表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第7話 ヘブンリー・マスター・セブン

 もはや泣いていたことなど完全に忘れ、私はただ唖然としていました。

 いや……本当に、なんですか、コレ。

 さながら王様の出で立ちをしたその黒猫さん──ヘブンリー・マスター・セブンと名乗るそのお方は、テクテクとこちらへ歩み寄ってきました。

 警戒し、パイプ椅子の上で身を縮めます。


「いやあ、すみませんねー。ちょっと住所を間違えて、道に迷っちゃって~。大変、お待たせしましたぁ~。はーい、こちらお届け物でーす! プレゼント・フロム・ユー! プレゼント・フォー・ユー!」


 どこに隠し持っていたのか、白い包装紙と赤いリボンでラッピングされた箱──プレゼントボックスを私へ差し出してきました。

 ……ど、どうして?

 クリスマスだから?

 まさか、あなたがサンタさんとは言いませんよね?

 突如として現れた謎の存在からの贈り物など、かなり戸惑いましたが、恐る恐る受け取ろうとすると──

 ──次の瞬間、中からオモチャたちが勢いよく飛び出してきた。

 

「わぁ!?」


 不意を突かれたので思わず、口から仰天の声が漏れてしまいました。

 典型的なビックリ箱。逆に珍しいかもしれない。

 くるくるの紙テープやら、キラキラの小さい星屑もたくさん宙を舞っています。

 お化けだかピエロの顔が跳ね、バネがびよんびよんと伸び縮みし……そこで時間が止まったかのように、場の空気が凍りました。

 

「あ……え……」


 これにどう反応したらいいのか、なんと言えばいいのかも判らず、私はただ困惑するばかり。

 黒猫さんことセブン様も、プレゼントを渡した状態のまま静止していました──が、


「ウハッ」


 突然、弾けるように笑い出しました。

 

「ウハッハッハッハッハッハッハッ!!」


 腹を抱え、コロコロと床に転げ回っています。抱腹絶倒とは、まさにこのことでしょう。

 私には、何が面白いのかさっぱり解りませんし、正直、ちょっと怖い……。

 というか、そんなに騒いでいたら、外にいる警官さんたちに気付かれるのでは……。

 いや……むしろ来てほしいのかも分かりませんが、今のところ、誰かがこちらの様子を窺う気配はありません。なんで……。

 

「ハッハッハッハッ……ハァ………」


 ひとしきり哄笑すると、セブン様は、相談室の端に立て掛けてあったパイプ椅子を持ってきて、私の向かい側に腰を下ろしました。

 ハァーア、と溜息を吐きながら脱力して天井を仰ぎ、その視線は虚空を見つめています。

 先ほどの馬鹿笑いが嘘だったかのように大人しくなりました。

 なんとも言えない気まずい雰囲気の中、私は目を泳がせ、指を弄ってもじもじするしかありません。

 すると、これまた唐突に、セブン様が拳を机に叩き付け──


「腹立つんだっつーのォッ!! クリエイター界隈の連中がよォッ!!」


「ひっ!」


「特に絵描きと音楽関係だァッ!! あいつら全員、おしゃぶり野郎だ、おしゃぶり野郎ォッ!! 親が金を持ってる事以外に、なぁ~んの取り柄もないおしゃぶり野郎だァッ!! その分際でよぉおッ!! 『本当の苦労』をしている人間に向かって、汚いツラかましてんじゃねぇぞッ!! ガイアクがァッ!!」


 なにやら、ご立腹でした。


「いや、いいんだよ……別に……。裕福な家庭で育ったこと自体は、罪でもなぁ~んでもない……。そしてぇ……わたくしはぁ……他の方々と比べてぇ……遥かに恵まれた立場におりますと……。その土台があったからこそぉ……今日の自分があるのだと……。滅多にない人生を賜わしてくれた両親にぃ、運命様にぃ、感謝至極でございますと……。そのことをね……ちゃぁぁあんと、ね……自覚及び理解していらっしゃるのならぁ……尚更、問題じゃありません……」


 一体、なんの話を……。 

 

「でも、大体はァッ!! ほとんどのおしゃぶり野郎と、おしゃぶり女はァッ!! 絶ッッッ対に認めねぇんだよ!! 私は決して運が良かったわけではありまぇえええんつってェッ!! この不労所得はァッ!! 既得権益はァッ!! あくまでも自分の実力、自分の努力で為し得たモノですっつーんだよッ!! んなわけねぇだろォッ!! ぶっ殺すぞォッ!! このブタァッ!!」


 セブン様はその憤りを表すかのごとく、机の端っこを掴んで激しくガタガタと揺らし始めます。

 あ、え、ちょっ……これ、もしかして私に話題を振っているのでしょうか?

