第7話 街の核
ガラス球の前には、古びた制御卓のような台が置かれていた。だが電源もボタンもない。中央に円形のくぼみだけがあり、ユウの持つ響片と同じ形をしている。
彼が近づくと、球体の内部から声がいくつも重なって響いた。
「おはよう」
「また明日」
「大丈夫?」
「いってらっしゃい」
「ごめん」
「好き」
街じゅうの音の記憶が、濁流みたいに流れ込んでくる。ユウは膝をついた。頭が割れそうだった。だがその中に、一つだけずっと探していた声が混じっている。
『お兄ちゃん』
凪の子どもの頃の声だった。
ユウは響片をくぼみに嵌めた。ぴたりと合う。すると球体に走っていたひびの一部が、白い光を帯びて閉じ始めた。
同時に、塔全体が揺れる。
下から凪の悲鳴——いや、悲鳴に似た気配が貫いた。ユウは振り向きかけ、しかし歯を食いしばる。ここを止めれば全部終わる。分かっている。だが分かっていても遅い。彼は走り出していた。
階段を降りる途中、壁の金属板が次々と音を放ち始める。都市のざわめきが戻りかけている証拠だ。回収者もそれを感じたのか、黒い波がさらに濃くなっていた。
中腹まで降りると、凪が階段の踊り場に倒れていた。回収者の腕が彼女の胸を貫いている。だが血は出ない。代わりに、小さな音の粒が零れ落ちていた。笑い声、泣き声、歌の断片、足音。凪を形作っている記録が抜かれているのだと分かる。
「やめろ!」
ユウは叫んだ。すると周囲の音が一瞬だけ増幅し、塔が震えた。回収者がゆっくり振り向く。
『核の再接続を確認。ならば鍵を回収します』
白い面の中央に、初めて黒い裂け目のようなものが現れた。口だ。そこから無数の声が漏れている。回収された人々の声だ。回収者は整理者ではなかった。集めた音を自分の内部に溜め込み、街より巨大な存在になろうとしていた。
凪が苦しげに笑う。
「ね、言ったでしょ。前触れより本体の方が嫌な感じだって」
「喋るな」
「最後かもしれないから喋る」
「最後にするな」
ユウは彼女を抱き起こした。凪の輪郭はすでに薄い。腕が透け、向こうの階段が見えている。
「ごめんね」と彼女は言った。「私を残すために、あなたの人生を削った」
「違う。俺が勝手にやった」
「七歳の子どもがする選択じゃない」
「でもした」
回収者が一歩ずつ近づいてくる。塔全体の黒が濃くなる。
ユウは凪を支えたまま、胸の奥にあるものを探った。妹を守りたいという願い。そのために街を巻き込んでしまった罪悪感。そして今、この街そのものを失いたくないという感情。どれも本物だった。
彼は凪に問いかける。
「核を直したら、君は戻れるのか」
凪は少し考えて、首を横に振った。
「たぶん、私はもう戻れない。保留されすぎた」
「じゃあ何のために」
「街は残る。人は音を取り戻す。あなたも、ちゃんと生きられる」
ユウは立ち上がった。
「それじゃ足りない」




