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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
二章 美術部での出会いと迫る魔の手

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第20話 凛vs未来と白狼。まさかのお説教!?

 母さんの声が落ちた。


「はじめ」


 その瞬間、私は白い犬のぬいぐるみに触れた。


「ルミナス、行くわよ」


 指先から、冷たい霊力が流れ込んでくる。

 視界が一瞬、銀色に染まった。


 次に瞬きをした時、私の髪は銀に変わっていた。

 肩を流れる長い髪。背後で揺れる九本の尾。足元に広がる、神域に似た圧。


 神性を宿した九尾の妖狐――ルミナス憑依形態。


 床を踏む。

 その瞬間、訓練施設の空間そのものが、指先に触れられるほど近く感じた。


 いける。


空間干渉術(シェイクスタン)


 私は手を振る。


 空間そのものを震わせる一撃。

 普通の術者なら、平衡感覚を狂わされる。

 悪鬼なら、その場で体勢を崩す。


 けれど凛は、ただ手を伸ばした。


 白い指先が、空間の揺らぎに触れる。


 ぱきん、と。


 ガラスが割れるような音がした。


 次の瞬間、術式は消えていた。


 爆ぜるでもない。

 弾かれるでもない。

 押し返されるでもない。


 最初から、何もなかったみたいに。


「……っ」


 背筋が冷える。


 一方、白狼がマスクを外した。


 空気が変わる。

 彼の喉に、言葉の力が宿る。


「“爆ぜろ”」


 言葉が世界を叩いた。


 本来なら、凛の足元で爆発が起きる。

 衝撃と熱が走り、相手の体勢を崩すはずだった。


 けれど。


 凛の周囲だけ、何も起きない。


 炎も。

 衝撃も。

 音も。


 そこへ至る因果ごと切り取られたみたいに、消えていた。


「術式無効化……!?」


 いや、違う。

 もう、そういう理屈で考える段階じゃない。


 凛の前では、術式が“成立しない”。


「作戦変更! クロエ、行くよ!」


 黒い犬のぬいぐるみが跳ねる。


 次の瞬間、私の姿は反転した。


 金髪。赤い瞳。

 黒を基調にしたゴスロリの衣装。

 影を操るクロエ憑依形態。


 足元の影が濃くなる。


夢幻影手(シャドーハンド)!」


 床から黒い手が何本も伸びる。

 指先が鉤爪のように開き、凛へ襲いかかった。


 だが、そのことごとくが消されていく。


 掴む前に。

 触れる前に。

 いや、伸びたという事実ごと、なかったことにされる。


 黒い影が、凛の指先に近づくたびにほどける。

 煙のように、灰のように、意味を失っていく。


 でも、それは囮だ。


 影の中から、白狼が飛び出した。


 凛の背後。

 完全な死角。


 術式が通じないなら、体術で崩す。

 白狼もそれを分かっている。


 ――そう思った瞬間。


 白狼の身体が、宙を舞っていた。


「え」


 速すぎて、何が起きたのか分からなかった。


 凛の手が動いた。

 そう見えた時には、もう白狼は投げられていた。


 こちらに向かって飛んでくる。


 私は反射的に避ける。


 その避けた先に――凛がいた。


「私、スポーツも割と得意なんだよね」


 柔らかな声。


 ぞくりとした。


「……くっ!?」


 袖を取られた。


 いや、取られたと理解した時には、もう遅い。


 重心を崩される。

 足裏から床の感覚が消える。

 視界がぐるりと反転する。


 次に見えたのは、訓練施設の天井だった。


「がっ……!」


 肺から空気が抜ける。

 背中に鈍い痛みが走る。

 耳の奥で、自分の心臓の音がうるさい。


 床が冷たい。


 術式でも。

 体術でも。

 二人がかりでも。


 届かなかった。


 白狼も、横で膝をついている。

 私は床に仰向けになったまま、天井を見上げていた。


 完敗。


 それ以外の言葉が出てこない。


「……参りました」


 私は、そう言うしかなかった。


 勝負ではない。

 これは本当に、稽古をつけてもらっただけだ。


 格が、違いすぎる。


 リスク5。


 神。


 その言葉の意味を、私はようやく身体で理解した。


 ♢


 母さんが、静かに口を開いた。


「聞かせてください。あなたはなぜ、この人の世に来たのですか?」


