第128話:説くと伏せ
長いです。
織可が何故、この景色、枯山水庭園を選択したか?
それはガレスの二つの魔法を完全に無効化するのが、この景色だった為だ。
水飛沫、砂煙、柱の影響で攻撃が当たったか、掠めたか、止められたかが曖昧で結果が分断され、単一の結果を成立させる事自体が困難。そして、石柱が林立する性で施与魔法の対象が分散して、一つに集中させる事が不安定で、攻撃として施与魔法を使用する事は不可能に近かった。
「ガレス……僕は本気で勝ちに行くぞ」
「そうだ、勝ちに来い、殺しに来い。俺を殺せるのは、明確な殺意だけだ。奪わせないために、暴力を容認する、悪意を許す……魔法使いとか、魔術師とか関係なく、純粋な人間として俺を殺せ! 殺してみろ!」
ガレスが石柱の合間を抜け、距離を詰める。
その手にあるのは一本の刃、鎌を振れないこの環境下では最適な選択と言える。
心臓目掛けて、振るわれる。
「『黒衣』」
それを魔力でコーティングした手の甲と腕で持って流し、崩す。
刃を伝わって衝撃が、ガレスの体が少しズレる。
そのズレを利用して、織可は巧みにガレスの防御を突破しながら、詰める。
そして拳を構えた後に、突き出す。
「『黒斑』」
ガレスは打撃の衝撃を逃すように、二歩飛ぶように下がる。
「ッ——」
拳の当たった箇所、ガレスの左脇腹に痛みが奔る。
ダメージは低いが確実に俺の体を削ってくる。このまま馬鹿正直にくらい続けたら、ヤバいな。
「ちっ」
思考に耽った瞬間を狙うように、織可は距離を詰めてくる。
ガレスは慌てて、剣を振るい、距離を取らせる。
「少しは考えさせろや」
「濡羽に言われているんだ。近接戦は考えさせたら負けるってね!」
ガレスが剣を振るう中に、織可は突っ込む。
しかし、剣が生み出す斬撃は織可をまるで避けているように当たらない。
こいつ……
魔術師の癖に体術も出来て、間合いと緩急の読みが俺以上に鋭い。俺の振るう刃の間合いを的確に読み、振るわれる速度の緩急を見て、行動してやがる。戦士と戦っているみたいだ。
こんな魔術師と魔法無しでの近接戦なんて分が悪過ぎる。
織可の間合いにガレスを捉えた瞬間、呼吸一つ挟ませない連撃という名の無骨な連打がガレスを襲う。
「『黒雷』」
技名通り、雷が敵を痺れ焼き尽くすような絶え間なく降り注ぐ電流が如き連撃。それをガレスは何とか刃や柄、腕で持ってダメージを抑える。
そして連打という防御を捨てる手段を取った織可に対して、ガレスは笑みを持って攻撃する。
「『拒否不能なる結果の施し』」
千利の腹に貫通し穴を開けるほど魔力を練らずに、無数の魔力を物質化し、同時に放つ絶対必中の弾幕。超至近距離で放つ散弾銃の射撃のような物だが、施与魔法が不安定の為に、織可を対象にする事は叶わず、辺り一帯全てを対象にしたい魔力の弾丸は広がっていく。
そして数十発のうちの数発が、織可に向かう。
即死や重傷とまではいかないが当たれば吹き飛び、体を抉るほどの威力は確保されている魔力弾丸。
「お前の兄と同じ、負け方だな?」
「それはどうかな?」
黒衣のジャストパリィによる効果の無効化の対象を魔力へと一時的に広げる、と同時に『黒雷』の連打を『黒衣』の連打へと移行する。
「『黒衣』」
魔力弾丸の魔力が無効化され、散る。
「本当に魔術師かよ!」
ガレスは刃を黒衣を放ったばかりで損耗していると思われる織可に向かって、腕を伸ばす形で突く。
だが、そこにはもう織可の姿はなかった。
「どこに……」
「『黒羽』!」
背中から『黒羽』の一撃をくらい、ガレスは吹き飛び、石柱の一本にぶつかる。
