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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
二章 美術部での出会いと迫る魔の手

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第25話 死神の夢が覚めて。そして物語は始まった!?

 白兼(しろがね)光一(こういち)


 名前を聞いた時、長いと思った。

 だから適当に、シロと呼ぶことにした。


「白兼は長い。シロでいいだろ」


「え、犬みたいじゃないですか」


「嫌なら帰れ」


「シロでいいです!!」


 そうして、面倒なやつが増えた。


「撤兵さん、部屋片付けましたー」


「勝手に触るな」


「でも床見えてなかったですよ」


「見えなくても困らん」


「困りますよ。人間は床で生活するんです」


 人間。


 その言葉が、自分とは関係のないものみたいに聞こえた。


 俺の部屋は、ただ寝るための箱だった。

 遮光カーテン。使い捨ての容器。壁際に積まれた武器ケース。

 埃と古い煙草の匂い。安いインスタント食品の油臭さ。


 生きている場所というより、死なないために置いてある場所だった。


 そこに、シロは勝手に生活を持ち込んできた。


「撤兵さん、俺、料理得意なんすよ」


 台所から、包丁がまな板を叩く音が聞こえる。

 玉ねぎを炒める甘い匂い。油のはぜる音。味噌汁の湯気。


「撤兵さん、アニメは良いですよ。最近、テンプレ異世界転生ものが流行ってて」


「異世界?」


「死んだら女神様に会って、チート能力もらって、別の世界で無双するんです」


「くだらん」


「でも夢がありますよ。ハーレムとか、スローライフとか」


「お前、女いたことあるのか」


「ないですけど、ハーレムは男のロマンですよ、ロマン。まあ、実際どうなのかは知らんですけど」


「説得力ゼロだな」


「夢は知識じゃなくて勢いなんです」

 

 くだらない話だった。


 本当に、くだらなかった。


 けれど、気づけばその声が、部屋の中にあるのが当たり前になっていた。


 シロは、殺しや諜報の天才ではない。

 足も速くない。銃の腕も並。尾行もすぐ気づかれる。

 一度教えたトラップに、翌日自分で引っかかったこともある。


 それでも、手先は器用だった。

 教えたことは真面目に覚える。

 失敗しても、また聞きにくる。


 そして何より、普通の生活力があった。


 皿に乗った料理は温かかった。

 湯気が立っていて、塩気が少し強くて、野菜の切り方は妙に丁寧だった。


「お前の料理、俺は好きだな」


 何気なく言った。


 シロは、箸を持ったまま固まった。


「……え」


「なんだ」


「いや、撤兵さんが褒めた……」


「二度と言わんぞ」


「へへへ」


 シロは照れくさそうに笑った。


 その笑い方が、やけに眩しかった。


 俺は少し、変わったのかもしれない。


 凍りついた部屋に、少しずつ生活の音が戻ってくる。

 包丁がまな板を叩く音。

 換気扇の回る音。

 洗濯機の低い唸り。

 くだらない話をする声。


 こいつの話を聞いていると、自分も普通の人間なのかもしれないと、ほんの少しだけ勘違いできた。


 ♢


 深夜。


 ターゲットのアジトを破壊するミッションだった。


 湿ったコンクリートの匂い。

 油と鉄と、古い血の臭い。

 闇の中で、爆薬の導線が細く光っている。


「爆弾の使い方、上手くなったな」


「へへへ、ありがとうございます」


 シロは小さく笑った。

 戦場に似合わない、いつもの笑い方だった。


「今度……俺にも料理とか教えてくれよ」


「撤兵さん、焦げた焼きそばしか作れないからなあ」


 暗闇の中で、シロが息を弾ませる。


「いいですよ。また今――」


 銃声。


 乾いた音が、夜を裂いた。


 シロの口が、続きを言う形のまま止まった。


「いたぞーー!! 侵入者だ!」


 叫び声。

 足音。

 銃口の火花。


 俺は即座に煙幕とチャフをばら撒いた。

 白い煙が通路を埋め、警報音が金属の壁に反響する。


 シロを抱えて走る。


 腕の中の体は、思ったより軽かった。

 さっきまで温かかった血が、服越しにじわじわ冷えていく。


「おい」


 返事はない。


「まだ料理、教わってないぞ」


 返事はない。


 火薬と血の臭いが鼻の奥に張りつく。

 煙の向こうで、敵の怒号が遠ざかる。


 シロは、すぐに息を引き取った。


 ♢


 墓に花を添える。


 風が冷たかった。

 花の匂いは薄く、土の湿った匂いばかりが強かった。


「この業界。良い奴ほど、すぐ死ぬんだな」


 声にしても、返事はない。


 墓石は冷たい。

 指先で触れると、その冷たさが骨まで染みた。


「俺も、殺しや諜報の才能じゃなくて……」


 喉の奥が詰まる。


「お前みたいな、普通の特技だったらな」


 料理を作る。

 部屋を片付ける。

 好きなものを好きだと言う。

 くだらない夢を、笑って話す。


 そんなものが、今さら眩しかった。


 ♢


 そして。


(……ああ、俺、死ぬのか)


 濡れたアスファルトの匂い。

 焦げたゴム。

 誰かの悲鳴。


 最後には、見知らぬガキを庇って車に轢かれるとはな。


 無敵の死神にしては、ずいぶん間抜けな終わり方だ。


 けれど、不思議と悪くなかった。


 お人好しの顔がよぎる。


(俺は、あいつみたいになりたかったのかもな)


 普通に笑って。

 普通に飯を作って。

 普通に誰かを助けられるような人間に。


 目を閉じる。


 闇に堕ちていく。


 冷たく、深く、何もない場所へ。


 ――そのはずだった。


 白い光が差した。


 凍りついた夜を溶かすような、やわらかな光。


 神々しいオーラをまとった女性が、そこに立っていた。

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