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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 炭酸水ひろみつ(旧 強炭酸)
三章 決戦の夏合宿

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第36話 取り戻した日常。迅の哲学!?

 悪魔の脅威は去った。


 戦いのあと、鷹志さんと亜里沙さんに怪我や後遺症はなかった。

 絵馬先輩も、疲労こそ残っていたものの無事だった。


 あれだけのことがあったのに、鷹志さんは堂々としていた。


「今日はもう、みんな休もう。ぐっすり眠って、明日の朝は一緒にご飯にしよう」


 亜里沙さんも、少し青ざめた顔で、それでも静かに頷いてくれた。


「ええ。朝食くらい、私に用意させて」


 強い人たちだと思った。


 恐怖がなかったわけじゃない。

 傷つかなかったわけでもない。

 それでも、日常を取り戻すために、ちゃんと立ち上がろうとしている。


 ♢

 

 そして、一晩明けた朝。


 避暑地の空気は澄んでいて、窓の外では木々がさらさらと揺れている。


 ようやく、美術部本来の合宿が始まった――気がする。


「朝食は和食にしたわ。よかったら召し上がって」


 亜里沙さんが並べてくれたのは、白いご飯、味噌汁、納豆、卵、焼き魚。

 湯気の匂いと焼き魚の香ばしさが、昨日までの悪魔の臭気を少しずつ洗い流していく。


「亜里沙は料理が得意でね。和洋なんでもできるんだ」


 鷹志さんが、どこか申し訳なさを滲ませながらも、穏やかに笑った。


「……美味しい」


 思わず声が漏れた。


「俺、得意料理が焼きそばくらいしかないんですよ。今度、教えてください」


 かつて果たせなかった弟子との約束。

 それを思い出した今だからこそ、ちゃんとやり遂げたいと思った。


「もちろん」


 亜里沙さんは少し疲れた顔で、それでも優しく頷いた。


 未来が味噌汁をすすりながら言う。


「鉄平、なんでもできそうなのに料理できないの意外よね」


「これから覚えてくの!!」


 白狼がスケッチブックを掲げる。


『食レポなら任せろ』


「白狼、お前は食い専だな」


 凛は、そんな俺たちを見てやさしく微笑んでいた。


(あの子、“シロ”もきっと、『良かったね、撤兵さん』って言うと思うわよ)

 

