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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
二章 美術部での出会いと迫る魔の手

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第22話 鉄平はモテモテ?迫る悪魔の脅威!?

【放課後 鉄平視点】


 俺は体育館裏に呼び出されていた。


 湿った土の匂いがする。

 梅雨の雨を吸った地面はまだ少しぬかるんでいて、壁際には重たい空気が溜まっていた。


 遠くの体育館からは、バッシュが床を擦る音。

 ボールが跳ねる音。

 誰かの掛け声。


 そんな放課後の喧騒から、ここだけ少し切り離されている。


 ヤンキーからの果たし状ではない。

『告白』で呼び出されていた。


 俺は、実はモテていた。


 美容やファッション、相談ごと。

 そういうものに幅広くアンテナを張っているせいで、同じクラスだけじゃなく、別クラスや他学年ともそれなりに親交がある。


 髪型を変えたい男子。

 メイクを相談してくる女子。

 服選びに迷う後輩。

 ダイエットの相談。

 デートプランの相談。


 気づけば、誰かの背中を押すことが日常になっていた。


 要するに、これでモテない方がおかしいのだ。


 ……いや、自分で言うとだいぶ嫌なやつだな。


 だけど。


「本当にごめん。好きな人がいるんだ」


 俺は、丁重に断った。


 目の前の子の顔が、少しだけ強張った。


 唇が震える。

 一度、笑おうとする。

 でも、うまく笑顔にならない。


 その表情を見た瞬間、胸が痛んだ。


 断るって、こんなに痛いのか。


 誰かを選ぶということは、誰かを選ばないということだ。

 振られる方が、きっと何倍もつらい。

 でも、振る方もちゃんと痛い。


 最初の試練を思い出す。


 二者択一。

 選ぶという責任。

 選ばれなかった方の痛み。


 あの時は、誰かの恋を外側から支える立場だった。

 でも今は違う。


 俺自身が、誰かの好意を受け取って、断っている。


「……本当に、ごめん」


 もう一度、頭を下げた。


 相手は小さく頷いて、それから、少しだけ笑った。


「ううん。ちゃんと言ってくれて、ありがとう」


 その声が優しかったから、余計に苦しかった。


 俺は体育館裏を後にする。


 湿った空気が、背中にまとわりつく。

 遠くでボールの跳ねる音がした。


 ♢


 美術室へ向かう廊下の途中で、白狼が壁にもたれて待っていた。


 雨上がりの校舎は、少し蒸している。

 廊下の窓ガラスには、まだ細かな水滴が残っていた。

 外のグラウンドからは、濡れた土の匂いがかすかに入り込んでいる。


 白狼は、俺を見るなりスケッチブックをちらっと掲げた。


『鉄平、告白断ったんだって?』


「噂が巡るの早すぎない?」


 白狼は小さく肩をすくめる。


 その仕草が、妙に「まあ、学校だし」と言っているように見えた。


 俺は苦笑する。


「……ああ。俺、好きな人いるからさ」


 口にした瞬間、胸の奥が熱くなった。


 好きな人。


 女神様。


 まだ、本人には言えていない。

 言えるわけがないと思っていた。

 手の届かない人だと、どこかで決めつけていた。


 けれど、もう誤魔化せない。


 俺は、あの人が好きだ。


 白狼は、うんうんと頷いた。


 そして、俺の背中を軽く叩く。


 ぽん、と。


 それだけで、少し救われた気がした。


 白狼は、少し迷うようにペン先を止めた。

 何を書くか、考えている。

 言葉を選んでいる。


 やがて、ゆっくりと文字を書いた。


『大丈夫。その人も、鉄平のことを大事に思ってるよ』


「……」


 呼吸が止まりかけた。


 白狼は続ける。


『そのままでいい』

『この道の先で、きっと交わる』


 胸の奥が、じんと熱くなる。


 何を根拠に、と思う。

 でも、白狼がそう書くと、不思議と信じたくなる。


 白狼は、人をよく見ている。


 言葉を持たないぶん、表情や仕草や空気を拾う。

 俺が気づかない感情まで、静かに見抜く。


 だからこそ、その言葉が胸に染みた。


「……本来、俺がお前の恋愛請負人なんだけどな」


 笑おうとした。


 でも、声が少し震えた。


「逆になっちゃったな」


 目元が熱い。


 振られた子の顔。

 自分の気持ち。

 女神様への届かない想い。

 白狼のやさしい文字。


 全部が、胸の中で混ざっていく。


「ありがとう、相棒(はくろ)


