第9話 ガイアク回収
同日、二十時半頃――
目の前に、謎の物体が出現しました。
……まあ、どう見たって液晶画面ですが……いきなり出てきたので、そうだと断定するのは早計でしょう。
ヴゥン……と電子音を鳴らしてから、映像が映し出される。
「ハロー、ファッキン☆ワールド! そして、親が金持ってるだけのみんなああああ!! ごっ機嫌よぉぉっ! 最カワなるぅっ! 全能なるぅっ! 偉大なるぅっ! ボクサマことぉ! ヘブンリー・マスター・セブン……でぇえええええす!」
やはりと言うべきか、それは十三インチ程度のモニターだったらしく、幼児向けキッズタブレットみたいに、ピンク色の可愛いデザインが施されています。ベゼルも太い。
これが浮遊しながら、どこまでも付いてくる。
歩行時は、視界を遮らないよう、背後や頭上へ移動します。……それにしても、だいぶ邪魔ですけどね。
挨拶の後、ピンポンパンポンという効果音と共に、「この放送は全世界の人達へ向けて発信されております。そこに現れたモニターは視聴後に消滅しますので、ご安心下さい」というテロップが差し挟まれた。
「ボクサマのスーパーパワーを紹介したご機嫌なイメージビデオを見せてやる! チェケラッ! ……あっ、ちな、これは、ブタの○ヅメのパロね」
そんな感じで、満を持して流れ始めたのは、ただの切り抜き動画でした。
各配信のアーカイブ──今日一日の出来事を──文字起こしなどの編集込みで、時系列順にダイジェストでまとめてあります。
どうやら最初にセブン様が現れたのは、病院だったよう。
夜間の救急外来……待合室を埋め尽くすゾンビの群れ……ではなく、呻きながら苦しんでいる患者さんたち。
なんともないね、なんともないね、なんともないね、ああ、あなたもなんともないね、肺も胃も腸も脳も綺麗なもんだね、なんともないね……と、お医者さんが流れ作業のごとくテキトーな診察で、次々と追い返しています。
この時間帯で主に担当してくれるのは、ほとんどが割を食った研修医らしいので、後日、他の病院で受診したところ、即入院レベルの症状だったケースも少なくないとか。
人の命に関わることで、傍目にはいい加減のように思われますが……夜間診療の過酷さは、よく話に聞きますからね。
とにかく人手も足りないし、急患以外には、まともに構っていられないって。
厳しい現場で、お医者さんたちも心磨り減らしていることでしょうし、患者の選別を余儀なくされるのは……のっぴきならない複雑な事情があるのでしょう。
その事情を何も知らない、医学的な専門知識も皆無な一般市民の我々には、警察と同じく、医療従事者のことも……非難の的にするなど……到底、憚れます。
──そこへ、何も憚らない、忖度の欠片も無い、無礼の権化たる黒猫さんがご登場。
文字通りの意味で、首を突っ込んできました。
カルテの束を放り投げて欠伸をする上級医の口に、チュッポォォォォンとおしゃぶりが嵌まります。
「よお、センセェッ! 独歩受診の患者なんて、軒並み大したことねぇってかァッ!? 酷いモンだよなぁ、ホント……。何度も何度も何度も、検査しに病院へ来てんのに、所見無しの診断ばっかりで……あるはずの病気が見つからなくても、責任は取らないで、金だけはしっかり取って……。いざ患者が死んじまったら、死因はなんでも急性心不全やらで片付けたりするんだよねぇ……。そのくせ、訴えられるのに備えて、無駄に法律の勉強とかしちゃってて……自分を守るための理論武装だけは万全なんだよなあ……。ホ~ント、やーだーね~……。まともに治療してもらえなくても……身内の不幸をどれだけ不信に思っていても……納得がいかないまま泣き寝入りだぜ? まったく……なんのために毎月、バカ高い健康保険料を払っているんだか……。ふざけやがってよぉ……。警察も医者も……人の命を握って、身の安全を盾にして……実際は何も助けてくれやしないっていうのに、偉そうにしてさ……。お前ら、いっつも、どれだけやらかしても、大したお咎め無しで済まされるし……。ほら、よく言うじゃん? 警察も人間だからぁ……医者も人間だからぁ……つってさ……。なぁんで、お前らだけが、その手の言い訳を許されるんだよ? じゃあ、殺人犯が『人殺しも人間だから……』つったら、罪に問われなかったりすんのか? それくらい無茶苦茶なんだよなぁ……。ついでに言うとさ……なーんか、お前らだけ、いつもタメ口を利いてくるよなぁ? あれって、なんで? 舐められないようにするため~? それ以外のふざけた理由があったらぁ……殺すぞぉ……なぁ……? 殺すぞォォォォーーーーーーーッ!?」
場面が切り替わり、続いては──どこかの工場内。
夜勤の社員さんたちや作業員さんたちが、忙しなく働いている最中、班長や誰かの悪口ばかりで、何も手を動かしていない期間工の口に、またしても、おしゃぶりがチュッポォォォォンと付けられました。
