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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
二章 美術部での出会いと迫る魔の手

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第17話 凛、モデルになる。放課後のひととき!?

【放課後 凛視点】


「はい、凛ちゃん。こっち向いてー」


 放課後の美術室には、もうほとんど人が残っていなかった。


 窓の外では夕陽が傾き、校庭から部活終わりの声が遠く聞こえてくる。

 汗の残る体に、夕方の風が少しだけ冷たい。

 絵の具と紙と、乾いた木の匂いが混じった美術室の空気は、体育館とはまるで違っていた。


「ごめんね、バレー部終わりに声を掛けて」


 絵馬先輩は、イーゼルの前で鉛筆を走らせながら言った。


「下書きの構図とか、あたりだけ決めたらすぐ終わるから」


「いえ、大丈夫です」


 そう答えながら、凛は椅子に座り直す。


 じっとしているだけ。

 それだけなのに、誰かにまっすぐ見つめられるのは、思ったより落ち着かなかった。


 鉛筆が紙を擦る音がする。

 さらさら、しゃっ、という小さな音。

 絵馬先輩の視線が、顔の輪郭、肩の線、首元へと静かに移っていく。


「描きたい! ってなると、止まらないのよ」


 絵馬先輩は、楽しそうに笑った。


「モチーフ選びにこだわるクセがあってさ。だから作品点数はあんまり伸びないんだけど、その分、クオリティには自信があるの」


 絵を描いている時の絵馬先輩は、思ったよりおしゃべりだった。


 普段の落ち着いた雰囲気とは少し違う。

 言葉が自然にこぼれてくる。

 けれど、それは沈黙が苦手だからではない。


 たぶん、絵を描くことそのものが、彼女にとって会話なのだ。


 モチーフと向き合う。

 自分の中にあるものと向き合う。

 そして、紙の上に生まれていく線と向き合う。


 色が音に聞こえる共感覚。


 彼女にとって、描くことは“対話”なのだろう。

 目の前の人と。

 自分の感情と。

 まだ形になっていない作品と。


 凛は、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。


「なんか……いいですね」


「ん?」


 絵馬先輩が鉛筆を止めずに、視線だけこちらへ向ける。


「好きなものに、そこまで正直でいられるのって」


 口にしてから、凛は少しだけ恥ずかしくなった。


 けれど、続ける。


「私も……好きなものにはこだわりが強くて。気づくと、突っ走っちゃうんです」


 鉄平のこと。

 自分の恋のこと。

 人間になってまで追いかけている願いのこと。


 もちろん、全部は言えない。


 それでも、言葉の端にはきっと滲んでいた。


 絵馬先輩は、ふっと笑った。


「良いじゃない。エゴが強いのは、いいことよ」


 鉛筆の音が、また続く。


「人間も、作品もね」


「エゴの強さがインパクトになる。

 それが、魅力になるの」


 凛は、その言葉を胸の中で何度か繰り返した。


 エゴ。


 それはわがままで、独りよがりで、時に誰かを困らせるもの。

 でも、だからこそ人を動かす。


 作品も。

 恋愛も、きっと同じだ。


 凛は小さく息を吐いた。


「……それ、少し分かる気がします」


「でしょ?」


 絵馬先輩は、どこか嬉しそうだった。


 その横顔を見て、凛は思う。


 この人も、たぶん似ている。

 自分の中の強いものを、持て余しながら、それでも捨てずに抱えている。


 だから描く。

 だから求める。

 だから、誰かの心に残る。


 最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。


 絵馬先輩は鉛筆を置き、軽く伸びをする。


「今日はここまでね。ありがとう、凛ちゃん」


「こちらこそ」


