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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
二章 美術部での出会いと迫る魔の手

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第23話 夏が来る。決戦、期末テスト!?

 梅雨が、もうすぐ明けようとしていた。


 放課後の美術室には、湿った紙と絵の具の匂いがこもっている。

 窓の外では、雨上がりの雫が木の葉からぽたりと落ちていた。


「夏休みに、避暑地で合宿を考えてるの」


 絵馬先輩は、少し間を置いて、ふふっと笑う。


「あと、日程の後半は山だけじゃなくて海にも寄るから、水着も準備してね」


「おお、青春っぽい」


 俺が素直に反応した、その時だった。


 絵馬先輩が未来へ視線を送る。

 手のひらを見せ、親指を四本の指で握り込む。


 二度目の、シグナル・フォー・ヘルプ。


 ――夏合宿で、来る。


 未来の目がわずかに細くなった。

 けれど表情は変えず、指で小さな輪を作って返す。


 ――OK。


 言葉はない。

 でも、それだけで十分だった。


 ♢


 部活終わりの帰り道。


 雨上がりのアスファルトが、まだ少し黒く濡れている。

 街灯の光が、濡れた路面にぼんやりと滲んでいた。


 むわっとした湿気の中に、夏の匂いが混ざり始めている。

 遠くで車の水しぶきを踏む音がして、どこかの家から夕飯の匂いが流れてきた。


 美術室で絵の具の匂いを吸い込んでいたせいか、外の空気がやけに重く感じる。


 俺と白狼、そして未来は、並んで駅までの道を歩いていた。


「絵馬先輩を助ける作戦が、近いわ」


 未来が低く言った。


 その声だけで、空気が少し変わる。


 さっきまで部活帰りの放課後だったはずなのに、足元の濡れたアスファルトまで、急に戦場の床みたいに見えてきた。


 白狼が静かに頷く。

 俺も、息を飲んで頷いた。


 未来から、絵馬先輩の事情は事前に聞いている。


 絵馬先輩が、魔神崇拝組織(ワーロック)に狙われていること。

 父親を盾に取られていること。

 そして、夏合宿が罠である可能性が高いこと。


 敵の正体も、本当の狙いも、まだ分からない。


 けれど。


「夏合宿が罠なら……逆に、絵馬先輩とお父さんを救うチャンスでもある」


「そういうこと」


 未来は真剣な顔で頷いた。


「向こうが動く場所とタイミングが読めているなら、こっちも準備できる。絵馬先輩を守るだけじゃなくて、ワーロックの尻尾を掴めるかもしれない」


 白狼の手が、スケッチブックの端を握る。


 絵馬先輩。


 白狼の絵を見て、「絵で喋っている」と言ってくれた人。

 白狼にとって、ただのヒロイン候補ではない。

 あいつの世界を、ちゃんと見てくれた人だ。


 助けたい。


 その気持ちは、俺にも分かった。


 その瞬間。


 視界の中央に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。


【ストーリーミッション更新】


【ワーロックの魔の手から絵馬(えま)を救え】


【達成条件】

 ・夏合宿に参加する

 ・絵馬先輩と鷹志氏を救出する

 ・ワーロックの狙いを暴く


 喉が鳴った。


 やっぱり来た。


 美術部。

 夏合宿。

 ワーロック。

 絵馬先輩。


 バラバラに見えていたものが、一つのミッションとして繋がっていく。


 白狼も、空中の一点を見ていた。

 あいつにも見えているらしい。


 スケッチブックに、短く文字を書く。


『助ける』


「ああ」


 俺は頷いた。


「助けよう。絶対に」


 未来は、俺たちを見て、少しだけ口元を緩めた。


「いい返事」


 そして、すぐに表情を引き締める。


「だけど、その前にやらないといけないミッションがあるの」


「……強敵か?」


 背筋に緊張が走る。


 ワーロックの幹部か。

 悪魔か。

 それとも、夏合宿前に仕掛けてくる刺客か。


 未来は重々しく告げた。


「期末テスト!」


「そっち!?」


 緊張感、返して。


「うちの学校、中間テストがないの! 期末でほぼ成績が決まるの! つまりこれは戦争よ!」


 未来の声が、ワーロックの話をしていた時よりも切実だった。


 白狼がスケッチブックを開く。


『未来、勉強苦手』

『赤点は回避し、目指せ平均点』


「白狼、余計なこと書かない」


 未来の声が震えている。


 さっきまで退魔師連合のエースみたいな顔をしていたのに、今は完全に赤点に怯える普通の高校生だった。


 いや、普通か?

 舎弟持ちのクール系退魔師エースが、期末テストに追い詰められている。


 情報量が妙に多い。


「でも、未来って頭良さそうに見えるけど」


「見えるだけ」


 即答だった。


「戦術判断と暗記科目は別。あと数学は敵」


「敵なんだ」


「因縁の相手よ」


 ワーロックより個人的な恨みがこもっている。


 なるほど。


 俺は何度も高校生の年代をループしている。

 