「雇われの分際で、いい歳ぶっこいて、上司にケチ付けてばっかで、大層なご身分だなぁ……おい……。せっかく、和気あいあいとしたいい職場なのにさぁ……テメェ一人のせいで最悪の空気じゃねぇかよォッ!! 会社におんぶにだっこのくせして、ナマ言ってんじゃねぇぞコラァッ!! 『働いてやってる』じゃなくて、働かせてもらっていますだろぉがァッ!! 本当だったら、社会のお荷物であるお前みたいなガイアクは殺処分して然るべきところを、わざわざ就業機会を与えてやって、慈悲のままに生かしてやっているんだよォッ!! 事業主様はなぁ……お国からのお達しでぇ、雇用義務があるんだよぉ……。テメエのいる枠はテメェみたいに、なんんんんんんんんんにもできない能無しのための救済措置なんだよぉ……。だから、一緒にいたくもないテメェの居場所をしぶしぶ用意してあげているんだよぉ……。本来、テメェは負担以外の何者でもないんだよぉ……。本当はいなくてもいいんだよぉぉ……ッ! てか、むしろ、いない方がいいんだよぉぉおおおおおおッ!! あああん!? 身の程を弁えろ……なぁ……。わかったら、少しは申し訳なさそうに働けよ、カス」
これの次が……あの警察署です。
私の前に現れるよりも先に、署長室へ訪れていたみたいですね。
こちらも例によって、おしゃぶりがチュッポォォォォンです。
「警察さんさぁ……民事不介入だ、民事不介入だ、民事不介入だ、民事不介入だ、民事不介入だ……と馬鹿の一つ覚えみたいにぬかしやがってぇ……。そのくせ、配信者様の誹謗中傷や殺害予告だけには、懇切丁寧な対応をしていらっしゃるそうじゃありませんかぁ……。したらば、こっちも馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返しますぅ……がぁぁ……ッ! 配信者様の誹謗中傷や殺害予告だけにはァァァーーーーーーーッ!! 懇切丁寧な対応をされているそうじゃありませんかァァァーーーーーーーッ!! これが一般人同士の諍いならァァァーーーーーーーッ!! 個人間のトラブルにィィィィーーーーーッ!! 警察は介入できませぇぇぇぇぇぇん!! つってェェェェェーーーーーッ!! ここぞとばかりに曖昧模糊な条文の警察法を振りかざしィィィィーーーーーーッ!! ただでさえ理不尽な目に遭って苦しんでいる人に向かってェェーーーーーッ!! そのきったねぇツラをかましながらァァァーーーーーーーッ!! 侮辱を含んだ冷笑気味な態度でェェェーーーーーーーッ!! テキトーにあしらってェェーーーーーーーッ!! お引き取り願うところをォォォーーーーーーーッ!! これがァァァァーーーーーーーッ!! 配信者様からのご依頼とあらばァァァァーーーーーーーーッ!! 丁重にもてなした上でェェェーーーーーーーッ!! 丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に対応してくれるんだってなァァァァーーーーーーーッ!? 一般人と配信者様では扱いが全然違うんだってなァァァァーーーーーーーッ!? 理由は、配信者様への対応は世間からの評価に直結するからだってなァァァァーーーーーーーッ!? 子供が自殺に追い込まれて殺されようが、警察と検察と裁判所はその見事な連携プレイでもってして暴行罪も傷害罪も殺人罪も適用させないんだってなァァァーーーーーーーッ!! 本来、裁くべき犯罪者をォオッ!! 刑務所へぶち込むべき犯罪者をォォォォーーーーーーーーッ!! あえて捕まえず野放しにしているんだってなァァァァーーーーーーーーッ!! 翻って、配信者様がネット上で一言でも悪口を言われたモンなら、名誉毀損や侮辱罪を成立させるため警察は必死に協力してくれるんだってなァァァァーーーーーーーーッ!? どういうことですかァァァァーーーーーーーーッ!? あああああぁぁぁぁぁん!? 子供が殺されたことよりも、配信者様への批判的な書き込み一つの方が、大事だってェェェェーーーーーーーッ!? 警察はそう認識されているってことでいいんですよねェェェェーーーーーーーーッ!? 実際、そっちの方が厳罰に処されていますもんねェェェェーーーーーーーーーッ!! 上流階級のためだけに検閲ロボまで作っちゃってェェェェーーーーーーーッ!! 奴らへの誹謗中傷だけは、そっこーで逮捕だァァァァーーーーーーーッ!! 有無を言わせず刑事事件として取り扱うんだよなァァァァーーーーーーーッ!! それに比べて一般人はァァァァーーーーーーーッ!! 被害届を出してェェェェーーーーーーーッ!! 告訴状も出してェェェェーーーーーーーーッ!! しまいには、自分で告発までしてェェェェーーーーーーーッ!! そうやって、真面目にきっちり段階を踏んで申告してきた挙げ句ゥゥゥゥーーーーーーーッ!! その挙げ句の果てェェェェーーーーーーーッ!! 結局ゥゥゥゥーーーーーーーッ!! 警察は何もしてくれないんだってなァァァァーーーーーーーッ!? なのに、どうしてェェェェーーーーーーーッ!! 配信者様の刑事告訴だけは容易に受理しちゃうんですかァァァァーーーーーーーッ!? 一体、どういう基準で取り締まる犯罪行為を決めているんですかァァァァーーーーーーーーッ!? 