第4話 望遠のマーチ
「お前の家、『石の塊』みたいだよな! んふふふふふふふっ! きむちゅちゅちゅちゅちゅっ! しょ~うがぁ~い! それは、だれでしょ~う? しょ~うがぁ~い! それは、決まぁってるぅ~♪」
祖母の家に住んでいるので、従兄弟たちと遭遇する頻度も増しました。
歳を重ねれば、こいつらもある程度は分別を弁えるようになって、私への気持ち悪い仕打ちも落ち着くだろうと高を括っておりましたが、むしろエスカレートするばかりで収まる気配は一向にありません。
きっとこいつらは大人になってからも止めないのです。二十歳になっても、三十歳になっても、相変わらず、同じ態度で、同じマネをするつもりなのでしょう。
何故なら、叔母さんたちがそういう教育をしていますので。積極的に私を嘲弄するよう、従兄弟たちに促しているわけです。
信じられないかもしれませんが、本当のことだから、なおのこと性質が悪い。
こんな話、誰かに打ち明けたところで、誰も私の話を信じないでしょ?
そして、この状況を誰も咎めたりはしない。だからこそ拍車が掛かり、歯止めが利きません。
それが全部解っているから、さらに調子に乗って、さらに明確な悪意をもって、叔母さんたちは従兄弟たちを差し向けるわけです。
そして、父親とそっくりの顔でニタニタと笑うわけです。
ただでさえ家庭の問題で苦しんでいるのにも関わらず、自分よりも遥かに恵まれた環境下で好き放題に生きている連中から、こんな気持ちの悪い仕打ちをひたすら受け続けるのですよ。
これで死にたくなるなという方が無理のある話でしょ。
「ハートマン・スタジオ・パークは今日も大賑わいです! ご覧下さい! なんと実物大のハートマンロボットがいます! スタパに来れば、本物のハートマンにも会える! 子供達の皆さん、お父さんお母さんと一緒に、ご来場なさって下さ~い!」
「みんな、待ってるよぉ! ぽぉぉぉぉう!」
「ご存じの方も多いかもしれませんが、実はこのスタパ! 地図には載っていないんです! 普通では絶対にたどり着けない場所にあるんですよ~! どこにあるのかも分からない不思議なスタパへの道は、秘密のエレベーターから! 是非とも幻想のような世界を体験なさって下さ~い!」
テレビには、きらびやかな夢の国が映し出されています。
この穢れに満ちた地獄と同じ地平に存在するとは、到底思えないような場所が。
まあ、実在はしているのでしょうけど。
従兄弟たちがアトラクションのライドショットなどをよく自慢してきましたからね。
お母さんも、たまにスタパの思い出話をしていました。
女の子がスタパを楽しんでいる様子、その幼少期から老年期までを描いたアニメーションCM、あれが感動的で涙ものだとか。
日頃から平気で汚いマネばかりしている奴らが、弱い者イジメを好き好む奴らが、正義のヒーローであるハートマンに夢中だなんて、お笑い草もいいところですよね。
一体、どの面下げて彼の前に立てるというのか。
たとえ紛い物の着ぐるみやロボットであったとしても、そういう性根の腐った連中にまで、笑顔を振りまいているハートマンの姿を想像するだけで……胸が張り裂けそう。
(まあ……どうせ、行けないし……私には関係ないけどね……)
悪意の無い昔話や、テーマパークの宣伝番組でさえ、見たり聞いたりしているだけでも気分が落ち込み、とてつもない疎外感に襲われるようになりました。
成長するほどに心が脆くなっていくのは、一体どういう原理なのでしょうか。
……ああ、なんで、ハートマンのことを心から尊敬する私よりも、人を傷付けることを生き甲斐としている最低なクズ共に、スタパで楽しむ権利が与えられるんだよ。
この世は、悪い奴ばかりが優遇される仕組みにでもなっているのでしょうか。
じゃあ、いいよ、もう行けなくて。