 平均点クリアくらいなら、たぶんなんとかなるはずだ。


「学年トップの勇は予約済みよ」


 未来は真顔で言った。


「来週からテスト対策。鉄平、白狼、あんたたちも参加」


「俺たちも!?」


「白狼も成績落としたら合宿どころじゃないでしょ」


 白狼が、すっと視線を逸らした。


『勉強、まあまあ』


「その“まあまあ”が一番信用できないのよ」


 未来がじとっと睨む。


 俺は思わず笑った。


 ワーロック。

 魔神崇拝組織。

 夏合宿の罠。


 そんな重たい言葉が並んでいたはずなのに、目の前には期末テストに震える未来と、スケッチブックで誤魔化そうとする白狼がいる。


 少しだけ、肩の力が抜けた。


 たぶん、こういう時間も必要なのだ。


 決戦前だからこそ。

 危険が近づいているからこそ。


 普通の高校生みたいに、テストで騒いで、勉強会をして、ハンバーガーでも食べて。


 それから、戦いに向かう。


 こうして、夏合宿決戦前の前哨戦――


 期末テスト戦争が、静かに勃発した。


 ♢


 退魔師連合の貸し会議室で、勉強会が開かれた。


 長机。ホワイトボード。少し古いエアコンの低い唸り。

 机の上には参考書とノート、そして誰かが差し入れた菓子が並んでいる。


 メンバーは、俺、白狼、未来、勇。

 そこに翠鳥、迅先輩、凛も加わった。


「じゃあ、皆そろったところで、各自得意分野と苦手分野を言っていこうか」


 勇がホワイトボードの前に立つ。


「文系が得意とか、理系が得意とか、お互いの得意分野を共有した方が効率がいいからね」


 勇、学年トップだけあって今回はオーラが違う。

 バトル回で未来と並ぶと不憫な弟感があるのに、今は完全に先生だ。


 未来が勢いよく手を上げる。


「はい先生! 文系理系、両方ダメです!」


「じゃあ未来はこっちの机」


 白狼もスケッチブックを掲げる。


『先生、僕も』


「白狼も未来と同じ机ね」


「俺は平均くらいはいけそう。英語と歴史みたいな暗記系の文系が苦手かな」


「じゃあ鉄平は俺が見るよ」


 迅先輩が軽く手を上げる。


 勇が頷く。


「助かります。さすが帰国子女で優等生」


「まあな。これでも一応、法学部志望だからな。特に英語と現代文は必須なのよ。」


「法学部?」


 意外だ。

 見た目はホストみたいにチャラくて、熱血で、ちょっとスケベな迅先輩が……。


「なんだその顔。俺だって将来のことくらい考えてるぞ」


 迅先輩は、なぜか得意げに胸を張った。


「ルールと責任を知らない大人にはなりたくないんでね」


 その一言だけ、少しだけ声が真面目だった。


 ……本当に、たまに格好いいから困る。


 凛が小さく手を上げた。


「あの」


「私、歴史なら得意だから、そっち行ってもいいかな」


 未来が親指を立てる。


 ――いけいけ。


 白狼は三塁コーチみたいに肩を回した。


 ――GOGO!!


「ありがとう、凛。この手の暗記系、苦手でさ」


 そう言うと、凛は少し嬉しそうに目を細めた。


 迅先輩がニヤッと笑う。


「凛だけで足りそうだな。俺は未来と白狼をビシビシしごいてやろうか」


 未来と白狼が、同時に青ざめた。


 勉強、スパルタなのか迅先輩。


「だって翠鳥には嫌われてるから、そっちには行けないしな」


 翠鳥は、いつでも防犯ブザーを引けるぞ、と言わんばかりに構えた。


「防犯ブザーはなんか傷つくからやめて」


 一方、勇は翠鳥の隣に座る。


「翠鳥は今年受験だし、苦手なところがあったらすぐ言ってね」


「ありがとう、勇。私の受験勉強なのに、付き合ってくれて助かるよ」


「いやあ」


 勇は分かりやすく照れていた。


 周囲に、おや? おやおや?

 という空気が流れる。


 ただし、誰も声には出さない。

 偉い。みんな空気が読める。


 こうして分かれてみると、勉強できる組、普通組、勉強できない組が見事に分かれるものだなと思った。


 ♢


「室町時代に建てられた金閣寺。これは足利義満の権威の象徴と言われているわ」


「三層それぞれ建築様式が違うでしょ? 武家・公家・禅宗文化を全部乗せしてるの。つまり『俺が日本そのものだ』っていう建築マウントなのよ」


 凛はさらさらとノートに要点を書いていく。

 鉛筆の音が、雨上がりの静かな会議室に心地よく響いた。


「教科書範囲外なのに、よく知ってるな」


「ふふん」


 凛は得意げに胸を張る。


 そのドヤ顔が、なんとなく見覚えのある人に似ていた。


 ……なんか、いいな。こういうの。


 参考書の紙の匂い。

 隣で説明してくれる凛の声。

 遠くでは、迅先輩にしごかれる未来と白狼の悲鳴。


「そこ、公式覚えればいける!」

「覚えられないから困ってるのよ!」

『数学、滅びて』


 うん。平和だ。


 女神様、今度会ったら今日のことを話してみようかな。


 ……浮気じゃないですよ?

 ほんとですよ?


 ♢


 そして、期末テスト本番。


 紙をめくる音。

 シャーペンの芯が走る音。

 窓の外から入る、湿った風。


 それぞれが、それぞれの戦場に挑んだ。


 結果。


 未来は赤点回避。

 白狼も目標点クリア。

 俺も平均ライン突破。

 翠鳥は受験勉強の弾みをつけ、勇は当然のように高得点。

 凛は歴史で妙に高得点を叩き出した。


 迅先輩は「俺の指導のおかげだな」と言い、未来と白狼から無言で睨まれていた。


 やがて、梅雨が明けた。


 雨の匂いが薄れ、空気の中に熱が混じる。

 校庭の向こうで、蝉が一声鳴いた。


 夏の匂いがした。


 ♢


 












 


 その夜、俺は夢を見た。


 けれど、それは女神様の白い空間ではなかった。


 鼻の奥を刺したのは、潮風でも、夏草でもない。


 血と煙草と、安酒の臭い。


 そして、誰かが俺をこう呼んだ。


 ――死神。

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