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第8話 窓の中からオーロラを見ただろうか

 ──それは、おしゃぶりでした。

 紛う事なき、おしゃぶり。

 親が乳飲み子に咥えさせる……あれです。

 セブン様が吼えると共に、魔法少女アニメの派手なエフェクトみたく燐光を帯びて、具現──

 そのおしゃぶりがチュッポォォォォンと口に装着され、警官二人は、凄まじい勢いで後方にある生活安全課の部署へと吹っ飛んでいったのです。

 デスクの島にぶつかると、その衝撃で椅子が倒れ、PCのモニターは落下、電話の受話器が机からぶら下がり、堆く積まれていた書類の山も崩壊。紙と埃が辺りに舞い散る。

 足下に落ちた"地域安全運動"のチラシを踏みつけながら、セブン様がフフンと得意気に鼻を鳴らして言いました。


「そう……これが『窓の中から(プレゼント・)オーロラを(フロム・)見た(ユー)だろうか』……ボクサマの悪意から生じる“ダークネス能力”……ッ! なんでも作れて、なんでもできる……まさに万能の力ぁ……ッ! そして、たった今生み出したそのおしゃぶりは、害我抑制闇玩具『話がしたいよ(イノセント)』……これでお前はもう二度と、自分よりも恵まれていない人間に向かってふざけた口は利けない……!」


 すぐさま、騒ぎを聞きつけた他の警察職員たちが駆け寄り、気を失った二人の名前を呼びます。


「どうした、なにがあった!? クラマエ! ウツノミヤヒガシ!」


 頬をぺしぺしと叩かれておりますが、一向に目を覚ましません。

 これは……もしかしなくても、救急を要する事態でしょうか。

 だとしたら、大変なことに……。

 何人かがホルスターから拳銃を抜き、セブン様と私に銃口を向けてきました。

 戸惑いつつも、全世界共通の不文律に則り──両手を挙げ、無抵抗の意思を表明します。

 もう後には引けないほど、物々しい空気となって参りましたが……一体全体、何が起きているのやら……。


「あのさ、キミ」


 この状況でさえも意に介さないセブン様から、ため息まじりに声をかけられ、びくぅっとします。

 なんだか、いちいち怯えていますね……。

 そんな小心者の私にセブン様が、ある事実を教えてくれました。


「こういう時って、そもそも本人の同意がなかったら、家族にも連絡しない決まりなんだよ」


「え……」


 信じていたのに──

 なんて、心にもないことは言えませんが……正直、裏切られたような気持ちにはなりました。 


「仮に捜索届が出ていたとしてもね。コイツら、それを完全に無視して、キミを父親へ引き渡そうとしたんだって……。面倒だからって……。人権を無視して……。楽に仕事を終わらせたいがためにさ……。結局、相手を選んで、舐めた対応してんだよ……。はぁぁぁぁ、まったく、反吐が出ちゃいますねぇぇぇぇ……ッ!」


「あ……いや……でも……」


 反射的に、“でも”という逆説を表す言葉が口から漏れます。


「だって……この人たち、警察だし……なんか、ちゃんと理由があって……」


 誰かが責められている場面に立ち会った際、たとえその人が()()()()()()()()()()()()、表面上は、何故だか庇おうとする。

 これも私の……臆病者としての悪癖でした。


「まだ子供だから……とか……だって、その……迷惑を……」


 不器用ながらも、正しい人間であろうとする空回り……傍から見たら意味不明な行動……我ながら胸糞悪いことこの上ない。

 そうありたいと思うのなら……せめて、言いたいことはハッキリ言えるようにしてよ……。


「はぁぁぁぁぁぁ……なるほどね」


 露骨にまた嘆息されます。

 こんな奴は、呆れられても仕方がない。


「──んじゃあ、実際に理由の方を訊いてみよっかァッ!!」


 明るい調子で言うと、倒れている警官二人に向けて、指を上にくいくいと曲げました。


「立てよ、ガイアク──」


 ありったけの侮蔑を込めるようにそう呼ぶと、おしゃぶりを付けた状態で気絶していた警官さんたちは、素早く、姿勢正しく、起立しました。


「右手を上げろ。はーいだ、は~い」


 言われるがままに、二人とも、大声でふぁぁぁぁーーーーいと言って右手を上げました。


「そんで、下げろ。ついでに頭も下げろ……深々とォッ!!」

 

 続いて、これまた命じられるがままに、手も頭も下げました。 

 え……まさか、これって、操られているの……?


