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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
三章 決戦の夏合宿

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第31話 絵馬を救い出せ。ラスティの本体!?

 ラスティは、先に外へ飛び出していった。


 窓の向こうから、まだ咳き込むような声が聞こえる。

 あの悪魔にとって、さっきの臭気は相当効いたらしい。


 割れた窓から、外気が流れ込んでくる。


 ニンニクと唐辛子の残り香。

 焦げた香草の苦味。

 そこへ、夏の草の匂いが混ざった。


 勇が低く言う。


「屋外ではスモークは効きにくい。次は、特製スタングレネードを使う」


「特製?」


 嫌な予感がした。


「出力は調整済み。ただし至近距離だと危ない。合図したら、伏せて、目を閉じて、耳を塞いで、口を開ける姿勢を取って」


「ガチで鼓膜破るやつじゃねえか」


 思わずツッコむ。


 未来は表情を変えずに頷いた。


「OK。その後、私が仕掛ける」


 普通に返すな。

 勇、いつもこうなの?


 白狼も、スケッチブックを書く余裕はないらしい。

 胸をどん、と叩いて、了解の合図をした。


 俺は息を吸う。


 手のひらが、まだ震えている。


 この先は、俺の出番だ。

 逃げられない。


「いくぞ!」


 俺たちは、割れた窓から外へ飛び出した。


 芝生の上は、夜露を含んだように少し湿っていた。

 靴底が沈む。

 草の匂いが強くなる。


 遠くでは、まだ魔物の叫びが聞こえていた。


 ラスティは、芝生の中央で片手を口元に当て、肩を震わせている。


 絵馬先輩の顔が、屈辱に歪んでいた。


「こんな……こんな下品な匂いで……!」


 甘い香水の名残を必死に取り戻そうとするように、ラスティは息を整えようとしている。

 けれど、そのたびに喉の奥へ臭気が絡み、咳が漏れた。


 妖艶な笑みはもうない。


 美を司る悪魔が、泥をかけられたみたいな顔でこちらを睨んでいる。


 チャンスだ。


 勇が腕を振る。


「皆、今だ!!」


 銀色の筒が宙を舞った。


 次の瞬間――。


 カッ。


 白く、視界の端が焼けるように弾ける。


 ドンッ。


 遅れて、腹の底を叩くような衝撃音。


 耳を塞いでいても、骨の内側が震えた。

 空気そのものが爆ぜたみたいだった。


「――ッ、あああああ!!」


 ラスティが芝生の上でのたうち回る。


 両目を押さえ、身体をよじる。

 悪魔の余裕は完全に剥がれ落ちていた。


 白い閃光に焼かれ、音に平衡感覚を奪われ、立ち上がることすらできない。


「クロエ、抑えるよ」


 未来の声。


 黒い犬のぬいぐるみが跳ねる。


 次の瞬間、未来の姿が反転した。


 金髪。

 赤い瞳。

 ゴスロリの衣装を纏ったクロエ憑依形態。


 影が足元から溢れる。


夢幻影手(シャドーハンド)


 地面から、四本の影の手が伸びた。


 黒い指が、ラスティの腕、足、胴を掴み、芝生へ縫い止める。


「離しなさい……!」


 ラスティが暴れる。


 絵馬先輩の喉から出ているはずなのに、その声は濁っていた。

 甘さの裏に、焦りと怒りが滲む。


 勇が牽制に回る。

 ヒートロッドを構え、ラスティの視線を逸らすように前へ出た。


 白狼は周囲を警戒している。

 魔物が戻ってきても、すぐ反応できる位置だ。


 俺は、ラスティの背後に回った。


 心臓がうるさい。


 どくん、どくん、と。

 耳の奥で鳴っている。


 手が震える。


 失敗したら、絵馬先輩を傷つけるかもしれない。

 ラスティを掴むつもりで、絵馬先輩の魂まで壊してしまうかもしれない。


 でも。


 ここで止まったら、何のためにこの力を取り戻したんだ。


 女神様。


 俺に、自信と勇気を。


 息を吸う。


 夏の草の匂い。

 焦げた香草の残り香。

 遠くの魔物の叫び。

 目の前で苦しむ絵馬先輩の呼吸。


 全部が、やけに鮮明だった。


 ――あなたに微笑んでほしい。


 指先に、白い光が灯る。


 ――それだけが、俺を人にする。


 光が手のひらへ広がる。


 ――だからこの手に、救いの力を。


 俺は、ラスティの背へ手を伸ばした。


魂を掴む力(ソウルセイヴ)


