第37話 待望の水着回、前半戦!?
避暑地から一転、海水浴場へ。
交通手段は、鷹志さんが手配してくれた貸切バスだった。
窓の外では、山の緑が少しずつ遠ざかり、陽射しの色が濃くなっていく。
潮の匂いはまだ届かないのに、車内の空気だけはもう夏休みそのものだった。
バスの中では、凛が観光地の動画を流しながら、なぜかバスガイドごっこをしていた。
「それでは、本日バスガイドを務めさせていただきます、凛です」
妙に板についている。
「長野県といえば、川中島の戦い。ここで信玄公と謙信公がバチバチにやり合ったところです」
「凛ちゃん博識ー!」
翠鳥が素直に拍手する。
「ずっと話してる……会話のネタが尽きないの、すごい」
未来まで感心していた。
なんか、知ってる大恩人もバスガイドをしていた気がする。
あの時は嬉しさ半分、嫉妬半分で、妙に複雑だった。
♢
そして、海水浴場に到着。
潮の匂い。
焼けた砂の熱。
波の音と、人の歓声。
いかにも夏だった。
海の家のロッカーを借りて、各自着替えタイム。
男子チームは先に着替え、パラソルとシートで基地を設営する。
白狼がスケッチブックにさらさらと書いた。
『なんか、ドキドキするな』
「……ああ」
正直、分かる。
迅先輩が腕を組み、妙に真剣な顔で言った。
「分かってると思うけど、女性の水着姿は大げさなくらい褒めろ。これは男としての礼儀だ」
「はい!!」
勇が全力で返事をする。
「でも迅さんは、六秒待ってから褒めた方がいいです」
確かに。
褒めすぎてドン引きされるタイプだ。
「アンガーマネジメントかよ!!」
いや、それはしゃあない。
その時、女子更衣室側の扉が開いた。
「来たぞ!」
♢
最初に現れたのは、白狼の妹、翠鳥だった。
清楚系で露出少なめのワンピース水着。
その上から薄手のパーカーを羽織り、つば広の麦わら帽子をかぶっている。
白と淡い水色が、波打ち際の光によく似合っていた。
小柄なのに、全体のバランスが綺麗で、普段より少し大人びて見える。
一瞬、男子陣の呼吸が止まる。
「「「かわいーーー!!」」」
勇が、砂浜に膝をつきそうな顔で呟いた。
「……生きててよかった」
白狼が勇の背中をバンと叩く。
『いいから、はよ褒めろ』
怖い。
さすが兄。
勇は慌てて翠鳥の前へ行く。
「す、すごく似合ってる。かわいい」
「ふ、ふーん。ありがと」
翠鳥は顔を逸らした。
でも、口元はちょっと緩んでいる。
満更でもなさそうだぞ、勇。
迅先輩が続こうとした。
「似合ってるぞ、みど――」
その瞬間、翠鳥が防犯ブザーを構えた。
迅先輩が静かに両手を上げる。
「まだ何もしてない」
♢
次に現れたのは、勇の姉、未来。
紺色のスポーティな競技用寄りのセパレート。
その上にラッシュガードを羽織り、髪は高めにまとめている。
かわいい、というより――強い。
波打ち際に立った瞬間、海が訓練場に見えた。
「「「「かっこいいーー!!」」」」
俺は白狼の背中をバンと叩いた。
白狼は少し照れながら、スケッチブックに書く。
『最高。かっこいい上に、綺麗だなって』
未来は真っ直ぐ白狼を見る。
「ありがとう、白狼」
返しがイケメンすぎる。
隣で翠鳥が「未来おねえ……さすが……」と流れ弾でキュンキュンしていた。
勇がやれやれ顔で見守っている。
迅先輩が恐る恐る口を開く。
「未来、似合――」
「五メートル以内に近寄らないで」
「はい」
反射で従った。
訓練されている。
♢
続いて、絵馬先輩。
レトロで大人っぽい、ワインレッドのハイウエスト水着。
白いシャツをさらっと羽織り、サングラスまでかけている。
映画女優だった。
いや、正確には、映画女優が避暑地で写真集を撮っているみたいだった。
立っているだけで構図が完成している。
風でシャツの裾が揺れるだけで、周囲の空気が一段階おしゃれになる。
「「「「「ゴージャスーー!!」」」」」
迅先輩が口を開く。
「絵馬――」
「消えなさい」
「はい」
即死だった。
白狼がスケッチブックを掲げる。
『絵馬先輩、綺麗です。作品みたいで』
絵馬先輩は、ふっと表情をやわらげた。
「その褒め方は嬉しいわね」
俺も素直に言う。
「絵馬先輩、めっちゃ似合ってます」
「ありがとう」
「それに……色々相談に乗ってもらって、ありがとうございました」
自分と向き合うきっかけ。
そこから始まって、魂を掴む力まで辿り着いた。
絵馬先輩は、少しだけ目を細める。
「いいのよ。巡り巡って、私も助けてもらったから」
潮風が吹いた。
少しだけ、胸があたたかくなった。
♢
勇が俺の肩を叩いた。
「凛、来たよ」
最後に現れたのは、凛だった。
王道ヒロイン感のある白ベースのビキニ。
白いレースのパレオ。
その上に、水色のラッシュガードを羽織っている。
派手ではない。
むしろ清楚寄り。
なのに、なぜか光って見えた。
白と水色が、陽射しを受けてやわらかく反射する。
潮風に髪が揺れるたび、どこか神秘的な雰囲気が漂う。
「「「「「「おおおーーー……」」」」」」
全員、語彙を失った。
迅先輩が何か言おうとした瞬間、未来と絵馬先輩に両側から潰された。
「」
南無。
俺は、凛を見て言った。
「凛、似合ってる!!」
言葉が素直に出た。
「なんか……オーラあるよ!!」
不思議と、知っている誰かを思い出す。
でもそれ以上に、目の前の凛が本当に似合っていた。
凛は少しだけ頬を赤くした。
「ありがとう。鉄平も……」
そこで、凛の視線が止まった。
俺の上半身。
タンクトップ越しではない、素の胸筋。
バキバキに割れた腹筋。
自分で言うのもなんだが、筋トレの成果は出ている。
凛の目が、すっと細くなる。
そして。
「えっろ!!!」
「なんで!?」
凛は防水ケースからスマホを取り出し、パシャパシャ撮り始めた。
「ちょ、凛!? 俺より凛の方がグラビアアイドルみたいな格好してるんだけど!?」
「それとこれとは別!!」
別なのか!?
白狼が肩を震わせて笑い崩れる。
未来が慣れた手つきで背中をさすった。
「はいはい、白狼、呼吸して」
迅先輩が小声で呟く。
「青春だなあ」
翠鳥が防犯ブザーを掲げる。
「迅さんは黙っててください」
「はい」
波の音が響く。
潮風が肌を撫でる。
焼けた砂の匂いと、日焼け止めの甘い匂い。
悪魔との戦いなんて、本当にあったのかと思うくらい。
平和な日常であった。




