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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
三章 決戦の夏合宿

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第30話 未来VS白狼。そして…….勇が魅せる!?

 外では、魔物の羽音と悲鳴が混じっていた。


 ばさり、ばさり、と。

 巨大な翼が空気を叩くたび、窓ガラスがびりびりと震える。


 遠くで誰かが叫ぶ声。

 何かが倒れる音。

 木々がざわめく音。


 そのすべてが、分厚いガラス越しに歪んで聞こえていた。


 アトリエの壁に飾られた絵が、かすかに揺れる。

 額縁の中の風景画も、人物画も、まるで今の異常を見て見ぬふりしているようだった。


 絵の具と木材の匂い。

 焦げた埃。

 割れた壁から入り込む、夏の湿った空気。


 そこに、ラスティの甘い香水がねっとりと絡みついている。


 綺麗なはずの匂いなのに、気持ち悪い。

 鼻から入って、喉の奥に膜を張るみたいだ。


 ラスティは、白狼の顎に指をかけた。


「……白狼!」


 未来の声が鋭くなる。


 けれど、白狼は反応しない。

 瞳に宿った妖しい光が、ただラスティだけを映している。


 ラスティは笑った。


 絵馬先輩の顔で。

 絵馬先輩ではない笑い方をした。


 そして、白狼のマスクを少しだけずらす。


「見せてあげる」


 その言葉の意味を理解するより早く。


 ラスティは、見せつけるように白狼へ口づけた。


 一瞬。


 アトリエの音が消えた気がした。


 未来の息が、止まる。


「……っ」


 喉の奥で、何かが詰まったような音。


 俺の背筋にも、冷たいものが走った。


 キス。


 それ自体が問題なんじゃない。


 いや、問題ではある。

 かなり問題だ。


 けれど、それ以上に。


 白狼の意思がない状態で。

 絵馬先輩の顔を使って。

 未来の前で。


 それを見せつけるようにやったことが、最低だった。


 ラスティはゆっくり唇を離すと、愉しそうに目を細めた。


「あら?」


 わざとらしい声だった。


「まだキスしたことなかった? ごめんなさいね」


 明らかな挑発。


 美しい顔。

 甘い声。

 けれど、その奥には悪意しかない。


 俺の胸の奥が、かっと熱くなる。


 だが、未来は顔色ひとつ変えなかった。


 ただ、拳だけが強く握られている。

 爪が掌に食い込むほどに。


「効くと思った?」


 声だけが、妙に静かだった。


 その静けさが、逆に怖い。


 ラスティは肩をすくめる。


「行きなさい、白狼」


 白狼が、ゆらりと前に出た。


 足音が軽い。

 だが、そこにいつもの意思がない。


 操り人形みたいに、ただ命令に従っている。


 その瞳には、妖しい光が宿っていた。


 白狼がマスクを外す。


 空気が張り詰める。


 ラスティが甘く囁いた。


「暴れてもいいわよ。壊しなさい」


 未来は白い犬のぬいぐるみに触れた。


「ルミナス、行くよ」


 次の瞬間、空気が銀色に揺らいだ。


 未来の髪が銀に染まる。

 背後に九本の尾が広がる。


 神性を帯びた妖狐の気配が、アトリエの空間そのものを軋ませた。


 ルミナス憑依形態。


 未来の目が、まっすぐ白狼を捉える。


瞬間移動(テレポート)


 白狼の唇が、かすかに動いた。


「……爆ぜろ」


 言葉が、世界を叩いた。


 次の瞬間。


 爆発。


 轟音と熱風がアトリエを襲う。


 壁の一部が吹き飛び、木片が床を跳ねた。

 額縁が外れ、ガラスが砕ける。

 粉塵が舞い、喉にざらついた苦味が広がる。


 だが、そこに未来の姿はない。


「――?」


 白狼が、ほんのわずかに目を動かす。


 その背後。


 銀の尾を揺らして、未来が現れた。


「……ンう!?」


 未来は白狼の後ろ襟を取った。


 そのまま半歩、白狼の背中側へ身体を滑り込ませる。


 力任せじゃない。

 相手の重心を奪い、流れを変え、体の向きを入れ替える。

 