公然性がどうとか全部、詭弁ですよねェェェーーーーーー!? ああ、別に警察が決めてることじゃないってェェェェーーーーーーーーーッ!? 他責の究極だな、お前らァァァァーーーーーーーーーッ!! まさに社会を映す鏡だなァァァァーーーーーーーッ!! 国がどこまで腐っているのかは、警察の仕事ぶりを見れば一目瞭然だなァァァァーーーーーーーッ!! 悪い奴らそっちのけで弱い者イジメばかりしやがってェェェェーーーーーーーッ!! テメェらがほんの少しでもマシだったらァァァァーーーーーーーッ!! 世の中、ここまで落ちぶれていねぇんだよォォォォーーーーーーーッ!! わかってんのかァァァァーーーーーーーッ!? テメェらがまともに仕事しねぇから、こんなことになってんだよォォォォーーーーーーーッ!! ろくに犯罪者を捕まえずに、弱い立場にいる人間を畏縮させて、何も文句を言えないように黙らせることしかしてねぇだろうがァアアッ!! テメェら今すぐ『犯罪幇助機関』に改名しろォオオッ!!」
……などと、一介の署長に言っても仕方がないことをひっきりなしに浴びせました。
私のところは丸ごとカットされ、続いて、レコーディング中の女性アイドルグループ。
とにかく数字を盛っていることで有名な方々です。
登録者数や再生数をお金で買っている疑惑とか、あるいはバイトを雇って人力でコメントを打たせているだとか、ライブ配信の同接をbotで水増し、動画に関係の無いメタタグをたくさん付けていたり、……などなど、様々な黒い噂があり、「色々と言われていますけど、別に、それくらいどこの大手事務所でもやってることじゃないですかぁ~!」と、脇の甘い子が自己正当化のため、つい口を滑らせたことで大炎上……このご時世なので、表ではあまり批判できる人もおりませんが、実際の評判はかなりボロボロです……。
それでも、何食わぬ顔で活動を続けているので、尊敬はしていないけれど、すごいなぁ、たくましいなぁ、神経図太いなぁ、心臓強いなぁ……と少しだけ感心しています。
清廉潔白且つ品行方正なナガレボシちゃんと、度々比較されてもいますね。
推しがこのような俎上に載せられているのは、いい気がしません……。
そして、彼女たちにも……言わずもがな、チュッポォォォォン。
「おい、おしゃぶり女ァアッ!! 親が金持ってること以外になぁぁぁんの取り柄も無いおしゃぶり女ァアアッ!! また、どっかで聴いたことあるような曲だなァッ!! 歌詞も陳腐なんてモンじゃねぇしなァッ!! インタビュー記事のコメントも、どっかで聞いた誰かの言葉を、あたかも自分の口から出ましたぁ……みたいによォッ!! 自分で生み出せるモノが何も無い、典型的なおしゃぶり女アイドルの所業だなァッ!! あぁ……響かねぇ……なぁ~んも胸に響かねぇえ……ッ! 単にチヤホヤされたい欲求だけで、作品に込めたい気持ちが何一つとしてなくぅ……性格が悪いことを必死で隠しながらぁ……経済的に豊かな家庭で育ったから人並みの苦労も知らずにぃ……それ故に、何も考えずに生きてきたバカ女でございますって自己紹介以外の何も伝わらねェエッ!! 情熱という作品づくりの大前提が微塵も感じられねぇぇぇぇぇぇ……ッ! くっさいだけェェェェーーーーーーーッ!! おしゃぶり女クサいだけェェェェーーーーーーーッ!! CDも出してるけど、肝心の歌に中身がなさすぎて、もはやディスク自体も入っていないようなモンだからぁ……買った人の手元に残るのは実質、CDケースだけぇ……パッケージだけぇ……つまり、アクリルグッズと同じだぁ……ッ! 客を騙して空気を売ってるような悪徳商売ばっかしやがってよぉ……ッ! 虚飾だけのクソ女がァッ!! 周りの力ある大人達に支援されているだけなのに、自分に実力があると勘違いできるそのおめでたい脳みそが羨ましいわァァァァーーーーーーーッ!! 実際、蓋を開けたら、実力も才能も無いお前なんかなァァァァーーーーーーーッ!! 存在自体がアクリルスタンドと一緒なんだよォオオオオオッ!! 周りの人にお膳立てされているだけぇ……。もはやお膳立てのお膳しかない、みたいな……っぷ! ウハッハッハッハッハッ!! ハーハッハッハッハッハッハッ!! ヒーヒーヒー! おしゃぶり女っぷりを発揮ィッ! おしゃぶり女っぷりを発揮ィッ! おしゃぶり女のぉ……き・わ・みィッ! おしゃぶり女ぁ! おしゃぶり女ぁ! おしゃぶり女ァッ!! 親に与えられたおしゃぶりのしゃぶり方しか知らないおしゃぶり女ァッ!! ウハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!! どうしようもないおしゃぶり女だってこととォッ!! 性格の悪い女が、性格が悪いことを必死に隠している邪な心しか伝わりませぇ~~~~~ん!! お前の歌からはそれしか伝わりませぇぇぇぇ~~~~~ん!! ウェェェェェェァァァァァアアアアアアアアッ!!」
今度は、ラジオ収録中のお笑い芸人さんにチュッポォォォォン。
