第10話 グロリアスレボリューション
早朝。
けたたましいアラーム音が狭い部屋中に響きわたった。
私は全身をビクリと震わせ、寝ぼけ眼で携帯端末を確認します。
時刻は七時三十五分――ああ、もう、いい加減に起きなきゃ。
画面をスライドして、スヌーズごと目覚まし機能を切り、おもむろに背中を起こし、目を擦りながら大きく伸びをした。
昨夜は、好きなタイトルの各ゲーム実況配信を漁っていて夜更かし。その前日は、アニメの同時視聴を……。
おかげで寝不足……つまりは、自業自得……。
大昔の名作も含め、秘匿情報の数々が、世界規模のテロに伴う大規模なサイバーテロにより解禁されました。
色々とコンテンツを楽しめるようになったのはとても嬉しいことだけれど、時間が足りないのが玉に瑕です。
「おはよう、ハートマン」
枕元に置いてあるハートマンのぬいぐるみに朝の挨拶をし、
「おはようございます……セブン様」
ヘッドボードの上に鎮座しているセブン様のぬいぐるみにも微笑みかける。
驚く事なかれ。なんと、これは市販品です。
しかも、そこそこの売れ筋商品だそうな。
あのお方に救われた者は決して少なくないでしょうし、一定数の人気があるのは当然でしょうね。
……何を隠そう、この私も。
ヘブンリー・マスター・セブンが起こしたあの超大規模テロ――おしゃぶり強制装着事件と最初のガイアク回収から二年以上が経ちました。
たったそれだけの年月ですが、世相は大きく様変わり。
そして、現在の私はというと、おかげさまで平凡且つ幸せな毎日を送っております。
とりあえず幼少期の時分に囚われていた柵からは解放された次第でありまして……あの……えっと……具体的に何がどうなったのかは……まあ、大体、お察し頂けることかと思われますので……あまり多くは語りません。
だって……嫌いな奴らが、ああなってぇ~、こうなってぇ~、どちゃくそ痛い目見てぇ~、いい気味だ、うっひゃっひゃっひゃ~……などと愉快にご機嫌におもしろおかしく言いふらすだなんて、超絶感じ悪いじゃないですか。
だから自重しておきます。
ていうか、ツラい過去まで思い出して、いちいち落ち込みますし。
あの人達のことは……あんまり考えたくないです。
もう考えなくてもいいようになったんです。
「♪フーンフフン フ-ン 子供部屋ぁ~ おーばさーんなーのにぃ~ しらばっくれてぇ~ いーきているぅ~ 誰より時間もあってぇ~ 余裕もあってぇ~ あらゆる環境ぉ~ 恵まれていてぇ~ 積み上げたモノは~ そ~の程度ぉ~ ハッタリ以外のな~にもない~ 性格悪いのぜ~んぶ顔に出ているぞっ 出ているぞっ 出ているぞっ ブサイクすーぎてぇ かーわいっそぉ~ 心と同じぃ 醜さだぁ~ 心と同じぃ 醜さだぁ~ 心と同じぃ 醜さだぁ~」
少しだけ憂鬱になった気持ちを誤魔化すように、鼻歌交じりに朝の支度を始めます。
ちなみにこの唄は例のMVの一つにある曲ですが……身も蓋もない最低の歌詞ですね。とんでもないディスソング。
だけど、さすがに何度も繰り返し聴いていると、良し悪しに関わらず、ついつい口ずさんでしまいます。
それだけですよ。他意はありません。
洗面所代わりに使っている台所へ向かい、しゃこしゃこと歯を磨き、顔を洗った後で化粧水を肌になじませるように三度塗り、ヘアブラシとドライヤーで髪をセット。
着替えながらパウチゼリーで簡単に朝食を済ませ、早々に部屋を出る。
エントランスまで降りた後……ふと、しっかり鍵をかけたか不安になったので、また戻ってドアガチャで施錠を確認しました。これだけでも結構なタイムロスですが、今日は別に仕事じゃないし、まだ全然、時間的には余裕があります。
「♪フフ フン フフン ごはんづくしで 選べないのですっ あればあるだけ 何を食べるか 選べないのですっ はぁ~ ねこ困ったさん いぬ迷ったくん ねこ困ったさん いぬ迷ったくん」
地下鉄駅までの道すがら、人気が無いのを見計らって、作詞作曲・私による謎歌を披露しつつ、スキップするような軽い足取りで向かっていると――
「くわぁっ!?」
「おっと」
勢いのまま曲がり角で、人とぶつかりました。
普通に事故です。
「悪いな。怪我しなかったか?」
と、謝罪されましたが、どう考えても私の方に否があることは自明の理。
なので、咄嗟に抱きかかえられても――突き放すなどの抵抗ができません。
相手は男性の方でした。
長身の逞しい体躯で、燃えるように逆立つ赤髪……ぱっと見、かなりビジュが濃すぎて怖かったのですが、至近距離からの真っ直ぐな眼差しに、まるで心が射貫かれたかのような……そこで時が止まったかのような感覚で……。
(えぇぇぇ……ちょっとぉぉぉ……こんなんベタすぎやしませんかぁ……?)