 なら、うんとかすんとか返事でもした方がいいのかな。 


「さらに百歩譲ってェッ!! まあ、まあ、まあ、まあ、まあ……己がおしゃぶり野郎だと認めないことも、まあ、良しとしようじゃないか……。ボクサマは心が広いから……」


 静かになったと思ったら、それが前振りだったみたいに再び捲し立てる。


「だけど、認めない上でェッ!! 自分が恵まれている存在だと……それを断じて認めない上でェッ!! 他人様の苦労をッ!! そこに置かれている状況をッ!! その不幸をッ!! どこまでも低く見積もってェッ!! 勝手に想像してぇえッ!! 勝手に色々と決め付けてぇぇぇええッ!! どぉ~せコイツは大した努力をしていないだとかァッ!! どぉ~せコイツは大した苦労をしていないだとかァッ!! 侮辱を含んだ勝手すぎる妄想を繰り広げぇ……そのくせェッ!! テメェが恵まれているのは紛れもない事実であるのにも関わらずゥッ!! そこんとこ指摘されたら何よりも一番ブチ切れてェッ!! もうマジでこれ以上無いほどの拒否反応を示してェッ!! 意地でも肯定しないんだよなァッ!! なんだぁ……なんなんだ、お前はァッ!? 自分が恵まれている人間だと認めたら死ぬのかァッ!? 他人の苦労を認めたら死んじまうのかァアッ!?」


 そしてまた、スン……と急に落ち着いて、大きいガラス玉のようなおめめを細めながら嘯きます。

   

「そのような、おしゃぶり野郎共の思想を、ボクサマは、『おしゃぶり式・物の考え方』……と、そう呼んでおります」


 おしゃぶり式・物の考え方。

 相当大事なキーワードなのか……そこだけ、やたらと強調してきました。


「とはいえ……なんやかんやで……ものすごい努力をしてきたんだろうなと……。思慮深く、ただ運が悪いだけで底辺にいる方々は……いや、きっと彼らは本当に努力をしてきたんだ、と……バカな俺らには計り知れない努力をね、と……おしゃぶり野郎の幼稚なマインドとはまったく逆の方向で……勝手な想像をしてしまうわけです……。俺達とあの人達とでは出来が違うって……。常に身のフリを弁えて生きているが故に……染みついてしまった極めて殊勝な心持ちで……本当に悲しい(サガ)です……」


 語り口調に絶妙な緩急を付けてくるので、テキトーな相づちを入れる隙もありません。

 でも、私との対話を求めているわけじゃなくて、一方的な意見の主張がしたいだけのようですし、賛同を求めているわけでも無さそうだし……別に何も言わなくていいのかも。

 それに、こういうタイプの人は、黙って話を聞いていないと怒られそうな気がしてならないので、沈黙が吉でしょうね。おそらく。

 もうすでにブチ切れておられますが……。 


「しかし……しかしながらァッ!! その来歴を明かしてしまえばァッ!! 蓋を開けたらぁああッ!! テメェら、ガイアクのおしゃぶり野郎共はぁ……どうやら……ご立派な『実家』とやらが存在するらしく……そこには自分の部屋などのプライベートスペースがあり……ベッドがあり……机があり……PCがあり……ネット環境があり……エアコンがあり……おこづかいがあり……そうやってなんでもかんでも親から与えられてきました、と……。その上でぇ、朝から晩まで……誰にも干渉されず……好きな時にぃ……好きなだけぇ……好きなことをしていられる自由を与えられていました、と……。その他大勢の人達がぁ……子供の時分……大なり小なり不自由に苦しみながらぁ……将来、ほんの少しでもやりたい事ができる日を夢見てぇ……周囲からの様々なヒドい仕打ちにも堪え忍びぃ……それでもなんとか日々を過ごしている……そういった最中ぁッ!! 己はぁッ!! 親から全てを与えられ……何にも縛られることのない伸び伸びとした楽しい生活を送ってきました、と……。親に与えられたおしゃぶりを、しゃぶりに、しゃぶりながらぁ……もう、しゃぶり尽くしちゃってぇぇ……そういう蜂蜜漬けみたいな甘ったるい人生をぉ……幼少期から大学卒業まで過ごしてきました……と」