「こ~の声がぁ~……枯れ~てでもぉ~……いつか、きっと、ずっと、ずっと、ずっと、あなたへ届きますよ~ぉにぃ~……」
いつもどおり、歌って、陰鬱な気持ちを誤魔化します。
相変わらず、死にたい気持ちになることばかりだけれど、ナガレボシちゃんにライブへ行く約束もしちゃったし。
まあ、それは、こちらが一方的にファンレターを送っただけの事ですが……。
全部、目を通すとは言っていたけど、あれはただの社交辞令でしょうね。
低く見積もっても一万通くらいは届きそう。あの放送の後では、尚更。
本人に読んでもらったからどうとか、そういう話ではなく、あれは推しへの誓いですから、それを反故するのは背信行為に他なりません。
──とかなんとか言って、今度は好きなアイドルまで言い訳の材料に使うのですよ、私という負け犬の考え方しかできないクズは。
いいから、早く死ねばいいのにね。
誰も助けてくれない以上、それ以外の選択肢なんか私にはないって、本当はもうちゃんと気付いているはずなのに……いつまでもダラダラと延命して、自殺以外の逃げ道ばかりを探すのです。そんな己の臆病さ加減には、心底うんざりさせられます。
逃げた分だけ、墓穴を掘るだけだというのに……。
適性検査の時期、またしても結果は芳しくなかったのですが、私は今よりもっと稼げるお仕事を探していました。
そしたら、近頃、再婚したばかりのお母さんが、退去する予定の部屋を代わりに借りないか、と提案してくれたのです。冷蔵庫や洗濯機や炊飯器などの家電付きです。立地もそこそこいいのです。
最初は抵抗がありました。自分を置いていった母親に大きな借りを作ってしまいますので。
お母さんは、そんなつもりはなかったのかもしれませんが、あの性格上、これでまた後から「お前には、ああしてやった、こうしてやった」と恩着せがましく迫られるのかと思うと、気は進みませんでした。
なので、ここは話に乗らないのが賢明な判断でしょう。本来なら。
だけど、お父さんと実家の団地にいるのも、おばあちゃんの団地にいるのも正直、どちらもしんどかったのです。
このままでは、何か身になることを積み上げる余裕も無く、ただひたすらに精神が摩耗していくだけなのは目に見えていました。
そんな八方塞がりの状況にいる私にとって、逃げ道を用意してくれる有り難いお誘いだったのです。
数ヶ月ほど悩みましたが、結局は、お母さんのご厚意に甘えさせて頂くことになりました。
でも、いざお応えすると、案の定、渋る雰囲気を出し始め、あたかも私がとんでもないワガママを言ってきたかのような感じで、話は運ばれていきました。
実際、とりなしてくれたのは本当ですし、すぐにお返事もできなかった。これでは悪いように言われても仕方ありませんね。
そうして、嫌っているはずのお母さんに助けてもらい、出稼ぎを理由に、親族たちから逃げ出しました。
引っ越し先の部屋は、壁の薄いワンルームでしたが、今まで暮らしてきた団地と比べたら、かなりの豪邸です。エアコンも備え付けられていますし、お風呂場には浴槽もあります。
職探しは思っていたよりも手こずりました。コンビニや動物愛護センターなどを経て、データ入力のバイトを転々とするようになり、まあ、それでも、以前より所得は倍に増え、多少苦し紛れではあるけれど、貯金もできるようになったんですよ。
月一ほどで様子を見に来るお母さんが、私の通帳を確認しつつ、たまにお金を借りていくこともありました。ついでに、買ってきてくれたコロッケを一緒に食べます。
そうして、生活にゆとりが生まれてきた頃、ついにネット回線を引くことができるようになったのです。ノートPCも買って、動画サイトや、念願のSNSも楽しめるようになりました。
主な用途は、執筆作業ですが。
実は、密かに創作活動というモノにも憧れていまして……。
とはいえ、絵を描く努力もしてこなかったし、私にできることなんて、せいぜい文字を打つことくらいかなって。
