第百九話 島に渡ったのが間違いだった
デスパーによる俺用の純白の鎧一式製作は予定通り十日ほどで完了し、さらにそれから十日ほど後――つまりは魔神将ゲアフィリの出現予定日から十日ほど前、いよいよ計画は動き始めた。
東都の街の港を出た傭兵ギルド所属の小型輸送船、白鷲獅子号は追い風をその帆に受けて大海原を東へと進んでいる。
目指すはゲアフィリの出現予定地である深淵の魔神宮があるキアン島。
統一戦争の遥か以前から魔の秘境として恐れられるその島は東都の街から船でおよそ半刻ほどの距離にあり、今はまだ水平線にもその姿を見せていなかった。
「しっかしまた大胆な手を考えましたねー、国王様も」
甲板の先端の方で舵を握っていた傭兵ギルドのイライザは、海原からこちらへと視線を移すと、苦笑いのようなものを浮かべた。まぁ俺も国王になる前だったら絶対に考えつかない手だ。
「難攻不落。歴史上、踏破したのは統一王の一行のみの最高難度の迷宮。つっても、それは小規模パーティで挑んでの話だからね。人海戦術で挑めばどうとでもなる」
俺はこの策に自信を持っていた――満足はしていなかったけれど。
隣でヤンキー座りをしているナガレが呆れたような顔で、甲板の後方を振り返る。
「だからって、この人数動員するか? 普通……」
船には俺たち円卓の騎士の他に、武装した多種多様な職の者たちが定員ギリギリまで乗り込んでいた。そのすべてが後援者だが、今回の作戦参加者はそれだけにとどまらない。
白鷲獅子号の後ろには十数隻の船舶が続き、大船団を形成している。それらにも定員に達するまで、人員が乗船しているはずだ。
デスパーに鎧を作ってもらうことになったあの日の夜、俺は一つのお触れを出した。それも後援者だけにではなく、この島に住むすべての国民にだ。
『五周期後の深淵の魔神宮』
『第九階層に希少な魔鉱石の鉱脈の出現が予想される』
『これを採取してきた者に望むとおりの報酬を与えよう』
端的に言うとこんな感じのお触れだったわけだが、これに釣られて多くの冒険者や傭兵が迷宮攻略隊に応募してきた。後ろの船に乗っているのは主にそういう連中である。
「で、そういう奴らを上手く使い倒してやろうってわけだ。ミレちゃんもあくどいこと考えるようになったねぇー。ひゅーひゅー」
船べりで欄干に背中を預けている精霊詐欺師が茶化すように指笛を吹く。
「人聞きが悪いぞ、ヤルー。俺はただ十分な見返りを用意した上で傭兵や冒険者のみなさんにも手伝ってもらおうと思っただけだ」
「でも第九階層に魔鉱石の鉱脈が出現するってのは大ウソなんだろ?」
「出現しないとも限らない。俺は予想されるって言っただけだから嘘はついてない」
「ひっでー! いよいよ詐欺師染みてきたな、ミレちゃんも!」
くけけけ、とヤルーは完全に悪役のような笑い声を上げた。
もっとも俺も完全に悪役のような策を出したわけで、こいつを責められはしないけど。
今回の作戦をまとめるとこうだ。
まず幸いなことに魔神将ゲアフィリの出現予想日時と深淵の魔神宮の周期は上手いこと噛み合っていた。そのため迷宮攻略には最長となる五日間費やすことができる。もっとも統一王の記録によれば地上から最下層である第十階層まではおよそ半日ほどかかるそうなので、下準備に使える時間はその分減る。
よって四日目までは参加者それぞれに自由に攻略してもらって、後援者からは情報を収集し、一般参加者からは――俺が買ったとはバレないように――情報を買い取り、安全な攻略ルートを構築していく。統一王の伝説およびイスカの曖昧な記憶によると、第十階層にはゲアフィリのいた闇の玉座の間しかないらしいので、ルートの構築は第九階層の下り階段まででよい。
そして五日目。俺たち円卓の騎士がそのルートを通って第十階層まで潜り、闇の玉座の前で魔神将ゲアフィリが出現するのを待って討伐する、という流れである。
ようするに今回はこの島の総力挙げての戦いだ。
滅亡級危険種との決戦は今までどおり隠蔽しなければならないが、深淵の魔神宮の攻略はその限りではない。よって魔鉱石鉱脈という架空の目的をでっちあげて大規模攻略隊を編成し、人海戦術でゴリ押しするのも可能というわけである。
この作戦に満足していない理由は単純で、大勢の一般国民を巻き込むことになるからだ。しかし俺たちがしているのは島の存亡を賭けた、絶対に失敗の許されない仕事。円卓の騎士や後援者のみんなとも相談したけれど、リスクは度外視して成功率が最大の手を打つべき、という部分では全員一致していたし、結局これ以上にいい手を出す者はいなかった。
