第13話 点火効果
「ダメって言ってるでしょぉぉぉーーーーーーっ! 何やってんのぉぉぉーーーーーーーっ!」
すかさず取り押さえられますが、それでもウーウーと呻きながら身をよじり、抵抗を止めません。
別にそんなつもりはないのかもしれませんけど、お年寄りが乱暴に扱われている絵面というのは、見ていて気分の良いモノではありませんね。
腰の曲がったそのおばあさんはプルプルと震えながら、通りの先にある傾斜型の施設を指差しました。
「あ、あそこのぉ……あそこのライブハウスに入りたいんだよぉぉぉ……」
「無理ですって! 危険だから離れて!」
「プリンス・エイジのぉ……らすとすていじぃ……」
消え入りそうな声色と泣き出しそうなお顔で、警官に詰め寄り、携帯端末の画面に表示された電子チケットを見せつけました。
「人生の最後にぃ……せめて……せめて一度だけでも会いたくてぇ……ずっと楽しみにしていたんだよぉ……!」
「そんなの中止ですよ、中止! わかりますかぁ!? 中止ぃ! そういうのは後で払い戻しされますし、損にはならないですよ! きっとまた次の機会もありますから!」
「次って……。そんときぁ、あたしゃ、もう死んじまってるよぉぉぉ……っ! 死ぬときゃ、エイジの熱に浮かされて立ち往生じゃあぁぁぁぁ……!」
とっくの昔に還暦を過ぎていそうな年配の方が駄々をこねる姿はみっともなく、おしゃぶりを付けていないのにも関わらず好奇の目に晒されています。
顔もヨダレやら鼻水やらの汁まみれで、もう完全に我を忘れてしまっている。
故に、必死さだけはよく伝わります。彼女にとって、それほど大切なイベントだったのでしょうね。
うすら寒い三文芝居のような戦闘シーンに続き、これもまた、目も当てられないような茶番。よりにもよって私の隣で……止めてほしいな。
だいぶ白けてまいりましたので、早々にここから立ち去りたい気分でした。
だけど――
「どぉぉして……今日に限って、こんなことがぁぁぁ……っ! まぁぁぁぁ……っ!」
はたして、これは義憤と呼べるモノでしょうか。
少なくとも、単なる気紛れとは違う何か。
嘆き悲しむおばあさんの横顔に、世を拗ねて冷笑する一面とは裏腹な気持ちが――埋み火のような感情が――心の奥底から湧き上がってきたのです。
「あ、ちょっとぉ!?」
規制テープをくぐり抜け、警官の制止を振り切り、私は脇目も振らず走り出しました。
――あ、え、何やってんの? マジになんで? 全然、意味解んないですけど?
思考と行動の不一致に、頭が混乱したまま、私は二人の姿を追います。
本当になんでこんなことをしているんだ……。まるで、自分ではない何かに突き動かされているかのような……。
……ああ、そうですか。
今さら正しいことのためなんかに頑張っちゃうんですか、自分。
じゃあ、もう、この際、謎の正義感に駆られたのは、百歩譲っても良しとしましょう。
ただ、いくらなんでも飛び出す理由がくだらなすぎるのでは……。
普通こういうのって、人の命を救うために危険も顧みず~ってのがお決まりのパターンでしょ。
おばあちゃんの推し活を守るためって、おい……。
そんなしょうもないことのため急に本気出すんかい。
ま、私らしいっちゃ、らしいけどさ。
「へっ! ジフトール……お前、思っていたよりも根性のある奴だなッ!」
「なーに言ってんだ……ったくよぉ、若ぇモンがオッサンに無茶させやがって……。ちったぁ、年長者を労れってんだ……」
ご両人は建設中の商業施設にまで不法侵入しており、それを追って足場を上ってきた私もまた同罪を免れないわけでございまして。
えっと……どうやら見た感じ、アロアルの方が優勢みたいですね。元気いっぱいで余裕がありそうな彼とは対照的に、ジフトールは息も絶え絶えでだいぶしんどそう。
不幸中の幸いか、彼らがここへ到達するまで建物などを破壊した形跡はありませんでした。
まだ大事には至っていないということ……ギリギリで。
このままなんとか穏便に済ませてもらえないだろうか。
「あの!」
なけなしの勇気を振り絞り、思い切って声をかけます。
私なりに結構な声量を出したつもりですが、どちらも耳に入っていない様子。
「そっちこそ、なにジジクサいこと言ってんだ。俺達の勝負はまだまだこれからだろ!? もうテメェ相手に出し惜しみする必要はねぇな! 本気で行かせてもらうぜェエエーーーッ!!」
「グワッハッハッハッハ! なかなかどうして、威勢のいい奴……。おうよ! こうなったら、とことんまで付き合ってやる! いくぞ、ハートマン!」
双方、激しく燃え盛る炎の如きオーラが全身を迸っております。
なんだか嫌な予感が……。
「待ってよ! お願い! なにも壊さないで!」
もう一度、呼びかけましたが、全く聞こえていない。
この人達……お互いのことしか見えていないのか……。
「モォォォォド……ッ! レイ……ジングゥゥウウウウウウッ!!」
「《化けの皮の下の本当》ッ!!」
どっちも長い溜めに入りましたけど……まさか、何か大技でも繰り出そうとしているんじゃあないでしょうね。
「聞いてってばぁ!」
頑張ってさらに声を荒げますが、やっぱり、聞いてくれません。
いや、聞けよ。
ヒトが柄にもなく必死こいてるっていうのに……コイツら、マジでいい加減……。
「バァァァニングゥ……! インパクトォォオオオーーーーーーッ!!」
「1984ァァアアアアアーーーーーッ!!」
そして今まさに、両者が激突しようとした時――
