第13話 ワーロックとの因縁。助けに来た伝説の退魔師!?
部活が終わったあと。
俺たちは、美術室から少し離れた空き教室に移動した。
窓の外は、もう夕焼けの色を失いかけている。
薄暗くなった校庭から、運動部の掛け声が遠く聞こえていた。
未来は窓際の机に軽く腰を預け、腕を組む。
白狼は隣の席に座り、スケッチブックを膝の上に置いていた。
俺は、その向かいに座る。
「まず、ワーロックのことから話すわ」
未来の声は低かった。
「魔神を崇拝する連中。悪魔や呪物を使って、儀式を起こす闇の組織よ」
「魔神崇拝組織……」
あらためて聞くと、単語の圧がすごい。
オカルト研究会が持ってきた呪いの箱どころじゃない。
もっと深いところに根を張っている、明確な悪意のある組織。
「……悪魔って、そもそも何なんだ?」
俺は、思わず聞いていた。
悪魔。
魔神。
呪物。
単語だけなら、ゲームや漫画で何度も聞いたことがある。
けれど、この世界では違う。
それは実在していて、人を傷つける力を持っている。
未来は少しだけ目を細めた。
「分かりやすく言うなら、反社やヤクザみたいなものよ」
「……急に現実的になったな」
「そのくらいの認識でいいわ。関わってはいけない存在。ちょっとした借りでも、あとから色んな言い訳をつけて奪いに来る」
淡々とした声だった。
でも、その内容は笑えない。
「願いを叶えてやった。力を貸してやった。助けてやった。そうやって貸しを作って、人間の魂や身体、血筋、才能、運命まで取り立てようとする」
「取り立て……」
「本職のマフィアですら、悪魔とは関わるなって取り決めをしているくらいよ」
「マフィアも?」
もう基準が分からない。
反社にすら避けられる悪魔って、どれだけ評判が悪いんだ。
白狼が、そっとスケッチブックを掲げる。
『悪魔』
『口コミ☆1』
「レビューサイトみたいに言うな」
「ええ。人間同士の犯罪組織の方が、まだルールがある。悪魔は契約の文面より、相手の欲と隙を見てくる」
未来は、そこで一度言葉を切った。
「そもそも、貸しと信用、それから“お金”という概念そのものが、魔神によって人間社会に持ち込まれた――なんて都市伝説もあるわ」
「お金まで?」
「眉唾よ。退魔師界隈で昔からある与太話みたいなもの。でも、悪魔の性質を説明するには分かりやすい」
未来は淡々と続けた。
「価値を数値化して、貸し借りを記録して、未来の労働や命まで担保に取る。そういう発想が、悪魔的だって話」
「……急に財布を見る目が変わりそうなんだけど」
俺は反射的にポケットの財布へ手をやった。
中身は千円札が一枚と、小銭が少し。
魔神由来だとしても、俺の財布にはあまり魔神の威厳がない。
白狼がスケッチブックに書く。
『鉄平』
『財政難』
「やめろ。俺に刺さる」
「本気にしすぎないで。ただ、悪魔はそういう“借し”や“契約”に入り込んでくる存在だと思っておけばいいわ」
急に、世界の見え方が変わる。
財布の中にある小銭。
スマホの電子決済。
銀行口座。
そういう当たり前のものにまで、薄く黒い影が差した気がした。
「だから、悪魔の“親切”は絶対に受け取っちゃいけない」
未来が言った。
「奴らは助けるために手を差し伸べるんじゃない。あとで奪うために、先に触れてくるの」
その言葉に、空き教室の温度が一段下がった気がした。
「そしてワーロックは、そういう連中を神みたいに崇めている」
未来は、静かに続けた。
「退魔師連合とは、昔から因縁がある。特に、うちの父さんは何度も狙われていた」
「未来の父さん?」
「元退魔師。かなり有名だったらしいわ」
未来は、少しだけ視線を落とした。
「父さんは、ただ怪異を倒すだけの人じゃなかった。人と、人ならざるものの間に橋を架けようとしていた人だった」
その言い方には、誇りがあった。
でも、同時に、少しだけ寂しさも混じっていた。
「そういう力を持つ人間は、ワーロックにとって邪魔だった。だから、何度も暗殺を仕掛けられた」
「暗殺……」
口に出した瞬間、背筋が冷えた。
俺たちは今、学校の空き教室にいる。
机があって、椅子があって、黒板がある。
なのに、未来の話だけが、急に別世界のものみたいに重かった。
「でも、父さんは正面からなら簡単には殺せなかった」
未来は淡々と続ける。
「だから連中は、子どもを狙ってきた」
白狼の指が、スケッチブックの端を軽く押さえた。
その反応を見て、俺は気づく。
これは、白狼にも関係のある話だ。
「小学生の時よ」
未来が言う。
「私と白狼は、昔から家が近かった。今の白狼は呪言師だけど、その力に目覚めたのは中学に入って声変わりしてから。それまでは、普通に喋る子だった」
白狼が、少し気まずそうに視線を逸らす。
今の白狼しか知らない俺には、少し想像しにくかった。
普通に喋る白狼。
スケッチブックもマスクもなくて。
自分の言葉で笑って、驚いて、たぶん今より少し気弱で。
