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第5話 住民票閲覧制限の相談がしたくて

 センターとは、ミッドギアランドの中心部であるアスエリア、さらにその中央に位置する行政機関・都市公社の複合公共施設です。

 役所としての機能に加え、流通やインフラなどの管轄までも行い、市民の生活を支えている中枢のワンストップ型総合窓口。

 正式名称は、シティパブリックサービスセンター。略して、センター。

 我々が何かしらの申請を通す際は、ひとまずこのセンターへ立ち寄るのが一般的となっています。

 開庁しているのは平日だけ。

 仕事は有給を使いました。

 年の瀬に急なお休みを取るのは、本来、迷惑極まりない悪行なのですが、事は一刻を争いますので、やむを得ない事情として処理されたし。

 ……まあ、いうて末端の契約社員──バイトですから、いてもいなくても問題ないのですがね。


「あ、あの……すみません。その……住民票閲覧制限の相談がしたくて……」


 ネームプレートを首から下げた係員の方に声を掛け、受付の案内をして頂きました。

 引っ越しの際も何度かここには訪れていたので、勝手はなんとなく解るのですが、自己判断で進めるよりも一つずつちゃんと訊いた方が確実で、滞りないなと考え、番号札を発券する機器の操作から手伝ってもらいました。

 大袈裟かもしれませんけど、一世一代の決断ですから、念には念をと……。


『英雄崇拝から、誹謗中傷に関するお知らせです。今月は、英雄崇拝、世界警察、アーティスト、インフルエンサー、人気配信者などへの誹謗中傷を行ったとして、侮辱罪・名誉毀損で逮捕・起訴された人が七百二十七人。先月比から八十一人増となっております。皆様、誹謗中傷にはお気を付け下さい。そして、誹謗中傷は絶対に止めましょう』


 待合フロアのモニター広告から、注意喚起のアナウンスが流れました。

 こういうのって、別に自分は何も悪いことをしていないのに、なんだか叱られた気分になっちゃいますよね。


「けぇっ!」


 ロビーチェアの前列に座っていた強面のおじさんが、わざとらしく舌打ちをします。

 そこから堰を切ったかのように悪態をつき始めました。


「私たちぃ……英雄崇拝はぁ……あ、今日もぉ……自分たちに都合の悪いことを言う人間を成敗してやりますぅ……ってかぁ? ったくよぉ……金持ちのボンボンばっかり至れり尽くせり優遇されやがって……。言論弾圧も甚だしいぜ……。世界警察の奴らも、んなことしてる暇あったら、もっとひでぇ犯罪者の一人でも多く捕まえろってんだ、ばっきゃろう!」


 かなり酔っ払っているのか、公の場で言いたい放題です。

 私も含め、その様子を見た周囲の人達は皆、目を丸くし、戦慄して青ざめました。

 だって、こんな場所で、そんなことを大声で言ってしまったら──


「検知! 誹謗中傷ヲ検知シマシタ! 誹謗中傷ダメ! 誹謗中傷、ダメ! ゼッタイ!」


 といった感じで、恐ろしい検閲ロボットさんたちが駆け付けてきちゃいますので。

 酔っ払いのおじさんは、ロボットさんが伸ばしたアームでがんじがらめにされると、そのまま持ち上げられて宙を舞い、そして、ハートマンのオブジェに縛り付けられてしまいました。さながら磔刑のように。

 言わんこっちゃない。


「んだぁ、離せ、このやろぉ!」


「ビリビリ! デンキ、ビリビリ!」


「ぎゃああああああ!!」


 容赦の無いスタンガンによる電撃をくらい、おじさんは人目も憚らず大絶叫しました。

 元から何も憚ってなどおりませんでしたが。

 ロボットさんが収納ドロアーを開き、おじさんに詰め寄ります。


「バッキン! 誹謗中傷ノバッキン! オカネ、ハラッテ! ココニ、オカネイレテ!」


「ああん!? 罰金なんて払うわけねぇだろ……ボケぇ! 役所では散々っぱら、待たせるくせによぉ……。こういう時の対応だけは省略しやが──」


「ビリビリ! デンキ、ビリビリ!」


「だあああはっはっはっ!」


 先程よりも強烈な電気ショックを浴び、それが十秒ほど続きました。激痛を与えられる時間としては長すぎます。

 全身から黒い煙を出し、おじさんは脱力してうなだれ、んぐぅぅっ……と唸りながら表情筋をピクピクと痙攣。

 人の髪が焼ける独特の匂いが、ここまで漂ってきます。

 そんなおじさんの見るも無惨なズタボロ姿なんてお構いなしに、検閲ロボットさんたちは彼を拘束したまま、その身を担いで出口の方へと向かって行きました。


「ハンニン! テイコウ! ハンコウ! ミガラ! カクホ! レンコウ! レンコウ!」


「いでででで! お前らぁ! 自分たちには甘いくせに、貧乏な一般市民ばかりイジメくさってぇぇ! ふざけんなよ、英雄崇拝ぃぃッ!」


 そうしておじさんは連れて行かれ、喚く声も遠のいていきました。

 最後までああやって減らず口を叩けるのは、ある意味であっぱれですね。

 ご覧の通り、検閲ロボットが近くに徘徊しているところで、英雄崇拝の悪口を言ったりなんかしたら一巻の終わり。

 明言はされておりませんが、ミッドギアランドでは、本当にこのような厳しい言論統制が敷かれているのです。

 英雄崇拝に限らず、他人への侮辱や名誉を傷付ける発言は、問答無用でしょっぴかれます。

 ……なんていうのは、建前上のお話。

 実のところ、しっかり罪として裁かれるのは、特定の団体や特定の個人へ向けての暴言のみ。

 単純に訴訟を起こすだけでも自力となる資金が必要ですし、検閲ロボットにID登録できる者も、厳正な審査を通る必要があるようで……。曰く、これもまたその人の家柄や収入・財産、フォロワー数や知名度などによって吟味されるのだとか。