そんなわけで俺は微妙に気が重かったのだが、ヤルーやラヴィは楽ができると大賛成だったし、後援者も直接的な貢献ができるからか――そしてその分、見返りもあるからか――乗り気な者がほとんどだった。
「いやぁ腕が鳴りますなぁ」
立派な顎鬚を撫でながら、上機嫌に俺の元へやってきたのはリクサと同じ白銀の髪を後ろになで上げた老人――諸侯騎士団の後援者代表であるエドワード公である。
始祖勇者と初代円卓の騎士の次席である双剣士ロイスの血を引く彼が凄腕の剣士であることは、前に南港湾都市の戦いで見たので知っていた。
「お爺様はお若い頃、身分を隠して冒険者をやっていらしたそうですよ。深淵の魔神宮にも挑戦したことがあるとか」
誇らしげにそう言ったのはもちろん彼の親戚であるリクサだ。しかしいくらか泳げるようになったにも関わらず船の上はまだ苦手なようで、そのお爺様の袖にしっかりとしがみついている。
「わしも入ったことあるぞ。そこのシエナと同じくらいの歳の頃だったかのう」
話に割り込んできたのは狐のような尖った耳を頭頂部につけた女性――アールディア教会の後援者代表のヌヤ前最高司祭である。シエナと同じ人狼で外見年齢も大差ないが、実際はその老成した口調に違わぬ歳のはずだ。深淵の魔神宮に入ったというのも先々代の円卓の騎士が活動していた頃の話だろう。
「二人はどこまで潜れたんだい?」
「第八階層までです。上位魔神の群れに囲まれて、ほうぼうの体で帰還しましたが」
「んー? 昔のことすぎて忘れたのう。かっかっか」
ヌヤの方には笑って誤魔化されたが、彼女の弟子であるシエナが俺の後ろから顔を出して、すぐに密告してくれた。
「ヌ、ヌヤ様、第六階層で致死毒の罠にかかって死に物狂いで帰ってきたって前におっしゃっていませんでしたか……?」
「余計なことは言わんでええわい!」
「す、すいませんー」
師匠に扇子でビシッとさされて、俺の後ろに引っ込むシエナ。
ヌヤとエドワード――二人の古参後援者が去った後に俺の元へやってきたのは勇者信仰会の美人修道女二人組、エルとアールだった。二人とも自慢の得物である巨大な槌を肩に担いでいた。
「今回もお任せください、ミレウス陛下! どーんと大船に乗ったつもりになっていいですよ!」
「冒険者ギルドのぶっ潰しコンビと言えば私たちのことですよ!」
相変らず陽気な二人である。
しかし所属の名乗りが違うのではないか――と、思っていたら、俺の後ろでイスカの遊び相手をしていたアザレアさんが教えてくれた。
「二人は昔、冒険者ギルドでぶいぶい言わせてたんだって」
「ああ……修道女さんがなんで戦えるのか不思議だったけどそういうわけか」
「そ。今でもちょくちょく冒険に出ててね。最近は私も同行させてもらってるんだ」
「え!」
思わず心臓が跳ねた。
「そ、それって、危なくないの?」
「近場の中難度迷宮行ったり、人里に現れた大鬼を退治したりしてるだけだから。少なくとも滅亡級危険種と戦うのと比べたらどうってことないよ」
「いや、そりゃそうだけど……」
中等学校で共に学んでいた頃のイメージがあるせいか、どうしても心配してしまう。アザレアさんは要領のいい優等生ではあったが、冒険者などとは無縁の、ごく普通の女の子だったのに。
「もしかして、アザレアさんも深淵の魔神宮に入るつもり?」
「もっちろん。エルさんとアールさんにお供させてもらうよ。絶対に無理はしないけど」
俺の不安を見透かしたかのように、エルとアールがアザレアさんを挟むように立って彼女を擁護する。
「大丈夫! アザレアさんはとっても優秀ですから!」
「もう[魔術師]のレベル『30』ですから! 冒険者としても一人前ですよ!」
「……いつの間にそんなに上げたんだ? しかし30か。30……うーん」
今回は深淵の魔神宮の危険度を考えて、参加者にレベル30以上という条件をつけてある。この船団にいるのはみんなその条件をクリアした連中だ。レベル2である俺を除けば、だけど。
アザレアさんも条件をクリアしているというのなら参加を拒否する正当な理由はないし、そもそももっと無茶なことをしている俺が止められる筋合いでもない。しかし感情的にはどうしても素直には受け入れがたい。
そんな俺の心情を察してか彼女の師匠であるブータもあたふたとフォローを入れてきた。
「魔術師が武者修行として冒険者業をやるのは割とポピュラーなことですよぉ。ボクも少しやったことありますし。アザレアさんは一日一回なら上級難度の呪文も使えるようになりましたし、あまり問題はないかとぉ」