未来は、そんな白狼を思い出すように、少しだけ目を細めた。
「あの頃の白狼は、よく私の後ろをついてきてた」
白狼がすぐにスケッチブックを掲げる。
『記憶改竄』
『未来の方が引っ張り回してた』
「細かいことはいいの」
未来が即答する。
たぶん、白狼の方が正しい。
「ある日、小学校からの帰り道で、白狼が絵を見せてきたの」
未来の視線が、白狼のスケッチブックへ落ちる。
「黒い画用紙に、森と鳥居と参道が描かれていた。重たい空気の絵だった。普通の先生や同級生なら、怖いって言うような絵」
白狼の表情が、少しだけ固くなる。
きっと、覚えているのだろう。
「でも、私は良いと思った」
未来は、はっきりと言った。
「怪異とか、普通なら怖がるものを、私たちは小さい頃から見慣れていたから。白狼の絵の“怖さ”より先に、そこにある空気や熱の方が見えた」
白狼は何も書かない。
ただ、スケッチブックを抱える指に、少しだけ力が入っていた。
「その時だった」
未来の声が、わずかに低くなる。
「小型のドローンが飛んできた。今なら分かる。ワーロックが送り込んだ暗殺用の機械兵器だった」
「機械兵器?」
「術式で勝てないから、機械を持ち出したのよ。しかも、子ども相手にね」
未来の声には、静かな怒りがあった。
「ドローンが銃撃してきた。私たちは、とっさに動けなかった」
想像する。
小学生の未来と白狼。
帰り道。
ランドセル。
手には、絵を描いた画用紙。
そこへ、悪魔崇拝組織の兵器が襲ってくる。
冗談みたいな絵面なのに、未来の声は一切笑っていなかった。
「助けてくれたのは、父さんと母さんだった」
未来は窓の外を見た。
「母さんが術式で空間を揺らして、ドローンを落とした。父さんが私たちを抱えて、危険圏から引き離した」
淡々とした説明。
けれど、その短い言葉だけで、二人がとんでもない実力者だったことは分かった。
「その時、父さんが白狼の絵を見たの」
未来の声が、少しだけ柔らかくなる。
「父さんは、絵の専門家じゃなかった。でも、こう言ったの」
未来は、白狼を見る。
「その絵、上手いじゃないか。俺は詳しくないけど、いつかちゃんと評価してくれる人が現れるかもしれないな、って」
白狼の赤い瞳が、わずかに揺れた。
その言葉を、今でも覚えている顔だった。
「白狼は、その時すごく嬉しそうだった」
未来は小さく息を吐く。
「ただ褒められたんじゃない。“分かってもらえた”って顔をしてた」
俺は白狼を見る。
スケッチブックを抱えたまま、視線を落としている。
ああ、そうか。
絵馬先輩が言った、
『あなた、絵で喋ってるのね』
あの言葉は、白狼にとって、ただの入部歓迎じゃなかった。
小学生の頃からずっと待っていた言葉だったのかもしれない。
「その後、中学に入ってすぐ、白狼は呪言に目覚めた」
未来が続ける。
「声変わりの時期に、声に強制力が宿った。だから、今みたいに声を封じる生活になった」
白狼は、スケッチブックに短く書いた。
『事故防止』
『仕方ない』
淡々としている。
でも、その裏にどれだけの諦めがあったのか、俺には分からない。
喋れていた子が、ある日から声を使えなくなる。
普通の会話も、返事も、冗談も、全部危険になる。
それは、俺が思っているよりずっと重いことのはずだ。
「それでも、白狼は絵を描き続けた」
未来は言った。
「声で伝えられないものを、絵で伝えようとしていた。誰かに分かってもらえる日を、どこかで信じながら」
白狼は、何も書かない。
けれど、その沈黙は否定じゃなかった。
「だから」
未来は、まっすぐ俺を見た。
「絵馬先輩に出会ったことには、きっと意味がある」
俺は、美術室での絵馬先輩の言葉を思い出す。
基本技法は、まだまだ。
でも、面白い。
あなた、絵で喋ってるのね。
あれは、白狼の心の奥に届いた。
そして今、絵馬先輩はワーロックに狙われている。
白狼にとって大事な人になりかけているその人が、罠に追い込まれようとしている。
「……助けよう」
俺は言った。
自然と、そう口にしていた。
「白狼のためにも。絵馬先輩のためにも」
その瞬間、視界の中央に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
【ストーリーミッション更新】
【ワーロックの魔の手から絵馬を救え】
未来は少しだけ口元を緩めた。
「そう言うと思った」
白狼が、ゆっくりとスケッチブックを掲げる。
『ありがとう』
『相棒』
胸の奥が熱くなる。
俺は白狼に向かって、軽く拳を突き出した。
白狼も、同じように拳を合わせてくる。
こつん、と小さな音。
それだけで、十分だった。
次の物語は、美術室から始まる。
そう思っていた。
けれど、その奥にはワーロックの闇が広がっている。
なら、やることは一つだ。
白狼の絵を認めてくれた人を、絶対に助ける。