 触れた瞬間、世界の輪郭が変わった。


 肉体ではない。


 もっと奥。


 絵馬先輩の中に絡みついた、黒い影の輪郭が見える。


 ぬるりとした感触。

 冷たくて、甘くて、気持ちが悪い。


 まるで腐った蜜を掴んだみたいだった。


(……その声は……鉄平?)


 かすかに、絵馬先輩の声が聞こえた気がした。


 胸が熱くなる。


「絵馬先輩、起きてください」


 俺は黒い影を掴む。


 ラスティが悲鳴を上げた。


「やめなさい……! 私に触れるな、この化け物……!」


「違う」


 奥歯を噛みしめる。


「俺は、救うために掴むんだ」


 腕に力を込める。


 黒い影が、絵馬先輩の身体から引き剥がされていく。


 髪の毛を無理やり剥がすような抵抗。

 爪を立てて肉体にしがみつくような執着。


 ラスティが暴れる。

 影の手がきしむ。

 未来が歯を食いしばる。


「鉄平、いける! そのまま!」


 勇が叫ぶ。


 白狼も頷く。


 俺は、もう一度強く引いた。


 ずるり、と。


 黒い影が、絵馬先輩の背中から引きずり出された。


 その瞬間、絵馬先輩の身体から力が抜ける。


「絵馬先輩!」


 クロエを憑依した未来が影の手を伸ばし、彼女を受け止めた。


 よかった……。

 

 救えた……!!


 その瞬間、視界の端に半透明のウィンドウが浮かび上がる。


【サブイベントミッション達成】


【超高難度:絵馬からラスティの憑依を引き剥がせ】


【達成条件】

・絵馬の肉体を保護する 達成

・ラスティの本体を引きずり出す 達成

・絵馬の魂を傷つけず救出する 達成


【結果:成功】


「……っ」


 息が詰まった。


 成功。


 絵馬先輩は救えた。


 白狼も戻った。

 絵馬先輩も取り戻した。


 これで、二つの超高難度ミッションは終わった。


 ――そのはずだった。


 安堵が胸に広がるより早く、俺の手の中で黒い影がびくびくと脈打った。


 それは一瞬、女の形を取ろうとして――すぐに崩れた。


「……ふ、ふふ」


 地面に落ちた影が、芝生の上を這う。


 まるで腐った蜜が広がるみたいに、ぬめりながら膨れ上がっていく。


 甘い香水の匂いが、今度は腐臭に変わった。


 花が腐る匂い。

 熟れすぎた果実が潰れた匂い。

 血と泥が混ざったような、嫌な湿り気。


「やってくれたわね」


 黒い影が盛り上がる。


 骨の軋むような音。

 肉が内側から膨張するような、不快な湿った音。


 影は、人の形を捨てた。


 肩が割れる。

 背中から膜のような翼が広がる。

 腕は異様に長くなり、指先は黒い鉤爪へ変わる。


 顔の半分は、美女の面影を残している。

 けれど、もう半分は獣の顎に裂けていた。


「でも残念」


 ラスティの声が、何重にも重なって響く。


 女の声。

 獣の唸り。

 湿った羽音みたいな低音。


 それらが混ざり合い、腹の底を震わせる。


「ここからが、本番よ」


 俺たちの前に現れたのは、美しい女ではなかった。


 屋根ほどもある巨体。

 甘い匂いと腐った花の臭いを撒き散らす、悪魔の本体。


 芝生が沈む。

 地面が軋む。

 翼が開くたび、生温い風が吹きつける。


 美と色欲の悪魔――ラスティ。


 絵馬先輩は救い出した。


 けれど、戦いは終わっていない。


 本当の戦いは、ここからだった。

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