第2話 勇登場。白狼と鉄平の身体能力!?
昨日、悪鬼とのバトルを経て、俺は痛感した。
ここは今まで攻略してきた、普通のギャルゲー世界とは明らかに違う。
恋愛イベントの皮を被っている。
好感度も見える。
フラグも立つ。
けれど、その進行方法は――完全にバトル漫画寄りだった。
【ストーリーミッション】
【退魔師連合に力を示し、白狼の協力者として認められろ】
昨日、視界に浮かんだあの表示が、まだ頭から離れない。
ミッションによる攻略システム。
選択肢は出ない。
代わりに、事件を解決し、力を示し、誰かと関係を築く。
つまり、ここから先はバトル必須の世界。
まずは体力。
何をするにも、体が資本だ。
では、俺たちの身体能力はどうかというと――。
♢
午前中の体育。
男子は体育館でバスケとバドミントン。
女子は外でテニス。
ボールの跳ねる音。
バッシュが床を擦る音。
シャトルがラケットに当たる乾いた音。
体育館特有の、少しこもった熱気の中で。
「……なっ!? リバウンドをそのまま押し込んでダンクだと!?」
「白狼、喋れないのに身体能力エグっ!!」
「いや、喋れないのは関係なくない?」
白狼が、バスケでフィジカル無双していた。
長身。
跳躍力。
反応速度。
ボールがリングに弾かれた瞬間、白狼はすでに飛んでいた。
銀髪がふわりと浮き、伸ばした腕がリングの上に届く。
そのまま、片手でボールを叩き込む。
ドンッ!
体育館中に、ゴールが揺れる音が響いた。
さすがバトル系主人公。
身体能力がえげつない。
――が。
「おい村崎! それダブルドリブル!」
笛が鳴った。
白狼は、きょとんとした顔でボールを抱えている。
いや、ルールは知らないんかい。
身体能力だけで競技を破壊しに来るな。
一方、俺はバドミントンの方で普通に楽しんでいた。
シャトルを拾って、打ち返す。
相手が前に落とせば前へ。
奥へ飛ばせば後ろへ。
細かく足を動かす。
膝を軽く曲げる。
呼吸を整えながら、ラケットの面を合わせる。
こういうラリー、結構楽しい。
「……ぜえ、ぜえ、鉄平、体力どうなってるの? 全然バテてないじゃん」
対戦していた男子が、膝に手をついて息を切らす。
「俺、ダイエットで鍛えてるからさ。こういう持久力とかフットワーク使うの、得意なんだよね」
言いながら、自分でも少し驚いていた。
俺も……結構やれるかもしれない。
これまでの試練で、ダイエットに付き合ったり、運動メニューを組んだり、女神様に謎のバレー勝負を仕掛けられたりしてきた。
その積み重ねが、ちゃんと体に残っている。
試練って、無駄じゃなかったんだな。
そう思った、その時だった。
「鉄平」
声をかけられて振り向くと、テニスラケットを持った凛が体育館の入口に立っていた。
女子は外じゃなかったのかよ。
「凛? テニスは?」
「交代で休憩中。少しだけ見に来たの」
そう言いながら、凛の視線がすっと下へ落ちる。
「……いい下腿三頭筋ね」
「第一声それ?」
凛は真面目な顔で頷いた。
そして、当然でしょ?と言わんばかりのドヤ顔だ。
「部活は決まった?」
「うーん、俺は白狼と相談するよ。白狼のやりたいことを優先したいんだ」
昨日のミッション。
白狼の協力者として認められること。
そのためには、白狼が自然に動ける場所を作る必要がある。
あいつが喋れない代わりに、何かで自分を表現できる場所を。
だから、俺一人で決めることじゃない。
「そう……」
凛は一瞬だけ考えるように目を細めた。
「気が変わったら、バレー部も歓迎するわ。疲れにくいストレッチとか、マッサージも教えられるし」
なぜか
少し息が荒い。
「いや、大丈夫」
「即答」
「距離感が近いんだよ、勧誘の」
凛は少しだけ不満そうに唇を尖らせた。
いや、なんで不満そうなんだ。
その時だった。
「危ない!」
誰かの声が体育館に響いた。
反射的に振り向く。
バスケットボールが、凛の後頭部めがけて飛んできていた。
速い。
完全に、パスミスというより暴投だ。
「……どいて」
考えるより先に、体が動いていた。
俺は凛の肩口へ背中を入れるようにして、ぐっと押し出す。
「えっ――」
凛の声が近くで跳ねた。
次の瞬間。
ばしんっ!!
