第百十話 護衛をつけずに探したのが間違いだった
キアン島は差し渡し徒歩半日ほどの真円に近い島である。中心に位置する深淵の魔神宮をはじめ、高難度迷宮がいくつも存在し、そこから湧き出た危険種が辺りを徘徊しているため、古くから魔の秘境と呼ばれ、ウィズランド本島の住民から恐れられてきた。
しかし出没する危険種の中には有益な素材をドロップするものも多く、迷宮の中にも希少な宝や魔鉱石鉱脈が存在したため、多くの命知らずの冒険者たちによって挑まれてきた島でもある。
現在では最も東都に近い地点に小さな波止場が作られており、その周囲に冒険者街が形成されているが、存在する施設は宿屋、酒屋、医局、鍛冶屋など冒険者に需要があるものに限られており、その人口は千人にも満たない。
今回、深淵の魔神宮攻略のために島に渡ってきた五百名近い後援者と千名前後の一般参加者、さらにはそれらに食事の用意や治療等を行うサポートメンバーたち――そのすべてを収容するだけの施設はもちろんなく、冒険者街の近くには大小さまざまな簡易天幕が立ち並ぶこととなった。
当然、俺は国王権限で冒険者街の中に宿を用意させることもできたのだが、色々考えた結果、みんなと同じように天幕住まいをすることにした。言わずもがな、その方が士気が上がるだろうという打算によるものである。
昨年、南港湾都市で起きた魔神将グウネズとの一件では後援者組織の人員の配置はそれぞれの組織に一任したが、市街地戦であったあの時と異なり、今回は迷宮攻略である。同一職の大部隊をそのまま投入するのは得策ではなく、前衛、後衛、マジックユーザーに盗賊と、バランスのいい小規模編成をする必要があった。
そんなわけでキアン島に渡ってから俺は、リクサや各後援者の代表者たちと協議しつつ実働部隊のパーティ編制を行った。しかしこれが意外なほどに難航した。迷宮攻略経験の有無、レベルの均一化、角が立たないリーダーの選定など考えなければならないファクターが山盛りだったからである。
結局、その作業が完了したのは、キアン島に渡ってから五日後のことだった。
☆
明朝には深淵の魔神宮攻略が始まるというその日の夜。僅かではあるがようやく自由な時間を確保できた俺は、護衛としてついていたリクサとブータの目を盗んで国王用の大型天幕を一人で出た。
キアン島の星空は地上の明かりが少ない分、壮観だった。こんな夜は故郷であるオークネルのことを思い出す。もっともあのド田舎と、一気に人口が数倍となったこの島の冒険者街ではまるで活気が違っていたが。
いくらか間隔を開けて設営された色とりどりの天幕。その間では作戦参加者たちが思い思いの方法で最後の夜を過ごしていた。
愛用の武具のメンテナンスをする者。
パーティメンバーと打ち合わせをする者。
英気を養おうと食事をする者。
酒を飲んでバカ騒ぎをする者。
それぞれ方法は違ったが、それらが迷宮突入の最終準備であることには変わりなかった。それらは狭く、暗く、常に危険と隣り合わせである迷宮内ではできないことである。彼らは最長で五日間、地上に戻ることがない。できるうちにできることをしておくというのは傭兵や冒険者の鉄則である。
俺は頃合いを見計らい、匿名希望の腕輪を外した。すぐに後援者と思われる者たちが俺に気づき、声を上げ、辺りは騒然とし始める。
集まる視線。
俺は歩きながら彼らに手を振って応えた。これもまた士気向上のためであり、国王の務めである。
そこで慌てて駆け寄ってきたのは俺の姿が消えたことに気づいたリクサとブータ――ではなく、染色したと思われる紫色の髪の少女だった。
「ミ、ミレウス陛下! ご、ご視察ですか!?」
「やぁ、ネフ。いい夜だね」
ブータの姉弟子にして魔術師ギルドの後援者代表であるこの少女にも俺は手を振って応えた。
彼女は動揺を隠しきれない様子で、辺りにきょろきょろと視線を投げた。