「ぐっ……」
なるほど。
黒衣で対処を終えた瞬間の奇襲を想定して、黒羽を応用したジャンプで上に逃げ、石柱を掴んで回転しながら俺の背後に周り、遠心力を乗せた黒羽の一撃。
そして今も攻撃をいれ終わると、俺の間合いの3歩外へと距離を取る。このまま当て逃げされていけば、間違いなく俺は負ける。
あの薬の影響で強化されても魔法が使えなくては、俺の実力は魔術師に劣る。領域系統魔術で敵の術を無効化した上での近接戦、お前が優秀な魔術師だと言う事は痛いほど分かった。実際、痛いしな。
だからこそ、惜しい。
この魔術師はまだ強くなり、歴史に名を刻むほどになるだろう。だが、そんな未来はこれから永劫、訪れない。
「くっ……」
織可が領域系統魔術を発動してから、初めて織可の体が切り裂かれた。
痛む傷口を意識から外し、織可は考える。
ちゃんと間合いと緩急を読んでいたはずなのに、見えなかった捉えらなかった。だが、間違いなくガレスは魔法を発動したという事を理解出来た。
この環境で、不安定の要素を捨てて行える魔法の使い方は一つだけ。
「『実施過剰』」
バフ技。
実証魔法で“この戦い、最高のパフォーマンスを行う“という結果を先に確定し、その結果を成立させるために施与魔法で生命力を代償に空気中、世界の繋がりから過剰な魔力を身体強化へと一方的に施す事で、身体許容量を超えた結果を成り立たせる事が出来る。短時間限定の代償確約の超強化。
「もう終わりだぜ!」
ガレスは剣を構えたまま、もう構え直さない覚悟で踏む。
たった一度の踏み込み、一歩の踏み込みだった。
それなのに次に瞬間には、織可の体は斬られていた。
織可の視界に、刃が映る前に衝撃が走る。
黒曜秘伝の強化による影響で反射的に反応するが、意味をなさない。
速い、ではない。
重い、でもない。
——成立している。
そう織可は斬られながらに感じた。
ガレスの斬撃は、振るわれたから当たるのではなく、当たったという結果だけを連れて、後から軌道が追いついてくる。
右の刃。
防ごうとした瞬間には、左の刃が既にそこにある。
黒衣を使う余地も与えられずに、斬られる。
反撃の“意思“が生まれる前に、次の衝撃と斬撃が体を打ち、切り捨てられる。
石柱が砕ける。
白砂が舞い上がる。
それでも織可は後退しない。
いや、後退する時間や隙さえも与えられない。
跳ぼうとする。
『黒蹄』が発動するより先に、空間そのものが詰められる。
ガレスは距離を詰めているのではない。
距離が、彼の側に押し付けられている。
「……っ」
声にならない息が漏れる。
黒斑で打ち返そうとするが、拳が振り切る前に刃が走る。
一撃ごとに、織可の体勢は“次の一手を失った結果“へと固定されていく。
刃に込められた魔法なら不安定の影響も受けないのだ。
ガレスの呼吸は荒い。
筋肉が悲鳴を上げ、関節が軋む。
それでも止まらない。
止まらないのではない。止まった結果が、この場に存在しない。
枯山水の庭は静かだ。
石も、砂も、結界も、何も語らない。
ただ一つ、事実だけが積み上がる。
——ガレスは斬った。
——織可は、防げなかった。
——その差が、今も拡大している。
剣の刃が、踏み込むたびに交差しながら振るわれる。
足元に広がる白砂の模様が、完全に乱れる。
この猛攻は、ガレスの限界があるために長く続く事はない。しかし、その終わりはガレスの限界よりも先に織可の死という形で終わりそうだった。
この猛攻が、この展開が続くならそれはありえた未来だった。
しかし、織可がそんな失態を晒すことはありえなかった。
「盆景魔術、『栽景』」