 ♢


 壁に空いた穴は、そのままにはしておけなかった。


 本格的な修理は業者を呼ぶとしても、ひとまず風が通るままだと困る。

 海風は容赦なく湿気を運ぶし、何より美術部の合宿所としては落ち着かない。


 というわけで――。


 トン、トン、トン。


 釘を打つ音が、別荘のアトリエに響いていた。


「よっと。これでよし」


 俺は木材を押さえながら、最後の一本を打ち込む。

 掌に伝わる振動。

 木の乾いた匂い。

 汗がこめかみを伝って、首筋へ落ちた。


 慣れている。


 というか、こういう作業は嫌いじゃない。

 前世の記憶だとか、美容師を目指したいとか、そういう話とは別に、手を動かして形を整える作業は、妙に落ち着く。


「こっちもOKだ、鉄平」


 振り返ると、迅さんがシートを固定しながら親指を立てた。


 ツナギ姿。


 いつもの着崩した制服でもなければ、ネイルもピアスも外している。

 首元の銀時計だけが、かろうじて“迅さんらしさ”を残していた。


 というか。


「……なんか、迅さん」


「ん?」


「ホストっていうより、ヤンキーの鳶職みたいですね」


「それ褒めてる?」


「半々です」


 迅さんは鼻で笑って、金槌を肩に担いだ。


「失礼な。こう見えて、ちゃんと働ける男なんだよ」


「そこ疑ってたわけじゃないですけど、もっとこう……DIYとかしない人かと」


「まあ、見た目はな」


 迅さんは少し遠くを見るような顔をした。


「親父に鍛えられたからさ」


 トン、と。

 釘を一本、静かに打つ。


「親父はエクソシストになる前、軍人してたんだ」


「へえ」


 ちょっと意外だった。


「だからキャンプとか、焚き火とか、こういう応急処置とか。そういう“生き延びるための技術”はだいたい叩き込まれた」


「軍人の教育だ……」


「夏休みに山に放り込まれて、“火起こせなきゃ飯抜き”とか普通だったぞ」


「スパルタ過ぎません?」


「めちゃくちゃ嫌だった」


 即答だった。


 思わず笑う。


 迅さんも、つられて笑った。


「でもまあ、役には立つ。悪くないだろ?」


「ええ。今めちゃくちゃ助かってます」


 俺がそう言うと、迅さんは少しだけ照れくさそうに鼻をかいた。


 こういうところだ。

 チャラそうに見えて、根っこはすごくちゃんとしている。


 だから、皆この人を信用するんだろう。


「よし」


 迅さんが腰を伸ばす。


「これで応急処置は終わりだな」


 壁に空いた大穴は、木材とシートでひとまず塞がれていた。


 完璧とは言えない。

 でも、風も雨も防げる。

 何より、“壊れたまま”ではなくなった。


 それだけで、ずいぶん違う。


 ♢


 木材とシートの匂いがまだ残るアトリエで、俺たちは改めて絵の練習を始める。


 昨日まで、ここには悪魔がいた。


 絵馬先輩が倒れて。

 白狼が魅了されて。

 未来が怒って。

 俺たちは必死で走って、戦って。


 全部、ほんの昨日のことなのに。


 今は、鉛筆の先が紙を擦る音がしている。


 しゃっ、しゃっ、と。


 その音が、妙に安心した。


 昨日のことがなかったみたいに――とは、もちろん言えない。


 まだ窓の外を見ると、少しだけ胸がざわつく。

 絵馬先輩の顔色を無意識に確認してしまう。

 未来の表情の変化に敏感になる。


 それでも。


 こうして、また筆の音が戻ってきたこと。

 紙と向き合う時間が戻ってきたこと。


 それが、少しだけ救いだった。


「白狼くんだったか」


 鷹志さんが、白狼のデッサンを覗き込みながら言う。


「彼は筋が良いね」


 白狼は少し照れたように視線を逸らし、スケッチブックを抱え直した。


 その横で。


「でしょう?」


 絵馬先輩が、少し誇らしげに笑う。


 その顔を見て、鷹志さんはふっと目を細めた。


 ああ、この人。

 ちゃんと娘のそういう顔を見てるんだな。


 画商としてじゃなく。

 退魔師としてでもなく。


 ちゃんと、父親として。


 そして次の瞬間。


「……で、白狼くんと鉄平くん、どちらが本命かな?」


「な、なんでそんな話に!?」


 絵馬先輩の声が裏返った。


 早い。

 切り替えが早い。


「いや、ただの勘だよ」


 鷹志さんは、あくまで穏やかに紅茶を飲む。


「絵里須や絵馬みたいな共感覚は、私にはないからね。だからこそ、そういうのは案外、空気で分かる」


「父さん!!」


「青春だなぁと思って」


「やめて!!」


 耳まで赤い。


 珍しいものを見た。


 白狼は肩を震わせている。

 絶対笑ってる。

 未来は「ふーん」みたいな顔をしている。

 こっち見るな。


「ちなみに鉄平くん」


「はい」


「君はどうなんだい?」


「なんで飛び火するんですか!?」


 アトリエに笑いが広がった。


 昨日までの恐怖が、完全に消えたわけじゃない。


 でも。


 この軽口を言えるくらいには、ちゃんと親子の時間が戻ってきていた。


 それが、なんだか嬉しかった。


 壊れた壁は塞がった。


 まだ完璧じゃない。

 応急処置だし、傷跡も残っている。


 でも、それでいいのかもしれない。


 人も、たぶん同じだ。


 少しずつ直していく。

 少しずつ、元に戻る。


 木の匂いと、絵の具の匂いの混ざるこの場所で。


 俺は、そんなことを思っていた。


 ♢

 