「はい、そっからバク転、バク転。……んで、跪けェッ!!」


 二人同時に後方倒立回転跳びを繰り返し、そして片膝を床につきました。

 どうやら本当に逆らうことができないらしく、セブン様の指示を忠実に実行しています。


「伏せ! ちんちん! ツイストツイストォ! スピンスピンスピン! ほらほらほら回れ回れ回れェ! お手ェ! ……あ、いや、触るなァ! キタなぁい!」


 ウツノミヤヒガシと呼ばれていた警官さんが蹴り飛ばされ、盛大に横転しました。

 それでもダルマさんのようにすかさず起き上がり、クラマエと呼ばれていた警官さんの横へと並び、二人は共に直立不動の姿勢となりました。

 おしゃぶりを付けた警察官二人が、どこからどう見たってアニメ絵にしか見えない黒猫さんの指図に従順な姿……その異様すぎる光景には、ただただ言葉を失うばかり。

 周囲の職員さんたちも皆同様に、唖然とした面持ちで事の成り行きを見守るしかないみたいです。

 ……あるいは、彼らの身動きでさえもセブン様の力で封じられているのでしょうか。

 

「フン。じゃあ、お前ら、普段一体どんな気持ちでこの仕事をしているのか……とか、諸々ぉ……逐一説明してみろっての。ゴミぃ」

  

 目を合わせず、ほとんど投げやりに近い調子で質す。

 別に訊かなくても良かったんだけどな……。

 二人はビシッと敬礼し、おしゃぶりをしゃぶりながら、以下のように供述を始めました──


「帰りたい……帰りたーい!! とにかく楽して、終わって、帰りたーい!!」


「相談者の悪口で、毎日のように、我々の部署は盛り上がっております!!」


「毎日のように、“誰の泣き言が一番笑えたかコンテスト”を開催しております!! それが楽しくて仕方ありません!!」


「家庭の事情に巻き込むなというけれど、家庭の事情に首を突っ込んで、苦しんでいる子供がヒドい親から逃げることには……もう、しっかりと邪魔をさせて頂きます!!」


「そうして、無理矢理送り返す際に見せる絶望した顔と、惨めな背中が、本当に面白くてしょうがないです!!」


「ああいう時に見せる子供の表情は、いつも決まって無表情です!! 何も感じていないように見えるから、何もしなくていいと思います!!」


「他人の悪口と、弱い者イジメだけが生き甲斐です!!」


「困っている人を助けることには必死になりません!!」


「でも、困っている人を門前払いにすることだけは、必死で頑張らせて頂きます!!」


「理由は、書類仕事が多くなって面倒臭いからです!!」


「いっつもダラダラと長引かせています!! ぼくは、作文が大の苦手です!!」


「好きな言葉は、民事不介入です!!」


「この働きぶりで、何故だか、何故だか、我々の口座には毎月給与が振り込まれております!!」


「手取り二十五万イエン以上です!!」


「でもでもでもでも!! 芸能人様や配信者様の誹謗中傷、殺害予告などには丁寧に対応させて頂きます!!」


「何故なら、それらの案件は、世間からの評価に直結するからです!!」


「その一方で、子供たちが虐待されて死のうが気にしません!!」


「逃げ道を塞いだことで、自分たちがその一端を担っていたとしても、知ったことではありません!!」


「要するに、自分たちと同じ、クズでどうしようもない人種しか守りたくないということです!!」


「自分たちと同じように、ただでさえ甘やかされて生きてきた人達を、さらに甘やかすためなら、警察は頑張ります!!」


「とても大切なことなので、復唱致します!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


「芸能人様や配信者様への誹謗中傷、殺害予告などは重犯罪です!!」


「だけど、我々が常日頃からやっている相談者たちへの侮辱は問題視されません!! 結果的に死人を出しても、犯罪にはなりません!!」


「これも大事なことなので、もう一回言いまああああああああああす!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