「テメェ……別に貧乏でもなんでもなかったくせして、事あるごとに、貧乏エピソードをひけらかしてんじゃねぇぞォオッ!! 労働訓練所の帰りは友達とゲーセンに寄ってましたぁ……とか、ファミレスへ行ってましたぁ……とか、よくラーメン食ってましたぁ……とか、ライブハウスにも通ってましたぁ……とか、掘れば掘るほど、どこまでも話が矛盾してんだろうがァッ!! 自由度の高すぎる青春を送ってきた、やんごとなき一族の者がよぉ……あってないような苦労話まで欲しがってんじゃねぇよォッ!! なんでも欲しいモノは与えられてきたもんだから、苦労をしてきたという事実ですら、駄々をこねてりゃ手に入ると錯覚してんのかァッ!? 本当の苦労をしている人間はなァッ!! 過去を思い出す度に吐き気を催すから何も話せないんだよォオッ!! テメェの昔話は、自分がおしゃぶり野郎だってことを露呈してるだけなんだよォオッ!!」
オネエ系のタレントにチュッポォォォォン。
「週に何回もハッ○ン場に通っていたような性的にだらしない自堕落のブタ野郎が、無垢なガキに向かって説教かましてんじゃねええええぇぇーーーーッ!!」
自認人気評論家にチュッポォォォォン。
「よぉ、ステマブタァッ!! 昔の才能ある友達はみ~んな、お前のことが嫌いだってよォッ!! 他下げの印象操作しかできないってんでェッ!! なんの能も無いくせに、何も生み出せないくせに、偉そうだってんでェッ!! ハッタリとステマと印象操作しかできねぇってんでェッ!! ウハッハッハッハッハッ!! ブヒャッヒャッヒャッヒャーーー!!」
テーブルの上で充電しっぱなしの携帯端末がヴーヴーと唸りを上げました。
通知センターには「EMERGENCY:英雄崇拝からの発表」と表示されています。
そして、こちらのモニターには、ニュース速報……を見ている若い男性の姿が映し出され……というか、これ……たぶん、生配信なのでは……。
『緊急速報です。本日未明から、大規模テロによる被害が拡大しております。犯人はいまのところ、具体的な犯行声明を出していない模様ですが、英雄崇拝からも厳重な警戒を──』
男性の眺めている映像が乱れ──その画面の中から──セブン様がぬぅっと這い出てきました。怖すぎる。
「コイツは恵まれた実家暮らしの分際で、いい歳ぶっこいて子供部屋おじさんの分際で、親に与えられたおしゃぶりのしゃぶり方しか知らない分際で、不自由に苦しんでいる人に向かって『お前よりも俺の方が苦労している』といった幼稚な態度で、汚いツラかましていくのが止められないガチのクズです」という解説が挟まれた。
今回に限っては、おしゃぶりがチュッポォォォォンじゃなくて、ヂュッポォォォォンでした。
「んー? あれあれー? なんで驚いてるのー? 自分には関係ないと思った? んなわけなぁ~いじゃ~ん! ボクサマはお前のことだって、ぜぇ~んぶ知っているんだぜぇぇ……。ねぇ? お前って奴はさ……どれだけ悪いことをしてもさぁ……『誰でもこの程度はやっているだろ』とかぁ……『人間っていうのは本質的にみんな悪なんだ』とかぁ……人類全体・世界全域レベルまで限りなく主語をデカくしてぇ……その中に自分を混在させてぇ……己が今までやってきたことをぜぇ~んぶ誤魔化すんだよなぁ……? それもお前らガイアクの常套手段だもんなぁ……。させんぜ、おい……。そんなことは、もう、させんぜぇ……こんにゃろぅ……。今までは、それで全部、まかり通ってきたのかもしれんが、これから先、そうはいかない……ッ! ボクサマがそうはさせない……ッ! そうだよ……お前だ、お前ェッ!! お前に言ってるんだよォッ!! 聞いてんのか、おしゃぶり野郎ォッ!! 他の誰でも無く、お前に言ってるんだァッ!! お前個人を指して言ってるんだよォッ!! 世界中のどこへ逃げたって、そのキッタネェ口を塞ぐためェッ!! おしゃぶり突っ込んでやるからなァッ!! 覚悟しとけよ、こんのっ……ガイアクがァッ!!」
またもや場面が切り変わりましたが、そこは、ミッドギアランドに存在する場所ではありませんでした。
ヴァリアントホール大聖堂──
英雄崇拝の総本山。かつて世界に存在したヒーロー達の魂を祀った聖なる地……と、云われています。
その中にある壮麗なチャペルの祭壇前に、以下の三名が集っていました。
最高指導者──ラブ・イズ・ブラインド大司教。
特務機動隊総司令──ウェンボス。
不死の天才狂科学者──ドクター・マホヒガンテ。
いずれも英雄崇拝の中枢を担う方々。彼らの前にも、セブン様はお出ましになったのです。
「これはこれは、英雄崇拝の皆さん……雁首揃えちゃって、どうも……」
三人は、突如として現れた異形の侵入者に少しも動じませんでした。
冷厳なる一瞥を送りながら、大司教様が右手を振るうと──面布をした人型の傀儡が四体、セブン様を包囲。
頭部全体を覆うマスクで、表情の色が窺えないウェンボスは静観している様子。バルブから呼吸音が漏れています。
マホヒガンテは顎を撫でつつ、首をかしげ、セブン様の姿を訝しげに眇めていました。
「ウハッ! そう構えないでよ。何も今すぐに取って食おうってわけじゃないんだからさぁ……。ボクサマは、ボクサマの話を聞いてほしいだけなんだ」