ついでに、さながらお姫様だっこの体勢でございましたから、顔から火が出るような恥ずかしさも相まって、私の脳は認識のキャパを超え、そうなってしまった以上は、思考停止を余儀なくされるわけでありまして――
「おい、本当に大丈夫か?」
ぽぉっと呆けていると、肩を揺さぶって呼びかけられました。
すかさず身を起こして自立し、彼から赤の他人同士としての適切な距離を取ります。
「あ、はいぃ……! こ、こちらこそ、すみませんっていうか! 完全にこちらの不注意で、10:0で私の過失でしてぇ! あ、あなたこそ大丈夫ですか!?」
「おう! こっちは全然平気だ! なんか上機嫌に歌ってたみたいだけどよ、気ぃ付けろな!」
「ご、ごめんなさい……へ、へへっ……」
ああ、口ずさんでいたことまでバレていましたか。しまいには、キモい苦笑いまで添えちゃって。
はーっ、消えたい。
てか、ヤバい……なんだか身体が火照ってしょうがない。
羞恥心の火がさらに加熱したのか、冗談抜きで体温が急上昇しています。若干、頭がフワフワとしてきました。
衝突時に脳震盪を起こしたとか、実は風邪気味で具合が悪いだとか、そういう訳ではなく、むしろ気分は高揚している。胸が熱くなって高鳴る。
名状しがたい――不思議な温かさ。
これ……あれか。『あれ』だけで伝わる例のあれですか。
いいえ、違います。断じて違います。さすがにそこまで単純ではないはず。
ペコペコと頭を二回下げ、私はすぐにその場から立ち去ろうとしました。
自分でぶつかっておきながら早足で逃げるのは失礼だし、気を付けろと注意されたばかりでもありますから、先程よりかは歩調を緩めつつ。
だけど……どうやら赤髪の彼も進む方向が同じだったみたいで、気まずいことこの上ない。
せめて紅潮した顔を悟られないようにしなければ……。
くぅ~……なんか、無性にドキドキするなぁ……。
やっぱりイケメンに当てられ、内心、舞い上がっているのでしょうかね。
「おっ、それハートマンか?」
背後を歩く彼から声をかけられ、肩越しに顧みます。リュックにぶら下げたハートマンのぬいを指していました。
「え、あ、まぁ……見ての通り……」
「好きなのか、ハートマン!?」
「は、はい……や、まあ、でも、昔よりは熱入れてないですけど……今は惰性で見てる程度というか……」
「オレも好きだぜ! ハートマン!」
はあ……そうですか……。
だから、なんなんだとしか言いようがありません。
てか、ハートマンは、みんな大好きだし……。国を挙げてやっている一大コンテンツだし…。
いや、今はそうでもないか……?
なんて、子供みたいに無邪気な笑顔を向けられてしまったら、冷たい言葉では返せませんが。
そこから、彼は一方的にハートマンの話をしてきました。……なんと、同じ電車に乗って、同じ駅に降りるまで……。
んだぁ……コイツぅ……。
しかも、ハートマンについて、私とは解釈違いのポイントが多すぎるし……。
やれ、あの回の激しいバトルがどうだの、繰り出した技が最強だの。
そんな幼稚すぎる着眼点……今時、子供でも持たないよ。
とはいえ、初対面の相手とガチ議論する気には到底なれませんし、衝突事故を起こした手前もありますので……あ~、へ~、そうですか~、なるほど~、という生返事で応じるのみ。
それよりも、ホント……やたらグイグイときますねぇ。
もしかして、この陰キャ女はチョロそうだと思ったのでしょうか。……たまにいますよね、そういう輩。
一応、警戒はしておきましょうか。ワンチャン、当たり屋の可能性もあるし。
「もしかして、お前も今からコア・セレモニーか?」
「あ、えっと、はい……。そうですけど……」
「へぇ、つーことはもうしっかり働く気なんだな。そら大変だ」
「やあ……別に大変とか、そんなことは……。普通に生活していくためだし……そこに犬が居たら“ワン”と鳴く事くらい当たり前のことです……」
「……ん? どういうことだ?」
「と、とにかく……昔に比べたら全然、幸せな暮らしですね……」
「そっか。じゃあ、よかったな!」
「……うん」
まあ、ちょっと強引なところもありそうですが、思っていたよりも怖くはないし、悪い人でもなさそうですね。
やはり私って存外チョロいのかもしれません。
「俺はアロアル! 一昨日くらいから、あの辺で暮らし始めたんだ!」
「私はエコー。ミズエリアには……うん……もう、二年経つんだ……。住みやすくて、とってもいいところですよ」
「そっか! なら、良かっ──」
「実家が太い実家暮らしの分際でぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ!! 恵まれた環境でぬくぬくと育ってきた甘やかされお坊ちゃまの分際でぇぇぇぇーーーーーーっ!! ただでさえ家庭の問題やらでずっと苦しんでいる人へ向かって汚いツラかましてきたおしゃぶり野郎ダアアアアアアーーーーーーーッシュ!!」
後方から小柄な男が全力疾走で私たちの横を通り過ぎていきました。
なんの前触れもなく現れたので、びっくり。……今となっては、珍しくもないことですが。
数メートル先で躓き、たたらを踏んで立ち止まると、その場でリズム良く腰を振って踊り始めました。
口には――おしゃぶりが付いています。
「子供部屋ぁ!! おしゃぶりおじさぁ~ん!! 金も家も服も靴も髪も食事も洗濯も掃除も、全部、親任せぇぇぇぇーーーーーーーっ!! 生まれてこの方ぁ!! 子供部屋ぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!! 快適な子供部屋でぇ!! 毎日PCの前に座ってぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!! ガキの頃からずっと蜂蜜漬けみたいな人生を送ってきたおしゃぶりおじさぁ~ん!! 実家に寄生っ!! 実家に寄生っ!! 実家に寄生っ!! 子供部屋でぇっ!! 時間があってぇっ!! 余裕もあってぇっ!! 苦労も努力もしていませええええええん!! 積み上げたモノは何もありませぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーん!! 遊んで食っちゃ寝、糞出すだけぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!! おっしゃぶりゃぁぁぁぁああああああああーーーーーーーっ!! おしゃぶり生活やめらんねぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!! 