「お国がお国が赦してくれまあああああす!! お国、バンザアアアアアアアアアアアアイ!!」


「そして、そしてぇ!! 犯罪の被害者をコケにするのは日常茶飯事だけれど、自分たちの仕事が馬鹿にされるのだけは、我慢なりません!!」


「自分の事となったら怒って暴れる幼稚園児と同じ思考回路でぇす!!」


「幼稚園児と同じ精神年齢でぇす!!」


「蔑ろにしてきた社会的弱者たちからの陰湿な攻撃が怖いので、警察署は唯一ネット上の口コミが表示されないロケーションとなっております!!」


「隠蔽工作もお手の物でぇす!!」


「よしんば不祥事などの事実が発覚したとてぇ!! 民間人は警察を擁護してくれます!!」


「何故なら、『警察を非難することは恥だ』という固定観念が世間には、浸透しているからです!!」


「警察のやることに食って掛かる奴は、もれなく『恥ずかしい奴』の烙印を押されます!!」


「このため、警察は一般人に対して、常に偉そうな態度でいられるのです!!」


「何をやらかしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、勝手に警察を庇ってくれます!!」


「こんなんだから、自分たちの不甲斐なさを一生自覚することができません!!」


「反省するどころか、悪いことをした自覚も無い!!」


「そういった意識の低さが、罪の無い人々への実害にまで繋がっております!!」


「仕事に対する意識が低いので、中小企業でも毎日やっているような業務の改善が行われておりません!!」


「他の公共機関と比較しても、我々の体制にはほとんど変化がありません!!」


「市民に恫喝して、市民を馬鹿にして、市民に同情されて、すっっっっっっごく気分がいいです!!」


「その上で、年収五百万イエン以上でぇす!!」


「安月給で働いている!! 警察は、市民のために、安月給でも、毎日一生懸命働いている!! これがぜぇぇぇんぶ嘘でぇぇぇぇす!!」


「忙しいアピールばかりしているけれど、年末はなんやかんやで実家へ帰省という名の寄生をします!! ばぶぅ!!」


「心根が真っ直ぐで、馬鹿正直に市民を守るため頑張っている警察官もおりますがぁ!! 彼らの正義感もまた、僕たち悪徳警官の自尊心を育むための肥やしにしかなり得ません!!」


「彼らの功績があるおかげで、自分まで立派な仕事をしているかのように振る舞えます!!」


「そうやって真面目に頑張って働いている人ばかりが、呆れて果てて、警察を辞めていくのです!!」


「それ故、汚いマネをしても何食わぬ顔で生きていられる最低なクズしか我々の組織には残りません!!」


「ぼくたちみたいなね!! ぼくたちみたいなね!!」


「世界警察は、クズの温床です!!」


「ドラマや映画や漫画の世界における立派な警察官たちの姿は、全て大嘘です!!」


「昔から続く印象操作です!!」


「ドラマや映画や漫画の警察しか知らない奴らが、勝手に警察の擁護をしてくれます!!」


「警察は忙しいんだ!! 警察は大変なんだ!! 警察は正義のために働く人達なんだ!! ……って、短絡的な馬鹿ばかりだから、まんまと印象操作に騙されて、み~んなみ~んな警察にとって都合の良い解釈をしてくれます!!」


「でも、本当は違います!!」


「助けを求める人の背中を後ろ指さして笑っているだけで、口座に金が振り込まれる職業というのが実態です!!」


「それが我々、世界警察なのです!!」


「本当は、能無し警察三百六十五日二十四時間です!!」


「この有り様だから、警察は信用を落とし続けています!!」


「たくさんの人をガッカリさせています!!」


「ぼくたちのような警官がいるせいで治安維持組織としての在り方が破綻しております!!」


「だったら、辞めるかぁ!?」


「もう辞めるかぁ!?」


「辞めるか、辞めるか、辞めるかぁ!?」


「辞ぁぁーーーーーめないよおおおおおおおおおおおおおおおん!!」


「おれらっ!! こ~~~~ゆ~~~~~生き方、やめられへーーーーーーーーん!!」


「はぁぁぁぁぁぁん!! まともにっ!! 仕事はっ!! してなぁ~いけれどぉっ!! 口座にっ!! きゅぅぅぅりょぉぉぉぉ入ってるぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーん!!」