忙しいから全然、手は付けられていないのですけどね。ネタだけ溜めて、いつか何かしらの形で放出できたらいいなと考えております。
ハートマンやナガレボシちゃんからもらった、名前も付けられない情熱の火種みたいな温かい気持ちを、私も誰かに手渡したいと思えるようになったんです。
そんな感じで、自分がずっとやりたかった事──大切な夢のため、お金や時間を費やせるようになりました。
以前では、考えられなかったような暮らしぶりです。お母さんに感謝ですね。
十歳の誕生日を迎えるより少し前、叔母さんたちに、呼び出されました。
当然、会いたくはなかったので、断りました。
それでも、しつこく電話がかかってきます。
それを無視していたら、お母さんの方にまで連絡がいったそうで。
「あいつを説得しろ」と。
やむを得ず、叔母さんたちの住んでいる地域まで足を運びます。
そこは従兄弟たちも棲むところであり、ミッドギアランドで最も盛んな中心地のアスエリア。人が生活していく上では、この上ない環境です。
駅構内にあるお店に呼ばれ、話し合いをすることになりました。
お前は家孫でどうのこうの……結婚して子供を生んでどうの……。
それが、わざわざこんなところへ呼び出してまで、叔母さんたちが、私に言いたかったことらしいです。
要するに私は長男である父親の子供だから、将来的に家の責任はお前が全部背負って、どうにかするべきだろ、というお話でした。
私は頭が悪いので、そういった義理だか責務云々の話は、両親が離婚した時点で全て破綻したモノかと勝手に思い込んでいました……が、どうやら違ったみたいです。
そもそも、この叔母さんたちが、人としての道理を私に当てはめるわけがない。
ましてや、親が離婚してしまって、私が傷心であるかどうかなんて慮るわけがない。
私を人間扱いしていないのだから。
こいつらの人間性がどこまでも終わっていることを、私は肝に銘じておくべきだったのです。
家孫、家孫とうるさいのだけれど、家孫がどうのは詭弁でしょう。
叔母さんたちは、私がいなくなったら、自分たちがあの父親と、積極的に関わる羽目になるのがイヤでしょうがない。だから必死なんですよ。
私たちは、あいつと関わり合いたくなんかない。
でも、お前が逃げたら、そうなってしまう。
お前はあいつと死ぬまで一緒に居ろ。
それがお前の役目だろ。
そして、自分たちはこれまでと同様、何不自由のない豊かな生活を送って、遊んで暮らしていきたい……と。
そういう腹なわけです。
でも残念ながら、世間的には、これが至極真っ当な意見らしい。
この叔母さんたちや従兄弟たちが、私へ明確な悪意をもって、傷害や名誉毀損や侮辱行為を働いてきたこと、それらの事実は全て無視されるけれど、私がそんな酷い身内から自分の意思で離れることを、この国のルールは絶対に許さない。
私が今までに、コイツらから受けてきた精神的苦痛などを、社会の規律とやらは一切考慮してくれない。
その上で、扶養義務というモノを課されるのです。
そうやって、これまで通り、捌け口として、イヤな役回りばかりを担わされて、ずっといいように利用されるんです。それこそ死ぬまで……。
ええ、冗談じゃありません。本当に死んだ方がマシです。
だって、私が生き続けるということは、コイツらのために何かをするということなんですよ。
明確な悪意をもって、私のことを散々虐げてきたコイツらのためなんかに。
私を捌け口にして、あいつらは気持ちよくなって、明日も清々しく生きようとする。
あいつらが活気付くということは、真っ当に頑張っている人たちの迷惑になるということ。
宿主の養分を吸い取る寄生虫みたいに、誰かの成果や功績をまるで自分の手柄であるかのように振りかざす。そんな意地汚い生き方に拍車をかけるのです。
