血の匂いのする場所
血の匂いがする。
負傷者たちが運び込まれてきたのだ。
今、私はペンを置いて桶を持っている。戦いが始まってどんどん負傷者たちが開いた倉庫に運び込まれてきた。
私に医療に関する知識はそれほどない。だからできるのは傷口を洗浄するための水を運ぶことだけだ。
砦の中に豊富に水の湧く井戸がある。むしろその井戸を頼りにここに砦を立てたというほうが正しいだろう。
私は井戸と負傷者を集めた倉庫の一角を何度も往復していた。
すでに回数を数えるのはやめていた。身体は疲れ切っている。
それでも鈍痛のする腕を叱咤して桶に水を汲んだ。
同じように水を汲みに来る仲間は多い。誰も彼も無言だ。
倉庫の中で悲鳴は反響して幾度も幾度も繰り返される。金錆びの匂いのする空気。
私は医者のいる場所に桶を持っていくとまた井戸に向かう。
大荷物を持った一団が私の前を通った。その荷物は幾重にも布を巻かれている。その布の隙間からだらりと人の腕が垂れ下がっていた。
すでにこと切れた人間は別の場所に運ばれるらしい。
そう言えば鋤を持った一団がいた。これから埋めるのかもしれない。
私は井戸端に取り付けられた綱に桶をつなげて井戸の底に投げる。
そして綱を引っ張って水をくみ上げた。
掌に血豆ができていた。
自分の体力のなさが恨めしい。
桶を両手に再び歩き始めた。
矢の束を抱えた兵士たちが上に上がっていく。
砦の上部から矢を放っているのだろう。おそらく絶え間なく。
私は外を見ることを許されていない。きつく禁じられている。
今すぐ近くで殺し合いをしているからだ。傷付いた体が、こと切れた体が運び込まれてくるのをただ見ているだけですでに心は壊れそうだ。
私は王太子妃の立場を追われて良かったのかもしれない。
すでに私は戦争の現実。その一端を知ってしまった。知った以上私はそうしたことに関わることができない気がする。
重い足を引きずって私は元居た場所に戻る。
私と入れ違いに一人、すでに一つになってしまった体を誰かが布で包んでいた。包まれたそれが私の横を通り抜ける。
私は無言で中に入っていった。