「だって、それがぁっ!! だって、それがぁっ!!」


「警察ぅぅぅぅううううううん!! とぅとぅぅぅぅん!! ガイアクゥゥゥウウウウウン!!」


「ぴぇぇぇぇぇぇやあああああああああああああああああん!!」


「ふぇぇぇぇぇぇやあああああああああああああああああん!!」


「本物の出来損ないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~ん!!」


 あまりにもショッキングで……凄まじい自供の数々。

 ようやくそれが終わったかと思えば……相も変わらずおしゃぶりを付けたまま、目玉をひん剥いて、涎を垂らしながら、激しく尻を叩いて、踊り狂い、歌う。

 半ば奇声を発しているだけですが……。

 セブン様は、助走をつけた空中回し蹴りをウツノミヤヒガシにお見舞いし、床に叩き伏せました。

 次いで、クラマエの顔面を右ストレートで思いっきりぶん殴り──そのままの勢いで生活安全課長のデスクごと豪快にぶっ飛ばすと、衝撃で窓ガラスが粉砕され、おしゃぶりも口からすっぽ抜ける。


「あああああぁぁーーーっ!! 俺の親に与えられたおしゃぶりがああああああああ!!」


 宙を舞うおしゃぶりにクラマエが大絶叫。

 すると、おしゃぶりは、ブーメランのごとく旋回しながら戻ってきたのです。

 そして、再び口に……スポッ……と収まりました。

 一連の暴力を存分に振るった後、セブン様は私の方へ向き直り、やれやれとかぶりを振って肩をすくめる仕草をします。

 

「だってさ。ほら、こんなもんだよ。正義の心とか微塵も持ち合わせていないからこそ、できる仕事なんだって──警察はさっ! ああ、がっかり、がっかり……辟易、辟易……」


 何も言葉が出てきません。

 傍から見ているだけでも、戦慄するというか、胸が痛くなるようなやり取りでしたし。

 ……ていうか、あれ全部、言わされているだけじゃ……。


「言わせてないよォッ!! ……いや、まあ、言わせてるっちゃ、言わせてるんだけども……。正確には、本音や事実以外のことを口に出せないよう施してあんのォッ!! あれは、そういうおしゃぶりなのォッ!!」


 やっぱり、こちらの心が読めるのですね。

 その上で、事情の全てを知采しているようでしたし。

 普通に考えたら、ありえない話ですが……目の前で起きている荒唐無稽な事象の全てがそれを裏付けているように思えます。

 セブン様が不思議な力を使えることは、紛れもない事実でしょう。

 ……そんなことよりも、倫理的な問題の方が、遥かに際立ちますけれど。 


「いいんだよ、別に」


 当たり前のように、内なる物言いへ返答してきます。


「キミも一発、ぶん殴ってやったら? それくらい構わないでしょ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだからさ」


 瞬間、眩い光を背中に浴びました。何事かと、振り向いてギョッとします。

 それは照明の灯りでした。いつの間にやら、後方にカメラなどの撮影機材が設置されていたのです。

 つい、さっきまでこんなモノは影も形も無かったような……。

 瞬間移動だってお手の物なのか、気付けばセブン様はそこのデュレクターズチェアに座り、足を組み、メガホンを握っていました。


「ウハッ! っつーことで……は~い、ここまでの醜態はぜ~んぶライブ配信で全世界に公開されちゃってまーす! アーカイブは消しません! そして、消せませぇ~ん! 切り抜きも好きなだけしてオーケーでーす! どうぞご自由に~!」


 ああ、キミはちゃんとモザイクで隠してあるから大丈夫。案ずるな、案ずるな。

 と、私に早口のヒソヒソ声で伝え、 


「こぉのあと、すぐぅ! ミュージックビデオも配信予定っ! チャンネル登録と高評価、よろしくお願いしまーす! そのうちメン限も開設するよぉ! コメントもじゃんじゃん書いちゃってね~! 警察こんなことやってたんかぁ~、警察最低だなぁ、警察死ねー、くたばれーつって! 誹謗中傷じゃなくて、紛れもない事実だから、いくらでも袋叩きにして大丈夫だよぉ~! 公共の利害に関する事実だから名誉毀損にもならないよぉ~! 訴訟とか開示請求をされる心配も、そんな謂われも、断じて、一切ありませんので、安心してねぇ~! 待ってるよぉ~ん!」


