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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
二章 美術部での出会いと迫る魔の手

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第15話 デッサンを書いてみよう。凛が美術部に!?

 翌日の放課後。

 昨日の波乱が嘘だったみたいに、美術室にはいつもの空気が戻っていた。


 窓から差し込む西日が、石膏像の肩や机の縁をやわらかく照らす。

 絵の具と木炭、紙の乾いた匂い。どこか甘くて、少しだけ埃っぽい、創作の匂いだ。


 絵馬先輩が、ふと未来を見る。

 未来もそれに気づいて視線を返した。


 絵馬先輩は、さりげなく拳を作ってから、親指と小指だけを立てる。

 二人の間だけで通じる、小さな合図(ハンドサイン)


 ――ありがとう。


 未来は、指先で小さく輪を作って返した。


 ――了解。


 言葉は交わさない。

 昨日の一件以来、表向きは仲違いしていることになっている。

 今も周囲から見れば、ただ距離を置いているようにしか見えないはずだ。


 けれど、その静かなやり取りだけで十分だった。


 そんな二人の緊張とは別に、俺と白狼はすっかりデッサンに夢中になっていた。


 机の上に並んでいるのは、ティッシュ箱とリンゴの置物、それから空き瓶。

 四角いもの、丸いもの、透けるもの。

 初心者用のモチーフらしいけど、こうして並ぶと妙に“それっぽい”。


「この画家っぽいポーズ、ちゃんと意味あったんですね」


 俺が鉛筆を持ったまま言うと、絵馬先輩はくすっと笑った。


「あるわよ。デッサンは、描きたいものを描けるようになるための基礎練習なんだから」


 絵馬先輩は、白い指で空中に四角を作ってみせる。


「まずは指でフレームを作る。指フレームって呼ばれるやつね。モチーフを紙のどこに置くか決めて、構図を考えるの」


 夕陽を受けた指先の輪の向こうに、瓶とリンゴがすっぽり収まる。


「それから鉛筆を立てて比率を見る。高さと幅、どっちがどれくらい大きいか。画家っぽく見えるけど、要はちゃんと観察するための手順」


「なるほど……お」


 隣を見ると、白狼が真剣な顔で指フレームを作っていた。

 少し首を傾けて、モチーフをじっと見つめている。

 その目は静かだけど、明らかに楽しそうだった。


 今まで、基礎をちゃんと教わる機会なんてなかったんだろう。

 そう思うと、胸の奥が少しあたたかくなる。


 ……よかったな、白狼。

 本当に、いい師匠に出会えた。


 しばらくして、絵馬先輩が俺たちのデッサンを順番に見て回った。

 最初はあえて知識なしで描かせて、そこから癖を見て教えるつもりらしい。


 まずは未来。


 未来の絵は、ひと言でいえば――勢いがある。

 線に迷いがない。というか、迷ってもそのまま押し切っている。

 モチーフの位置も大胆で、妙に印象に残る。けど、よく見ると瓶の口が少し歪んでいて、ティッシュ箱の奥行きも怪しい。


 絵馬先輩はその紙を持ち上げて、少し目を細めた。


「未来ちゃんは、形を正確に取るのはまだ苦手かな。まずは遠近法と比率から覚えていこう」


 未来がむっとした顔をする。


「でも、置き方は悪くないの。ちゃんと目を引く構図を選べてる。だから記憶に残る絵になってるよ」


 その言葉に、未来は少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らした。


「……褒められてるのか、修正されてるのか微妙」


「両方よ」


 次に、俺。


 自分ではそこそこ描けたつもりだった。

 でも、絵馬先輩の前に出した瞬間、急に粗が見えてくる。

 リンゴの位置、ちょっと端すぎたか?