 また暴れ出すのではないかと身構えていると、思った通り、再び机を激しく揺らし始めました。


「ガキの頃からなんでも欲しい物は買えてェッ!! ネコちゃんもワンちゃんも飼ってェェェッ!! 毎日、猫吸って犬吸ってにゃんにゃんワンワンしてェェッ!! 旅行にも行ってェェエエッ!! ランドだかァッ!! シーだかァッ!! ユニバだかァッ!! 海外でもどこでも全部親に連れて行ってもらってェェェッ!! そうやってテメェが散々っぱら甘やかされて生きてきたっていうのはァッ!! 普通じゃねぇんだよォオッ!! それなのにィッ!! お前らおしゃぶり野郎共ときたらァッ!! 誰しもがァッ!! そう……誰しもがァッ!! 誰しも親からそれくらいの施しは受けてて当然だとォッ!! 誰しも『実家』が太いことを前提でェッ!! 誰しもが自分と同レベルな生活水準で快適な十代を過ごしてきたこと大前提でェエッ!! ただでさえ家庭の問題やらで苦しんでいる人達に向かってェッ!! そのきったねぇツラをかましながらァッ!! どこまでもふざけた口を利いてくるんだよなぁぁぁッ!! 苦労しているのはみんな一緒でございますぅつってェッ!! 我々が与えられた環境に大差はないつってェッ!! 俺とお前はイーブンだつってなぁッ!! 全ッ然ッ!! なにもかも違うだろうがブタァッ!! この腐れボンボンがァッ!!」


 あまりにも怖すぎて頭を抱えていたためか、途中から何を言っているのか聞き取れませんでした。

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()が多分にあるので、話の内容は半分も理解できていません。

 だけど、頑張って……せめて、耳を傾ける努力はしてみせます。

  

「ていうか、誰にも自由を侵害されないプライベートスペースを持っているだけでも、あまりに大きすぎるアドバンテージですよね。そこが夢や目標へ向かうためのスタートラインと言っても構わないでしょう。その環境下で、好きなことを好きなだけやれること……それをはたして、努力と呼んでもよろしいのでしょうか?」


 だって、この人……たぶん私のために怒っています。


「んなわけねぇだろォッ!! いいか、ガイアクのおしゃぶり野郎共ォッ!! 耳をかっぽじって、よ~く聞けェッ!! 『本当の努力』や『本当の苦労』をしている人達っていうのはァッ!! スタートラインに立つまでもォッ!! ほど遠い位置に産み落とされてんだよォッ!! 限られた時間とォッ!! 劣悪な環境とォッ!! 日々のあらゆる理不尽に苛まれて身も心も擦り減らして常に最低最悪なコンディションの中ァッ!! ろくに好きなこと、やりたいことには打ち込めないィッ!! それでもォッ!! どれだけ苦しくても胸くそ悪い思いをしてもォッ!! なんだったら親兄弟親戚から妨害されてもォッ!! それでもォオッ!! 一つずつ、少しずつ、積み重ねてきたァッ!! まさに血が滲むような『本当の努力』をォッ!! それによって培われる力をォッ!! 『本当の実力』と呼べる確かなモノをォッ!! それを手にするまでの過程が『本当の苦労』じゃボケェッ!!」


 私の代わりに、怒ってくれています。


「その『本当の苦労』に加えてぇええッ!! ただでさえ、その『本当の苦労』をしている人に対してぇえええーーーッ!! なんか知らんけどテメェらおしゃぶり野郎共が急にしゃしゃり出てきてェェーーーーーッ!! 幼稚でぇ、陰湿でぇ、気持ちの悪いぃ、そんな悪意を向けてきちゃってェェェーーーーーーッ!! 見下している奴の努力や苦労を絶対に認めたくないという、『おしゃぶり式・物の考え方』を展開してェェェーーーーーーッ!! あろうことか、親が金を持っているだけの腐れボンボンおしゃぶり野郎がァァァーーーーーーッ!! 頑張っていない奴が、頑張っている人に向かってェェェェーーーーーーーーッ!!」


 確信できる根拠は何もありません。……ただ、なんとなくです。

 なんとなくだけど、その心が伝わってきます。

 誰かを励ます想いを込めた唄みたいに。

 あるいは、いいようにされてばかりで、文句の一つも言い返せない私に腹を立てているのでしょうか。

 その怨嗟の叫びを聞けば聞くほどに、なんだか、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになります。