 終了したのか、カメラを止めると同時に指パッチンすると、一瞬で撮影セットは消失しました。

 もう……本当になんでも有りですね、この方。


「──はい。そんなわけでさ、どーせコイツら、まともに仕事する気なんかないし……警察に相談するくらいなら、自分で犯罪者を告発した方がいいと思うよ? いや、あ~……でも、一応は報告しておいた方がいいのか? じゃないと、後から『なんで被害届を出さなかったんですか~』みたいな揚げ足の取り方してきそうだしね……。端から解決するつもりなんかないくせに……。メンドいなぁ……。──ま、もう、その必要もなくなるんだけどねっ」


 セブン様は、まるで社交ダンスにでも誘うかのように、恭しくこちらへ手を差し伸べてきました。

 突然だったので、目を泳がせ、あたふたと狼狽えてしまう。

 そうやって尻込みする私のことなど無視して、強引に手を取り、またしても懐から何かを抜き出す。

 それは、赤色のクレヨンでした。  


同じドアをくぐれたら(イン・マイ・ニッケ)


 抑揚のある声で、魔法の呪文か何かを唱えると、クレヨンで宙に円を描きました。

 そして──その輪の中に──見覚えのある景色が、切り取られたかのように映し出されたのです。

 私はセブン様に手を引かれ、そこへ飛び込んでいきました。まるでおとぎ話の世界へと導かれるみたいに。

 輪をくぐり、見ているだけでも奥へと吸い込まれていきそうな亜空間のトンネルを抜けると、周囲の情景が一変。

 降り立った地点は、自宅である賃貸アパートの前でした。

 ほんのちょっぴり雪が積もっています。


「ほいじゃ、おつわーるど! トゥードゥルー♪」


 それだけ言って、不思議で愉快なケットシーさんは、飄然と去っていきました。

 次元に開けられた穴も閉ざされ、そこにはいつもの日常的な風景だけが残ります。

 あまりにもあっさりとしすぎていて、呼び止める間もなく、お別れの挨拶すらできなかった……。

 お礼も、言うべきだったよね……。

 やり方はどうであれ、あの人は、私のことを助けてくれたわけだし。

 それとも、さっきまでの出来事は全部……なにもかも夢だったのでしょうか。

 あまりにも現実感がなさすぎて……正直、全然、頭の整理が追いついていないのだけれど……このまま悠長に構えている暇はありません。

 今が逼迫した状況であることは、依然変わりないので。それだけは確か。

 私は挙動不審になりながらも、その辺に叔母さんたちが潜んでいないか警戒しつつ、一旦、自分の家へ戻ることにしました。

 解錠してドアを開け、中に入って――そこでようやく一息つく。

 ……いや、だから、ホッと胸を撫で下ろしている場合じゃないんだよ……。

 色々ありましたが、実際のところ何も進呈はしていないし、むしろ事態は悪化したように思われます。

 でも、父親に連れて行かれるという最大最悪の危機は脱したので、ひとまず安心……なのかな……。

 はたして、どうなんだろう……。父親もここへやって来る可能性がかなり高いのでは……。

 てか、私、警察に目を付けられたんじゃ……。

 ていうか、さむっ……。

 出てから六時間程度しか経っていませんが、今朝よりもずっと部屋の空気が冷え込んでいます。

 建て付けの悪い窓サッシは、容易に外からの冷気を招き入れ、室内にも関わらず凍てつくような寒さ。

 この部屋で暖房をかけてもほとんど意味がないと知ったのは、今月に入ってから。

 なんて……今さら、そんなどうでもいいことを考えている自分に嫌気が差す。

 ここへ移り住むまでは、エアコンすら無い生活環境だったというのに。

 大きな溜息が、白くなって漏れる。

 気を取り直し……これからどうしようかと考える前に、携帯端末を確認すると──動画サイトのオススメ通知が届いていました。

 動画観賞なぞしている場合でもありませんが、サムネイルに映った人物達に思わず目を奪われてしまう。

 さっきの──セブン様におしゃぶりを付けられた警官二人──世界警察の実態を自らの口で暴露し、そして踊り狂っている様子を撮影した……あの例の動画を音声素材とした……不快なMVが公開されていたのです。


