第34話 白狼の新技。放たれる閃光!?
全滅。
「――っ!」
俺は目を開けた。
現実の夜が戻ってくる。
赤い月。
腐った花の臭い。
巨大化したラスティ。
白狼、未来、勇。
まだ、誰も倒れていない。
まだ、間に合う。
鼻の奥が熱い。
指で拭うと、血がついていた。
無理に見すぎた。
頭の奥が割れるみたいに痛い。
けれど、見えた。
あれは奥義だ。
カウントがゼロになった瞬間、街ごと飲み込む類の術式。
長期戦は無理。
迷っている時間もない。
俺は息を吸い込んだ。
「皆! これは短期決戦だ!!」
全員の視線が、こちらへ向く。
「あの赤い月のカウントがゼロになったら、ヤツの奥義が炸裂する!! その前に倒すんだ!!」
勇がヒートロッドを握り直す。
「了解!」
未来が赤い月を見上げ、眉をひそめた。
「時間稼ぎのための巨体化……悪趣味ね」
白狼は喉を押さえながらも、静かに頷いた。
赤い月の数字が、また減る。
【641】
思ったより速い。
迷っている暇はない。
「勇、正面で牽制! 攻撃を切り払いながら、ラスティの視線を散らしてくれ!」
「了解!」
勇がヒートロッドを構え、ラスティの前へ踏み込む。
「未来、足止めが必要だ! ルミナスとクロエ、“同時に”出せるか!?」
未来がこちらを見た。
一瞬だけ驚いた顔をしたあと、すぐに笑う。
「いい指示ね。任せて」
白狼が咳をひとつ飲み込み、スケッチブックに素早く文字を書いた。
『試したいことがある』
『チャンスがほしい』
その筆跡には、震えがない。
俺は頷いた。
「作る」
即答した。
「お前が撃つためのチャンスは、俺たちが作る」
白狼の目が、少しだけ見開かれる。
そして、力強く頷いた。
未来が二つのぬいぐるみを握る。
「ルミナス、クロエ、直接出てきて!!」
空気が震えた。
銀の光と、黒い影が同時に弾ける。
白い犬のぬいぐるみから、銀髪の妖狐が姿を現した。
九本の尾が扇のように広がり、周囲の空間がきしむような神気を放つ。
同時に、黒い犬のぬいぐるみから、影をまとったゴスロリ姿の少女――クロエが地面に降り立つ。
銀と黒。
攻撃と防御。
未来の切り札。
未来本人は後方に残っている。
二体同時の戦闘用外部実体化。
その時点で、彼女の額には汗が滲んでいた。
「消耗が激しいから、持って十分」
未来は、それでも迷わず言う。
「鉄平、指揮は任せたわ」
「ああ」
赤い月の数字が落ちる。
【612】
十分。
それだけ持てばいい。
いや、それ以内に終わらせる。
俺はラスティの動きを見る。
腕が長い。
振りは大きい。
ただし巨体化した分、足元の反応は鈍い。
狙うなら、膝。
止めるなら、足首。
核は胸部。
白狼の一撃を通すには、動きを止める必要がある。
「ルミナス、足を崩してくれ! クロエは拘束準備!」
「はいはい、任せて!」
「了解」
ラスティが長い腕を振るう。
空気が唸った。
鉤爪が地面を抉り、芝と土が弾け飛ぶ。
「勇、右へ誘導!」
「任せろ!」
勇がヒートロッドを赤く光らせ、ラスティの爪を受け流す。
焼けた臭いが弾け、ラスティの視線が勇へ向いた。
「そうはさせないよ」
ルミナスが尾を振るう。
銀の斬撃が走り、ラスティの膝へ食い込んだ。
黒い霧のような血が飛び散る。
ラスティの巨体が、わずかに揺らいだ。
赤い月が、さらに数字を落とす。
【557】
「今だ、クロエ!」
「まだ。近づけない」
クロエの声が冷静に返る。
ラスティの周囲には、腐臭を帯びた瘴気が渦巻いている。
不用意に近づけば、影ごと弾かれる。