 こんなことを言わせて、ごめんね──


「大体よぉぉぉおおおおッ!! テメェがなァァァーーッ!! 上澄みだけを掬ったような解釈しかしていないくせに、『あっ、もう私、あなたの大ファンなんですぅ~』つってる各界の巨匠やァッ!! 第一線で活躍しているお歴々ィィィッ!! 漫画家でも声優でも歌手でもエンジニアでもインフルエンサーでもゲーム実況者でもストリーマーでもVtuberでも動画投稿主でも、なんでもいいから、それぞれの分野でトップに立っている連中の話をよォッ!! 奴らの有り難いお言葉をよ~く聞いてみろォッ!! 都合の悪いところだけ聞いてなかったフリしてねぇで、しっかり耳を傾けろォッ!! ほら見ろ、『私は運がよかっただけです』が連中の合言葉だァッ!! 冗談でも謙遜でもなく、本気でそう思っているんだよォッ!! それが本物の才能と実力がある人間が導き出す共通認識なんだよォッ!! ()()()()()()()()()()()()()()()ってなァッ!! わかったかァッ!? 自分が恵まれていることを認められないから、お前はいつまで経っても三流以下って事なんだよォッ!! そこんとこォッ!! いつまでも誤魔化したままだからァッ!! 本質を見抜ける目が養われねぇんだよォッ!! だから、いつまで経ってもゴミみたいなモンしか作れねぇんだよォオッ!! 誤魔化さずに自分と向き合えて、ようやくおしゃぶり卒業だろうがァッ!! さっさと気付け、ブタァッ!! 一体、いつまで『おしゃぶり式・物の考え方』をしてんだァッ!? そんなんだからテメェは身から出るモノが何もねぇんだよォッ!! 自分で面白いことを考える頭が無いから、模倣以外の何もできねぇんだよォッ!! でも、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、仕方ねぇよなァッ!? テメェが自分自身と向き合ったところで、後ろめたい過去と邪な気持ちしかねぇもんなァッ!! テメェが人生において積み上げてきたモンなんて実際、それだけだもんなァッ!? テメェが能無しである理由の全てが、そこにあるんだもんなァッ!? 本当の意味での恥ずかしい過去がなァッ!! 『本物の恥』ってヤツがなァッ!! だからテメェはつまんねぇモンしか作れねぇんだよォッ!! だからテメェはハッタリ以外の何もできねぇんだよォッ!! だからテメェには人を感動させる能力がねぇんだよォッ!! だ~か~ら、テメェの作ったモノからは何も響かねぇんだよォッ!! 『一から十まで周りの人達に甘やかされているだけの人生でした』っていうご丁寧な自己紹介以外の何も伝わらねぇんだよォッ!! わかったか、本物の出来損ないがァッ!!」


「ご、ごめんなさいぃぃ……っ!」


「キミには言ってないんだよ、キミにはァッ!!」


 さっきとは違う感情を含んだ涙が溢れてきました。

 自分のためなんかに……たくさん言葉を尽くしてくれたことが……その気持ちがとても嬉しかったから……。

 言葉じゃないところから伝わるその優しさが……嬉しかった。

 ごめんなさい……ありがとう。

 ありがとう──


「おい、さっきからなに騒いでんだ!」


 さすがにうるさかったらしく、あのイジワル警官が忌々しそうな顔で相談室の中を覗いてきました。

 セブン様の姿を目にした瞬間──当然、面を食らったようです。


「え、は……なに、着ぐるみ?」


「ところでさ、フィクション作品における児童虐待の描写ってどう思う? 過酷な家庭環境なんか知らない奴が、いかにもおしゃぶりをしゃぶりながら考えましたぁ~みたいなの。とりあえず父親か母親のどっちかが錯乱しててぇ、殴るわ、叩くわ、蹴るわで、痣になったり、傷ができたりしてさ。実際、そんな目立った証拠なんて残さないだろって。……いや、全く無いとは言わんよ? ただ、作り手が自分にそんな経験が一ミリもないので、とりあえず分かりやすい極端な例を出してみましたぁ……ってな感じの。少なくとも、子供を捌け口にするモノホンの毒親は、それを周囲に気取られる隙なんか絶対に見せない。もっと狡猾なんだよ。暴力を振るうにしても……やり口がさ。あと、毎日のように両親が口論してたりは……まあ、解るけどね。でも、その場所がご立派なリビングだったりするじゃん? そんで、なんやかんや自分の部屋もちゃんとあって、一時でも心安まる場所は、家庭内でも確保できてたりするじゃん? 六畳半じゃん? ベッドもあんじゃん? なんだったら家の外観が思いっきしデザイナーズハウスだし。社長の邸宅かっての。……まあ、いうて見る側も大体はおしゃぶり野郎だから、そこに違和感を感じないんだろうけど」


 お構いなしに、セブン様は長話を続けていますが、私は気が気じゃありません。

 この方、未だ正体不明の黒猫さんでございますけれど……私のことを憐れに思い、慰めに来てくれたのだとしたら……きっといい人です。

 逃げてほしい……私なんか置いて……。

 警察は無実の一般市民もぞんざいな扱いです。闖入者には、一体どれだけ惨い拷問が待ち受けていることか……今のところ、傍観しておりますが……だからこそ、今のうちに……。

 しかし、当の本人は警官に見つかったことなど、全く問題にはしていない模様。むしろ余裕すら感じられます。

 床を透過してご登場なさったわけですし、その気になれば、いつでも抜け出せるのでしょうか……?