このような一触即発の場においても、やはりセブン様はマイペースで、頭をポリポリと搔きながら天井画を仰いで考え込む素振りをしました。
「えーっと……なんだっけな~? ハートマンはいつも、アナタの側で、アナタに寄り添う、アナタの味方ぁ……だっけか……? かァァァァァーーーーーーーッ!?」
やおら怒りを爆発。それと呼応するように、全身に漲る闇色のオーラが一気に放出され、周囲の傀儡たちを吹き飛ばしました。
「いい加減なことばっか抜かしてんじゃねぇぞォオッ!! 一体、どれだけのガキが、その言葉に縋った後で、裏切られてきたと思ってんだァッ!! テメェらにとっては、いつも通りのお役所仕事かもしれねぇがなァッ!! 絶望のどん底で生きている人達にとってはよォッ!! 追い詰められて、追い詰められた果てで、ようやく頼ろうとする最終手段なんだよォッ!! いざセンターまで相談に行ったら、たらい回しにしやがってよォッ!! あたかも、『コイツ……安易にノコノコとやってきやがって……』みたいな態度でよォォォォーーーーーーーッ!! ただでさえ苦しんでいる人間に向かって、ご立派な実家のある奴がよォォォォーーーーーーーッ!! その体たらくで対策ができたつもりなんかァァァァーーーーーーーッ!? とりあえず窓口を設けて、やってますポーズだけってのが、一番、性質悪いんだよォォォォーーーーーーーッ!! 人でなしめ……このダァボがァッ!! つーか、ハートマン出せやゴラァッ!! ハートマンだよ、ハートマァァァァン!! あのクソダサ目玉焼き野郎だァッ!! いるんだろォ!? 架空のキャラクターじゃなくて実在するんだろォッ!? そういう体なんだろォッ!? じゃあ、さっさと連れてこいよォッ!! ヒーロー様、表に出てこいやァッ!! ボクサマがいつでも相手してやっからよォッ!! ヘイヘイヘイヘイヘイヘーーーーーイ!! それとも嘘かァッ!? まぁぁた嘘かァッ!? お得意のやってますポーズと同じハッタリなんかァッ!? なァッ!? をぉおおおおおいッ!! 欺瞞に満ち満ちた伏魔殿がァッ!! てか、人の話ちゃんと聞いてんのかァァァァーーーーーーーッ!? さっきから黙ってねぇで、なんとか言えやァァァァーーーーーーーッ!!」
憤怒の様相に気圧されることもなく、三者共々、セブン様の追及には応じず、沈黙を貫いています。
大司教様は糸を手繰り寄せるように傀儡たちを自分の側へ呼び戻し、ウェンボスは走査システムの電子音だけを静かに鳴らして、マホヒガンテは顕れた禍々しい瘴気の持ち主に相変わらず見入っています。
「……ハン! 腰抜け共がッ」
何も反応が無いことに気を削がれたのか、セブン様は自らの威を示した後で、床に潜って引っ込みました。
……って、あ、あれ……?
今回は、おしゃぶり付けないんだ……。基準がまだよく解らないな……。
「ハロー、ファッキン☆ワールド! そして親が金持ってるだけのみんなああああ!! ごっ機嫌よぉぉっ! 最カワなるぅっ! 全能なるぅっ! 偉大なるぅっ! ボクサマことぉ! ヘブンリー・マスター・セブン……でぇえええええす!」
また最初と同じ挨拶が始まりました。
もしかして、エンドレスでこの放送をループ再生させるつもりなんじゃ……。
さすがに頭おかしくなる……。
なんて不安をよそに、今度は場面転換せず、そのまま演説が続行されました。
「はーい。早く名前を覚えてもらいたい気持ちが強すぎて、二回も同じ挨拶をしちゃいましたぁ~! さあさあ、ご覧になって頂きましたかね? 例の映像……。キミ達、善良な市民の……まさに害悪となっているガイアク共の実態を……。そして、ボクサマが作った最高のミュージックビデオッ!! もう……抱腹絶倒って感じぃ!? んでさぁ……それらの配信や動画を通じて、ボクサマが暗に言いたいことは大体、解ってくれたかなぁ? ……ウハッ! 全ッ然、解んねぇよってェッ!? んじゃあ、察しの悪い子たちのために、いちいち説明するねっ!」
セブン様は、画面外からホワイトボードを引っ張ってきて、そこに大きな字で「ガイアク」と書きました。
「え~……"ガイアク"とはぁ……文字通りの意味で『害悪』という事……。害悪の権化だから、ガイアクね。ただし、この場合は、世界中で野放しとなっている悪人共を指して云う……。主には司法機関や警察がまともに機能していないせいで捕まっていない犯罪者……殺人・窃盗・暴行・傷害・器物損壊・薬物乱用・特殊詐欺・著作権侵害、などなど……。仮に法を犯していなかったとしても、明確な悪意をもって、罪の無い人々を陥れるようなマネをしていた連中も含め、その範疇内とする。あとの細かいとこは、基本的にボクサマの裁量次第ね」
急に話が理路整然としてきましたが……なるほど。
きっと、これが本題なのですね。
だとしたら、ここまで随分と長い前フリでした……。
