表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
二章 美術部での出会いと迫る魔の手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/34

第19話 凛=異世界の女神。そのとき未来は!?

【未来視点】


 私は、白狼の“観察眼”を昔から信頼している。


 絵心のせいなのか。

 話せなくなったことで、世界を見る力が鋭くなったのか。

 それとも、もともとそういう子だったのか。


 理由は、今でも分からない。


 ただ、白狼は昔から、よく見ていた。


 人の表情。

 視線の動き。

 呼吸の間。

 歩き方。

 手の癖。

 言葉にならない違和感。


 私が勢いで見落とすものを、白狼は拾う。

 私が「敵だ」と決めつけそうになる相手の中にある迷いも、

 私が「大丈夫」と流しそうになる空気の歪みも、

 白狼は黙って見て、静かに見極める。


 だからこそ。


 私は、白狼の出した結論を無視できなかった。


 退魔師連合の訓練施設。


 冷たい床。

 乾いた空気。

 わずかに漂う消毒液の匂い。

 壁際には訓練用の札や結界具が整然と並び、蛍光灯の白い光が無機質に床を照らしている。


 美術室とは、まるで違う場所だった。


 絵の具の匂いも、紙のやわらかさもない。

 あるのは、戦うための空気。

 見極めるための静寂。


 その中央に、凛が立っている。


 いつも通りの制服。

 いつも通りの顔。

 少し困ったように眉を寄せて、けれど逃げるわけでもなく、私たちの前に立っている。


 バレー部で楽しそうに笑っていた凛。

 美術部で鉄平をモデルにして、なぜかボディビルの掛け声を飛ばしていた凛。

 鉄平のことになると、分かりやすく挙動が怪しくなる凛。


 その全部が、目の前の彼女だった。


 けれど、白狼は見抜いた。


 この人は、ただの人間ではない。


「凛」


 私は、息を吸う。


 喉が乾いている。

 舌が重い。

 指先が冷たい。


 それでも、声を出した。


「あなたは、人の姿を借りて降りてきた“名のある神”だと考えています」


 凛の表情が、わずかに止まった。


 ほんの一瞬。

 本当に一瞬だった。


 けれど、その一瞬で十分だった。


 否定でもない。

 驚きでもない。

 ただ、核心に触れられた者の沈黙。


 私の背中に、冷たいものが走る。


 やっぱり。


 白狼の見立ては、間違っていない。


「私たちに敵対の意思はありません」


 私は続ける。


「ですが、その目的を教えてくれませんか」


 これは交渉だ。


 本来、リスク5――“神”との交渉には、退魔師連合トップである“三賢人”の承認が必要になる。


 リスク5。

 記録の中でしか見たことがない分類。

 災害ではなく、存在そのものが国家規模の危機として扱われる領域。


 怒らせれば終わる。

 交渉を誤れば、街が消える。

 敵対すれば、勝つ負ける以前に、人間の側が交渉対象として成立しない。


 そういう相手。


 私の母は、その三賢人の一人。

“赤の賢人”――堺杏里。


 母には、あらかじめ相談していた。


 白狼の見立て。

 凛の周囲に感じた異常な圧。

 悪鬼と遭遇した時の違和感。

 訓練所で水霊を相手にした時、白狼が再び感じ取った同質の気配。


 母はそれを聞き、いつものおっとりした顔のまま、しばらく黙った。


 そして言った。


 ――未来、あなたが話しなさい。


 私が、交渉役に選ばれた。


 クラスメイトだから。

 凛と近い位置にいるから。

 彼女を「危険存在」としてだけではなく、「知り合い」として見られるから。


 そんな理由もある。


 でも、それだけじゃない。


 母はきっと、私を試している。


 父がかつて立っていた場所。

 人と、人ならざるものの間に立つということ。

 力だけではどうにもならない相手と向き合うということ。


 その重みを、私に感じさせようとしている。


 肩に、見えない重圧がのしかかる。


 凛は黙っている。


 怒っている様子はない。

 敵意もない。

 けれど、そこに立っているだけで、空気の密度が変わっている。


 白狼が言っていた圧。


 それが、今なら少し分かる気がした。


 怖い。


 正直に言えば、怖い。


 目の前にいるのは、友達になりかけていた女の子だ。

 でも同時に、私たちの理解を超えた存在かもしれない。


 もし彼女が敵なら。

 もし鉄平や白狼に近づいた目的が、私たちにとって最悪のものなら。


 私は止めなければならない。


 できるか?