 第一、どうしてそのようなミラクルが可能なのか……本当に不思議です。

 遠隔操作の立体映像……それにしては、机を叩いたり、揺さぶったりもしていたし……ちゃんと実体はあるんだよね……?

 そんな彼がのべつ幕無しに持論を展開している最中、もう一人、若手の警官さんがやってきました。


「どうかしましたぁ?」


「あれ、誰だよ」


「えぇ、ああ……着ぐるみ? んー……いやあ、知りません。たぶん、監察が来るとかで、誰かが倉庫から移動させたんじゃないですか。ここ、穴場なんで」

 

「違う違う。なんか人が入ってんだけど」


「そうなんですか? 聞こえてましたけど、なんか声がガキっぽかったですよ。たぶん腹話術みたいなことしてんでしょ。人形に話しかけて、自分で声当てて、返事して……。いますよ、そういう奴」


「つーか、こいつの父親まだかよ……」


 どうやら、警官さんたちが手を出す様子はまだありません。

 だったら尚更、今のうちに、ここから立ち去った方がよろしいのでは……。

 彼が何者であるにせよ、私と同じような目には遭ってほしくない。


「まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、いいんだよ、いいんだよ……。この際、家庭が裕福なのか、貧乏なのかは……。重要なのは、そこじゃない……。いかなる環境下に置かれたにせよ、フォーカスするべきは、どれだけの期間、どれだけの総量、どれだけの密度の濃さで、人の悪意に晒され続けてきたのか……という点だ。付け加えて言うなれば、本当に死にたくなるようなキツい状況っていうのは、心休まる間もない日々のことだ……。仕事でも、学校の授業でも、小休止って絶対に必要なんだよ。この日々には、それもないんだ。家でも外でも落ち着ける居場所がどこにも無い……。それがなくとも、誰か一人だけでもいいから味方をしてくれる……少しでも理解してくれる……あるいは、優しい言葉をほんの一言だけでもいいからかけてくれる……。それさえあれば救われるのに、それさえない……。まさしく絶え間ない地獄……。それでも、耐え続けて……なんとか乗り越えたかと思えば……それから先もずぅっと頭の中で続いていく……。このリフレインが他の何よりも厄介でね……。過去に言われてきた気持ちの悪い言葉の数々が……受けてきた気持ちの悪い仕打ちの諸々が……脳内を延々と巡る……。思い出したくも無いのに、無意識のうちに反芻してしまう……。その時の相手の表情や態度、言動、匂いや温度、鮮明な映像も込みでね……。何もしていない時や、単純作業をしている最中なんかは特に……。大体、一時間おきくらいに……。ホントに、もうマジで……ずぅぅぅぅぅぅっと苛まれていく……」


