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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
一章 退魔師連合

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第11話 邪な夢。頑張れ女神様。物語は次のステージへ!?

 ※軽めのフェチや軽めの性的な表現があります。


 【凛(女神様)視点】


 朝の空気は少し冷たくて、洗面所のタイルが足裏にひやりと張りつく。


「ふむ、鉄平は鎖骨フェチ。と」


 凛は淡々と呟き、姿映しの鏡の前に立つ。

 鏡に映る自分の首元へ、視線を落とした。


 昨夜のことが、ふとよぎる。

 模擬戦の熱気。ぶつかる気配と気配。迅という厄介な相手に、互いに譲らぬまま終わった引き分け。

 あの張り詰めた空気が、まだ胸の奥にかすかに残っている。


 鉄平は――うまくやっている。

 連合の面々とも自然に距離を詰めて、笑いを引き出して。

 ああいうところ、ずるいと思う。


 夢で定期的な反省会を行なったとき

 試練の総括と称して、軽く茶化しただけだった。


「鉄平、鎖骨見てたでしょ」


 あの一言で、ぴたりと動きが止まって。

 次の瞬間、分かりやすいくらいに顔が赤くなった。


 否定も言い訳も中途半端で、視線だけが泳いで。

 あの余裕のある立ち回りからは想像もつかないほど、あっさり崩れた。


 ――あれは、少し可愛かった。



 口の中に広がるミントの泡。

 電動歯ブラシの振動が、歯と歯茎を細かく揺らす。


「電動歯ブラシって便利ね」


 低く唸るような振動音が、静かな朝にやけに大きく響く。


 ふとした気まぐれで、手を止めた。


「……」


 そのまま、首元へ。

 鎖骨に、軽く当ててみる。


 ぶるる、と細かな震えが、骨の上をなぞる。


「……!?」


 一瞬、息が詰まる。

 思った以上に敏感な場所だったのか、微かな刺激がじわりと広がって、体の奥に小さな波紋を残す。


 鏡の中の自分と、目が合う。


 ――なるほど。


 凛はほんの少しだけ眉を寄せ、しかしすぐに何事もなかったかのように歯ブラシを元の位置へ戻した。


 ♢


【鉄平視点】


 俺は夢を見た。


 ……なんというか、邪な夢だ。


 いや、先に言い訳をさせてほしい。

 俺は日頃からそんなことばかり考えているわけではない。

 少なくとも、そう信じたい。


 ただ最近、妙に調子が狂う。


 女神様のことを考える時間が増えた。

 夢で会える定期連絡を、少し楽しみにしている自分がいる。


 早く会いたい。

 声を聞きたい。

 褒めてほしい。


 その時点で、たぶん相当重症だ。


 そのうえ、現実では凛の距離が近い。


 悪鬼の事件の後も、訓練所でも、何かと手を握られたり、背中を叩かれたり、前腕を掴まれたりした。


 本人に悪気はないのだろう。

 学級委員で、面倒見が良くて、人との距離感が近いタイプ。


 そう思っている。


 そう思っているのだが。


 俺だって男子高校生である。

 多少は意識する。


 それに――これは本当に大きな声では言いたくないが。


 俺は、鎖骨に弱い。


 シャツの襟元。

 浴衣の合わせ。

 少しだけ見える首筋から鎖骨への線。


 見えすぎていない感じが、妙に意識に残る。

 危ないというか、目のやり場に困る。

 困るのに、視線が吸われる。


 我ながら面倒くさい。


 俺は女神様に恋している。

 だから、そんな俗っぽい視点で誰かを見るわけにはいかない。


 ……と思っていた。


 思っていたのに。


 気づけば、俺は合宿先の風呂場に立っていた。


 湯気が白く立ち込め、肌にまとわりつく。

 濡れた床。壁に反射する水音。遠くで桶を置く音。