その原因の一端は、私があいつらをとことんつけ上がらせたことにある。
私に対する『明確な悪意をもって行った気持ちの悪い仕打ち』の数々、それらが簡単に許されるのなら、きっとあれもこれも許される……どんなに悪いことをしてもバレないな……もう、いっそバレたところで犯罪者として捕まることはないだろうな……と味を占めるわけです。
そのようにして、あいつらはどんどん悪事を重ねていく。
だから、私のせいなんです。
私のせいで、世の中にいくつかの悪い事が増えています。
私が生きているせいで、私だけじゃなく、多くの善良な人たちまで害を被っているんです。
私が早く死なないから、あいつらは己を省みることもせず、いつまでも悪いことを続けるのです。
私が死ねば、少しは大人しくなるでしょう。
またコソコソと隠れて、汚いマネをする程度には収まるでしょう。
悪い人に天罰が下るシステムが組み込まれていない世界である以上、この負の連鎖を止める方法はそれしかありません。
私という諸悪の根源を取り除かなければ。
それから誕生日を迎え、一ヶ月が経った頃、今度は叔母さんたちの方から、直接、私の家を訪ねてきました。
異常なまでの粘着質。
ドアホンのチャイム音が鳴ります。
出ません。
絶対に、出たくありません。
しつこくチャイム音が鳴ります。
出ません。
部屋の明かりも消して、しばらく居留守を決め込んでいると、「また来ます」というメモをポストに入れて残し、去っていきました。
こうなると、たとえどんな時間帯であったとしても外へ出たら、あいつらと鉢合わせになるんじゃないのか……。なんだったら待ち構えているんじゃないのか……。常時、そういった恐怖が付きまといました。
心をすり減らしていただけの毎日、そんなツラい過去を忘れ、ようやく楽しいと思える一人暮らしの日々を過ごせていたのに、それがあの叔母さんたちのねちっこい悪意によって全部壊されようとしている。
「こ~の声がぁ~……枯れ~てでもぉ~……いつか、きっと、ずっと、ずっと、ずっと、あなたへ届きますよ~ぉにぃ~……」
お母さんにも暗に助けを求めましたが、付き合うのが面倒臭いと一蹴されました。
もう、あの人は関係ありませんからね。
実はちょっと前に、お母さんから「こちらの子にならないか」と話を持ちかけられたこともあります。
だけど、断りました。
理由は、叔母さんたちに会いたくない理由と同じです。
──悪い人たちに、利用されたくなかったから。
ある日、深夜バイトから帰ると、お母さんと再婚相手の人が私の寝床で眠っていたことがありました。
元々は、あの人たちの部屋ですからね。私は何も文句を言える立場じゃありません。
再婚相手の方は、端から、私のことを目の敵にしていました。
大方、お母さんから、あることないこと吹き込まれているのでしょう。
正直、私も彼の印象は良くありませんでした。
口から出る話題は、職場の若い人を泣かしてやったとか、そういう幼稚な内容ばっかりで。とても中年が得意気に披露する話じゃない。
だけど、そのような子供っぽい性格もまた、本当、お母さんにそっくりなので、お似合いだとは思いました。
何より、私やお父さんの代わりに、お母さんのことを大切にしてくれています。
それに関しては、感謝するべきでしょう。
ただ、露骨に、お母さんだけを庇う姿勢が目に余るのです。
そして、私が消極的な人間であるのをいいことに、隙あらば嫌味を浴びせてくるような人でした。
私はここへ引っ越したばかりの頃に始めた工場系の仕事を、体力的な問題で早期に辞めたことがあります。
その際、お母さんを介して再婚相手の人から「教育がなっていない」などと執拗に責め立てられました。
これが本当に、社会人の姿勢として、若者の不躾な行いを咎めているつもりなら解るのですが、どう考えてもその類いではなく、ここぞとばかりの浮き立つような卑しい悪意だけが伝わってきたのです。