 やはり、逃げるつもりはなさそうですね……。

 ちなみに『学校』とは、大昔に存在した教育機関……のはずです。


「そして……さらにですよ……。その上でぇ……ガイアクのぉ……おしゃぶり野郎共からぁぁ……さらに、さらに、気持ちの悪い悪意を向けられるわけですよぉぉ……。別にこっちは絡みたくもないのに、いちいちしつこく絡んできてぇ……わざわざ目の前にやってきてぇ……。事情なんか何も知らないくせに、知ったような口を叩いてくるわけですよ。『他人(ヒト)のせいにするな』『自分で選んだことだ』……とかね。そうやって、選択肢のカードをいくらでも手札に持てたような奴が、自分の頭を一切働かせていないような定型句を吐いてくれちゃうわけぇ……。いや、これがね……大人の意見として、他責思考の奴を諭すために言うてるのなら全然構いませんよ……? そうじゃないから問題なんです。あろうことか、普段から他人の悪口でも、不満でも、愚痴でも、好きなだけ吐き散らかして……なんでもかんでも人のせいにして、ガキの頃から不服があれば大声で喚き散らかして暴れて、何か困ったら駄々をこねてばかりで、好きなだけ我が儘をぶっこいてきたような奴が……何も文句を言わず、ただ黙って真面目に生きている人間に対し、自分を棚に上げて、『ヒトのせいにするな』『自分で選んだことだ』という言葉を使うんだよ……。黙って生きている人を、もっと黙らせる目的で……。もちろん根底にあるのは、おしゃぶり式・物の考え方ね……。さっきも言ったとおり、彼らは自分が恵まれていることや、他人が苦労していることを意地でも認めないのよ……。これに関しては、マジで拒否反応がすんごいの……。『いやいや、コイツが俺よりも頑張っているだなんて、ありえない……そんなこと、考えたくもない……』というね、半ば自己暗示にも近い幼稚な思考だけで脳が占めちゃっているくせに、実際、それしか頭にないくせに……あたかも己が人生の先達や熟練者であるかのような姿勢で、俺はお前にありがたい助言をしてやっているんだとでもいった態度で、偉そうな口を利いてくるわけですよ……。そんでさぁ……どうですか? ただでさえ苦しんでいるところに、追い打ちで軽薄なバカから侮辱を含んだ言葉を浴びせられる気分は? そら、不愉快なんてモンじゃないでしょう? こんな奴らばかりの世界で生きているのがイヤになるでしょう? これぞ死んだ方がマシみたいな精神状態に陥りますよね? とっくの昔にそうなっているんでしょうけど……」


 いつの間にか、セブン様とバッチリ目が合っていました。

 ここまでは、ほぼお説教と──暗に、例え話などで社会的弱者の擁護をしているみたいでしたが……やっぱり勘違いでも、自意識過剰でもなく、端々の問い掛け──これって、私に訊いてるの……?


「おい」


 警官さんが、ゴンゴンゴンと、その苛立ちを表すかのように、わざとらしく大きな音で、開きっぱなしの扉を叩きます。

 びくりと身を震わせ、おずおずとそちらの方へ視線を移しました。


「喋るな」


「え……あ、あの……」


「喋るな」


「ていうか、その……違くて……これは……私の……あ、あれで……っ!」


「いやいや……いいから、もう喋るな。うるさいんだよ、さっきから……。こっちまで声が響いてんの」


「あ~……いやぁ~……ごめんね? ここにいる人達、み~んな仕事中だからさ。悪いんだけどぉ……親が来るまで、黙っててくんない……? たぶん、もうちょっとだからさ……ごめんねっ!」


 多少は威圧的でありますが、至極真っ当な苦情でしょう。

 喋るなと命じられたので、一言も発せず、首肯で応じました。  


「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ!」


 何も臆することもなく、セブン様は机を叩いて関心を引こうとします。

 あれだけマシンガントークを繰り広げておきながら、まだまだ喋り足りないようです。


「しかもさ、ちょっと聞いてよぉ……。おしゃぶり野郎はね……そうやってねぇ……他人をコケにすることを生き甲斐としてきた分際でね……それなのにね……自分が同じ事をされるのは絶対にイヤなんだってぇ~! 他人を馬鹿にするのは大好きでしょうがないけれど、自分が馬鹿にされるのは絶対にイヤなんだってぇ~! 馬鹿にされるどころか、悪いところをちょっと指摘されるのも、相当、癪に障るんだって~! ほんの少しでも注意されたら、ヘソ曲げちゃうんだって~! ええ、そうです……。そこでもまた、おしゃぶり式物の考え方が炸裂しちゃっているわけです……。そんで、他人の苦労を絶対に認めようとしないくせに、自分のあってないような苦労話だけはやたらと誇張するんだよ……ホント、きっしょいわぁ……。お前、一体いくつだから、そこまで幼稚な物の考え方してんだよって……。じゃあ、その幼稚な野郎が普段、どれだけ幼稚なことを考えているのか、具体的に一つ一つ枚挙していこうか? 『お前ごときが俺に意見をするな』と、『お前なんかが俺に刃向かうな』と、『お前が俺に対して何か一つでも口答えをするな』と、『俺がお前を侮辱したり、お前の悪口を言いふらして、それを酒の肴にすることは構わない。それは簡単に許される』と、『事実がどうとかは関係ない。とにかく、なんでもいいから、お前を侮辱できる材料が欲しい』と、『いいから、お前は黙って俺に侮辱され続けてりゃあいいんだ』とね……これ以外のことは本当に何も頭の中に詰まっていないんだよ。そんな感じで、見下している相手を捌け口にすることに関してはやたらと執拗なんだ。ガイアクの本能と言ってもいいね。不幸な星の下に生まれた人間は、これが周囲に一人や二人いるどころじゃない。身内全員からその扱いなんだ。そうやって、よってたかって一人の人間を捌け口にするため、あらゆる汚い手段が講じられる。どれだけ酷い扱いをしても、一切の反抗を許容せず、たったの一言でも意見しようものなら、まるでそいつが人殺しでもしたかのように大騒ぎし、喚き散らかして黙らせ、ひたすら畏縮させ、身も心もその場から動けないよう抑え付ける。明らかに、そいつらは、一人の人間を槍玉に挙げて虐げることを楽しみとしている。そして当人は、何も悪いことをしていないはずなのに、事あるごとに責められるもんだから、自分自身への猜疑心まで植え付けられた状態になる。なんでもかんでも自分が悪いことにしてしまう癖ができる……。自分のことを全く信じられなくなる……。常に縮こまって生きるようになる……。あまり人と会話することもなくなる……。ろくに喋れなくなる……。そして、いよいよ、本当に声も出せなくなる……。──そう。まさに、キミが陥っている現状がそれなんだよ」