子供部屋で汚いツラかましてくのやめらんねぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!! 他の人達が酷い環境で苦しんでいる間ぁぁぁぁーーーーーーーーっ!! 俺は親に与えられた部屋でぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!! PCの前でぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!! 快適な毎日を過ごしてきましたぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!! 子供部屋ぁ!! おしゃぶりおじさぁ~ん!! 子供部屋ぁ!! おしゃぶりおじさぁ~ん!! 親に与えられたおしゃぶりぃぃぃぃ美味しすぎてぇぇぇぇぇぇ草ぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」
ひとしきり絶叫した後で項垂れて膝に手をつき、ぜぇぜぇと息を切らしています。
泣き出しそうな顔になってから頭を掻きむしり、その屈辱を噛みしめるように呻き始めました。
「くわぁぁぁ……! もうイヤだぁぁぁ……なんでぇ……! こんなこと言いたくねぇのによぉぉぉぉぉ……っ!」
小柄な男は、口に嵌められたおしゃぶりを掴むと力強く引っ張りました。
しかし、これがなかなか抜けないご様子。
「こんなん……んんんんん……っ!」
そして、なんとか忌々しきおしゃぶりを口から外すと、
「くそがあああああ!!」
空へ向かって思いっきりぶん投げました。
「あああああーーー!! 俺の親に与えられたおしゃぶりがあああぁぁぁぁーーーーっ!!」
自分の意思でおしゃぶりを放り投げたとしても、その台詞だけは勝手に口から出てきてしまうみたい。
おしゃぶりは空中で弧を描いて戻り、また……スポッ……と小柄な男の口に収まりました。
「なんで、また、戻ってくるんだよおおぉぉぉぉ……っ! あぁぁぁ……っ!」
小柄な男は、苛立ちのあまりか、人目を憚ることもなくのたうち回っております。
もはや周囲にどう見られているかだなんて、気にしてもしょうがないのでしょうね。
「まあ……あれは、どこにでもある日常の風景だし……アスエリアでは特にね……。うんうんっ! 家の近くは、そんなに……でも、ないかなぁ~……?」
隣にいる彼――アロアルに、苦し紛れのフォローをしますが、口下手すぎて言いたいことが伝わらず、疑問符を浮かべた顔で首を傾げております。
正直、自分でも何が言いたいのか解らない。一体、なんのフォローだ。
すみません……コミュ障を拗らせちゃって。
そんなこんなで、ひょんなことから私とアロアルは同行し、アスエリアにある大広場へやってきました。
コア・セレモニーに参加するため。
コア・セレモニーっていうのは、要するに成人の式典ですね。
とはいえ、参加の有無で、特に何かあるわけでもありません。別に大したことは何もやりませんし。
せいぜい、今年度から成人となった方々へ向けての激励だったり……まあ、形式上だけのあれです。
じゃあ、なんでわざわざ来たんだと言われると……私は催しそのものに憧れを抱いていましたからね。有給を取るいい理由にもなりますし。
つまり、そういうミーハーしか集まらない行事なんですよ。
「新成人の皆さん、コア・セレモニーへお集まり頂き、誠にありがとうございます。それでは、開式の辞を……。ご登壇、願います。英雄崇拝が最高指導者、ラブ・イズ・ブラインド大司教」
司会進行の人に促され、舞台袖から現れたのは――異様に背が高い女性でした。
ローブの上から真っ黒な祭服を羽織り、肌などは一切見せず、ただ青白いお顔だけがそこに浮かんでいるかのように頭巾から覗いております。
見た感じは、かなり意地悪そうな魔女の風体でございますが、このお方こそ、ラブ・イズ・ブラインド大司教――英雄崇拝で一番偉い人なんですよ。
……それにしても本当にすごい高身長ですね。
推定二メートル以上はありますでしょうか。姿勢正しく直立しているのもあり、余計に大きく見えます。
お目に掛かるのは初めて。今回、ここへ来たのは彼女目当てなところでもあったりなかったり。
大司教様は壇上に立ってから、ゆっくりと瞼を開き、語り始めました。
「彼のテロリスト、セブンが現れ、早二年の時が過ぎ……その忌々しい所業は激化し続けております。未だ解決の目途は立っておらず、当局におかれましても、忸怩たる思いを抱かざるを得ません」
睥睨しながら滔々と話す姿は厳かな空気を生み出し、我々へ強烈な威圧感を与えています。
人前へ出て喋る機会の多い方だからでしょうか、言い回しがいちいち芝居がかっていて、ちょっと面白いかも。
なんだか、「秩序」とか口癖みたいに言ってそうじゃないですか? この人。
秩序を守るため~とか、秩序の名の下に~とか……。そういう偉い人ポジションのおばさんキャラっていますよね。
その点では、大司教様もセブン様に負けず劣らずといったところ。
アニメのキャラクターっぽいところが……って、さすがに無礼かな。
「かつて存在した学舎は、現代において見る影もなく、もはや誰の記憶にも無いモノです……。これはかつての災害と動乱期に際して、社会の構造、仕組みそのものを抜本的に改革した結果。教育機関を廃し、幼少期の在り方についても子供達の自主性が重んじられ、適性検査による条件を満たしていれば、年齢を問わず成人として認められ、行動制限の緩和、就労の自由、各施設への出入りなどが認可されます。ここに集まった皆様の中でも、すでに親元を離れて自立し、何かしらの職務に従事される運びとなった方も少なくはないでしょう」
約百年前までは、『学校』という教育機関が存在していたそう。
小さい頃から様々な教科を学び、年齢に応じて段階的に区分され、最終的には専門分野を修めるまでに至る。
先進国においては、ほとんどの人間がその学校に通っていたらしい。
さらにその中で、我々と同じく適性検査などを行った上で、就職先を決めるのだとか……。とても大変ですね。
まさに学が無い私達にとっては、想像するのさえ難しく、途方も無い話に思えます。