 凛が立ち上がると、絵馬先輩はスケッチブックを閉じながら言った。


「私たち、良い友達になれるかもね」


 その言葉は、夕方の美術室にやわらかく落ちた。


 凛は少しだけ驚いて、それから笑った。


「そう思います」


 胸の奥が、少し弾む。


「こだわりが強いもの同士、また話したいです」


 絵馬先輩も笑う。


 窓の外では、夕陽が校舎の影に沈みかけていた。

 美術室に残る紙と鉛筆の匂いが、少しだけ優しく感じた。


 ♢


 【放課後 未来視点】


 美術部が終わったあとの廊下は、妙に静かだった。


 さっきまで美術室に満ちていた絵の具と紙の匂いが、制服の袖にまだ少し残っている。

 窓の外では夕陽が傾き、校舎の影が長く伸びていた。

 遠くから運動部の掛け声が聞こえる。けれど、その声もどこか薄い膜越しに聞こえるみたいだった。


 帰ろうとした、その時。


 トントン、と肩を叩かれた。


 振り向くと、白狼が立っていた。


 いつものように、表情は大きく動かない。

 けれど、その目が少しだけ硬い。


 白狼はスケッチブックを開き、すぐに文字を書いた。


『後で相談』

『皆が居ない方がいい』


 胸の奥が、少しだけ跳ねた。


 ……これは告白ではないな。


 そんな冗談を一瞬だけ頭に浮かべたけれど、白狼の空気がそれを許さなかった。


 白狼は、ふざけていない。


 私たちは人目の少ない廊下の端へ移動した。

 窓の近く。夕陽が差し込む場所。

 床に落ちた光が、やけに赤かった。


 白狼が、またペンを走らせる。


『凛は普通の子じゃない』


 その一文を見た瞬間、喉の奥が乾いた。


「……どういうこと?」


 白狼は少しだけ目を伏せ、それから続けた。


『最初に会ったとき』

『悪鬼に襲われているように見えた』


 白狼はさらに書く。


『だけど、あの時感じた圧力は』

『リスク2の悪鬼どころじゃなかった』


 ペン先が紙を擦る音が、やけに大きく聞こえた。


『もう一度、訓練所で水霊を相手にしたのを見た時』

『同じ圧力を感じて確信した』


 白狼の目が、まっすぐ私を見る。


『彼女は』

『君の持ち霊であるリスク4相当のルミナスやクロエより』

『はるかに強い』


 息が止まった。


 ルミナスより。

 クロエより。


 それは、簡単に口にしていい評価じゃない。


 私の背中に、冷たいものが走る。

 廊下の空気が急に重くなった気がした。


 白狼は最後に、静かに文字を書いた。


『リスク5』

『神だ』


 神。


 その文字だけが、白い紙の上で異様に浮いて見えた。


 私も白狼も、実際に“神”と呼ばれる存在に会ったことはない。

 けれど、退魔師連合の記録では知っている。


 リスク5。

 交渉には三賢人の承認が必要。

 敵対すれば、国ひとつが滅んでもおかしくない存在。


 そんなものが、クラスメイトとして隣にいる?


 バレー部にいて。

 美術部に顔を出して。

 鉄平のことで妙に分かりやすく動揺する、あの凛が?


 胸の奥で、感情がぐらりと揺れた。


 怖い。

 でも、それだけじゃない。


 凛は友達だ。


 少なくとも、私はそう思い始めていた。

 同じ時間を過ごして、話して、笑って。

 ちょっとポンコツで、でも優しくて。


 けれど、白狼の観察眼を私は何より信頼している。


 白狼は、見誤らない。


「……まずは、母さんに相談しようか」


 声に出すと、自分でも驚くくらい低かった。


 私の母は、退魔師連合の幹部。

 三賢人の一人、“赤の賢人”杏里。


 これは、私たちだけで抱えていい話じゃない。


 白狼は静かに頷いた。


 夕陽が、さらに赤くなる。

 廊下の窓に映った自分の顔は、思ったより強張っていた。


 凛。


 あなたは、本当に何者なの?


 そして。


 私たちは、このまま友人でいられるのかな……。

 

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