『芸能人様や配信者様への誹謗中傷、殺害予告などは重犯罪です!!』


『だけど、我々が常日頃からやっている相談者たちへの侮辱は問題視されません!! 結果的に死人を出しても、犯罪にはなりません!!』


『これも大事なことなので、もう一回言いまああああああああああす!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!』


『はぁぁぁぁぁぁん!! まともにっ!! 仕事はっ!! してなぁ~いけれどぉっ!! 口座にっ!! きゅぅぅぅりょぉぉぉぉ入ってるぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーん!!』


『だって、それがぁっ!! だって、それがぁっ!! だって、それがぁっ!!』


『警察ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううん!!』


 見るに堪えないこの映像により……あの摩訶不思議な体験が、決して夢幻の類いではなかったのだと証明されました。

 ライブ配信のアーカイブも残されている。

 ショート動画も作られている。 

 二人が所属する警察署と、自宅の住所・フルネームまで晒されています。


「な、なんで……ここまで……」


 とてつもない罪悪感に襲われ、唇がわなわなと震え、血の気が引いていく。

 もしかしなくても、これって……私のせい……ですよね。

 仮にあの自供が、なにもかも真実だったとして……たとえこれが、当然の報いであったとしても……。

 それでも……今日、私が住民票閲覧制限の相談に行かなければ……たぶん、彼らはこんな目に遭わなかったはず……。

 こんな……世界警察全体を貶めるようなこと……。

 彼ら二人はともかく、年配の警官さんは……一応、私の話に耳を傾けようとしてくれていたのに……。

 私さえ、いなければ……こんなことには……。

 セブン様……どうして、私なんかを……。

 どうして、私のところに来て――

 ――などと、わざわざ連想するまでもなく、察していました。

 ほんの少し前まで――あんなに気持ちを込めて――乞い願ったことを忘れるわけがない。

 だとしたら、私が呼び寄せた……?

 あの時、救いを求めたから……?

 「助けて」と、強く強く祈ったから……?

 あの時の願いが、通じた……?

 届いてしまった……?

 だから、助けに来てくれたの……?

 じゃあ、やっぱり、私のせい――

 あの人は……一体、何者なの……?

 そもそも、ヒトなの……?

 先の件を現実として受け止めた瞬間から、様々な疑問符が頭に浮かびます。 

 そのように思案を巡らせつつ、恐る恐る動画のコメント欄を確認すると……案の定、荒れていました。

 そして、セブン様ご本人がレスバを繰り広げております。「まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、ご立派な両親と、ご立派な実家をお持ちの人からは、こんなん顰蹙を買いますよねぇ~。特にミッドギアランドでは、何不自由もなく、親からも、周りからも、散々っぱら甘やかされて生きてきたおしゃぶり野郎がめちゃめちゃ多いもんねぇ~。自分よりも不幸だったり、苦労している人間のことが大っ嫌いで大っ嫌いで、しょうがないもんねぇ~。そういう『おしゃぶり式・物の考え方』が止められないんだもんねぇ~。おしゃぶり野郎共でひしめいちゃってるもんねぇ~。みなさん、おしゃぶりの国からやって来た、おしゃぶり星人でございますもんねぇ~。わざわざ、ご丁寧な自己紹介をありがとうございます~」などと無茶苦茶な煽り方をして。

 チャンネル名は――能力者機構アウト・オブ・コントロール。

 聞いたことはありませんが……そんなの有名なチャンネルでさえ、いくらでもありますからね。

 ただ、登録者数がまだ三桁にも達していない……。

 それで今さっき撮ったばかりの動画が、もうすでに二十万再生を超えている。

 一体どんなアルゴリズムが働いて拡散されたのか、知る由もありません。

 未だかつて無いほど警察をとことんまで侮辱した内容ですし、悪い意味でバズったのだろうか。

 でも、このアプリ……オススメ動画の通知設定はオフにしてあったような気が……。

 シンボルマークの画像らしきアイコンをタッチし、チャンネルページへと移動。

 表示された一覧には、ライブ配信のアーカイブと動画が、いくつか並んでいました。

 そう……。セブン様が現れたのは、あの警察署だけではなかったのです。



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