だったら。
俺は息を吸った。
「透明化付与」
息を止め、クロエに触れる。
指先から、薄い膜のような力が広がった。
クロエの輪郭が揺らぐ。
黒いドレスも、赤い瞳も、影の手も、夜の景色へ溶けていく。
長くは持たない。
けれど、死角に滑り込む数秒なら十分だ。
肺の奥が、すぐに熱くなる。
喉が空気を求めて軋む。
まだ吐くな。
まだ。
あと少し。
クロエの姿が、ふっと消える。
ルミナスの斬撃と勇の牽制に気を取られたラスティは、その接近に気づかない。
「クロエ、今!!」
「夢幻影手」
地面から、黒い手が一斉に伸びた。
一本。
二本。
三本。
四本。
黒い指が、ラスティの両足に絡みつく。
膝を縛り、足首を押さえ、腰を地面へ縫い止める。
ラスティの巨体が、初めて完全に止まった。
「ガ、アアアアッ!!」
ラスティが獣のように吠える。
翼がばたつき、腐臭混じりの風が吹き荒れる。
赤い月の数字が、不気味に減っていく。
【482】
【479】
【475】
止まらない。
でも、ラスティも動けない。
ここまでのお膳立ては完璧だ。
勇が視線を散らし。
ルミナスが足を崩し。
クロエが縫い止め。
未来が切り札を維持し。
俺が、盤面を繋いだ。
あとは――。
「決めてこい。白狼!!」
白狼は、指で四角を作っていた。
美術部で習った、指フレーム。
けれど今は、構図を見るためではない。
対象を切り取り、世界から一点を選び出すための掌印。
俺が盤面を作り、未来が止め、勇が逸らし、クロエが縫い止め、ルミナスが崩した。
最後に撃つのは、白狼だ。
主人公は、あいつだ。
白狼の目が、ラスティの胸部――黒く脈打つ核を捉える。
そして、静かに口を開いた。
「穿て」
閃光が走った。
白い光が、一本の線となって空間を貫く。
ラスティの胸を撃ち抜いた。
肉が裂ける音ではない。
もっと奥。
魂の芯を打ち抜くような音がした。
「ぎ、あ……っ!」
ラスティが初めて悲鳴を上げた。
巨体が震える。
翼が歪む。
黒い核が、びくりと脈打つ。
赤い月が揺らぐ。
【391】
だが、白狼は止まらない。
指フレームを崩さない。
もう一度、対象を切り取る。
「穿て」
二発目。
光が走る。
今度は胸の奥にある黒い核が、はっきりとひび割れた。
ぴしり、と。
乾いた音が夜に響く。
ラスティが暴れる。
影の手が軋む。
クロエが歯を食いしばる。
未来の額から汗が落ちる。
ルミナスが尾を広げ、ラスティの腕を斬撃で押さえ込む。
赤い月の数字が、さらに崩れる。
【210】
「白狼、あと一発!!」
勇が叫ぶ。
俺も叫びたかった。
でも、言葉はいらない。
白狼は、もう見えている。
最後の一点を。
「穿て」
三発目。
光が、核の中心を撃ち抜いた。
世界が、一瞬白く染まる。
ラスティの巨体が硬直した。
翼が力を失う。
鉤爪が地面を引っ掻く。
裂けた顎から、声にならない悲鳴が漏れる。
胸の奥の黒い核が、砕けた。
ひび割れが広がる。
黒い光が漏れる。
そして、内側から崩れていく。
ラスティの身体が縮み始めた。
巨大な影が萎む。
黒い霧が裂ける。
美女の面影も、獣の顎も、翼も、鉤爪も、少しずつ輪郭を失っていく。
腐った花の臭いが、夜風に溶ける。
白狼が膝をつきかける。
未来が支える。
クロエの影が消え、ルミナスの銀の光も薄れていく。
全員が息を切らしていた。
けれど。
赤い月が、音を立てて崩れ落ちた。
【000】
その数字は、奥義の発動ではなく、術式の崩壊を告げていた。
勝負は、決した。