私がこれまでの職場で体験してきたような、未熟者の不作法を戒めるための思いやりを秘めた厳しさなんかは、微塵も感じられませんでした。
そのくせ、自分が転勤先で同僚からいじめられ、とんぼ返りした際には、「俺は地獄から戻ってきたんだ」と、そのことを大変な苦労話として、やたら誇張したのです。
他人の落ち度には強く当たり、自分にはとことん甘い。
そして、絶対に反省はしない。
だから、いくつになっても精神が未成熟。
その点も母親とよく似ています。
また、私が適性検査のスコアが低く、勉強が苦手なことについて馬鹿にしてくるなど、ねちっこい嫌味が絶えないどころか、今みたいに私が苦しんでいるところを見計らって、半ば無理矢理にフレンド追加をさせられたチャットアプリにて、漫画のキャラクターが鼻をほじくって嘲り笑っている画像を送り付けてきたりと、到底、いい大人とは思えない陰湿なやり口でおちょくってくるのです。
本当に、やっていることが従兄弟たちと同レベルの幼稚さで、辟易します。
それが、あの人の「漢気」だ、というのが母親の主張。
それで「漢気」という言葉が、吐き気を催すほど嫌いになりました。
ただでさえチンピラにすらなれない小物感が否めないというのに、いい歳こいて空威張りや見栄ばかりで、挙げ句の果てには、ようやく見つけた捌け口へのネチネチとした嫌がらせにご執心。
誰がどう見ても、本来の「漢気」という言葉の意味とは、かけ離れている人物で、むしろ真逆のことばかりやっていますので。
はたして「漢気」とは、弱い立場にいる人をいびって、それで気分が良くなるような人間のことを差す言葉だったでしょうか?
他人を侮辱することを生き甲斐としている人間を表す言葉だったでしょうか?
少なくとも、私が尊敬するタイプの正しい人──ヒーローの在り方とは対極に位置します。
それらの広義的な意味であるところの正義とは、傍目には不格好に見えたとしても、どれだけ自分が傷付いても、『目の前で困っている人を助けようとする姿勢』のことです。
それこそ、私がハートマンから学んだ──真の意味でのカッコいいという事でしたから。
父親も母親もその再婚相手も、叔母さんたちも、従兄弟たちも、みんな、嘘ばかり付いて、自分のやってきた悪いことをなにもかも誤魔化して、弱い人を見つけてイジメて、虚飾や虚勢ばかりに固執している──真の意味でのダサい奴らでしかありません。
人生で一度たりとも、直向きに頑張って生きている人達を……正義を敬ったことがないから、平気で汚いマネができるんだ。
そんなんだから、何が格好良いのかどうかさえも履き違えるんだ。
心の底から軽蔑する。
そして、その浅ましさゆえ、容易に本性を洞察されやすい人達でもありました。
誰でも彼らを一目見れば、どんな人間なのかすぐに解ってしまうほどに、内面の醜悪さが滲み出ていたのです。
どうやら本人たちにもその自覚があるようで、だからこそ、欺瞞に満ちた生き方に囚われている。
別に隠す必要もないんですけどね。
世の中、あなたたちの同族ばかりなんだから、本性がクズだとバレたところで、大多数の人間から忌避されることなんて、まずありえないでしょう。
むしろ、逆に好感を抱かれるというものです。
悪い奴ら同士で、甘やかし合って、仲良しこよし。
それが現代の社会なのですから。
性根の悪さが露呈することなんかよりも問題なのは、捌け口探し。
悪人は全員、自分よりも弱い立場にいる誰かを焦燥の捌け口にして生きています。
彼らにとって、それは呼吸と同じことで、生きていく上では欠かせないルーティンの一つなのです。
母親も再婚相手も、弱い者イジメが大好きだけれど、自分たちよりも劣悪な存在なんてめったに見つかりませんでした。
あの人たちには、まだ子供もいませんし。
