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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
三章 決戦の夏合宿

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第27話 避暑地の合宿。一触即発!?

新幹線を降りて、さらにバスを乗り継ぐ。


 窓の外に広がるのは、夏の長野だった。

 湿った都会の熱とは違う。空気は澄んでいて、緑の匂いが濃い。木々の隙間から差し込む陽射しは鋭いのに、肌を撫でる風はどこか冷たい。


 避暑地。


 そう呼ぶにふさわしい場所だった。


 今回の表向きの参加者は、美術部メンバー。

 絵馬先輩、白狼、未来、俺、そして凛。


 加えて、勇、迅先輩、翠鳥は別動隊として一足先に近くの宿に待機している。迅先輩が風妖精(シルフ)スカイアを飛ばし、こちらの情報を逐一確認する手筈だ。


 未来から聞かされている今回のミッションは、リスク4相当。

 上級退魔師がチームを組んで対処する案件。


 迅先輩が総合指揮官で作戦を統括。

 未来が現場リーダーとして引っ張る。

 白狼はエースアタッカー。

 勇は未来のサポート。

 翠鳥と凛は、万が一の一般人避難誘導。

 そして、俺は――憑依型相手の切り札。


 そう聞くと格好いいが、現実の俺は今。


「荷物おっも……」


 泊まり用の荷物に加えて、画材セット。

 肩紐が食い込んで、汗がじわりと背中に滲む。


「絵馬先輩、画材と荷物は郵送した方がいいって言ってたじゃない」


 未来が呆れたように言う。


「帰りはそうしよう……」


 いけると思った。

 いけると思った俺が甘かった。

 大誤算である。


 凛が鉄平をちらりと見る。

(……私はあくまでも“人間”として、頼んだわよ鉄平)


 そんな俺たちを見て、絵馬先輩はすっかり引率の先生みたいな顔をしていた。


「もうすぐ着くわよ」


 バス停から坂道を上がった先。

 木立の向こうに、その建物はあった。


 絵馬先輩の父親で、画商をしている新渡あらと鷹志たかし氏の所有する別荘兼アトリエ。


 まず、門が広い。

 敷地が広い。

 建物が大きい。


 白い外壁。大きな窓。手入れされた芝生。敷石の小道。

 庶民の俺からすると、「別荘」というより「美術館が避暑地にコスプレしている」みたいに見えた。


「……ブルジョワだ」


 思わず呟く。


 白狼がスケッチブックにさらさらと書く。


『鉄平、語彙が負けてる』


 負けるだろ、これは。


 玄関をくぐると、空気が変わった。

 外の草木の匂いが薄れ、代わりに木材とワックス、それから油絵の具のような重たい匂いが鼻に届く。廊下には見たこともない絵が飾られ、飾り棚にはガラスの器や彫刻が並んでいた。


 足音が、妙に響く。


 場違いだ。

 そう感じた瞬間、胸の奥に緊張が戻ってくる。


 ここは合宿先であると同時に、罠の中でもある。


 荷物を置いたあと、俺たちは客間へ通された。


 天井が高い。

 ソファが沈む。

 置かれているテーブルも、なんか絶対に高い。


 窓の外では、木々が風に揺れている。蝉の声が遠くから聞こえるのに、この部屋の中だけは妙に静かだった。


「ようこそ、私のアトリエへ」


 柔らかい声で迎えたのは、絵馬先輩の父、鷹志氏だった。


 整った身なりの、穏やかそうな男性。

 けれど、その目の奥には薄い膜が張っているように見えた。


 疲れ、ではない。

 もっと虚ろなもの。


 そして、その隣に女性が立っていた。


「こちらが妻の亜里沙(ありさ)です」


 鷹志氏がそう紹介する。

 絵馬先輩の母親の後妻にあたる人だ。


 亜里沙と呼ばれた女性は、静かに微笑んで会釈した。


 三十歳前後だろうか。

 上品なワンピースに、控えめなアクセサリー。柔らかい香水の匂いがふわりと漂う。


 綺麗な人だった。


 ただ、その綺麗さが、どこか作り物めいている。

 絵画の中から抜け出したようで、同時に、額縁の裏に黒い染みがあるような不気味さがあった。


『……見えた』


 耳の奥に、声が響く。


 迅先輩の風妖精(シルフ)、スカイアの声だ。

 部屋の外からこちらを観察しているらしい。


『あの人、“人ならざるもの”に憑かれてる。たぶん、悪魔』


 術式、精神感応通信(チャットウィスプ)

 その声は、別動隊の迅先輩、勇、翠鳥にも届いている。


 一拍置いて、迅先輩の低い声が返る。


『……だそうだ。全員、待機。動くのは合図があってからだ』


 背筋に冷たいものが走った。


 やはり、ここまで来ていた。

 いや、最初からここにいたのかもしれない。


 亜里沙本人は人間。

 だが、美と色欲の悪魔(ラスティ)の依代。


 目の前の笑顔は穏やかなのに、空気の底だけが重い。


 亜里沙が、ゆっくりと口を開いた。


「久々の親子の再会ですもの。二人で話してきたら?」


 声は優しい。

 けれど、その言葉には見えない糸が絡んでいるようだった。


 鷹志氏は、少し遅れて頷く。


「そうだな。夕飯まで自由時間にしようか」


 そして、絵馬先輩を見る。


「絵馬。アトリエで少し話そう」


 その目は、やはり虚ろだった。


 絵馬先輩は、一瞬だけまぶたを伏せる。

 けれど、次に顔を上げた時には、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。


「ええ。積もる話もあるしね」


 その声は静かだった。

 静かすぎて、逆に怖い。


 白狼の指が、スケッチブックの端を強く握る。

 未来は表情を変えないまま、わずかに重心を落とした。

 凛は周囲の気配を探るように視線を流している。


 俺は、自分の手を見た。


 女神様に調律してもらった力。

 奪うためではなく、救うための力。


 魂を掴む力(ソウルセイヴ)


 手のひらに、あの白い感触が蘇る。


 絵馬先輩と鷹志氏が部屋を出ていく。

 亜里沙はそれを見送りながら、こちらへ一瞬だけ視線を向けた。


 微笑んでいる。

 でも、その目は笑っていない。


 蝉の声が遠くなる。

 香水の甘い匂いが、やけに濃く感じた。


 一触即発の空気。


 夏の避暑地に似合わない、悪魔の気配がそこにあった。

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