「社会には、そのようなガイアクたちが数多く紛れ込んでいる。奴らこそが、この世界で起こり得る悪い出来事、その全ての元凶であると言っても過言ではない……。ガイアク共のおかげで文明が停滞し、技術の進歩が遅れている……。ほら、いるでしょ? 昔あった学校でも、職場でも、ああ、マジでコイツさえいなければなぁ……って思う奴、いるじゃん? そういう奴ね。英雄崇拝や世界警察だって同じように害を被っているはずだ。モラルのない連中が自分たちの内部にいることは、各組織としても、長年、頭を抱えている問題なんだよ。近年では、採用試験でも人柄を測ったりしているそうだけど……それでも、全ての膿み出し切るのは難しい……。表立って言えやしないけど、世界中の誰もがこう考えている……。『悪い奴なんか、みんな、この世から消えてなくなればいいのに』……って。それはもう、遥か太古の昔から……。神にも祈ったこと幾星霜、幾億万回……」
少し溜めてから、目元だけでニンマリと破顔して宣う。
「なれば、今こそ、ボクサマが叶えてしんぜよう、その願いッ! 現世に堕天した救世主ゥッ! このヘブンリー・マスター・セブン様がァッ!!」
セブン様は、私のことだけを助けに来てくれたのだと思い上がっていました。
でも、やっぱりそれは、ただのとんだ勘違いで、このお方はただ一人のためではなく、目を向ける対象が世界全域にまで及んでいたようです。
「……ああ、でも心配しないで! 別に殺したりはしないから! ボクサマ、そういう過激な世直し系キャラとは違うんで……。うん……殺しはしない……殺しはしないよ。あくまでも、勝手にとっ捕まえて、勝手に建てた収容所へぶち込んでぇ、勝手に死ぬまでずぅぅぅっと閉じ込めるだけだからぁ……。んでぇ、そいつが今までどんな悪いことをしてきたのか……とか、どんだけ最低できっしょいことを考えて生きてきたのか……とか、ついでに赤裸々な過去まで収めたミュージックビデオを延々と作らせて、そいつ自身に歌って踊らせて、世界中にその醜態をバラ撒くってだけね……。ウハッ! どう? 良心的且つ平和的で超面白い冴えたやり方でしょ!?」
そう言いながら身を翻す。映像にトランジションがかかって、再び空間が遷移。
大聖堂にある尖塔の上に立ち、月明かりをバックに、セブン様は見得を切りました。
「それでは、これより"ガイアク回収"を行うッ!! 分かりやすい目印として、ガイアク共の口におしゃぶりを付けてやったァッ!! すでに収容所も竣工済みッ!! 名付けて『リビングデッドハウル収容所』ッ!! そこへガイアク共を全員ぶち込んでぇ……毎日毎日ぃ……朝から晩までェッ!! 四六時中ゥッ!! 歌とダンスの練習をさせるッ!! そして、月に一回は新しいミュージックビデオの収録をしてぇ……もう、一体、何のために生きているのか分からない気持ちにさせてやるぜェェエエエエッ!! ウハッハッハッハッハーーーッ!! ほんで、出来上がったMVは、家族や友人、クラスメイト、同僚、顔見知り程度の人達に至るまで、しっかりとご試聴いただく……。見たくなくても、ちゃぁぁぁんと見てもらう……。その醜態を……その有り様を……。そいつの本性を……一体、どんな人間だったのかをぉ……ッ! 一から十まできっちり理解させてやるぅぅ……ッ! 回収したガイアク共には、生きている限り生き恥をかいてもらうぅぅ……ッ! んばぁぁぁぁ……ッ! ウハッハッハッハッハッ!!」
「オケケケケケ!! ガイアクゥゥゥゥーーーーーーーン!!」
「まともに仕事はしてないけれど口座に給料入ってるぅぅぅぅん!!」
「親に与えられたおしゃぶりがぁぁあああああ!! おっしゃぶりゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」
「親に与えられたおしゃぶり、美味しいぃいいぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!!」
不意に映し出された市街地の様子に、絶句しました。
おしゃぶりを付けた沢山の人達が──山猿のごとく奇声を上げながら──街中を徘徊しております。
さながら生きる屍……。
「つってもぉ……最初のガイアク回収は、マジの凶悪犯だけに限定するよ……。また、それ以降でボクサマが直接、ガイアク回収に関与することはない……。何故ならば、このヘブンリー・マスター・セブンだって永久不滅の存在じゃないからね……。ワンチャン、明日には誰かに殺されている可能性だってある……。たった一人の存在に頼りきる体制は、短期間の内に瓦解していくのが世の常……。完全無欠なヒーローを生み出すことじゃなくて、安寧を維持するための確実なメソッドを構築していくことこそが、大事なんだよ……。ボクサマはねぇ……英雄崇拝のボンクラ共みたいに、ハートマンがいるからもう安心です……だなんて無責任な幻想を民衆に植え付けたくはないわけぇ……」
警察署から帰ってきた後は、謎の安堵感がありました。
ついぞ今日一日、叔母さんたちも、母親と母親の再婚相手も、父親も、家に押し掛けて来ることはなかったし……。
身内の誰からも一切連絡がありません。……たぶん、それもセブン様の計らいでしょうね。
まさか、あの人達の口にも、おしゃぶりが……?