──そこで白羽の矢を立てられたのが、私というわけです。
だから、私にこの賃貸アパートの一室を引き継がせたのです。
だから、ウチの子になるか、だなんて言い出したのです。
叔母さんたちと同じように、私を利用するために。
捌け口に利用するために。
自分たちのためだけに。
全部、解りきっていた話です。
いずれ母親は、こう言いますよ。
「お前は誰のおかげで、お父さんから逃げられたと思っているんだ?」と。
そんな風に負い目を抱かせ、自分の都合がいいように私を操る魂胆が見え透いています。
よく知っている母親の手口です。
だから、あの人たちと仲良くなれる気がしません。
とてもじゃないけれど、一緒には暮らせません。
養子縁組なんてしたら、いよいよ取り返しがつかなくなる。
あの人たちは、私の味方なんかじゃない。
事あるごとに悪意を向けてきたのが……この状況でも助けてくれなかったのが、何よりの証拠です。
助けを求めたのに。
「こ……えにぃ……ならない……とぉ……しぃ……て……もぉ……」
チャイム音が鳴り止まない。
今月、叔母さんたちが訪問してきたのは、これで三回目になります。
電話もテンテロリンテンテロリンとうるさいから、かかってくる番号全てをブロック。
非通知でもかかってくる。
イヤホンで──ナガレボシちゃんの唄で耳を塞いで、その声に合わせて幽かに歌って、それで、なんとかやり過ごすことしかできません。
もうこれ以上、
気持ちの悪い奴らから、
気持ちの悪い悪意を向けられるのは、たくさん。
悪い人に利用されるのは……その肥やしになるのは、もうイヤだ。
お願いだから、勘弁してよ……お前らなんかに、会いたくないんだよ。
あんな父親とは二度と顔も合わせたくないよ。
姪っ子一人に、こんなことして、恥ずかしくないのか。
ていうか、あんたら、暇なのかよ。
どうして、こんなに、しつこい……。
まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、私をいじめ足りないのか。
はやく死にたい。
ええ、そう……私はこういう身勝手な人間なのです。
お母さんにも、おばあちゃんにも、叔母さんたちにも、色々とお世話になったというのに、彼らにとってプラスになることは何もしたくないという利己的な思惑しか頭にない。
自分へ悪意を向けてくるような奴らのためになることは、一切、何もしたくないのだと。
じゃあ、その悪意を向けてくる奴らから一方的な施しを受けてきたお前は、一体なんなんだって。
どうしようもない、クズ。
どうしたら、いいんですか。
死んだら終わるだろ。
そうしないと終わらないよ。
ちゃんと終わらせようよ。
携帯端末の音楽アプリを止め、「楽な死に方」と、検索エンジンに入力して調べる。
「生きることがツラいと感じていませんか? センターの相談窓口にいつでもご連絡下さい。一人で抱え込まないで、一人で悩まないで、話を聞かせて。英雄崇拝が必ずアナタの力になります」
表示された益体もない文言とホットラインは無視しました。
首吊りよりも楽に死ぬ方法は、どうやら見つからないようです。
仕方がないので、今度は、不動産サイトで空き物件を探します。
ああ、なんだよ……ここよりも安くていい部屋なんて、いくらでもあるじゃんか……。
あったま悪いなぁ……私……。
引っ越しできるだけの貯金はギリギリある。なんだか、希望が見えてきたかもしれない……。
でも、あいつらに住所が特定されたら元も子もないじゃん。
そしたら、肉親にも、現住所が調べられないようにする方法があるんだってさ。
その手順や必要なモノを念入りに確認して、これまでの経緯をまとめた文書──告発文を用意し、ドアホンの映像を直撮りした動画も準備できたら、早々に身支度を始め、まだ夜が明ける前に、私は決死の覚悟でセンターへと赴くのでした。