 合気の技、入り身投げだ。


 一瞬後。


 白狼の身体が床へ叩きつけられていた。


 どぉん。


 床板が軋む。


 白狼の目から、妖しい光が消える。


 魅了チャームのリンクが切れたのだ。


 未来は一瞬だけ、白狼の顔を見下ろした。


 無事を確かめるように。

 そして、胸の奥に溜めていたものを押し殺すように。


 それから未来は、ラスティを睨みつけたまま、白狼の唇にそっと触れた。


 ――これは、返してもらう分。


 言葉にしなくても、そう言っているのが分かった。


「ふうん」


 ラスティが愉快そうに笑う。


「根に持つタイプなんだ」


 未来の耳が、わずかに赤くなった。


 次の瞬間。


 ぱん、と乾いた音がした。


 未来が白狼の頬を平手で叩いていた。


「いい加減起きなさい、白狼」


「……っ」


 白狼が息を呑む。


 赤い瞳が揺れた。

 ぼやけていた焦点が、ゆっくりと戻ってくる。


 何も映していなかった目に、光が差す。


 未来。

 俺。

 勇。

 崩れたアトリエ。

 そして、絵馬先輩の顔をしたラスティ。


 それらを順番に見て、白狼はようやく状況を理解したらしい。


 頬には赤い跡。


 イケメン顔が台無しである。


 いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。


 白狼は一度だけ強く瞬きをして、倒れた姿勢のまま、スケッチブックを探そうと手を動かした。


 あの仕草。


 あいつが戻ってきた。


 そう思った瞬間。


 視界の端に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。


【サブイベントミッション達成】


【超高難度:白狼を魅了(チャーム)から救い出せ】


【達成条件】

 ・白狼の行動を止める 達成

 ・魅了のリンクを断ち切る 達成

 ・白狼を戦線に復帰させる 達成


【結果:成功】


「……よし」


 思わず、小さく息が漏れた。


 一つ、片付いた。


 白狼は戻った。


 でも、まだ終わっていない。


 もう一つのミッションが、視界の端に残っている。


【超高難度:絵馬からラスティの憑依を引き剥がせ】


 絵馬先輩は、まだラスティの中にいる。


 俺は周囲を見る。


 倒れた鷹志氏。

 気を失った亜里沙さん。

 床に散らばる画材。

 崩れた壁。

 砕けた額縁。

 舞い上がった粉塵。


 ここで大技を撃ち合えば、巻き添えが出る。


「勇、提案だ」


「何?」


「ここは倒れてる人が多い。敵を外に引きずり出そう」


 勇がニヤッと笑った。


 その笑みが、妙に悪い。


「了解。荒っぽくなるよ」


 嫌な予感がした。


 こいつ、何する気だ……。


 ♢


 勇が、ロッドを構え直した。


 いつものスタンロッド。

 けれど、握る姿勢が違う。


「ラスティ、外でやろうか」


 ラスティは絵馬先輩の顔で、艶やかに笑った。


「わざわざ乗ると思う?」


 細い指が、壁に掛けられた絵に触れる。


画竜点睛(ファイナルタッチ)


 次の瞬間、絵に描かれていた植物の蔦が、ぬるりと現実へ溢れ出した。


 油絵の緑が液体みたいに盛り上がり、立体を持ち、床へ落ちる。

 湿った蛇のように這う音が、耳に残った。


 ぞわりとする。


 植物のはずなのに、生き物みたいだった。


 だが、勇は一歩も退かない。


 スタンロッドの先端が、赤く熱を帯びる。


 じゅ、と空気が焼ける音。


 ヒートロッド。


 スタンだけじゃないのか……。


 勇が腕を振るう。


 迫る蔦が焼き切られた。


 切断面から、焦げた青臭い匂いが立ちのぼる。

 草を焼いた匂いと、絵の具の油っぽさが混ざり、鼻の奥を刺した。


 ラスティは目を細める。


「いい腕ね」


「それはどう……もっ!!」


 褒め言葉に被せるように、勇が足元へ筒状のものを投げた。


 からん、と床を転がる音。


 次の瞬間。


 白い煙が、一気に弾けた。


「うわっ、変な臭いするぞ!? 毒じゃないよな!?」


 鼻を刺すニンニク臭。

 喉の奥を焼く唐辛子。

 焦げた香草の苦味。

 そこへ、安物の強烈な制汗剤みたいな甘ったるさが混ざっている。


 最悪だった。


 臭いが、鼻だけじゃなく脳に来る。


 毒ではない。

 だが、精神に来る。


「毒じゃないよ。ただ、美意識には最悪」


 勇は平然としている。


 いや、なんで平然としてるんだ。


 ラスティの表情が、初めて崩れた。


「……っ、なに、これ……!」


 彼女は口元を押さえる。


 眉間に皺が寄る。

 妖艶だった笑みが歪む。

 香水で支配していた空気を、下品な臭気で上書きされたのが耐えられないのだろう。


「やめなさい……こんな、醜い匂い……!」


 怒りというより、嫌悪。


 泥を塗られたみたいな顔だった。

 美しいものだけを選び取ってきた悪魔が、最も嫌う種類の汚れ。


 ラスティは一歩後ずさる。

 だが煙は追いかけるように広がっていく。


 ニンニク。

 唐辛子。

 焦げた香草。

 安物の制汗剤。


 最悪の四重奏。


「ラスティ、外に出ようか」


 勇は涼しい顔で、もう一度言った。


「くっ……!」


 ラスティは耐えきれず、窓を乱暴に開け放った。


 外の夏風が流れ込む。


 けれど、その風すら一瞬、臭気を巻き上げた。


 ラスティは顔を歪め、逃げるように窓の外へ飛び出す。


 白いカーテンが大きく揺れた。


「何したんだよ勇」


 俺は鼻を押さえながら聞いた。


「美と色欲の悪魔なら、香りにはこだわると思ってね」


 勇は、何でもないことみたいに言った。


「ニンニク、唐辛子、焦げた香草、それから安物の強烈な制汗剤。嫌いそうな匂いの詰め合わせをプレゼントしたのさ」


 未来が半眼になる。


「勇、手段を選ばないところは評価するけど……それ絶対モテないわよ」


「勝つためだから、そこは考慮して」


 即答だった。


 勇を、不憫な弟キャラだと思っていた。


 どうやら大間違いだった。


 こいつは勝つためなら手段を選ばない。


 敵に回しちゃいけないタイプだ。





 さあ、バトルの熱も高まってきました。

 いかがだったでしょうか。

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 ーーあと鉄平

 お前の暗躍も大概だからな?

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