突如として織可の姿が消え失せる。
どこに行った、とガレスが思考を始めた瞬間、それは起きた。
白砂が、音もなく隆起した。
庭の模様だったはずの波紋が歪み、石を囲んでいた砂が“溝“へと変わる。
次の瞬間、溝は刃となり、地面そのものがガレスの足元を裂いた。
跳ぶ。
反射でそう判断し実行した瞬間、跳躍の着地点が存在しないことをガレスは静かに悟る。
その間にも、石柱は動いた。
林立していた石柱らは、ゆっくりと配置を変えながらその天辺を錐にして、ガレス目掛けて槍のように伸びるように大きくなった。
ガレスは難なく、それらを避けながら足場として走り回る。
しかし、その足場の石柱から三角錐の小さな石柱が無数に飛び出す。
ガレスは二刀を交差させ、迫る石柱を斬る。
しかし、斬った先から、次の石が同じ角度で現れる。
逃げ場を塞ぐように。庭全体が彼を中心に再配置されていく。
白砂が舞い上がる。
それは砂から極小さな撒菱へと変貌する。
そんな撒菱が礫のように、雨のようにガレスに向かって降り注ぐ。
一つ一つは小さいが、数が膨大だ。
刃を振り回し傘のようにするが、全てを弾くことは出来ず、全身に小さな傷が出来、血が確かに流れる。
その時、ガレスはやっと織可の姿を見る。
石柱の配置が変わった為、確信はないが織可が消えた場所に今、織可は立っているとガレスは判断した。
「僕の調整はどうかな?」
盆景魔術、栽景。
それはタクオと歩きながら話している時に生まれた。
「織可氏の盆景魔術は、盆栽のように結果内の景色を自由に作り変える魔術でござるよね?」
「そうだね」
結界を展開する前に織可は、盆栽のようにまず原型結界という名の何もない鉢を作り、そこに景色という世界を作り上げてから結界を出している。景色の切り替えは、これと同じことをして上書きすることだ。
「それじゃ、なんで結界内で戦っているでござるか?」
「え?」
「だって結界を生み出しや術者が結界内に居ないといけない訳じゃないでござるよね。結界の外に出ても、結界の維持と管理は出来るでござるよね」
「そうだね。考えたことなかった……どうして、そんな考えが生まれたんだい?」
「簡単な事でござるよ。織可氏の魔術のモチーフは盆栽なのに、何故か盆栽である結界内で戦っているから疑問に感じたでござる。盆栽師が盆栽内に居たら、調整なんて無理でござる」
その突飛でもあり普通の考えから生まれた。
栽景は、術者である織可が結界の外に移動し、そこから結界内を自由に弄り回す術である。一方的に攻撃出来る事が強みだが、作って間もないのと結界の外から結界を管理するという慣れない作業の影響で定期的に結界内に戻らなければならない。
そんな効果を露も知らないはずのガレスは状況から裁景の効果を導き出す。
「なるほどな。強い術だが、まだまだみたいだな」
ガレスは石柱、砂といった障害を切り捨て、距離を詰める。
織可もまだ、結界内に居ないといけないので身構える。
しかし、先の猛攻の通り、バフ状態のガレスに織可は反応する事は出来ない。
刃が織可の腕を抉る。
「うっ……」
「結界の外に行く前に、殺し切ってやるよ」
刃が織可の胸、心臓を狙って突かれる。
タイミング良く、織可は結界の外へと戻る。
「逃げられたか」
だが、見えてきたぞ。この術の詳細が。
さっき消えてから出てくるまでに6分、出てきてから消えるまでに4分掛かっているから、また6分後に出てくるって訳だな。
そして——
踏みしめた感触が、消えた。
「……?」
一歩動く。
さっきまで立っていた場所が、一拍遅れて陥没した。