 ちょうど女風呂から男風呂へ切り替わるタイミングだったらしい。


 そこに、凛がいた。


 湯上がりの頬はほんのり赤い。

 髪は少し湿って、うなじに張りついている。

 浴衣の襟元はゆるく開き、白い首筋が湯気の中に浮かんで見えた。


「……凛?」


 声をかけた瞬間、遠くから男子たちの足音が近づいてくる。


 まずい。


 夢だから理屈はない。

 でも、まずいという感覚だけははっきりあった。


 その瞬間、凛が俺の手を引いた。


「ごめん、よく分からないけど一緒に引き込んじゃった」


 押し込まれたのは、薄暗い用具室だった。


 扉が閉まる。

 外のざわめきが遠ざかる。


 狭い。


 とにかく狭い。


「それは……いいんだけど」


 いや、よくはない。


 距離が近すぎる。


 浴衣越しに触れる体温。

 肩と腕がわずかに触れるたび、意識が引っ張られる。

 湯上がりの石鹸の匂いが、呼吸のたび胸の奥まで入り込む。


「変な状況になっちゃったね」


「ほんとにな」


 俺は視線を逸らす。


 逸らした先に、襟元があった。


 開いた浴衣の隙間から、鎖骨が見える。

 細く、なめらかな線。

 その上に、小さく浮かぶホクロ。


 なぜか、やけに鮮明に見えた。


 やめろ。

 見るな。

 そこを見るな。


「鉄平?」


 凛の声が近い。


 顔を上げると、凛の瞳がすぐそこにあった。

 触れそうな距離。

 息がかかるほどの近さ。


「ふふふ、顔近いね」


 その笑い方が、どこか楽しそうで。


 なのに、胸の奥がざわついた。


 凛の顔を見ているはずなのに。

 頭のどこかで、別の誰かの面影が重なる。


 夢の中でしか会えない女神様。

 俺をこの世界へ送り出し、背中を押してくれた人。


 違う。


 凛は凛だ。

 女神様じゃない。


 そう思った瞬間、凛の輪郭がふっと歪んだ。


 湯気の向こうで顔の線がほどける。

 瞳の色が、記憶の中のあの人と重なる。


 見慣れたはずの、女神様の顔に。


「――っ!」


 体を跳ね起こした。


 冷たい空気が肌に触れ、夢の熱を一瞬で奪っていく。


 暗い部屋。

 布団。

 荒い呼吸。


「なんだよ今の夢……」


 夢だ。

 ただの夢。


 凛が出てきたのは、最近あいつとの距離が近かったから。

 女神様と重なったのは、俺が女神様を気にしすぎているから。


 鎖骨を見てしまったのは――。


「……俺のせいだな」


 誰にもぶつけようのない結論が出た。


 凛は距離が近い。

 俺は女神様が好き。

 なのに、夢の中では凛と女神様が重なった。


 かなり困る。

 非常に困る。


「……違うよな」


 何が違うのか、自分でも分からなかった。


 夢の中で見た鎖骨の白さと、小さなホクロ。

 それから、女神様の微笑み。


 その二つが、胸の中でほどけずに絡まっていた


 ♢


 その日の昼休み。


 廊下で勇とばったり会う。


「鉄平、もう食べた後?歯磨き?」


「うん。歯磨きはダイエットにも効くらしいしね」


 電動歯ブラシを軽く見せると、勇が感心したように頷く。


「へぇ、意識高いね」


「あと歯医者さんにも勧められてさ――」


 そこまで言ったところで。


 少し離れた場所から、ぽつりと声が落ちた。


「……鉄平、えっち」


「なんでーー!?」


 反射で全力ツッコミ。


 勇は一拍遅れて周囲を見回す。


「え、今の何?」


「こっちが聞きたいわ!」


 当の凛はというと、相変わらずの無表情で視線だけ逸らしている。


「……なんとなく」


「なんとなくで人をえっち扱いするな!?」


 理不尽すぎる判定に抗議するも、凛はどこ吹く風で歩き去っていく。


 俺はその背中を見送りながら――


 ふと、今朝の夢を思い出した。


(いや、何もしてない!してないけど!)