「まだ幼い内から社会通念上での判断、その是非を委ねられる。それは皆様に十分な良識と教養が備わっていることを認められているが証。故に、卑劣なテロリストの戯れ言になど惑わされることはないと信じております。秩序の維持を……社会の一員として、このミッドギアランドの未来を担う者として、その責任を果たし──」
「すいません!! すいません!! すいませええええええん!! 警察がまともに仕事をしていないという理由だけで、捕まっていない犯罪者の身で失礼しまぁぁぁぁーーーーーーーす!!」
突然、派手な髪型と派手な服装(着物?)をした瓢箪顔の女性が、勢いよくステージへと上がりました。例のごとく口にはおしゃぶり。
要人の演説中に不審者の乱入など……当然、あってはならないこと。
すぐに係員の方が駆け付け、対処しようとしましたが――大司教様がそれを制止。
「何を隠そうわたしは窃盗犯ですっ!! 一年前に友達の財布を盗みましたぁ!! その子よりも遥かに恵まれた環境で甘やかされて育ちましたぁ!! その上でたくさんのおこづかいまで貰っているくせに、その子のお金を盗みましたぁ!! さらに影でその子の悪口ばかり言っています!! その子の名誉をとことんまで傷付けています!! それなのに何故だか何故だかわたしは刑務所へ入っておりませぇぇぇええん!!」
大司教様だけでなく、私を含めたこの会場内にいる人達も皆、それほど動じることはありません。
いわゆる、『ガイアク』と呼ばれる人達の発作的暴走は、それくらい日常茶飯事の出来事なので。
「これはパパのお金で買ってもらった晴れ着でぇす!! 三十一万イェンしましたぁぁぁあああああ!! ろくに働かずぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーっ!! 実家でママに甘やかされて甘やかされてぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!! 恵まれた環境も時間も用意されておきながらぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!! 実際、何も身になっておりませぇぇぇぇーーーーーーーーーーん!! 本物の出来損ないでぇぇぇぇぇーーーーーーーーすっ!! 不細工すぎて彼氏もできませぇぇぇぇぇーーーーーーーん!! 女のくせに穴モテすらありませぇぇぇぇーーーーーーーーーーん!! モテなさすぎて頭おかしくなるぅううぅぅぅぅーーーーーーっ!! 口におしゃぶりが付いて、こんなんなっちゃったから、親も友達もみんな、わたしのことを可哀想だと言ってくれまあああああす!! 過去に自分がやってきたことをしらばっくれてぇぇぇぇーーーーーーーーっ!! 被害者ヅラしちゃってまぁぁぁぁす!! 他人の財布だけじゃなくて、他人からの同情まで欲しがる甘えんぼちゃんでええええええす!! こぉぉぉんな感じでおしゃぶりしゃぶっちゃってまぁぁあああす!! んばんばんばんばんばんばぁっ!! ちゅっぽおおおおおおおん!! おしゃぶり女っぷり全開ィィィィーーーーーーーーーーーっ!!」
およそ正気の沙汰とは思えない奇行も、止め処なく口から溢れ出てくる罪の自白も、決して彼女の意思によるものではないのだと、ここにいる誰もが十分に理解しています。
いっそ止めてあげた方がいいと思いますが……たぶん、いい見せしめだと考えたのでしょうね。性格悪いな。
では、歌いまあああああああすと宣言し、親に愛されている証拠そのものをお召しになられた女性は、極限まで声を張り上げて絶唱しました。
「♪お~しゃぶり、お・ん・なぁ! おしゃぶりお~ん~な~! ヘイヘイヘイ! おしゃぶりだ、おしゃぶりだ……っぺ~い!! うぇぇぇええええええい!! 親の金で生きることしかできませぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーん!! 知っているのは、親に与えられたおしゃぶりのしゃぶり方だけでぇぇぇぇぇーーーーーーーーすっ!! ぶりぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
陽気な歌声とは裏腹に、顔面は涙と鼻水だらけでグチャグチャになっております。お化粧も台無し。
痴態を衆目に晒されたまま踊り狂う姿は痛々しく、その様を憐憫の眼差しで傍観するか、見るに堪えず視線を逸らすか、顔を伏せるのかは人によりけり。
「このような……」
少し落ち着いたタイミングで、流し目の大司教様が再び口を開きました。
「このような被害者を今後、出さないためにも対策に努める次第です。何よりもまず、セブンの居所を突き止めること。それこそが解決の糸口であると」
「親に与えられたおしゃぶりがあああぁぁぁーーーーっ!!」
「ただし、非情に危険な要注意人物です。世界警察からも報奨金が提示されておりますが、仮にセブンを発見できたとしても、市民の皆様はくれぐれも、無闇に手出しをしないよう……。全て、我々で対処致しますので」
「あの、大司教様……!」
私よりもいくつか年上っぽい女の子が手を挙げて立ち上がり、質問の意思表示をしました。
この混沌とした状況下にも関わらず、なかなか勇気のある行動ですね。
その表情は険しく、意を決しての判断といった様子。
「何か?」
「先程もおしゃっていましたけれど、もう、二年も経っています……。本当にセブンを捕まえられるのでしょうか? 友達も、あんな感じで同じような被害に遭ってて……ホントに、もうずっと、困ってて……! お言葉ですが、何か具体的な措置がないと……今のままでは安心できません!」
「いえ、ご安心を。あなた方のことはハートマンが守ってくれます」
「だから、ハートマンなんて!」
「無論、ハートマンは実在します。それを証明できる日は必ずやってくることでしょう……。忘れてはいけません。信じることです……信じることが肝心です。そうあればこそ、皆様の心は、いつもヒーローと……ハートマンと共に」
大司教様は締めの言葉で強引に話を遮り、それ以上の追及を許しませんでした。
そこから閉幕までの流れは、特段、掻い摘まんで述べるようなことは何もありません。
案の定、と言ったら失礼かもしれませんが、あんまり楽しくなかったな……。
別に行かなくても良かったのですが、休暇届の事由に記した以上は出席しないと心苦しいですし。
不義理を働いておきながら、後日、何食わぬ顔で過ごせるほどの図太い神経は持ち合わせていないのですよ。