「あの、護衛の円卓の騎士の方はどちらに? もしや、お一人で?」
「そう。でも全然平気だよ。えーと、そちらは?」
俺はネフの背後に立つ見慣れない顔の二人の少女へと目を向けた。恐らく後援者ではないだろう。片方は俺やネフと同じくらいの歳の子であり、もう一人はそれより一つか二つか歳上のようだった。どちらも垢ぬけない感じの容姿であり、俺と同じく地方出身の平民のように見えた。
「あー、二人はわたくしの冒険者仲間ですわ。わたくし、ときどき冒険者業もやっておりますの」
「ああ、アザレアさんと一緒か。なるほど、今回は彼女たちとパーティを組んで参加するんだね」
先日ブータが話していた通り、魔術師が武者修行として冒険者業をやるのは確かにポピュラーなようである。
ネフの後ろの二人の少女は何やらひそひそと喋っていたが、その内容は俺たちに丸聞こえだった。
「やっべー、マジでネフのやつ、国王様と一対一で話してんぞ」
「やっぱり大物だったんだ……ネフちゃん、ホントに大物だったんだ」
ネフはふんすと鼻息を荒くして胸を張る。
俺は二人の少女の元へ歩いていくと、右手を差し出した。
「ネフの冒険者仲間らしいね。迷宮攻略、よろしく頼むよ。頑張ってね」
「は、はははははい!」
「が、がんばります!」
直立不動で差し出された震える手を順番に握ると俺はネフのところに戻った。
二人はまたひそひそ話を始めたが、相変らず聞こえている。
「あたしこれもう洗わない」
「あれが王の器ってやつか……聖剣に選ばれる人はやっぱちげえな」
別に聖剣に選ばれる前はごく普通の一般人だったし、王の器なんてものが俺にあるとは思わないけれど。しかし立ち居振る舞いはそれっぽくなってきたかもしれない。
「ああ、そうだ、ネフ。デスパーを見なかった?」
「円卓の騎士の? いえ、見ていませんわ。お探しなんですか? もしお困りなら、お手伝いいたしますけれど……」
「いや、大丈夫。どこにいるかはその気になれば分かるからね」
ネフはそのつぶらな瞳を丸くして首を傾げた。聖剣の力をすべて知ってるわけではないからだろう。
☆
聖剣の力のうち、親密度を使う能力――円卓の騎士の居場所感知で探し出したデスパーは、冒険者街から少し離れた草原に一人でいた。
「……何してんだ、デスパー」
「あ、国王サマ。見てのとおり、腕立て伏せデスよ」
言われなくても、まぁ分かるが、念のため確認しておきたかったのだ。背中に大量の斧を乗せた状態で、高速かつ淡々と腕立て伏せを続けるエルフの姿というのはなかなかに異様であった。
「デスパー。少し散歩でもしないか。君とゆっくり話がしてみたいんだ」
「おお、嬉しいデス! もちろんお受けしますデスよ」
顔を輝かせてデスパーが立ち上がると、背負っていた斧たちは一本を残してどこかへ消え去った。【瞬間転移装着】で出したものだったのだろう。残った一本はもちろん、例の悪霊の斧である。デスパーはそれを担ぐと俺の隣に並んだ。
海に沿って、冒険者街から離れるように二人で草原を歩く。
僅かに届いていた街の喧噪はすぐに聞こえなくなり、あとは波が押しては返す心地の良い音がするだけだった。
この辺りにも迷宮から這い出た危険種が出没するらしいが、デスパーもいることだし大して問題にはなるまい。
十分に街から離れたことを確認してから、俺は慎重に切り出した。
「デスパーは円卓の騎士になる前はどんな生活をしてたんだ?」
「ずーっと亜人の森に籠って木こり業デスね。あと鍛冶で斧製作もしてたデス。亜人の森はうち以外にも大勢木こりがいたので斧の需要が高いんデスよ」
デスパーは握力のトレーニングか、あるいは斧を握るイメージトレーニングか、空いてる方の手を何度も開けたり握ったりした。
「木こりをするために斧を作り、斧を作るために筋肉を鍛え、筋肉を鍛えるために木こりをする。無限の循環デス。自分はその中に生きる意味を見出していたんデス」