そして更に今立っている場所の感触が無くなり、ガレスは跳ぶ。
また、その場所が陥没する。
そしてここに来いと言わんばかりに安全そうな足場が近くにある。
ガレスは笑みを深める。
間違いない、これは誘導だ。
俺の読みが合っているなら結界の出入り口は一つしか設置出来ず、自由に移動出来ない。結界内で消えた場所に出入り口が生まれ、結界内に入る場合はそこ以外から入ることは出来ず、俺の背後に突如現れることなんて出来ないのだ。
そして織可、お前は一つミスをした。
足場を消していき、俺を違う場所に向かわせる作戦は良い作戦だが、それは俺に出入り口の存在に確信を与え、お前が消えた場所は絶対に消す事が出来ないと示している他ならない。
ガレスは織可が消えた場所に立つ。
「詰みだぜ、織可」
後、3分後に織可はここに現れる。
そして4分以内に殺す。
次の瞬間、さっき陥没していた地面が元に戻る。
ガレスの勘と思考が告げる。
無理やり、動かす作戦を選んだか。
その読み通り、無数の石柱が、軋む音もなく傾く。
倒れるのではない。狙いを定めて、滑るように倒れ込む。
影を引き摺りながら、ガレスの左右から迫る。
同時に白砂が跳ね上がった。
無数の粒が刃のように立ち上がる。
砂嵐——否、指向性を持った奔流だ。
ガレスは刃を交差させ、正面から受ける。
火花の代わりに、乾いた衝撃が走った。
砂が皮膚を削り、石柱の側面が肩を打つ。
だが、それでもガレスは動かない。
足裏が砂に沈むが、それでも体重をかけ直す。
石柱が更に一本、真上から落ちてくる。
回避する事なく刃で切り捨てる。
「どうした?」
ガレスは織可に聞かせるように呟く。
白砂が今度は足を絡め取るように吹き上がり、膝を折ろうとする。
ガレスは、それを踏み潰した。
その時、残り時間は2分を切っていた。
「終わりだな」
そうガレスは織可が現れる場所から退き、その近くで魔力を練り上げる。
千利の時以上に魔力を強く、激しく練り上げる。
絶対必中必殺を超え、絶対必中にして絶対に死ぬ一撃を求めて。
残り1分弱……
残り10秒、ガレスは呟く。
「さらば、茶淡織可」
織可が消えてから6分ジャストにガレスは放った。
「『拒否不能なる結果の施し」
未だ、不安定ゆえに全てを巻き込む一撃。
それは魔力放出を超えて、魔力奔流と言える代物だった。
放った直後、ガレスの視界に映ったのは自分の前から先に広がる大きな渓谷と穴の空いた結界の縁。
死体すら残っていないであろう、その一撃と結界の崩壊が始まっている事から織可の死を確信する。
だから、気づけなかった。
そして、気づけた。
自分の背後で確かに聞こえる息遣いに。
ガレスは生きている筈がない、という確信を期待しながら振り返る。
それは間違っていた。
確かに織可が設置できる出入り口は一つだけだが、その位置は自由に選べた。だからこそ、織可はあえて自由に移動出来ないとガレスに見せる事で、この瞬間を作り出したのだ。
そして、ガレスが振り返るまでに放つタイミングはずっとあった。だが、振り返るまで放つことは無かった。
だって、その一撃はこの戦いを終わらせるための一撃だから。
ガレスは振り返り、その姿を見、叫ぶ、
「茶淡織可!!!!」
織可は返答する事なく、その一撃を放った。
振り返った影響でがら空きになっている鳩尾に向かって。
「『純黒』」
溜めに溜められた魔力の奔流が、打撃と共にガレスの全身を穿つ。
「……っ、ぐ……」
そしてガレスは全ての結界の縁を超えて、現実の建物の壁に大激突する。
勝者と敗者は明確だった。
「これで、終わりだ」
勝者、織可はそう呟く。