平気で嘘を付いたり、平気で汚いマネができるガイアクの皆さんとは違ってね――
「もう泣かないで」
「いやあ、無理でしょ。しんどいって、これ」
式典が終了してすぐに会場の撤収作業が始まったのですが、盛大に恥を晒してしまった件の彼女は、未だ席を離れずおいおいと泣き止まずで、周囲から浮いてる状態。
ぐぅぅ……最近は落ち着いていたのに……なんで、こんな時だけ……最悪……酷いじゃん……といったか細い泣き言まで聞こえてくる。
いたいけな女一人を放っておけなかったのか、顔見知りでもなんでもない新成人たちが寄り添い、慰めてくれています。
みんな優しいなぁ。
そして、相変わらず私は何もしません。あいにく、優しい人間ではないので。
……と言いたいところですが、何故だか今日の私は、いつもの私と違っていました。
なんと、驚いたことに、誰よりも先に彼女へ声をかけ、しゃがみ込んでハンカチを手渡し、励ましの言葉までかけてあげたのです。
他人へのちょっとした気遣いでさえも珍しい、この私が。
しかも――ガイアクに対して。
むしろ、こういう人への嫌悪感は以前よりも増しているはずなのに。
どうして急に親切なんか……それは自分でもよく解りません。
正義を心酔していた頃よりも、困っている人のために行動できるだなんて、皮肉もいいところ。
まあ、おそらく、ただの気紛れです。
それとも男の前だからって、いい子ちゃんぶってるんですかね。そっちの方がまだしっくりくるかも。
「チッ……!」
後ろの席には、セブン様の人形が鎮座していました。
誰かが置いていったのでしょうね。たまにいるんですよ、そういうバカなことをする人が。
気性の荒そうな男が舌打ちをしつつ、それを椅子ごと蹴り飛ばしました。
どうやら書き置きも残されていたようで、"ヘブンリー・マスター・セブンの思し召し! ガイアク共に制裁を!"とあります。
彼は舞い落ちたその紙を憎たらしそうに踏みにじると唾を吐きかけた。
「おい、やめろって……んなことしたら狙われる……」
「コイツ、嫌いなんだよ……コイツが好きな奴もよ……!」
「マジでセブンのことを支持してる奴とかさぁ……。絶対、自分が負け組だから応援してるだけじゃん。人生終わってた奴らが急にイキり始めてんのキモすぎ。ねー、そう思うでしょ?」
「あ……いや……その……まぁ……えっと……は、はいぃ……」
しどろもどろになって、賛同することを少し躊躇うのだけど、結局は同調圧力に屈してしまう。
ホント、情けないったら……。この際、「私はその負け組ですが、何か?」くらい言ってやればいいのにね。
意気地無しなのは全然変わらないんだな……と、己の不甲斐なさに打ちのめされていたら、頭上から見下ろす影に気付き、ギョッとします。
そこにいたのは今朝の彼――アロアルでした。
アロアルは唐突に、色んな意味で可哀想な女性の口からおしゃぶりを抜き取ったのです。
「あああああーーー!! わたしの親に与えられたおしゃぶりがあああぁぁぁぁーーーーっ!!」
そして、どこか適当な方角へ向かって放り投げました。
なんで、みんなすぐに放りたがるんだろう。
励ましの気持ちを込めるように彼女の肩を力強く掴み、アロアルは破顔して宣いました。
「大丈夫だ、ハートマンは来るッ! そして、お前のことも守ってみせるッ!」
だから、ハートマンなんていないじゃん……と、彼以外の全員が満場一致で思ったことでしょう。
ここまでの道中でしつこいくらい、もう鬱陶しいほどにハートマンの話を聞かされたので、なんとなく察してはいましたが……これはだいぶ重傷ですね。
しかも大司教様と意見を同じくする感じですか。延いては、英雄崇拝の熱心な信者なのかしら? そんなん別にどうでもいいけど。
理解不能な言葉をかけられた当の彼女は満更でもなかったらしく、自信と勇ましさに満ち溢れたアロアルの佇まいを恍惚とした顔で見上げております。
その口におしゃぶりが戻ってきて……スポッ……と嵌まりました。
ところで、あれって食事の時とか、どうしているんだろう。
「んじゃ、帰ろっか。ここにいても邪魔だし」
ギャルっぽい子がそう発したことを皮切りに、私たちは解散し、その場を後にしました。
……と見せかけて、私は一人だけ大広場へ戻る。
周囲をキョロキョロと窺い、蹴り飛ばされたセブン様の人形を拾い上げ、ぽんぽんと汚れを払って、なるべく丁寧な動作で椅子に座らせ、今朝と同じように微笑みかけました。
まあ、どうせすぐに片付けられるんですけどね。
この行動に大した意味はありません。強いて言うなら、私自身の気持ちの問題なわけで。
――ヘブンリー・マスター・セブンは、世間から忌み嫌われています。
そりゃそうだろ、と言われたらそれまでの話なんですけどね。
セブン様のおかげで救われた人は沢山いますが、どこまでいってもテロリストですから。
強く批判されるのが……当然の反応なんです。
廃人化とまではいかなくても、家族や友人が事あるごとに発狂する異常者へと成り果て、センターには毎日のように、何かしらの支援や救済措置を求める相談者たちで殺到。
あの傍若無人な態度もかなり問題視されていて、その主張は幼稚な思想を振りかざす子供のようで傾聴に値しないだとか、それ以前に論理が飛躍しすぎていて頭が悪いとか、言葉の力を用いて人心掌握を試みている辺りも昔の独裁者を彷彿とさせるとか、組織名も安直すぎてダサいとか、その正体は無職の弱者男性に違いないとか、サイボーグ○ロちゃんに似ているとか、お前の方がおしゃぶり付けて黙ってろとか。
とにかく言われたい放題ですね。
本人の方がもっと言いたい放題だけど。
とはいえ、セブン様が成し遂げた功績は現在の治安に表れております。
一見、ふざけているようにしか思えないあのおしゃぶりによる抑止効果は絶大で、悪評こそあれど、世界の犯罪件数や自殺者数は大幅に減り、真っ当に頑張って生きている人達が人為的な理不尽に苦しめられることも少なくなりました。
結果として、それが紛れもない事実なんですよ。
特筆すべきはやはり――被虐待児の抱える問題。これを強引に解決させたことが大きい。
他の方を例に出しても申し訳ないので、また少し私の話をしましょうか。……あまり思い出したくもないのだけれど。
とりあえず私に酷い仕打ちを行ってきた身内は全員、捕まりました。
いや、捕まったというか、"ガイアク回収"されました。
二年前のあの日に。