「……そうか。学業に、女中の仕事に、冒険者業に、魔術師修行。アザレアさん、ホントよくやってるよなぁ」
「ミレウスくんが頑張ってるからね。私も負けてられないから」
アザレアさんは退屈を持て余してどこかへ行こうとするイスカを抱き留めて、にっこりと笑う。相変らず、よく笑う子である。その辺りは同じ学び舎にいた頃から変わらない。
俺はエルとアールに向けて軽く頭を下げた。
「アザレアさんのこと、よろしく頼むよ。君たちも、くれぐれも無理しないように」
「はい!」
「お任せあれ、ですよ!」
エルとアールの次にやってきたのはデスパーの妹、デスビアだった。その手には実用性の高そうな長斧が握られている。
「ミレウス陛下、私も微力デスが、ご協力させていただきますデスよ」
「え、君も戦えるのか」
「ハイ、兄さんほどではないデスが。私もエルフデスから」
その兄はというと、甲板の端の方でヂャギーと一緒に延々と下半身運動をしている。それを継続したまま、デスパーはデスビアに言った。
「気を付けるんデスよ」
「ハイ。兄さんもデスよ」
二人の会話はそれで完結した。相変わらずドライな兄妹である。
そんな二人の様子を見て微笑を浮かべながらやってきたのは東都の領主のコロポークル、マーサ・ルフトだった。
「いいですねぇ、仲睦まじい兄妹というのは。見ていると心が和やかになります」
「仲睦まじいか? あれ……」
俺には少しばかし疑問だったが、マーサの目にはそう映るらしい。
「ミレウス陛下はご兄弟は?」
「いないよ。いや、孤児みたいなもんだから、たぶんだけど。マーサは?」
「弟が一人います。ただうちの家はコロポークルでない方が生まれてくると、よそへ養子に出される決まりでして」
「え、じゃあ弟さんはルフト家にはいないのか」
エルフやコロポークルのような亜人と通常の人間が交配した場合、半々の割合でどちらかが生まれてくる。そのため兄弟でもバラバラになるのが普通に起こり得るのだが、それで養子にまで出してしまうとは。
「なんでそんな決まりなのか知らんけど過酷だなー」
「おほほ。案外そうでもないですよ? 弟とはちょくちょく会いますけど、けっこう楽しそうにしてますし」
「なら、いいんだけどさ」
そんな世間話を軽くした後、マーサは腰に巻いたホルダーを俺に見せてきた。そこには魔力付与の品と思われる短剣がずらりと並んでいる。
「今回は私も出陣いたしますので、ご期待くださいね、ミレウス陛下」
「マーサも戦えるんだな、やっぱり」
「これでも冒険者ギルドの会長ですから。ま、私が死んでしまうと、あちこち大騒ぎになるので無理はいたしませんけど」
最後にマーサと入れ替わるようにして俺の元へ挨拶に来たのは、盗賊ギルドの幹部にして情報屋の親玉であるスチュアートだった。
「チューチュッチュ! お久しぶりです、ミレウス陛下」
「久しぶり。お前も元気そうだな」
相変わらずわざとらしい笑い方をする痩せこけた尖り目の男に、俺は手を挙げて答えた。うさんくささの塊のような男ではあるが、見た目や話し方ほど信用できない奴ではない。
「深淵の魔神宮は罠も山ほどあるって話だからな。盗賊ギルドの働きには期待してるぞ」
「はい、ええ、それはもう」
にこやかに頭を下げたスチュアートは、俺の背後でサマーベッドに寝ているラヴィに目を向けた。
「おい、赤猫。お前も元ギルド員として頑張れよ」
「えー?」
ごろりと寝返りを打ってこちらを向き、顔をしかめるラヴィ。
「頑張りたくないよー。あたしたちが頑張らないでいいように、あんたたちが頑張ってよー」
「そりゃできる限りのサポートはするがな。第十階層でゲアフィリと戦うのはお前さんたちだけなんだぜ」
「ああ、嫌だ嫌だ。その辺もぜんぶ他の人がやってくれればいいのに」
再び寝返りを打って背中を見せたラヴィを見て、スチュアートは例のわざとらしい笑い声を上げた。
「チューチュッチュ! ……おや、見えてきましたねぇ」
スチュアートが目を向けたのは船が進んでいる先。船のあちこち、船団のいたるところから、そちらを見るように促す声が上がった。俺もそちらの方を向く。先ほどまで何もなかった水平線の上に、起伏の乏しい島が現れていた。
魔の秘境、キアン島。
魔神将ゲアフィリが現れるというその島を眺めながら、今回も一人の犠牲も出すことなく責務を果たすことができればと、俺は祈らずにはいられなかった。