 瓶も悪くないけど、なんか全体に“言いたいこと”がない。


「鉄平は未来ちゃんと逆かな」


 絵馬先輩が紙を見ながら言う。


「遠近法とかバランスはそこそこ取れてる。形もそんなに悪くない」


 お、と思った次の瞬間。


「でも、構図が少し苦手みたい。どこを一番見せたいのかが、まだ弱いね」


「うっ」


 思わず変な声が出た。

 的確すぎて痛い。


「整ってるんだけど、ちょっと優等生すぎるの。悪くないけど、“この絵の顔”がまだ見えてこない」


 胸の真ん中を指でつつかれたみたいだった。

 褒められてるのに、悔しい。

 でも、悔しいってことは、たぶん図星なんだ。


 最後に白狼。


 絵馬先輩は、白狼の紙を見た瞬間、わずかに息を止めた。


「……やっぱり、光の見方がいいね」


 めっちゃ上手い。

 素人の俺でも、それはわかった。


 リンゴの丸み。

 瓶の透ける感じ。

 ティッシュ箱の角の硬さ。

 同じものを見ていたはずなのに、白狼の絵の中では、ちゃんと“そこにある”ように見える。


「光と影の使い方がいい」


 絵馬先輩の声も、少しだけ弾んでいた。


「リンゴって、ただ丸いだけじゃないでしょ。へこみも膨らみもある。その起伏が、明暗でちゃんと出てる」


 白狼はじっと話を聞いている。

 でも、耳まで少し赤い。


「昨日の絵を見た時から思ってたけど、白狼くんは“見えてるもの”を掴むのが上手い。もっと勉強したら、すごく伸びるよ」


 白狼がぱっと顔を上げた。


 その表情が、わかりやすすぎて笑いそうになる。

 未来の隣でバトルする時は、警察犬(シェパード)みたいに鋭いのに。

 絵馬先輩に絵を教わっている時だけ、嬉しそうな飼い犬(わんこ)みたいな顔をする。


 未来もそれに気づいたのか、横でふっと肩を揺らした。


「……白狼、機嫌いいね」


 白狼は慌てて無表情に戻ろうとして、でも戻りきれていなかった。


 窓の外では、夕方の風が木々を揺らしている。

 紙の擦れる音。鉛筆の先が走る音。誰かの小さな息遣い。

 今、この美術室には確かに穏やかな時間が流れていた。


 その静けさが少しだけ――

 嵐の前みたいにも思えた。


 ♢


【放課後 凛(女神様)視点】


 翌日の放課後。

 まだ本格的に部活が始まる前の、廊下に人影の少ない時間だった。


 美術室の前を、凛は落ち着かない足取りで行ったり来たりしている。

 窓から差し込む西日が床を細長く染め、ワックスの匂いに混じって、かすかに絵の具と紙の匂いが流れてくる。


(しまったな……)


 凛は胸の内で小さくつぶやく。


(なんとなくでバレー部に入ったけど、鉄平は美術部に入ったし……接点がない)


 入部した時は、深く考えていなかった。

 体を動かすのは嫌いじゃないし、バレーも普通に楽しい。

 でも、いざ鉄平が別の場所に行ってしまうと、その距離が妙に気になる。


 放課後のたびに、少しだけ胸の奥がもやつく。

 自分でも理由は分かっているくせに、うまく認めたくない。


(どうしよう……自然に関わるきっかけ、何か――)


 そう考えていた時だった。


「……ママ?」


 不意にかけられた声に、凛はぴたりと足を止めた。


 振り向くと、美術室の戸口に絵馬が立っていた。

 白衣の袖には乾いた絵の具の跡。赤縁の眼鏡の奥で、目を丸くしている。


「あ……ごめんなさい」


 絵馬は我に返ったように、少しだけ気まずそうに笑った。


「父子家庭で育ったからかな。幼い頃に亡くなった母に、なんとなく似て見えて」


 その言葉に、凛はわずかに目を瞬く。

 驚きはしたが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「もしよかったら、中で少し話さない? 準備の合間だけど、お茶くらいなら出せるわ」


 美術室の隣の小さな準備室。

 紙コップに注がれた紅茶から、やわらかな湯気が立ちのぼっている。

 ほのかな香りが鼻先をくすぐって、凛は少しだけ肩の力を抜いた。


 向かいに座った絵馬が、まっすぐ凛を見る。


「あなた、凛っていうのね」


「……うん」


「お願いがあるの。絵のモデルになってほしいのよ」


 凛は目を瞬かせた。


「モデル?」


「そう。普通に椅子に座っているだけでもいいし、少しポーズを取ってもらうだけでもいい」


 絵馬の声は軽い。

 けれど、そこには本気で“描きたい”と思っている人の熱があった。


 凛は紙コップを持ったまま、少し迷う。


「でも、私……バレー部に入ってて」


「うちの学校、兼部はできるわ。毎回じゃなくてもいいし、臨時で顔を出すだけでも助かる」


 絵馬はそこで、ほんの少しだけ口元を上げた。


「それに――外から鉄平を見てたわよね」


 びくっ、と凛の肩が跳ねる。


「せっかくだし、鉄平をモデルに描いてみない?」


 凛の喉がこくりと鳴った。


「あなた自身を描くのもいいけど、描く側もやってみたら面白いわ。全身は難しくても、上半身くらいなら頼めるかもしれないし」


 その瞬間だった。


「やります!」


 食い気味だった。


「やれます! やらせてください!!」


 前のめりで即答。

 しかも妙に声が大きい。


 絵馬がきょとんと目を丸くする。

 紙コップの紅茶が、凛の勢いに合わせて小さく揺れた。


「あ、えっと……」


 凛ははっと我に返る。

 けれど、もう遅い。


 食いつきが良すぎた。

 あまりにも入れ食いだった。


「……そんなに?」


 絵馬が少し引きつつ、でも面白そうに笑う。


 凛はわずかに頬を染めて視線を逸らした。


「そ、それは……その……芸術も、たぶん大事かなって」


 言い訳は明らかに苦しい。

 自分でも分かるくらい、苦しい。


 けれど絵馬は追及せず、ただくすっと笑った。


「うん。じゃあ決まりね」


 こうして凛は、美術部の臨時メンバーとして、バレー部と兼部することになった。


 胸の奥では、少しだけ嬉しさが弾んでいる。

 けれどその一方で、自分の分かりやすさに、凛はひそかに頭を抱えていた。


(……私、ほんとにダメかもしれない)

 

 ※注意

 凛(女神様)は自分の恋愛に関してはポンコツであり、立てた作戦の(ことごと)くが裏目に出ます。

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