎじゃない?」
勇が苦笑する。
白狼もスケッチブックにさらさらと書いた。
『鉄平、人たらしの才能あるよね』
「確かに」
勇がくすりと笑う。
いや、そんなつもりはない。
ないはずだ。
ただ、迅さんとはさっきから妙に会話の呼吸が合った。
食欲をそそる香りに誘われ、ピザをかじる。
熱いチーズが伸びる。
トマトソースの酸味と、油の塩気が舌に広がった。
疲れた身体に、ジャンクな味がやけに染みる。
迅さんは満足そうに頷き、唐突に話題を変えた。
「それじゃあ自己紹介も済んだことだし、『好きなもの』をお互い共有しようか」
「好きなもの?」
「鉄平は、女性のどんなところに惹かれる?」
「……うーん、髪をかき上げる仕草とか?」
その瞬間、白狼に背中をバンと叩かれた。
「痛っ」
白狼が、無言でスケッチブックを突きつけてくる。
『そうじゃない』
え、違うの?
さらに白狼は、真剣な顔で続きを書いた。
『僕は、夏は透けブラ、冬はストッキングが好きだ!!』
え!?
そういう感じの共有なの!?
春はあけぼの、みたいな文体で何を書いてるんだ、お前。
ていうか白狼、年相応にムッツリだな!
ツッコミが渋滞する。
勇も少し頬を赤くしながら、しかし妙に覚悟を決めた顔で口を開いた。
「僕は……ノースリーブから覗く脇と、ブラチラかな」
勇も攻めてるな!!
妖精たちが夏を刺激する!!
白狼がまたスケッチブックを掲げる。
『でもさ』
『僕は好きな人には、サマーセーターとか、透けないように配慮して声をかけるよ』
勇が深く頷いた。
「わかる……。ノースリーブだと、『一枚羽織りなよ』って言うもの」
白狼も、すらすらと書く。
『だって他の奴に見られたくない』
『自分だけが見たい』
なるほど。
気遣いの裏にある独占欲。
男心は、複雑だ。
だが、迅さんはそこからさらにギアを上げた。
「でもさ」
やめろ。
その声のトーンは危険だ。
「その彼女が、『本当は見たいんでしょ?』って上目遣いで言って、その上着を外したとしたら?」
「「う!?」」
白狼と勇が同時に大ダメージを受けた。
顔は苦悶している。
だが、幸せそうでもある。
大丈夫?
これ、R15からR18に踏み越えてない?
いや、踏み越えてはいない。
迅さんの力加減が絶妙すぎる。
男心の核心だけを、的確に撃ち抜いてくる。
「俺はさ」
迅さんはポテトを一本つまみながら、妙に真面目な顔で言った。
「女性のパンツスーツが好きなんだ」
「パンツスーツ」
「女性のお尻って、男と違って丸いじゃん? そこが強調されるのがいいんだよね。美しいとすら思える」
なんだろう。
最低なことを言っているはずなのに、本人があまりにも堂々としていて、芸術論みたいに聞こえてくる。
「なんか、女子制服のスラックスとか好きそうな感じですね」
俺が言うと、迅さんは食いついた。
「わかるか! 同じ学年で、美術部に絵馬って子がいてさ」
その瞬間だった。
俺の視界の端で、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【サブイベントミッション発生】
【最後のヒロイン候補:新渡絵馬に会え】
【目的:白狼ルートのヒロイン候補を確認する】
「……出た」
思わず声が漏れる。
迅さんの性癖トークの流れで?
今?
もっとこう、運命的な出会いとか、廊下ですれ違うとか、夕焼けの美術室とか、そういう導入じゃなくて?
パンツスーツの話から?
女神様。
最後のヒロイン候補の導線、これでいいんですか?