 白狼は少し照れたように視線を逸らした。

 それでも、もう一度ぽんと俺の背中を叩いてくれる。


 言葉はない。


 でも、それで十分だった。


 ♢


 その少し離れた曲がり角。


 凛と未来が、気配を殺して様子を見ていた。


 未来は護衛という名目。

 凛は――女神様なので、こういう時だけやたら気配を消すのが上手い。


「……ということだって」


 未来が小声で言う。


 凛は、耳まで真っ赤になっていた。


「……うん」


 声が小さい。

 完全に動揺している。


 目は潤んでいるし、口元は緩みかけているし、でも必死に平静を装っている。


 神なのに。

 女神なのに。

 恋する女子高生みたいな顔をしている。


 未来はじっと凛を見る。


「でもさ」


「……なに?」


「鉄平の中では、まだ凛=女神様じゃないんでしょ」


 凛の表情が固まった。


「……え?」


「つまり」


 未来は淡々と続ける。


「鉄平の好きな人は女神様。今の凛は、鉄平の中ではただのクラスメイト」


「……」


「凛のライバルは女神様」


「……」


「自分のライバルが自分になってるんだけど」


 沈黙。


 雨上がりの廊下に、遠くの部活の声だけが響く。


 凛の顔から、すうっと血の気が引いた。


「……しまった!!」


 ようやく気づいたらしい。


 未来は額に手を当てる。


「今さら?」


「だ、だって! 鉄平に見抜いてもらわないといけないから、凛として近づくしかなくて……でも鉄平は女神様が好きで……つまり私は……私を倒さないと私に勝てない……?」


「言ってることがだいぶ迷子」


 凛は両手で頭を抱えた。


「ど、どうしよう。私、私に勝てる気がしない」


「神なのに自己評価低いわね」


「恋愛は専門外なの!!」


 ※注意

 女神様は自分の恋愛に関してはポンコツであり、立てた作戦の(ことごと)くが裏目に出ます。


 未来はため息をついた。


「とりあえず、雑誌に頼るのやめなさい」


「はい……」


「鉄平に対しては、普通に好感度を稼ぎなさい」


「普通って何!?」


「そこから!?」


 凛は真剣に悩んでいた。


 その様子は、リスク5の神格存在というより、恋愛初心者そのものだった。


 未来は呆れながらも、少しだけ笑う。


「まあ、鉄平もだいぶ鈍いけどね」


「……うん」


 凛は曲がり角の向こうをそっと覗く。


 鉄平と白狼は、まだ廊下で話している。


 その横顔を見て、凛の表情が少しだけ柔らかくなった。


「でも、嬉しかった」


「何が?」


「鉄平が、ちゃんと断ったこと」


 凛は小さく言う。


「誰かを傷つけるのって、優しい人ほど苦しいでしょう。それでも、ちゃんと向き合ってた」


 未来は少し黙った。


 凛の声は、さっきまでのポンコツ感とは違っていた。


 ちゃんと鉄平を見ている声だった。


「……そうね」


 未来は頷く。


「そこは、えらいと思う」


 凛は、胸の前で小さく拳を握った。


「私も、ちゃんと向き合わないと」


「そうしなさい」


「まずは、凛として鉄平に好きになってもらう」


「うん」


「そして、いつか女神様だと見抜いてもらう」


「うん」


「それで、女神様としても凛としても勝つ」


「急に欲張り」


 凛は真剣だった。


「だって、ハーレムは選ばせないもの」


 未来はまたため息をついた。


「それは本人に言いなさい」


「言えたら苦労してないのよ!」


 神様の恋路は、想像以上に前途多難だった。


 ♢


 それはさておき。