「ごめん、ちょっとよく分からない」
「斧と筋肉、それが自分のすべてだったんデス。斧でないものは武器でなく、筋肉を持たぬ者は人でない。そんな傲慢な考えを持っていました。今考えると恥ずかしいデスね。集落の長老から普通の人間は脆弱だと聞いてたのもあるんデスが、そもそも普通の人間とろくに会ったことがなかったのが大きいデス。ずっと森にひきこもっていたので」
軽く質問しただけなのに、ずいぶん長い一人語りが始まった。
こちらが聞いているか確認もせずに、デスパーは続ける。
「転機が訪れたのは集落からの使者としてコーンウォールの街へ出かけたときのことデス。そこで出会ったリクササンに円卓の騎士にスカウトされたんデスが、その時軽く手合わせをしたんデス。強かったデス。人間の中にもこんな人がいるのかと心底驚きでした」
「リクサは勇者だから人間の中でも特別だけどね」
「円卓の騎士になり、ヂャギーサンと会って更に驚いたデス。ヂャギーサンは自分が理想とした筋肉の持ち主でした」
「ヂャギーは……まぁ普通の人間か。たぶん」
デスパーは俺の相槌を聞いているのかいないのか、頭を振ると、当時を思い出すかのように何度も頷いた。
「自分は過去の己を恥じました。そして人間と斧と筋肉についてもっと知りたいと思うようになったんデス」
「……そこは人間だけにしといたほうがいいんじゃないかな」
デスパーの一人語りはそれで終わった。
彼の人生、というか半生ついてはよく分かった。
しかしどうにも腑に落ちないことがある。
「去年の夏に円卓の騎士のみんなから君のことを聞いたんだけどさ。斧と筋肉と戦闘が好きな奴だって話だった」
「ふむ? 斧と筋肉はそのとおりデスが……戦闘については考えたことがないデスね」
「さっきの身の上話にその手のことが一個も出てこなかったのが不思議だったんだ。円卓の騎士になる前、どこかで戦闘に参加したりしなかったのか?」
「ンー、それまでの実戦経験は森に出没する危険種の駆除くらいデスね。けど、それを好きだと感じていたかと言われると、たぶん違うと思うんデスよね」
それからデスパーは少しだけ考え込むような素振りを見せた。それは思い出しているというより、確認しているようでもあった。
「戦闘が好きといえば、デスけど。悪霊のやつは筋金入りデスよ。アイツは自分の体を使って大陸各地の紛争地帯で暴れてましたけど、戦いをより楽しむためか常に弱い側の味方をしてましたし、相手を打ち負かすことしか興味がないのか、戦闘不能にした相手にはとどめを刺さなかったデスし。とにかく戦闘のことしか頭にない、ろくでもないやつなんデス、悪霊は」
「……そうか? 本当にそうか?」
そこで、ふいにデスパーが足を止めた。
俺も二、三歩進んだところで立ち止まり、振り返る。
デスパーはだらりと脱力しており、顔も下に向けていた。見覚えのある姿である。
一陣の風が吹く。
俺は咄嗟に飛び退いた。
寸前までいた場所を斧が薙ぎ払う。
「ケケケケケッ! イーイ反応だヨ! 国王サマ!」
斧を振り切った体勢で鮫のようなギザギザの歯を見せて、デスパーが笑った。
いや、すでに体の主が入れ替わっている。今のこいつは悪霊だ。
「オレサマと二人きりになるたァ、油断が過ぎるんじゃないかナ? 大人しくしてると約束はしたガ、こんな美味しいチャンスを逃す手はないネ! 戦ってもらうゼ、国王サマよォ!」
「出てくると思ってたよ。二人きりになればな」
そのためにわざわざ護衛をつけずに探していたのだ。
「話がしたかったんだ。悪霊、お前ともな」
飛び退いた時に咄嗟に握っていた聖剣の柄から手を放す。
そう、俺は話をしにきたのだ。戦いにきたんじゃない。
「お前は何者なんだ?」
悪霊が押し黙る。
俺も言葉を続けない。
キアン島の草原にまた一陣の風が吹いた。