いや、でもミッションが出た以上、確定だ。
絵馬。
美術部の絵馬。
おそらく、白狼の最後のヒロイン候補。
白狼もわずかに視線を上げていた。
たぶん、同じ表示が見えている。
だが、迅さんは当然そんなことには気づかず、話を続ける。
「昔、スカートじゃなくてスラックスだったんだ。俺が良さを熱弁したら、二度とスラックス履いてこなくなってさ……めっちゃサマになってて良かったのに」
あー。
これは公言してたら女の敵って言われちゃうやつだな。
白狼がスケッチブックを掲げる。
『迅先輩の犠牲、僕は忘れない』
勇も神妙な顔で頷いた。
「ああ、僕たちはスカート派だ」
仲が良いのか悪いのか。
……俺もスカート派かな。
迅さんが、にやりとこちらを見る。
「で? 鉄平は?」
「俺は……」
言葉に詰まる。
女神様。
懺悔します。
俺、本当はダメだって分かっていました。
でも、邪な気持ちで見ていました。
白い空間。
柔らかな光。
女神様の笑顔。
そして、首元。
鎖骨のくぼみ。
そこにある、うっすらとしたホクロ。
記憶が鮮明に蘇り、顔が熱くなる。
「俺は……大きい胸も好きですが」
三人の視線が集まる。
「その上の、鎖骨が好きです」
部屋の空気が止まった。
「鎖骨のくぼみにホクロとかあると、目が離せなくなるというか……」
言い終える前に、迅さんがガバッと抱きついてきた。
「よく言ってくれた!! ありがとう!!」
「近い近い近い!」
香水と揚げ物とコーラの匂いが一気に押し寄せる。
迅さんは構わず、俺の肩をがっしり掴んだ。
「性癖を共有した者は親友だ!!」
「その理屈、初めて聞きましたけど!?」
「俺は親友の性癖は、拷問されても他言しない」
妙に頼もしい。
頼もしい方向性は完全に間違っているのに。
そして、迅さんは真顔で手を差し出した。
「ようこそ、退魔師連合へ」
俺は反射的にその手を握った。
固い握手だった。
さっきまで戦った手。
風を操り、俺を吹き飛ばした手。
でも今は、妙に温かかった。
……退魔師連合。
思っていたより、ずっと暑苦しい。
思っていたより、ずっとバカだ。
そして、悪くない。
白狼が指笛を鳴らし、勇が笑い、迅さんが俺の肩を叩く。
紙皿の上のピザは冷め始めていたけれど、この貸し会議室だけは、やけに熱気がこもっていた。
♢
しばらくして、迅さんは未来から緊急任務の連絡を受け、慌ただしく部屋を出ていった。
「悪い、親友! 続きはまた今度だ!」
「親友の距離感が早すぎる!」
俺のツッコミに、迅さんは笑いながら手を振った。
ドアが閉まると、会議室には食べ終わったピザの箱と、炭酸の抜けかけたコーラと、揚げ物の油っぽい匂いだけが残った。
俺は紙皿を重ねながら、勇に話しかける。
「……凄い先輩だったな」
「うん。でも面倒見はいいから、男子からは信頼厚いよ。女子からは敵扱いだけど」
「ああ……それは分かる」
分かりすぎる。
パンツスーツ熱弁の時点で、敵判定を受けても仕方ない。
勇は空の紙コップを片づけながら、少し真面目な声になった。
「この世界の術式は、感情を触媒としているんだ」
「感情を?」
「うん。怒り、憧れ、恐怖、好意、執着、誇り……そういうものが術式の出力や安定性に関わる。だから、自己理解が強さに直結してる」
さっきまでのバカ話の余韻が、少しだけ違う温度を帯びる。
性癖トーク。
好きな仕草。
誰にも見せたくない独占欲。
鎖骨のホクロ。
くだらない。
でも、自分の中に確かにあるもの。
「だから、性癖もエゴを形成する大事なファクターだと、迅さんはそう考えてるんだ」
「深いな……まさかそんな理由があったなんて」
感心しかけたところで、勇はさらっと言った。
「いや、スケベなのは素だと思うよ」
俺も白狼も、さすがに笑った。
白狼はスケッチブックに小さく書く。
『迅先輩、深いけど浅い』
白狼はおしゃべりな上に一言多い。
「それ、本人に見せるなよ」
炭酸の抜けたコーラを一口飲む。
甘さだけが舌に残って、少しぬるい。
それでも、不思議と悪くなかった。
模擬戦で痛めつけられて。
男子会で性癖を暴露して。
気づけば、退魔師連合の人間たちの輪の中にいる。
ギャルゲーの友人枠。
そのはずだった。
なのに、俺自身も少しずつ、この世界に巻き込まれている。
冷めたピザの箱を畳みながら、俺はぼんやりと思った。
女神様。
この世界、やっぱりギャルゲーじゃないです。
でも――。
これはこれで、少し楽しいかもしれない。