 ラスティ戦が終わり、ようやく美術部合宿らしい空気が戻ってきた。


 朝食を食べ、アトリエの応急処置を手伝い、絵の練習をして、少しずつ日常が戻ってくる。


 ……戻ってきているはずだった。


 だが、俺には確認しなければならないことがある。


 そう。


 この物語の本筋である。


 白狼の恋愛ルートだ。


 女神様から与えられた最後の試練。

 白狼を、正しいヒロインと結ばせること。


 正直、悪魔だの憑依だのソウルセイヴだので忘れかけていたが、ギャルゲー友人としての試練真っ最中である。

 そして俺は、主人公の友人。

 恋愛請負人・三上鉄平。


 つまり、好感度確認は必須業務なのだ。


 俺はそっと目を閉じる。


 運命の可視化、フラグビューモード。


 視界の奥に、白狼を中心とした関係性が浮かび上がる。


 まずは未来。


【未来→ 白狼】

【好感度:70】


「ほう」


 思わず声が漏れた。


 さすが筆頭候補。


 退魔師として共闘し、魅了された白狼を正面から叩き起こし、しかも意趣返しのキスまで決めた女。

 強い。

 あまりにも強い。


 バトルヒロインとしての説得力が違う。


 次に絵馬先輩。


【絵馬→ 白狼】

【好感度:60】


「おお……」


 さすが今回のイベントヒロイン。


 美術部で白狼の絵を認め、ラスティ事件では身体を奪われ、救出対象として大きく関わった。

 白狼にとって、絵馬先輩は“絵を見てくれた人”だ。


 これは強い。


 追い上げがすごい。


 未来が王道メインヒロインなら、絵馬先輩はイベント補正で一気に伸びるタイプ。

 油断できない。


 そして、最後。


 凛。


【凛→ 白狼】

【好感度:0】


「なんで下がってんの!?」


 思わず叫んだ。


 いや、待て。

 前は多少あっただろ。

 ゼロはおかしいだろ。


 凛、何した?


 何をしたら攻略対象なのに好感度ゼロになるんだ。


 俺の声に、近くでスケッチしていた白狼が顔を上げる。


『どうした?』


「いや……なんでもない」


 なんでもある。

 めちゃくちゃある。


 凛が白狼ルートから完全に脱落している。


 いや、俺としては別に凛を白狼と結ばせたいわけじゃない。

 むしろ、凛は凛で何か引っかかる存在なので、白狼ルートから外れてくれるのは助かる……のか?


 助かるのか?


 分からん。


 ただ、攻略対象として登録されていたキャラの好感度がゼロまで下がるのは、普通に事件である。


 その時、少し離れた場所で、凛が未来に何か言われてしゅんとしていた。


「……はい。今後は恋愛雑誌を鵜呑みにしません」


「よろしい」


 未来が腕を組んで頷いている。


 何だあれ。


 なぜ未来が凛を指導している。


 しかも凛、妙に素直だな。


 俺は首を傾げる。


 まあ、女子同士の何かだろう。


 深く踏み込むと藪蛇になりそうなので、見なかったことにした。


 それより問題は白狼ルートだ。


 未来、好感度80。

 絵馬先輩、好感度70。

 凛、0。


 現状、未来が一歩リード。

 だが絵馬先輩も十分射程圏内。


 まだ決定打ではない。


 俺は腕を組んだ。


「なるほど……」


 白狼がスケッチブックにさらさら書く。


『鉄平、悪い顔してる』


「してない。戦略家の顔だ」


『悪い顔』


「相棒、そこは味方して」


 白狼は肩を震わせて笑った。


 こいつ、自分が主人公だという自覚がなさすぎる。


 だが、それでいい。


 白狼が誰を選ぶのか。

 どんな気持ちを育てるのか。


 それは俺が決めることじゃない。


 俺にできるのは、背中を押すことだけだ。


 ……ただし。


 間違った方向へ走りそうなフラグは、全力で叩き折る。


 俺はもう一度、凛の方を見た。


 凛は未来に正座させられていた。


「嫉妬イベントを狙って攻略対象に入るのは禁止」


「はい……」


 何の話?


 俺は何も知らない。


 何も知らないが、ひとつだけ分かった。


【凛→白狼】ルート、たぶん死んだ。

 

 ♢


 一方、迅先輩と勇、翠鳥は、鷹志さんから美術館のチケットをもらい、近くの美術館へ来ていた。


 館内は涼しく、足音が小さく響く。

 白い壁に並ぶ絵の前で、迅先輩が腕を組んだ。


「アートは良いよな。自分の“好き”を表現できる」


「美術館、よく来るんですか?」


 勇が尋ねると、迅先輩は静かに頷いた。


「ああ。俺は、自己理解が強さに直結しているという哲学を持ってる」


「だから、作品から感じるエゴが、刺激を与えてくれるのがいいんだ」


 少しだけ、声が真面目になる。


「自分と向き合う時って孤独なんだよ。だけど、他人の作品を見ると、俺は一人じゃないって思える」


「エゴとエゴのぶつかり合い。恋愛も……性癖もだ」


 翠鳥が一歩引いた。


「最後にしっかりオチつけるのやめて」


 勇は苦笑し、迅先輩はなぜか満足そうだった。


 こうして、波乱だらけの合宿は少しずつ本来の形を取り戻していく。


 ――そして最後に、もうひとつイベントが残っている。


 そう。

 お待ちかねの、水着回である。

 

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