 そして、ついに、明確に私を指して告げる──


「だってそうでしょ? キミは別になぁぁぁんにも悪い事をしていない……。ガイアクのおしゃぶり野郎共みたく、何かにつけてピーピーと喚いたり、ごちゃごちゃ文句を言っているわけでも、本当に他人のせいにしてきたわけでも、誰かの悪口を言って、それを喜びとしているわけでもない……。ただひたすら黙って、自分のやるべきことを必死にやっていただけ……。それを邪魔する連中に……人を不快にさせるか、死にたい気持ちにさせるしか能が無い……そんなガイアク共に、追い詰められ……んでぇ? いよいよ、のっぴきならなくなって、公的機関へ相談しに行ってみたらぁ……ろくに詳しい話は聞いてもらえず、事実関係を知ろうともせず、何故かキミがおかしな奴という前提で、威圧的な態度を取られ、クソみたいな対応をされました……って話でしょ……? でも、キミって奴は、自分が悪いと思うわけだ……。大した問題でもないのに狼狽えてしまったぁ……とか、役所や警察の人に迷惑をかけてしまったぁ……とか、こんなことで手間取らせて本当に申し訳ないなぁ……とか、私はなんて恥ずかしい奴なんだぁ……とか、しまいには、ゴミ両親に対する負い目まで抱いて……お父さん、お母さん、ごめんなさい、つって……そんな風に考えてしまうわけだ……。そしてぇ、諸悪の根源でもある父親が迎えに来るのを、こうして強制的に待たされている……。洗脳まがいな教育の成果か、不当な扱いに疑問を持つことすら封じられ、いつも通り理不尽を享受させられている……。そう……全部、これなんだよ……。あまねくガイアク共に共通するおしゃぶり式物の考え方が、こういうふざけた状況をいくつも生み出しているんだ……。『他人の苦労を認めたくない』という幼稚なマインドが、ね……。だから、あいつらは人の話をまともに聞けないんだよ……。はぁ……全くぅ……やれやれ……連中さえいなければ、この世界の司法や医療も、災害時の対応も、少しはマシに整っていただろうにさ……。あ~あ……おしゃぶり野郎共のせいで文明が停滞しとるわぁ……技術の進歩が遅れとるわぁ……」


 最初の言葉から、奇妙だとは思っていました。

 この人は、私しか知らないことを知っている。


「そぉぉぉぉんで、さぁぁぁぁぁ~……このままでいいと思う……? 文明を停滞させて、技術の進歩を遅らせている原因がその辺にウジャウジャいてぇ……ついでに、社会から犯罪者が減らない理由そのものが、今、目の前にいるわけだけどぉ……。これはいつもどおりで簡単に受け入れちゃっていい……? キミが日頃から受けている胸糞悪い仕打ちと同様に、ただで済ませちゃってもいい……? んん~? いいのぉ……? ホントぉ……? まあ、そうだよね……。ずっと、そうやって育てられてきたんだもんね……。お前の役割は、サンドバックだって……。刷り込みの賜ですねぇ……。こうして見事に出来上がってしまいましたぁ……と……」