翌日の朝にはその旨を記した手紙と、プレゼントボックスが枕元に置いてあって、中には――ミニタブレットが入っていました。
説明書によると、通常の端末と同様に扱える上に、いくつか特殊な機能が備わっているらしい。
それは、被害者の任意により、いつでも加害者と通話ができること、その場へすぐに加害者を呼び出せること、加害者を縛っている害我抑制闇玩具を外せること、リビングデッドハウル収容所からの釈放……など。
何故、独善的な自警団となってまで犯罪者を糾弾しているセブン様が、肝心である裁量権を他人へ譲渡しているのかというと、そこには切実な訳があるそう。
なんでも、被害者がまだ幼い場合、たとえ親が明確な悪意をもってして、嗜虐目的で自分の子供を傷付けているような最低最悪のクズであったとしても、簡単に親離れできないケースが多々あるからだとか。
あくまでも限定的な措置であって、被害者全員に与えられている権限ではないみたい。それで釈放後、何か問題があればまたすぐにガイアク回収するとのこと。
別に私は要らないんですけどね。名実ともに、もう子供じゃないし。
ついでに新着MVの通知が定期的に届くのですが、一切見ていません。見たくないので。
正確には一瞬だけ見たのですが……全身の鳥肌が立つほど気持ち悪かったので、もう見たくないですね。
なので、割とハイスペックだと評判の良いセブン様印のミニタブレットは大事にクローゼットの奥へと仕舞ってあります。
だいぶ抽象的でしたが、私個人のお話はこれにておしまいです。
本当はもっと話したいことが山ほどあるけど、ちょっと、これ以上は無理そうですね。ごめんなさい。
「自分で生み出す能が無いぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!! 自分で考える脳も無いぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!! だからAI大好き、厚顔無恥ぃぃぃぃーーーーーーーーっ!! 昔からぁ!! 他人様の作ったモノでぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!! 我が物ヅラがぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!! やめられへぇーーーーーーーーーん!! 寄生虫ぅ!! おれ、寄生虫ぅ!! 親に与えられたおしゃぶりもぉ、ちゅっちゅっちゅぅぅぅ~~~~~~~~っ!! 根っからのおしゃぶり野郎やからぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!! 社会に出ても他人様の作ったモノでぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!! あたかも自分で生み出したかのようなぁぁぁぁーーーーーーーっ!! 我が物ヅラがぁぁぁぁーーーーーーーっ!! やめられへぇーーーーーーーーーん!! 仕事で関わったぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!! イラストレーターの皆様からはぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!! 死ぬほど嫌われておりまぁぁぁぁーーーーーーーーーーす!! 彼らが描いた絵を商品に貼り付けているだけの分際で、我が物ヅラがやめられへんから、でぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーす!! たとえ『クリエイト・バイ・お前』であってもぉっ!! その下に『プロデュース・バイ・俺』と書いたったらぁっ!! もう、それは、俺の作ったモン!! そういうことに、したってや♪ そういうことに、したってや♪ 俺が作ったってことにぃ~したってやぁ~♪ 自分で作る能が無い♪ だからAI推奨派なんですぅ~~~~~~♪ クリエイターとしての誇りが無い♪ だからAI推奨派なんですぅ~~~~~~♪ ゼロからイチがぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!! 作れへぇぇぇぇーーーーーーーーんっ!! 俺のぉ、中にぃ、あるモノはぁ~~~~~~! 虚飾と、虚勢と、チ○コを挿れたい気持ちだけぇっ!! それ以外はなんにもなぁぁぁぁぁぁーーーーーーい!! 俺にぃぃぃぃとっての『本物』はぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!! チ○コを挿れたい気持ちだけぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!! ヤリたい、ハメたい、ことばかりぃぃぃぃぃーーーーーーーっ!! いつでもどこでも考え無しの○内○精やぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!! 俺にぃぃーーーーーーーーとっての『本物』はぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!! チ○コを挿れたい気持ちだけぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!! ちゃんと研鑽を積み上げてきた人達のように、貫く信念とかありませぇぇぇぇーーーーーーーん!! だから、平気で汚いマネできるぅっ!! だから、平気で汚い嘘付けるぅっ!! 平気で汚い嘘付けるぅっ!! 平気で汚い嘘付けるぅっ!! 平気で汚い嘘付けるぅっ!! 平気で汚い嘘付けるぅっ!! 卑怯な生き方しかできません!! 犯罪者の思考回路しかありません!! おしゃぶり野郎の極みですぅぅぅぅーーーーーーーっ!! こ~うがんむっちむっちのぉぉぉぉーーーーーーーーっ!! チ○コ、バッキバッキのぉぉぉぉーーーーーーーっ!! マ○○、グッチョグッチョのぉぉぉぉーーーーーーーっ!! ほんで、むっちむっちのぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!」
品の無い言葉が、街中を飛び交っています。
この有り様を地獄絵図と称する人もいらっしゃいますが……さてはて、こうなる以前の社会とそこまで大差ないのでは?