 一体、誰の名前に反応するのか、しないのかを検証している動画もちょいちょいあります。

 怖いもの知らずの人たちがたまに投稿して、二日と経たずに削除されちゃいますが。

 それのマネがしたかったのか、従兄弟たちもよく、あえて検閲ロボットの前で私のことをヒドく罵り、何も反応がない様子を見て爆笑していました。

 「お前は、英雄崇拝に人間として見られていないんだ」って。……いや、それを言ったら、お前らもそうだろと。たぶん。

 しかし、誹謗中傷による侮辱罪の厳罰化って、本来は、自殺にまで追い込まれる人を救済するために設けられた措置のはずなんですけどね。

 それなのに、今となっては、社会的地位の高い人たちが、自分たちにとって都合の悪い意見を封殺するためだけに利用されている節があります。

 結局、悪い人たちの精神攻撃によって、自殺していく人の数は全然減っていませんし……ていうか、増えてるし。

 本末転倒。

 どころか、問題はより深刻化している。

 だから、あのおじさんの言っていたことも、実は一理あるのかな……なんて、思ったりもして……。

 きっとみんな、同じようなことを考えています。

 だけど、お上に逆らうのが怖くて、誰も、何も文句は言えません。

 あるいは、間違っている事と解っていながら、長いものに巻かれているわけです。

 みんな、意気地無し。

 卑怯者。

 腰抜け。

 稀にあのおじさんみたいな勇者が現れても、安全圏から冷たい視線で見送るだけ……。

 釈然としないまま不毛な毎日を過ごすだけ……。


「はい、お待たせしました。はい、どうぞ、座って~。で、そこにIDカード、かざして……そそ。え~、それであなた、お名前は? 生年月日もお願いね」


「あ……エコーです。2144年の12月20日生まれ……です」


「えご?」


「ああ、いや……! え、エコーです!」


 窓口のおばちゃんが、早くもなければ遅くもないタイピングスピードで打ち込み、私の個人情報をデータバンクから照会しています。

 本気で逃げ出すっていうのが、いざ現実味を帯びてくると、やっぱり緊張してそわそわしちゃいますね……。

 ちゃんと上手くいくのかな……。

 正直、めちゃくちゃ不安です。


「エコー、と……。年齢はぁ……今月で十歳ね。一人暮らし?」


「はい……あ、でも、そのうち引っ越そうと考えてて……だから、その……引っ越し先の住所を親とか叔母さんに、見られないようにしてほしくて……あっ、で、その、こ、これです……」


 ずっと抱きしめるように持ち歩いていたファイルケースの中から、印刷してきた住民票閲覧制限の資料をおもむろに取り出し、恐る恐るおばちゃんへ手渡しました。

 近視なのか、メガネを外し、受け取った紙を掲げるようにしてジッと見つめています。


「ええ、ええ、ええ……。あ~、なるほど! ん~、ちょっと待ってて! すぐに戻りますから!」


 おばちゃんは席を立ち、背後の事務スペースへと下がっていきました。

 あんなペラ一枚で、こちらの意図がきちんと伝わったのでしょうか。

 察してくれるのはとてもありがたいのですが、それにつけても自分の口下手ぶりったら情けない。

 人前が苦手だからといって、こういう肝心な場面でも言葉数が少ないのは、いかがなものかと。

 こんなんじゃダメだ……ちゃんと説明できるようにしないと……丁寧に対応してくれる相手の方にも失礼だし……。

 おばちゃんは何かの用紙を手に、目の前の定位置へパタパタと舞い戻ってきました。


「じゃあ、エコーさん……はい、申請書! これ書いて、あと、世界警察の方にも行ってきて、そこで事情を話して下さい! 向こうの証明書も無いとダメだからねっ!」


 と言って、支援措置申出書なるモノを寄越してくれました。本当に話が早いですね。

 あえて、ここで何も詮索してこないのは配慮なのでしょうか。


「あ、ありがとうございます!」


「は~い。おつかれさまでした~」


 心遣いを感じる対応に感謝しつつ、ワンストップと謳っているのに別の公共機関へ出向く必要があるのか……という若干の違和感も抱きながら、私はセンターを後にします。

 外へ出ると、雪が降っていました──

 ミッドギアランドにおいては、天気予報が外れることなんて、まずありえません。

 でも、ちゃんと確認してこなかったので、あいにく傘は持ち合わせていない。

 ここに来るまで空模様にも気付けなかった。今朝はこんなにも寒くて薄暗かったのか。

 ちょっと濡れちゃうけど……雨じゃないだけまだマシだよね。

 懐から携帯端末を抜き出し、ホーム画面を覗きます。

 ……ああ、しかも今日って、クリスマスじゃん。

 町のイルミネーションなんて一ヶ月以上も前からその仕様だったし、逆に意識していなかったな。

 ま、私には関係ないけど……。

 結局、サンタさんも来なかったし……。

 クリスマスに限らず、他の様々な祭事も祝い事も催し物も、それに伴う人々の幸せそうな笑顔も……私には一切関係ない。

 そのような明るい楽園(エデン)とは、ことごとく無縁ですから。

 パーティー用とんがり帽子の代わりにニット帽を深く被り、耳にイヤホンを嵌めて、コートのポケットに手を埋め、ナガレボシちゃんの唄を聴きながら、私はいつものように下を向いて歩きます。



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