 ……分からない。


 喉が渇く。

 指先が冷たい。

 呼吸が少し浅くなる。


(父さん……こんなプレッシャーと戦ってたのか)


 父は、こんな相手たちと向き合ってきたのだろうか。

 人間の都合だけでは測れない存在。

 正しさも、善悪も、常識も違う相手。


 その前に立って、言葉を選んで、必要なら戦う。


 そんなことを。


 けれど。


 私は、ガキ大将で、脳筋だ。


 難しい交渉だけでは、たぶん答えを出しきれない。

 言葉だけで信じるほど大人でもない。

 相手の力を知らずに、安心するほど鈍くもない。


 だから結局、私はこんな方法でしか確かめられない。


「お手合わせをお願いします」


 私は頭を下げた。


 凛の気配が、ほんの少し揺れた気がした。


「私と白狼。神様の胸を借りるつもりで、挑ませていただきたい」


 言ってから、自分でも思う。


 無茶苦茶だ。


 下手をすれば、死ぬかもしれない。

 相手はリスク5かもしれないのだ。

 私たちが全力で挑んだところで、稽古にすらならない可能性もある。


 それでも。


 胸の奥が、熱い。


 怖い。

 でも、知りたい。

 知るためには、ぶつかるしかない。


 私は退魔師連合のエースと呼ばれている。

 母の娘として、父の背中を追う者として、そう呼ばれるだけの努力はしてきた。


 けれど、私はまだ、本当の意味での敗北を知らなかった。


 自分より格上の存在に、真正面から叩き潰される経験。

 勝てないという現実を、身体で理解する経験。


 それを知らないまま、強くなったつもりでいた。


 だから。


(正直、ワクワクしてる)


 怖さの奥で、戦意が燃える。


 自分でも呆れる。


 相手は神かもしれないのに。

 国ひとつ滅ぼせる存在かもしれないのに。


 それでも、挑みたいと思っている。


 私はきっと、やっぱり父の娘で。

 そして、母に言わせれば、どうしようもなく退魔師なのだ。


 ♢


 凛は、しばらく黙っていた。


 その沈黙が長く感じる。


 訓練施設の空調音が、耳に残る。

 蛍光灯がかすかに唸っている。

 自分の鼓動が、やけに大きい。


 白狼は隣で静かに立っている。


 喋れない。

 けれど、視線はまっすぐ凛を見ていた。


 凛はやがて、静かに息を吐いた。


「……分かったわ」


 その声は、いつもの凛の声だった。


 けれど、どこか違った。


 同じ声なのに、深さが違う。

 学校で聞く声よりも、遠くから響いてくるような、不思議な重みがあった。


 凛は髪に手を伸ばす。


 いつものポニーテールをほどき、指先で髪をまとめ直していく。

 その動作はゆっくりで、無駄がなく、妙に美しかった。


 夜会巻きのように、髪がコンパクトにまとめ上げられる。


 その仕草だけで、空気が変わった。


 ただのクラスメイトだった少女が、別の何かへ切り替わっていく。


 肌に触れる空気が重くなる。

 床が少し遠く感じる。

 蛍光灯の光でさえ、彼女の周囲だけ輪郭を失ったみたいに見えた。


 白狼の言葉が、頭をよぎる。


 ――リスク5。

 ――神だ。


 目の前の凛は、こちらを見ている。

 敵意はない。

 怒りもない。


 それなのに、身体が勝手に警戒する。


 本能が言っている。


 これは、人間が不用意に触れていいものではない。


「私が立ち会います」


 その時、別の声がした。


 柔らかい声。

 聞き慣れた声。


 けれど、この場で聞くには少し意外な声。


 視線を向けると、そこに神職のような装束をまとった女性が立っていた。


 三十前後に見える。

 糸目で、おっとりしていて、今にも「あらあら」と言いそうな雰囲気。


 でも、その姿を見た瞬間、私は思わず声を上げた。


「母さん!?」


 私の母、堺杏里。


 退魔師連合、三賢人が一人。

“赤の賢人”。


 ただし見た目は、どう考えても実年齢より一回り若い。

 下手をすると、歳の離れた姉くらいに見える。


 この場にいると分かっていた。

 相談もしていた。

 必要なら立ち会うと言われていた。


 それでも、実際に現れると心臓に悪い。


「お初にお目にかかります」


 母さんは、凛へ柔らかく一礼した。


 いつもの母の顔。

 でも、そこにいるのは間違いなく三賢人だった。


 空気が、さらに引き締まる。


「退魔師連合、三賢人が一人。堺杏里と申します」


 声は穏やか。

 けれど、一言一言が静かに場を支配していく。


「この度は、娘に稽古をつけていただきたく存じます」


 凛は母さんを見た。


 そして、静かにうなずいた。


 そのやり取りだけで、私は理解する。


 母さんは、凛を“神格存在”として扱っている。


 少なくとも、そう扱うだけの相手だと判断している。


 つまり、白狼の見立てはほぼ確定したようなものだ。


 背中に汗が滲む。


 怖い。

 でも、逃げない。


 白狼が隣でスケッチブックを閉じる。

 戦う時、彼はもう書かない。


 私も、呼吸を整えた。


 ルミナス。

 クロエ。


 心の中で、二人の名を呼ぶ。


 持ち霊たちの気配が、胸の奥で応える。


 凛は静かに立っている。


 構えているようには見えない。

 けれど、隙もない。


 手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、果てしなく遠い。


 母さんが片手を上げる。


 その白い指先が、蛍光灯の光を受けて淡く光った。


「では――」


 一瞬。


 世界が静かになる。


 空調音も、床の冷たさも、自分の鼓動も、全部が遠くなる。


「はじめ」

 

次回から毎日1本、5:50更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