往来で奇声を発する輩なんて珍しくもなかったでしょう。ほら、粗野な若者の集団グループとか。
下卑た笑い声の中にねちっこい悪意を含んでいる分、耳に入れる音としては、むしろそっちの方がよっぽど不快でしたよ。
いずれにしてもジャングルにこだまする猿共の鳴き声と相違ないレベル。
「親に与えられたおしゃぶりがあああぁぁぁぁーーーーっ!!」
ガイアクの扱いに関しては、逆にセブンは甘すぎるという見解もあります。
犯罪者が醜態を晒すなど大前提の話であり、それは何一つとして罪の償いになっていないのだと。
だから極刑を求める声も多いです。要するに、早く殺してほしいってことですね。
あるいは、きちんと法に則った裁きを受けさせた上で、れっきとした刑務所へ入れ、相応の罰を与えるべきだって。
そうならなかったから、やってることなのにね。
結局、皆、自分たちにとってすこぶる都合が悪いから、必死でセブン様を悪者扱いしているだけなんです。
とりあえず、何かしらケチを付けてやりたいだけ。
まあ、中には、正しい意見もあるのかもしれませんね。
……だけど、セブン様は、実際に多くの人達を救いましたよ。
本当の意味で――困っている人を助けましたよ。
苦しんでいる時に、思慮を欠いた浅ましい言葉を吐きかけてさらに苦しめたり、偶像への盲信を強いるのではなく、理不尽な現実を丸ごと変えてくれましたよ。
しかも、誰一人として殺さず。
まさしく血を流さない革命です。
家庭の問題にも、土足でズカズカと踏み込んでくれますしね。警察みたいに民事不介入だなんだのと言い訳しないで。
そんなこと……今まで誰にもできなかったでしょう?
あの人が言っていることだって、何一つとして間違っていないと思いますよ。
悪い人たちは、あってないような問題ばかりを並べて、色々と誤魔化しておりますが、人類社会がいつまで経っても成熟しないのは、極めて単純で幼稚な理由じゃないですか。
――悪人は、自分よりも不幸な人間が嫌いなんですよ。
他人が自分よりも努力や苦労をしていることなんて絶対に認めたくない。
セブン様が言うところの『おしゃぶり式・物の考え方』ですね。
本当にそうだな、って思いましたよ。
そういった物の考え方が人々の心に根付いているせいで、司法や医療が、現代に至っても尚、弱い立場にいる者に寄り添う形とはなっていない……それだって本当の話でしょ。
あまりにも情けなくて、恥ずかしい真実なので、誰も直視できていないんです。
見つめ直すべき問題は、たったそれだけなのに。
考える必要もなく、とっくの昔にその答えは出ているはずなのに、いつまでも誤魔化して、しらばっくれて、はぐらかしている。
あの人が世界を一変させた日、ハッキリとそう断言されたのにも関わらず、まだ認められない。
認められないから、反省もできない。
できても反省するフリだけ。
反省できるかどうかが、善人と悪人のわかりやすい境目です。
他人に優しくできるかどうかの……。
でも、反省できないクズばかりが得する世の中ですからね。
逆にちゃんと反省できる人ばかりが、その殊勝な姿勢につけ込まれ、罪の擦り付けが得意なガイアク共から執拗に責められ、実際は何も悪いことをしていないのに自己嫌悪に陥り、苦しみ続けている。
反省もできない、他人を傷付けることを喜びとし、死にたい気持ちにさせるしか能が無いガイアクなんて、みんな捕まってしまえばいい……。
私はそう思うのだけれど……どうにも、能力者機構アウト・オブ・コントロールのメンバーは、冷静な判断ができる人達だったようで。
あくまでも優先して狙うのは、普通の人間が手に負えない犯罪者――特に異能を宿した危険な存在。
それらを片付けるまで、いたずらにただの一般人をガイアク回収するつもりはないそうです。
おしゃぶりを付けたまま放置されているガイアクが多いのはそのため。彼ら全員が話し合って取り決めた方針だと聞き及んでおります。
さすがはセブン様が集めた優秀な人材……と言いたいところですが、問題を先送りにしている感は正直、否めませんね。本当にこのまま放置なら世界警察とやっていることはそんなに変わりませんし。
私だったら力を与えられた時点で、目に付くガイアク共は全員回収しちゃうかも。
イジメられてきた分、イジメ返してやりたいし。
ま、そういう浅はかな人間だからこそ、メンバーには選ばれなかったのでしょうけど……。
身の程知らずにも、心のどこかでワンチャンあるかと思っていました。
もちろん、お誘いなんてありません。
あーあ、残念。
「うぅ……っ。周りの圧に流されて、つい心にも無いことを言ってしまう……この現象に名前を付けたい……」
腹黒い性格とはまさしく裏腹に、あたかも純朴そうな独り言が口から漏れます。
一応、自分でもダサいとは思っているんですよ。堂々と胸を張って、セブン様のことが大好きだと言えないのは。
意気地無し、ここに極まれり。
私はあの人に助けてもらったのに。
れっきとした恩があるのに。
なにより――全ての悪印象を押し付けているような気がしてなりません。