 誰にも打ち明けていない胸の内を。

 生まれた時から続くこの痛みを。

 想念の呻きを。


 ()()()()()()()()()()──


「なんつーか、さあ……いやあ、もう……なんかぁ……良かったねぇ! すっごくお得な話じゃん……? だって、そうでしょう……? 『言葉や態度で人を傷付けても問題になんかならない』って、目上の方々から懇切丁寧に教えてもらったんだよ? 所謂、敬うべき立派な大人とされる……親や警察様にさぁ……。だから、キミだって連中と同じように、誰かを好きなように侮辱したって構わないわけだ……。どれだけ他人の名誉を傷付けたって、簡単に許される……。お上は見て見ぬフリをしてくれる……。キミがされてきた事と同じように、『大した問題ではないモノ』として処理される……。そのはずだ……。わざわざ、お行儀良く、正式な手続きを経てまで、その実態を確かめたんだぜ……? 最高の収穫だろ……? これで心置きなく……言葉を用いた意趣返しができるってわけだ……。よかった、よかった……あぁ? 許されるわけがないって? いやいやいや……なんでだよ……おかしいだろ……。だって、キミの父親と母親と母親の再婚相手と叔母さんたちと従兄弟たちは、刑務所に入っていない……。なんの罰も受けていない……。そもそもキミが連中にされてきたことは、単なる侮辱なんてレベルじゃないからね……。キミを取り巻く全てが、『人を精神的に追い込むことは罪にならない』と、そう説いている……。これがなんと、行政のお墨付きですよ!? だからねぇ……これから先、キミが連中に何をしたって誰かに咎められる謂われはないのよ……そうでしょう……? それとも、何……? ここまできて、まぁ~だガイアク共のためなんかにいみくじ考えてやるの……? あれやこれやと配慮しちゃうわけか……? キミの事は誰も理解してくれないのに、キミはガイアク共のことを解ってあげようとするんだ……? いい加減にしとけよ……なぁ……。そんなんだから、ガイアク共につけ込まれるんだよ……。そんなんだから、ガイアク共がつけ上がるんだよ……。キミには、無理矢理にでも罪悪感を植え付けようとしてくるけれど、あいつら自身は、人生において、罪悪感を持てた試しが、一度たりとも無い生き物なんだからさぁ……。いい歳ぶっこいて、自分を責めた経験がない赤ちゃん脳ミソなんだからさぁ……。どんなに悪いことをしても、反省なんか一ミリもできずに、自分たちにとって都合の悪いことを、どうにかこうにか誤魔化すため、おしゃぶり社交パーティーを開催して、おしゃぶり野郎同士で甘やかし合って、自分たちのやってきた犯罪行為を甘く見積もって、全部、なあなあにするだけなんだよ……そして、同じような汚いマネを何度も何度も繰り返していく……自分が何も悪いと思っていないから、何も反省しない、何も変わろうとしない、何も変わらない……。あぁ……本当に、ウンザリするよなぁ……。腹が立つ……とか……もはや……そんな次元じゃないって……。全部、これだよ……全部……なにもかも……。ガイアク共の……この……おしゃぶり式物の考え方のせいだよ……。正しいことのために頑張っている人達を苦しめているのは……。その志をへし折っているのは……。おかげさまで、司法や医療が整わないのも……。文明がいつまでも停滞しているのも……。技術の進歩が遅れているのも……。この世界で起こる悪い出来事の何もかも……。キミのことをそんな風にしょぼくれた人間にしちゃったのもさああああァァッ!!」


「うるっせぇな……いいから、親が来るまで黙ってろよ!」


 怒号と罵声が交錯した、その刹那──

 セブン様は、私の目の前から一瞬で姿を消し、入り口にいる警官二人と対峙していました。

 敵意を剥き出しにした臨戦態勢。

 その総身は、陽炎の如く揺蕩う黒い靄──()()()()()を纏っています。


「は? なになに……なんなのコイツ……」


「テメェがるっせぇんだよォオッ!! んだァア!? さっきから人の話を遮りやがってェッ!! 本物の出来損ないがァッ!! ガイアクの分際で一体、だぁれに向かって口利いてんだァッ!? おしゃぶり付けて黙ってろブタァッ!! 偉大すぎるボクサマに平服しやがれェエエッ!!」


 セブン様は右手の指でピストルの形を模し、左手の人差し指と親指で照準を合わせるようにして構え、そして、高らかに叫びました。


 全ての元凶、ファウストの『虐殺器官(ピースウォーカー)』──

 動乱期の豪傑、スパイヤの『崖際のワルツ(ラタララス)』──

 外世界に君臨する暴君、ビクター・ザ・グレートの『悪い者いじめ(バッド・テイスト)』──

 

 あらゆる時代の猛者たち、世界規模の厄災とまで畏怖された数々の異能……その悉くが霞むほどの圧倒的な脅威。

 これより後にも先にも、ヘブンリー・マスター・セブンのそれに匹敵する者など、ついぞ現れなかった、史上最強最悪を冠する権能の名を──


窓の中から(プレゼント・)オーロラを(フロム・)見た(ユー)だろうかーーーッ!!」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