 凛は少しだけ視線を伏せた。


 さっきまで私たちを圧倒していたとは思えないほど、表情は静かだった。

 少し迷っているようにも見える。


「それはね――」


 そして、凛は話した。


 自分が、運命を司る異世界の女神であること。

 鉄平に試練を課したこと。

 彼が九人の主人公をハッピーエンドに導いたこと。

 最後の試練として、白狼を“主人公”に選んだこと。


 そして今、自分は鉄平に選んでもらうために、人の姿を借りていること。


 聞き終えた私は、しばらく黙っていた。


 うん。


 事情は分かった。


 信じられない話ではある。

 けれど目の前で、あれだけの力を見せられた後だ。

 相手が神であることは、もう疑う段階じゃない。


 ただ。


 ただ、だ。


 私はゆっくり息を吸った。


「つまり、白狼には攻略対象がいるということですか?」


「ええ」


 凛はうなずく。


「未来、絵馬。そして……私も」


 ぴたり、と。


 私の思考が止まった。


 白狼も止まった。

 母さんは「あら?」みたいな顔をした。

 いや、母さん、その顔やめて。だいたい分かってる顔でしょ、それ。


 私は凛を見据える。


「……ひとつ、いいですか?」


「ええ」


「あなたは鉄平が好き。そこは分かりました」


「……はい」


 凛の声が小さくなる。


「なら」


 私の声が、自然と低くなった。


「なぜ白狼の攻略対象に、あなたが入っているんですか?」


 凛の目が泳いだ。


 ものすごく泳いだ。


 神様の目が、ここまで露骨に泳ぐことある?


「えっと……」


 嫌な予感がした。


「嫉妬を煽ると盛り上がるって、雑誌に書いてあったから……」


 ぶちっ。


 私の中で、何かが切れた。


「バカなんですか!?」


 訓練施設に声が響いた。


 白狼が肩を震わせた。

 笑うな。いや、気持ちは分かるけど。


「人の恋愛に! そんな理由で! 踏み込まないでください!!」


 ド正論である。


 相手が神だろうが関係ない。

 これは怒る。絶対に怒る。


「そもそもあなた、鉄平が好きなんですよね!?」


「はい……」


「なのに、白狼にその気がないまま、嫉妬イベント用に自分を攻略対象へ入れたんですか!?」


「はい……」


「イベントって何ですか! 人の人生ですよ!?」


「すいません……」


「しかも鉄平の嫉妬を煽りたいって、白狼を何だと思ってるんですか!?」


「主人公……」


「そういう意味じゃありません!!」


 凛がびくっと肩を震わせた。


 さっきまで私と白狼を瞬殺した神が、今は完全に怒られている生徒である。


「最低限、当事者の情緒に配慮してください!!」


「すいませんでしたーーーー!!!」


 凛は、完璧な五体投地で床に沈んだ。


 額が床につく音が、やけに綺麗に響いた。


 母さんが「あらあら」と笑う。

 白狼はついに耐えきれず、スケッチブックを取り出した。


『女神様、怒られてる』


 やっぱり書いた。


 私は白狼を見る。


「白狼」


 白狼はすっとスケッチブックを伏せた。

 遅い。見えてる。


 凛は床に額をつけたまま、ぷるぷる震えている。


「本当に……申し訳ありませんでした……」


「分かればいいです」


 私は腕を組む。


「今後、白狼の恋愛に不用意な横槍を入れないこと」


「はい……」


「鉄平へのアプローチは、正々堂々やること」


「はい……」


「雑誌を鵜呑みにしないこと」


「はい……」


「あと、嫉妬は使い方を間違えると普通に関係壊れます」


「はいぃ……」


 神格差はどこへやら。


 ついさっきまで圧倒的な力で私たちを転がしていた女神は、今や床に額を擦りつけて反省している。


 私は思った。


 神様って、恋愛になるとここまでポンコツになるのか。


 そして同時に、少しだけ安心していた。


 少なくとも、この女神は敵じゃない。

 危険ではある。力の規模はとんでもない。

 でも、鉄平を想う気持ちだけは、本物だ。


 ただし。


 恋愛のやり方は、壊滅的にダメだった。


「とりあえず」


 私はため息をついた。


「あなた、しばらく私が護衛兼監視下に置きます」


「はい……」


 凛は床に沈んだまま答えた。


 パワーバランスは、完全に逆転していた。

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