身内という柵から解放されたこの状況は、本来、私一人が身も心も磨り減らし、多くの時間を費やし、被害者ヅラごと公にみっともない姿をさらけ出し、そうやって自分の色んなモノを犠牲にした上で、闘い抜いて勝ち取るべきモノでした。
恵まれた家庭で生まれ育った人達には、大袈裟に聞こえるかもしれませんが……親との縁切りとは、本当にそれくらい難しいのですよ。
ていうか、制度的にはほぼ不可能。
自殺以外に逃げる手段を選べないようになっているんです。
だからこそ、セブン様の大胆さが一体どれだけ救いになってくれたことか。
なのに、私はしてもらったことに対して何一つ報いることも、表立って応援することもできやしない……。
セブン様は見返りなんて求めていないのでしょうけれど、少しも義理を果たせずにいる負い目は拭えませんね。
――その上、私はまだ、ハートマンのことだって大好きでした。
別にハートマンはただのアニメキャラなんだから、それとこれとは話が別でいいじゃんって思われるかもしれませんが、そう安易に割り切れない事情がいくつかありまして……。
たとえば、最近のテレビシリーズにおいては、作中で明らかにセブン様を基にした悪役を登場させていたりだとか。
しかも主人公に花を持たせるためだけの滑稽な役回りで。
台詞も本物より随分と薄っぺらい言葉に変換させているし……なんだか露骨にヤな感じなんですよ。
英雄崇拝のコマーシャルや世界警察の犯罪防止ポスターなどでは、ハートマンがコテンパンにしたセブン様を足蹴にしている絵面がほとんど。
昔から憧れていたハートマン・スタジオ・パークでは、セブン様の人形を的にした射的ゲームやパンチングマシーンなどが稼働中らしい。
世界最高のヒーローたるハートマンは、史上最悪のテロリストであるヘブンリー・マスター・セブンを貶める象徴――いまやそのためだけに利用されている節があります。
子供向けとしては甚だ誘導的で、いよいよプロパガンダ作品としての色が濃くなり、コンテンツを追ってきた往年のファンでさえ、いっそ反転アンチとなってもおかしくない。
もはや英雄崇拝に余裕がないことの表れでしかない。
実際、人気は落ちています。
それなのに――以前と変わらず、私はハートマンを愛し続けている。
なんでだろう……本当に、どうしてでしょうね。
小さい頃からずっと拠り所にしてきた存在ですので、そう簡単には裏切ることができないのかもしれません。
少なくともハートマンのおかげで、私の心は救われていましたから。
アロアルには惰性で見ているだけだなんて言っちゃいましたけど。
この二年間、少ない給料から捻出して関連グッズを収集しちゃってますし……ああ、イベントとかスタパには、まだ行けてないんですけどね……いうて、ナガレボシちゃんのライブの方が先かなぁ……つって。
んで、その傍ら、セブン様信者でもありますと。
行け行け、ゴーゴー! アウト・オブ・コントロール! 英雄崇拝をぶっ壊せーっ!
でも、くたばれ、ハートマンとは言えない~……みたいな。
ああ、もう、どっちつかずな自分に腹が立ちますよ。
正味、一番格好悪いヤツですよね、これって。
……いや、百歩譲って、どっちも好きなのはいいよ。
じゃあ、せめて、どっちも好きですってハッキリ言っちゃえばいいのにさ。
そこまで解っていながら、結局、周りの意見に流されるだなんて、どういうことなんですかぁ~?
『同調効果っていうんだよ、それー』
気だるそうな女性の声が、耳元から聞こえてくる。
ただの独り言なのに、勝手に割り込まないでほしいな。
また、さっきのギャルかと思って真横を向くと――特大級のつぶらな瞳と、至近距離で目が合いました。
「ホワァ!?」
一瞬、竦み上がりましたが、よく見れば目玉かと思われたそれは、ドローンのカメラアイでした。
なんの前触れもなくそこに現れたというか、ずっと隣で浮遊していたのではないかという錯覚も……どっちかは解らないけど、側にいても気付かれないほど静音性が高いのだと見受けられます。
『あれ……意味違ったっけ? 間違ってたらゴメン。てか、そんなん、どーでもいいし、早くこっから離れろー。巻き込まれっぞー』
そう言って、空高く舞い上がっていきました。他にも沢山のドローンが飛んでいます。
地上では、警備ロボットさんたちが規制テープを張って大通りを封鎖し、通行人を誘導していました。
何か大きな事故でも起きたのでしょうかね。
アスエリアへやって来たついでに、ウィンドウショッピングと洒落込みたかったのですが……仕方ありません。
諦めて引き返そうとした時、ポケットの中から携帯端末の震動が伝わってきました。
取り出して画面を確認すると――能力者機構アウト・オブ・コントロールのシンボルマークがフルスクリーンで表示されている。
最近は大人しかったので、こういうのは結構、久々。
だから心配していたんですよ。
でも、元気でいるのかな……。
周りからもどよめきが起きています。どうやら広告や電子パネル、街頭ビジョンまでジャックしたようですね。
画面がチラつき、そして、豪奢な王座っぽい椅子の上で、ぐでーんとだらけきっているセブン様の愛らしい姿が映し出されました――