 なぜか勝手に意識してしまう自分がいる。


 理由ゼロのまま下された“えっち判定”。


 納得いかないまま、俺は歯ブラシを握りしめた。


 ――その少し離れた場所。


 凛はほんのわずかに頬を赤くしながら、そっと視線を逸らす。

 

(……言い過ぎたかも)


(あー!もう!!)


(このタイミングで電動歯ブラシとか見てたら意識しちゃうじゃん鉄平のバカ!!)

 ※凛(女神様)は自分の恋愛に関してはポンコツです


(でも、あの反応……ちょっと可愛かった)


 ♢


 放課後。


 昼間の喧騒が嘘みたいに静まり返った校舎を、俺と白狼は歩いていた。


 退魔師連合との一件は、ひとまず区切りがついた。


 悪鬼。

 水霊。

 迅さんとの模擬戦。

 退魔師連合の歓迎会という名の男子会。


 非日常に踏み込んだはずなのに、こうして日常の中に戻ってくると、あれこれが急に遠い出来事みたいに思えてくる。


 ――けれど、引っかかっているものが一つあった。


 歓迎会のとき、迅さんが何気なく口にした名前。


『美術部の絵馬がさ――』


 あの瞬間、俺の視界に表示されたサブイベントミッション。


【サブイベントミッション発生】

【最後のヒロイン候補、絵馬(えま)に会え】


 あれが、どうにも頭から離れなかった。


 最後のヒロイン候補。


 つまり、白狼ルートを進めるうえで避けて通れない人物。

 それが、美術部の絵馬。


 そして、もう一つ。


「白狼、スケッチブック見せてくれないか」


 白狼が首を傾げる。


『いいよ』


 さらさらと書いて、スケッチブックを差し出してくる。


 白狼が、字を書く以外にも時々落書きをしていることは知っていた。


 だから、何気なく覗かせてもらった。

 そのはずだった。


 けれど、ページをめくった瞬間。


 胸の奥で、何かがはっきりと繋がった。


 線は荒い。

 構図だって、まだ拙い。


 人物の輪郭は少し歪んでいるし、遠近感も怪しい。

 お世辞にも、完成された絵とは言えない。


 それでも。


 そこには、確かに“伝えたい”という意志が宿っていた。


 教室の隅。

 窓際の机。

 体育館でサーブを打つ凛。

 訓練所で立つ未来。

 そして、鼻歌を奏でているらしい小さな音符の落書き。


 言葉で話せないぶん、白狼は描くことで世界を見ていた。


 声にできないもの。

 伝えきれないもの。

 胸の奥に溜まったもの。


 それを、線にして外へ出している。


 ――こいつ、言葉を奪われた代わりに、絵で生きてきたんだ。


 そう思った瞬間だった。


 視界の端に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。


【サブイベントミッション進行中】


【最後のヒロイン候補、絵馬(えま)に会え】


【進行条件:白狼を美術部へ導け】


「……なるほどな」


 思わず、声が漏れた。


 絵馬。

 美術部。

 白狼の絵。


 バラバラだった点が、一つの線になる。


 これは、ただヒロイン候補に会うだけのミッションじゃない。


 白狼が、自分を表現できる場所を見つけるためのイベントでもある。


「……なあ、白狼」


 俺はスケッチブックの端を、指先で軽く叩く。


「美術部、行ってみないか」


 白狼は一瞬だけ目を見開いた。


 それから、自分のスケッチブックを見下ろす。

 ページの上に残った拙い線を、少しだけ照れたように指でなぞった。


 そして。


 静かに、こくりと頷いた。


 その小さな仕草を見た瞬間、俺は確信する。


 迅さんの言っていた“絵馬”。

 美術部。

 白狼の絵。


 止まっていた何かが、そこでまた動き出そうとしていた。


【サブイベントミッション進行中】


【最後のヒロイン候補、絵馬(えま)に会え】


 ――最後のヒロイン、絵馬。


 次の物語は、美術室から始まる。

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