 白狼と並んで歩きながら、俺はふと足を止めた。


「でもさ、不思議なことがあって」


 白狼が首を傾げる。


「今日告白してきたあの子、名前も顔も思い出せないんだよ」


 空気が、ひやりと冷えた。


 さっきまで湿気で重かった廊下が、一瞬だけ別の場所みたいに感じる。


 白狼の目が鋭くなる。

 すぐにスケッチブックを開いた。


『急なホラー、やめてもろて』


 文字は軽い。

 けれど、表情は笑っていなかった。


『本当に思い出せない?』


「……ああ。声とか雰囲気は覚えてる。告白されたことも、断ったことも。でも顔だけ、ぼやける」


 白狼の指先が、スケッチブックの端を強く握った。


 嫌な予感だけが、雨の匂いみたいにじわりと残った。


 ♢


【放課後 絵馬視点】


 美術室。

 部活が始まる少し前。


 雨上がりの光が、窓から薄く差し込んでいる。

 キャンバスの白が、その光をぼんやり受け止めていた。


 乾きかけた絵の具の匂い。

 筆洗いの水に混じる、濁った色。

 静かな部屋に、時計の針の音だけが落ちている。


 そこへ。


「あなたのところの後輩くん、魅了(チャーム)で手下にしようとしたけど、失敗しちゃった」


 声がした。


 振り向くと、さっき鉄平に告白していた女生徒が、壁に寄りかかっていた。

 制服も、表情も、どこにでもいる生徒のもの。


 けれど、目だけが違う。


 濡れた宝石みたいに、ぬらりと光っている。


「好意がない相手だと効きが悪いとはいえ……よっぽど相手に惚れ込んでるのね」


 私は息を整え、できるだけ声を低くした。


「……それで?」


「要件があるんでしょう? 美と色欲の悪魔(ラスティ)


 ラスティと呼ばれた女生徒は、愉快そうに喉を鳴らした。


「ふふ。怖い顔」


「用件を言って」


「今後の話よ」


 ラスティは、指先で壁をなぞる。

 その仕草だけで、美術室の空気がいやに甘く濁った。


鷹志(たかし)……あなたの父親に手配させたわ。夏に、避暑地のアトリエへいらっしゃい。合宿という形で、お友達も連れてくること」


「……何をするつもり?」


「作品を仕上げてもらうの」


 ラスティは、こちらのキャンバスへ目を向ける。


「あなたの才能には価値がある。あなたの絵には、人を惑わせ、惹きつける力がある。だから――最高の舞台を用意してあげる」


「舞台……?」


「ええ。完成の瞬間、とても素敵なことが起きるわ」


 背筋が冷えた。


 言葉は甘い。

 けれど、その奥にあるものは腐っている。


 何をさせるつもりなのか。

 作品が目的なのか。

 それとも、私自身なのか。


 まだ分からない。


 ただ、ろくでもないことだけは確かだった。


「……分かったわ」


 私は奥歯を噛みしめながら答えた。


「夏に、皆を連れて行く」


「いい子ね」


 ラスティは満足そうに笑う。


「じゃあ、夏にまた会いましょう」


 その体が、煙のように薄れていく。

 肌も髪も制服も、輪郭からすうっと蒸発していく。


 本体ではない。

 ただのメッセンジャー。


 それでも、残った甘ったるい香りだけで吐き気がした。


 完全に消えた後、美術室にはまた静寂が戻った。


 私はキャンバスの前に立ち尽くす。

 筆を握る手が、少し震えていた。


(未来ちゃん、皆……巻き込んでごめんね)


 そう思いながら、それでも私は筆を置けなかった。


 キャンバスの白が、ひどく不吉に見えた。

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