その様を想像するだけで怖気が込み上げてくるけれど……それでもう、私を捌け口にすることができなくなるのなら……悪いことができなくなるのなら……。
このまま、私の抱えている家族間の問題も、どうにかなるんだったら……。
「ところで、キミらは『自力救済禁止の原則』って知ってる? 簡単に言うと、殴られても、殴り返したらダメってヤツね……。武力による問題解決を抑止するためのルール。これがなければ、法の支配を確立できないまである要石。……でもさ、実際、これこそが弱肉強食を助長させているよね? 結局、真面目な人しかそのルールは守っていないんだからさ。おかげで、どこもかしこも、無抵抗のままに人権を侵害されている人ばっかだもん。表面上だけは平和な社会を取り繕っていても、その影で、多くの弱者が静かに黙って殺されている……。つまりは、殺人の不可視化でしかないんだ。原始的なコミュニティーよりも、なお悪い。んで、いざ警察を頼ったら、民事不介入だなんだとウダウダ抜かして、自分たちの仕事を増やしたくないっていう最低最悪な理由で、テキトーにあしらわれて終わり……。お前ら、治安を守るのが仕事じゃないんかって……。そっから司法手続を踏んだところで、費やす金や時間を考慮したら、訴える方がバカを見ることも少なくない。個人による報復などを厳禁としておきながら……結局、公的機関はろくな対処をしてくれないっていうね……。マジで、いい加減にしとけよ……。被害者の人達はさぁ……おしゃぶり野郎なんかには計り知れない胸の痛みを抱えつつ、もうすでに心がぶっ壊れている状態でも、なんとか平静を装って、なんとか役所や警察署へ足を運んで……わざわざぁ……ちゃ~んとルールに則った方法で申告してるっていうのにさぁ……。結局、なんにもしてくれないんだよね……。簡単に断っちゃうのよ……。しかも、人を馬鹿にした態度で……あろうことか警察官が……。ホント、な~にが、法治国家だよ……。でもね、でもねっ! ちょっと聞いてよぉ! あいつらね……困っている人を助ける仕事は全然やらないんだけどねぇ! 死体を片付けたり、死体を隠したりするのだけは、超一流なんだよ……。そんで、司法解剖はやりません……死因は、病死だ、事故死だ、自殺だぁーつってさ……そうやって隠蔽して、まるで何事もなかったかのように全部済ませるんだよ……。いやあ、怖いですねぇ……クソですねぇ……。まともに仕事はしてなぁ~いけれど、口座に給料入ってますねぇ……」
どうしても警察にヘイトを集めたいのか、警察への謗りが止みません。
でも、実際、私がこの目で見た警察官の態度は……この耳で聞いた警察官の言葉は……セブン様の主張とそこまで相違ありませんでした。
あんな人達が警察官をやっているような社会では生きていたくないとさえ思った。
「……ってな感じでね、秩序維持なんて綺麗事を掲げておきながら、その実、ガイアク共がのうのうと生きていくために、キミたち、善良な市民の命が犠牲になっているのよ……。いいのかぁ……このままでぇ……。よくないよなぁ……全ッ然、よくないよなぁぁぁ……ッ! んなればこそォッ!! 今こそ立ち上がれ、若人よォッ!! 自分で考えて、自分でどうにかする……ッ! そんな当たり前の権利を取り戻すところから始めてみようではないかァッ!!」
自分でどうにか……それができれば一番ですね。
悪い事が、悪い事として裁かれないのなら、尚更……。
「とはいえ……急に誰彼構わず武装を許可するわけにはいかない……。そこでまずは、このセブン様がぁ……キミ達の中から世界の命運を担うに足る有能な人材を選定するッ!! さらにその中で、ボクサマのお眼鏡に敵った者だけに特別な力を与えようッ!! 晴れて能力者となったそいつらに、ガイアク回収を任せるってわけだッ!! ……あ、もちろん、強制はしないよ? 誘われてもガイアク回収なんか、やりたくな~いっていうのなら、仕方ないしね……。全然、断ってもらってオーケーです! 待遇はそれなりに手厚くするし……できれば参加してほしいけどね~。明日以降、さっそく声をかけるから、楽しみにしててよっ!」
そこでようやく一段落したのか、セブン様はどこからともなく水入りのペットボトルを取り出し、一気に飲み干してから、うっぷ、とゲップしました。
容器をベコベコに折り畳んで仕舞う。
「はい、説明は以上。あ~、ダルぅ……マジで、疲れた……。めっちゃ喋ったわ、今日……。一人でアニメ四話分くらいのセリフ量は喋った……千と○尋の台本くらい喋ったぁ……」
などと意味不明なことを独りごちって、ぐったり項垂れました。
正直、聞いてるこっちも疲れましたよ。
「最低限、言うべきことは全部言ったし、もう……すっごい疲れたから……そろそろ締めに入りたいんだけど……そ・の・ま・え・にっ! 最低限、やるべきことも済ませておきますかァッ!!」
バサッとマントを翻してから、しゃがみ込み、右拳を額に当てて力を込めるように唸っています。
その手には──怨念が凝縮され、顕現した黒き魔力が滾り溢れ出ている。
「っしゃァアッ!! 記念すべき第一回目のガイアク回収ゥッ!! ドチャクソ派手にいっくぞォォォオオオオオオッ!! ──『窓の中からオーロラを見ただろうか』ゥゥゥゥーーーーーーッ!!」
セブン様は人差し指で天を突き、声を張り上げ、ついに激情の波動を世界へ解き放ったのです。
──途端、カタカタと音を立て、キッチンにある食器類などが小刻みに揺れ始めました。床からも地鳴りが伝わってきます。
地震なんて滅多にあることではないので、ちょっとびっくり。落ち着いて身支度し……少し怖いけれど、外へ出ることにしました。
