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恋愛請負人・鉄平完結編 ―最後の相手は女神様!? 異能バトル世界の恋愛ミッションに挑めー  作者: 強炭酸
二章 美術部での出会いと迫る魔の手

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第14話 救われた白狼。シグナル・フォー・ヘルプ!?

 翌日、白狼は黒く丸められた画用紙を抱えてきた。

 指先に残る紙の硬さと、わずかな絵の具の匂い。

 これが、昨日言っていた白狼の絵か。


 その違和感が、胸に小さく引っかかる。


 白狼はスケッチブックを開き、俺たちに見せる。


『絵馬先輩に、見てほしいんだ』


 未来が一瞬だけ目を見開き、すぐに懐かしむような顔になった。


「あ、それ……小学校の時の絵でしょ」


 幼なじみだけが持つ、時間を飛び越えた記憶。

 白狼は今でこそ声を使わず、こうして文字で思いを伝える。

 けれど、中学のとき声変わりを起点に呪言師として覚醒するまでは、もっと普通に喋って、もっと感情を表に出すやつだったらしい。


 広げられた絵。

 森。参道。中央に立つ鳥居。

 空は澄んだ青で、朝の光を含んでいるのに、木々の奥には、触れれば冷たい闇が潜んでいる。


 綺麗だ。

 なのに、見ているとその闇に吸い込まれそうな、不思議な不気味さがあった。


「怖いって理由で、賞から外されたよね」


 未来の声は静かだった。


「でも……これは怖さじゃない。

 自然への畏れとか、敬意とか――そういうものでしょ」


「その通りよ」


 振り向くと、絵馬が立っていた。

 赤縁の眼鏡を外し、絵を見るその顔は、まるで音に耳を澄ませるみたいに静かだった。


「私はね、色から音が聴こえるの。

 風に揺れる葉の音。

 羽ばたくカラスの影。

 そういうものが、色の重なりから伝わってくる」


 絵馬は、白狼の絵にもう一度視線を落とす。


「それに、この構図や色の置き方には、描いた人の迷いや願いも滲むわ」


 間が落ちた。


「この絵からは、理解されなくて悔しくて、それでも伝えたかった少年の気配が見える」


 白狼は、その場に膝をついていた。

 嗚咽は小さく、肩だけが震えている。


 気づけば俺も、頬を伝うものを拭えずにいた。


 ――良かったな、白狼。

 良い先輩に、良い師匠に出会えて。


「まずは教えて」


 絵馬の声はやわらかい。


「どうして、この描き方を選んだの?」


 白狼は声を出さず、スケッチブックに言葉を綴る。


 ――世界は、光が当たらなければ真っ暗だと思った。

 ――だから黒い画用紙を選んだ。

 ――でも黒が強すぎて、色が負けた。

 ――だから白で下地を作った。

 ――暗さは、消したくなかった。


 白狼。

 お前には、この世界はそう見えるんだな。


 不気味だなんて思って、少し悪かった。


 絵馬は、ゆっくりとうなずいた。


「あなたが辿り着いたのは、ルネサンス時代から絵画で使われてきた技法に通じているわ」

 

「インプリマトゥーラ。黒い画用紙を選んだのははこれね。」

 

「グリザイユ。白でベースを付けた。」

 

「キアロスクーロ。光と影の対比」


 言葉が、静かに置かれていく。

 宙に浮いていた感覚が、少しずつ地面へ降りてくるようだった。


「技法の名前を知らなくても、そこへ自力で辿り着いた。

 それがまず、すごいことよ」


 絵馬は、白狼の絵をそっと撫でるように見つめる。


「しかも、小学生の時点で、ここまで自分の見え方を絵にしていた。その来歴ごと、私は面白いと思う」


 そして、白狼へ手を差し出した。


「技法も、あなたが抱えてきた迷いも、全部まとめて作品に昇華できる。私なら、できるわ」


 白狼は深く頭を下げ、その手を取った。


 横で未来が、悔しさと安堵の混じった顔で笑う。


「私には、こんな返しできないな……。でも、よかった」


 もう、泣いている少年の影は見えなかった。

 黒い森の奥にも、確かに光が届いていた。


 ♢


【同日 部活終わり/美術室 未来視点】


 鉄平たちが帰ったあと。

 