両手に、重い衝撃が走った。
ボールを受け止めた手のひらがじんと痺れる。
肩から背中にかけて、衝撃が抜けていく。
思ったより、重い。
いや、これ女子の頭に当たってたら普通に危なかったぞ。
「おい!」
俺はボールを抱えたまま、バスケ組の方へ声を張った。
「女子に当たるとこだぞ! ふざけんなテメーら!!」
体育館の空気が、一瞬だけ止まった。
バスケ組の男子たちが、ばつが悪そうに固まる。
「わ、悪い!」
「ごめん、三上!」
「ちゃんと周り見ろ!」
半ギレのまま、俺はボールを投げ返した。
ばしっ、と相手の男子が受け取る。
別に、本気で喧嘩を売るつもりはない。
でも、今のは危なかった。
こういう時に笑って流すのは違う。
俺は息を吐いて、凛の方を振り返った。
「大丈夫?」
「…………」
ほんの一瞬だけ、いつもの余裕が消えている。
頬が赤い。
耳まで、じわじわと色づいていた。
「……背筋、上腕、実にいい」
「感想そこ!?」
助けた人間への第一声が筋肉評価なの、どういう情緒なんだ。
凛は真顔で頷く。
「うん、大丈夫。助かった」
「順番逆じゃない?」
「逆じゃないわ。どっちも本音よ」
「なお悪いわ」
凛は軽く咳払いして、少しだけ視線を逸らした。
耳が赤い。
たぶん、今度こそ少しは驚いたのだろう。
……と思ったのだが。
凛の視線は、また俺の腕に落ちていた。
「やっぱり、バレー部向きだと思うのよね。瞬発力と体幹がある」
「この流れで勧誘を再開するな」
「命の恩人だからこそ、適性を見逃せない」
「便利な言い訳だな!」
凛は涼しい顔をしている。
けれど、ほんの少しだけ口元が緩んでいた。
その表情を見て、胸の奥が妙に落ち着かなくなる。
いや、違う。
俺は友人枠だ。
白狼の協力者として認められるために動いているだけで、こういうイベントは本筋じゃない。
……本筋じゃないよな?
女神様。
なんか、この世界、俺にも変なフラグ立てに来てませんか。
♢
体育の授業が終わり、教室へ戻る途中。
俺と白狼、そして凛は並んで廊下を歩いていた。
白狼はさっきのダブルドリブルをまだ気にしているのか、スケッチブックに何かを書いている。
『バスケ、ルール難しい』
「身体能力で全部押し切ろうとするからだろ」
『反省』
本当に反省しているかどうかは怪しい。
端っこに、妙にうまいバスケットボールの落書きが添えられていた。
その時だった。
「白狼!」
廊下の向こうから、真面目そうな男子生徒が声をかけてきた。
黒髪。
センターパート。
整った顔立ち。
ブレザーの上から白衣を羽織っているせいで、学校の廊下なのに研究所から出てきた人間みたいに見える。
白狼は、片手を上げて応えた。
知り合いらしい。
その男子生徒はこちらへ歩み寄ると、柔らかく会釈した。
「初めまして。僕は堺勇」
声は穏やかだが、目の奥は妙に冷静だった。
「白狼と同じ、退魔師連合所属だよ」
退魔師連合。
昨日の悪鬼。
白狼の呪言。
そして、視界に浮かんだストーリーミッション。
その単語を聞いた瞬間、背筋が少しだけ伸びた。
勇は、白狼をちらりと見る。
白狼はスケッチブックを掲げた。
『説明よろしく』
「うん。だと思った」
勇は小さく笑ってから、俺と凛を見る。
「昨日の件は聞いてる。君たちは、見てはいけないものを見た。そして、白狼の事情も知った」
柔らかい口調のまま、言葉だけが少し重くなる。
「だから、君たちには訓練を受けてほしい」
「訓練?」
俺が聞き返すと、勇は頷いた。
「最低限、自分の身を守れるように。あと、退魔師連合としても、君たちが白狼の協力者として動けるかを確認する必要がある」
その言葉に、俺の視界の端がかすかに光った。
【ストーリーミッション】
【退魔師連合に力を示し、白狼の協力者として認められろ】
昨日表示された文字が、改めて輪郭を取り戻す。
ああ、そういうことか。
これは、ただの巻き込まれじゃない。
白狼ルートを進めるための、次の関門だ。
「……分かった」
俺は頷いた。
「受けるよ。その訓練」
凛も隣で、静かに頷く。
「私も。昨日みたいなことがまた起きるなら、何もできないままは嫌だから」
勇は安心したように微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、放課後に案内するよ」
白狼がスケッチブックを掲げる。
『がんばろう』
俺はそれを見て、軽く息を吐いた。
「ああ。やってやろうぜ」
昨日までとは違う。
ここは、恋愛イベントだけで進む世界じゃない。
選択肢ではなく、ミッションで進む白狼ルート。
まずは、退魔師連合に認められること。
俺たちの次の試練が、始まろうとしていた。