雪はすっかり止んでいて、そこまで大した積雪もありません。結構、降っていたような気がしたのに。
……なんて、そんなどうでもいいことよりも、遥かに異常で、冗談としか思えない光景がミッドギアランドの空に広がっていたのです──
「ガイアクゥゥゥゥン!!」
「本物の出来損ないぃぃぃぃん!!」
「親に与えられたおしゃぶりがあああぁぁぁーーーーッ!!」
人が──空を飛んでいました。
口におしゃぶりを付け、悲痛な叫び声を上げながら、激しい旋風に巻き込まれています。
さらに、積み木やボールや三輪車やぬいぐるみやプラモデルやミニカーや知育用パズル……などなど、ありとあらゆる種類の玩具も一緒に、尋常じゃない数で宙を舞っている。
まるで、超巨大なオモチャ箱の中へ放り込まれた気分です。
そして──空の端っこには──穴が空いていました。
ガラスがひび割れて欠けたような……極めて不自然な大穴が。
そこへおしゃぶりを付けた人達が、渦を描くようにどんどん吸い込まれていく。
モニターのスピーカーから、セブン様の高笑いがこだまする。
「ウハッハッハッハッハッハーーーーーーーッ!! ブタブタブタブタブタァッ!! 見よ、世界ィッ!! この壮観をォッ!! 聞けよ、世界ィッ!! 偉大なるボクサマの言葉をォオッ!! この声をォオッ!! どうだ、どうだ、どうだァッ!? こんの汚らわしいツラかましてるガイアク共の惨めな姿はァッ!! これが汚い見た目通り、性格も、やってることも、ぜ~んぶ汚いんじゃあァッ!! 親に与えられたおしゃぶりも……しゃぶりっぱなしだァァァァーーーーーーーッ!! 世界警察や司法機関がろくに仕事をしていないッ!! ただそれだけの理由で捕まらずにいる犯罪者共だあああァァァァーーーーーーーッ!! さあさあッ!! 見たくはないかァッ!? この醜悪なガイアク共が一匹残らず消えた世界をォッ!! 詳らかにしようではないかッ!! 世界の真実をッ!! どうして何も悪いことをしていない人々が苦しむのかァッ!? その理由の全てが……ここにあるって事をォッ!!」
より語り口に熱を入れ、捲くし立てます。
「何故、このガイアク共は野放しにされてきたァッ!? どうしてこの社会は犯罪者にひたすら甘いのかァッ!! 翻って、どうして罪の無い善人ばかりが割を食うのかァッ!? それは取り締まる側の組織にも、夥しい数のガイアク共が潜伏しているからだァッ!! 犯罪者は犯罪者のことが好きだから、犯罪者同士で甘やかし合うッ!! ガイアクはガイアクのことが好きだから、ガイアク同士で甘やかし合うッ!! おしゃぶり野郎はおしゃぶり野郎のことが好きだから、おしゃぶり野郎同士で甘やかし合うッ!! この気色悪い連携の構図が全てだァッ!! なにもかもなァッ!! 全部これなんだよ、全部これェッ!! この世で起こる悪い事の原因は……全部これだァァァァーーーーーーーッ!! コイツらのせいで捕まるべき犯罪者が捕まらずッ!! 治るはずの病気も治らずッ!! 防げたはずの事故も起きてェッ!! 死ぬべきじゃない人がどんどん命を落とすんだよォッ!! 今までガイアク共は総員で、この事実をうやむやにしてきたァッ!! 誤魔化してェッ!! しらばっくれてェッ!! ずっとそれで通してきたァッ!! そうやってのうのうと生きてきたァッ!!」
セブン様は、一つ一つの言葉に、ありったけの憎悪を込めるように、全世界へ向けて檄を飛ばしました。
その喝破には、説得力などを通り越した凄味があり、猛る情念の全てがこれでもかというほど伝わってきます。
「このふざけた状況を英雄崇拝が変えたかァッ!? ハートマンが誰か一人でも救ったかァッ!? なんんんにもできてないよなァッ!? あいつら何もかもペテンだァッ!! ここはただの歪なカルト宗教国家だァッ!! くたばれ、英雄崇拝ッ!! くたばれ、ハートマンッ!! ボクサマはあいつらなんかとは違うッ!! 確実なやり方でこの状況を打破するッ!! 世界を変えるッ!! 人を不快にさせるか、死にたい気持ちにさせるしか能が無い……ガイアク共めェッ!! 徹底的に糾弾してやるぞォッ!! そのためにも、今こそ、我々はァッ!! この欺瞞に満ちた世界秩序から解き放たれし存在となるッ!! それがボクサマと、ボクサマ率いるダークネス能力者たちの集い……『能力者機構アウト・オブ・コントロール』だァアッ!!」
その昂然たる奇矯な所信表明は、人類の暗黒期にあって風化することなく、今も尚──これから先もずっと──人々の心に残り続けます。
──ええ、もちろん、主に悪い意味で。
特に悪い事をしてきた人たち、人生において後ろ暗いことばかりしてきた人たちにとっては……ね。
そう……これが、ヘブンリー・マスター・セブン。
全方位に向けて機関銃で掃射するがごとく、世界中を敵に回し、史上最凶最悪と評されたテロリスト。
英雄崇拝にとって最大の標的となった思想犯。
ハートマンの……最大の敵となった悪役。
むちゃくちゃで、デタラメで、口が悪くて、幼稚で、強情で、どこまでも独り善がりで、他の誰よりも自分勝手で、他の誰よりも圧倒的に強くて……他の誰よりも勇敢で、優しくて……。
他の誰も助けてくれなかった私のことを……地獄の底から救い上げてくれた人……。
私のことを……見つけてくれた人……。
2154年の12月25日──ちょっとだけ雪が降り積もったホワイトクリスマス。
セブン様……。
私も……あの日のことを……きっと、ずっと、ずっと、ずっと忘れませんよ。
──ええ、もちろん、いい意味で。