 部活終わりの美術室に、無機質な振動音が走った。


 ヴヴヴヴヴヴ


 机の端に置かれた絵馬のスマートフォン。

 震えるたび、乾いた音が床に反射する。


 ヴヴヴヴヴヴ


 絵馬は一瞬だけ迷い、それを掴み取った。

 指先に、かすかな震え。


「……父は、無事なの?」


 低く、押し殺した声。


「……ええ、分かってる。あなた達の要求は飲む。だから――」


 通話が切れた瞬間、空気が冷えた。


「……もう、魔神崇拝組織(ワーロック)と繋がってたのね」


 背後から聞こえた声に、絵馬の肩がわずかに揺れる。


 いつの間にか、未来が立っていた。

 どうやら、途中から会話を聞いていたらしい。


「人質と恐喝……」


 未来の声は淡々としている。

 けれど、その奥にははっきり怒りが滲んでいた。


「クズのやり方よ。

 まだやり直せる。今なら手を切りなさい」


 沈黙。


 絵馬は、ふふっと小さく笑った。

 自嘲とも、諦観とも取れる笑みだった。


 それから、未来をまっすぐ見た。


 ゆっくりと片手を上げる。

 親指を手のひらに折り込み、残りの四本で包む。


 シグナル・フォー・ヘルプ。

 誘拐や監禁など、声を出せない状況で使うハンドサイン。


 未来の目が、ほんのわずかに細まる。

 ――意味は伝わった。


 続けて絵馬は、小さなクロッキー帳を取り出し、未来にだけ見える角度でめくった。


《この部屋の会話は盗聴されてる》

《仲違いに見せかけたい》

《炎を出すから、合わせて》


 未来は、ごく小さく頷いた。


「……迷いは、あるよ」


 ここからは演技だ。


 絵馬の視線が揺れる。


「でも――お父さんが!!」


 その一言が、決定打になる。


 絵馬は懐から別のクロッキー帳を引き抜いた。


 その瞬間、未来の肌が粟立つ。


 絵馬が術式を使えることは退魔師連合からの事前情報で聞いていた。

 “呪いを祓える画商”の娘。

 父から何かしらの技を受け継いでいても、不思議ではない。


 けれど、これは――想像していたよりずっと重い。


 クロッキー帳は、ただの紙束に見えた。

 けれど、その内側に押し込められているものが、美術室の空気をじわりと歪ませている。


 怒り。

 焦燥。

 祈り。

 そして、それらを一枚の絵に閉じ込めるだけの、異様な集中力。


 絵馬の指先が、ページの端に触れる。


 未来は無意識に息を止めた。


 この人――強い。


 退魔師として鍛えられた強さとは違う。

 術式を磨き上げた職人の強さとも、少し違う。


 自分の感情を燃料にして、作品ごと現実へ叩きつける者の圧だった。


 ページが開かれた瞬間、空間が歪む。


 禍々しい圧。

 紙面から滲み出す、怒りと執着。


画竜点睛ファイナルタッチ


 最後の一筆。

憤怒(レイジ)”をトリガーに、術式が完成する。


 現実の炎が咆哮を上げた。

 役目を終えたクロッキー帳が焼け、炎はそのまま未来へ向かって走る。


「――クロエ、防いで」


 未来の言葉に応え、黒い犬のぬいぐるみが跳ねた。


 次の瞬間、未来の姿が反転する。


 金髪。赤い瞳。

 ゴスロリの衣装を纏った少女――クロエ憑依形態。


 ドシュウウウ……。


 影が膨張し、巨大な手となって炎を包み込む。

 熱が軋み、押し潰され、そして消えた。


「……ルミナス、行くよ」


 今度は白い犬のぬいぐるみが、淡く鳴いた。


 再び未来の姿が変わる。


 銀色の和服。

 風に揺れる九本の尾。

 神性を宿した九尾の妖狐――ルミナス憑依形態。


 防御のためのクロエ。

 追撃のためのルミナス。


 ヴンッ。


 空間そのものが、静かにひれ伏す。


空間干渉術シェイクスタン


 ――しかし。


「……っ!」


 そこに、もう絵馬はいなかった。


 視線の先。空いた窓の向こう。

 絵から抜け出したような鳥からパラグライダーのようにぶら下がり、宙に浮かぶ影。


「勝負は……まだ、ここでつける気はないわ」


 風に紛れて、絵馬の声が落ちてくる。


「あなたは何も見なかった。

 それがお互いのためよ」


 次の瞬間、闇に溶けるように、その姿は消えた。


 静寂。


 ルミナスの光が消え、未来は元の姿に戻る。

 その場に立ち尽くしたまま、拳を強く握りしめていた。


 敵には、きっと仲違いしたように見えただろう。

 けれど未来は、確かにあのヘルプサインの意味を受け取っていた。


 美術室には、焦げた匂いと未練だけが残っていた。


 ♢♢♢


 ――その頃。


 校舎の屋上に、ひとりの女生徒が立っていた。


 夜風に制服のスカートが揺れる。


 美術室から抜け出していった鳥の影を見送るように、女生徒は薄く笑った。


「絵馬ったら、退魔師連合には頼らないのね」


 声は甘い。

 けれど、その奥にあるものは冷たかった。


「まあ賢明だけど。どちらにせよ、変わらない」


「あなたの才能も、身体も、色も、音も」


 月明かりの下で、その瞳だけが異様に濡れて見えた。


「あなたの全部、私がもらうもの」


 次の瞬間、窓ガラスに映った女生徒の顔が、ほんの一瞬だけ別のものに変わる。


 美しく。

 醜く。

 飢えた悪魔の顔に。


 そして女生徒は、誰にも見られることなく、夜の校舎から姿を消した。

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