「ストォォォォップ!!」
あろうことか、対決の渦中へと私は飛び込んでいったのです。
しかも対峙していた二人の間に入り、攻撃が当たって死んでもおかしくない位置で、ぴーんと両手を広げて。
どうしてこんな馬鹿なマネを……。
何故と訊かれたところで、思わず、としか言いようがないけれど。
なんとか寸止めしてくれたおかげで事なきを得ましたが……ことごとく理屈を欠いた一連の行動には、我ながら戸惑いを禁じ得ません。
間違いなく今日の私はどこかおかしい。
本当にどうかしています。
「おい、なに邪魔してんだ! 男同士の決闘だぞ!?」
「なんだ、この嬢ちゃん……。危うく怪我させしちまうとこだったぜ……」
突然、現れた邪魔者の介入を咎めるお二方。
至極当然の反応に、私は俯きつつ応えました。
「うるさああああいぃっ!!」
紛う事なき逆ギレでございます。
怒ること自体に慣れていないので、声がうわずってしまう。
「そうやって声が大きい人ばっかり、言いたいことを言ってぇ! ツラいこととか……そういうの全部、何も表には出せない人達を蔑ろにして……!」
無意識下で、口から出任せにとりとめのない言い分が吐き出される。
それは昔から溜め込んでいた言葉でもありますが。
錯乱している気持ちを悟られないよう、努めて憤然とした態度を保ちつつ、キッとジフトールの方を睨みつけました。
「あなたたちも! 随分と大層な正義を振りかざしているようだけれど! 結局、あなたたちが否定している人達と全く同じことをやっているんだからね!」
いきなり説教を始めて詰め寄る闖入者の勢いに呑まれたのか、ジフトールはたじたじで何も言い返してきません。
次いで、私はビシッと人差し指を伸ばし、外にいる人達へ目を向けるよう促しました。
「ほら、見てよ。こんなに大騒ぎしちゃったら、沢山の人達に迷惑がかかるんだよ……。仕事にも遅れて……楽しみにしていたイベントも中止になって……。なんでもないように見えるかもしれないけど、実際には、いくつも大きな悪い影響があって、その人の人生を丸ごと踏みにじるくらいに酷いことをしていたりするんだよ!? どうするの!? 責任取れるの!?」
「お、おう……一応、それくらいの覚悟はあるぜ……」
「だったら、どうにかしないと! 今すぐ元通りにして! 私も手伝う!」
やおら二人の手を取り、強引に握手させる。
「はい、仲直りっ! 一時休戦! ……さあ、とりあえず、もう大丈夫だよって、あそこにいる人達に伝えなきゃ!」
そんなこんなで、否応なしに戦闘を中断してもらい、三人一緒に下へ降りました。
あくまでも謎の暴走をした私が勝手に説き伏せたつもりになっているだけで、彼らの間にある問題は何も解決しておりません。
だけど話せば解る人達だったのか、私の無茶苦茶な意見を尊重し、追随してくれたようです。
どっちも根がお人好しなのでしょうね。
「あーしてー!」
そこからのお二人は私の言われるがままでした。
この一件が、ただの新シリーズPRイベントだったというオチで片付ける案に乗ってもらい、警察にはアロアルが事情を説明し、ジフトールには子供達との記念撮影をして頂き、私は列整理する運営スタッフを装いまして、なんとかお茶を濁すことに成功。
「こーしてー!」
大体、三十分程度で人が捌け、街が物々しい雰囲気から、いつもの喧騒を取り戻してきました。
私は携帯端末でライブハウスのスケジュールを確認。開場・開演時刻の変更や中止のお知らせは特にありません。
通常通り、滞りなく開催される模様です。
「いこっ!」
おばあさんの手を引き、連れ立ってライブハウスまで送り届け、そこですぐにお別れするつもりでしたが、なんと老婆心を発揮したおばあさんに当日券を買ってもらい、どうしたことか私まで参加する運びとなりまして……。
ついでに、アロアルとジフトールまで付いてきて。
いや、貴方たちはもう帰っても良かったんだけどな。
「はぁぁぁぁ……っ! ウサギさんたちやぁぁぁい……年甲斐もなく発情しちゃってるのかぁぁぁぁい……!」
「遺影ぇぇぇぇぇぇい……!」
「血圧上げてぇ……一緒に楽しく盛り上がって逝こう……かぁぁぁ……!」
「訃ぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」
正直、古いギャグ漫画の一幕かと見紛いましたが、他人が熱心になっているコンテンツの現場に居合わせておきながら失礼な反応はできません。
その場のノリに合わせて一生懸命ペンライトを振ります。コーレスも事前に教えてもらいましたが、恥ずかしいから控えめな声しか出せない。
「♪女は立てる……男を立てる……いつから立てぬ……あちらも立てねばこちらも立たず……それでも、オイラのおいなり、生涯現役ぃ……!」
「エイジのAgeは九十四ぃぃぃぃぃ……!」
セブン様のMVに負けず劣らず卑猥な歌詞ですね。
成人したとはいえ、ここって、たぶん、私の年齢では本来入っちゃいけないところだな。
さすがに思わず苦笑い。マジで、何やってんだろう……いや、我に返るのはもっと後でいい。
しかし、自分のやったことに後悔はありません。これは正しい選択だったと思います。
どうして急に飛び出したのか、あの時、心の奥底から湧き上がってきたモノの正体がなんなのか……未だによく解らないけれど、それでも困っている人のために行動できました。
ひょっとしたら、私がちゃんと誰かを助けたのは、これが生まれて初めてかもしれませんね――




